『カールロット公爵令嬢は魔女である』~冤罪で追放されたので、本当に災厄の魔女になることにした~

あだち

文字の大きさ
51 / 68
四、カールロット公爵令嬢は魔女である

51

しおりを挟む
 すんでのところで、“見えない盾”を私と毒牙の間に挟むことができた。けれど、固い盾は牙の攻撃を通さないが、ぶつかってきた頭の衝撃を吸収してはくれない。

 そして、豪華絢爛な王宮も、中で魔女の大蛇が暴れることなんか想定されて作られてはいない。

 結果、私は轟音をともなって打ち砕かれた壁や扉の破片と共に回廊に投げ出され、さらに這いずり回る胴体にぶつかって、盾に守られながら階段の下の庭先へと転がり出た。

「……っが、げほ!」

 背中をしたたかに打ち付けた私は、芝生に四つん這いになって咳き込んだ。内蔵がすべて出てくるかもとひやひやしながら、呼吸を整える。

 外に出たのだ。

 めまいをこらえながら顔をあげると、生け垣や噴水の向こうに、私がたった今弾き出された宮殿を遠巻きにする兵士や貴族達がひしめいているのに気がついた。

「ひっ」
「ほ、本当に魔女だ、だ、だだだ大聖堂からの援軍は、まだ来ないのか!?」
「殿下は、ご無事なのか……?」

 こちらに言っているのか独り言なのか判断しづらいひそひそ声に、宮殿の方を仰ぎ見る。すると、さっきまでいたはずの大蛇も、ルゼもこつぜんと消えていた。

「……姿を隠したわね、あの卑怯者」

 庭と回廊を結ぶ階段の側の、芝生の影で何か黒いものが動いた。動物に変身したルゼかもしれない。

 きっと、すべて私の仕業として印象づけたいのだ。だから目撃者がいるときは姿を隠している。もしくは、見た目を変えている。

 私は呼吸も荒いうちに立ち上がると、魔力の流れをまとめるのに集中した。

 一旦、体勢を整えないと。

「ひっ、き、消えおった!」

 転移魔法で動く直前、野次馬の誰かがそう言った。





 王宮のあちこちが、混乱し、浮き足だっている。
 しかし、中庭の奥にひっそりと建つ旧礼拝堂の周辺は、いつも通り人の気配がなかった。
 まるで、そこだけが別の力で守られているかのように。

 その足元、静かに日差しを浴びる芝生の上を、小さな黒い蛇が音もなくうごめいていた。

 その蛇が、礼拝堂の崩れた扉の前で動きを止め、次の瞬間に若草色のドレスをまとった金髪の女に変わった。若葉を巻き込んだ風に、髪の黄色いリボンが煽られる。
 
 冷たい青い目が、その小さな建物の屋根から礎までを一瞥した。

「……そこにいらっしゃるのね、お姉様。真新しい魔法の残滓がそこかしこに漂っていてよ」

 女、――ルゼ、もとい魔女デライラが指を鳴らすと、足元に別の蛇が現れた。先ほど玉座の間で暴れた蛇ほどには大きくない、濃い緑の体躯。
 
 それでも、その全長は人間の身長を優に超え、胴は魔女の腕よりずっと太い。そして目に宿る獰猛な光は、先の者に引けをとっていない。

 拳三つ分の頭をもたげて牙をむいた蛇に「こっちじゃないわ」と吐き捨てると、デライラは再び虚空から現れた鞭を握り、地面を強く叩いた。

 音に反応した蛇に先導させながら、蝶番が用をなさなくなった扉の先に進む。

「……」

 デライラは黙って青い瞳を巡らせた。
 そこには古びたいくつものベンチと祭壇があるだけだった。外同様に人影はなく、物音もせず、割れた窓から差し込む光が筋となって空中の埃を照らしているだけだった。

 ――その静けさが、ごく小さな水音を魔女と使い魔の聴覚に拾わせた。
 デライラの目が細くなる。鞭の持ち手を、握りしめた右手の人差し指で素早く二回叩いてから、礼拝堂の奥に向かってその革紐の先をしならせた。

 爆音と共に、鞭の先にあった祭壇とその後ろの壁が吹き飛ぶ。
 礼拝堂の後ろに、池が作られていた。王宮とその周辺の庭を囲む壕のような形の、浅い、幅の広い池。

 その水面に、一羽の黒鳥が浮かんでいた。礼拝堂から逃げるように、こちらに背を向けてせかせかと泳いでいる。

「……あらあら」

 それを見たデライラは顔に歪んだ笑みを浮かべた。それを合図としたように、蛇が胴を右へ左へとうねらせながら、池へと這い寄っていく。

「それで隠れたおつもり? 私の目を、欺けると思われて? よりによって、黒鳥。かつては、ここであなたがそう呼ばれていたこともありましたかしら」

 デライラが蛇へ片手を振る。水面へと身を乗り出した蛇は、そのまま地続きの地面の上を進むかのように、水面を這った。黒鳥は追っ手に気がついたのか、頭を振ってから泳ぎを加速した。

「飛んで、お逃げにならなかったので? ああ、逃げられなかったのでしたわ、この王宮からは、誰も、決して」

 魔女も蛇同様に池へと足を下ろす。水面を悠々と歩きながら、視線は黒鳥から逸らされなかった。

 その指が黒い羽に覆われた頭に向けられる。すると狙われた黒鳥の近くで火花が立て続けに弾けて、たまらずといった体で黒い翼がはためき、向こう岸へと飛んで渡った。

 無論、そのくらいで青い目の魔女の追及は緩まなかった。着地した芝生で一際大きな爆発が起きた。
 
「ほら、反撃なさらないの? 変身したままではまだ難しい? ごめんなさいね、意外と公爵にかけた呪いが早く進んだものだから、お姉様の成長をゆっくり待てませんでしたの。……あなたが私に殺されたと、あの男には知ってもらわなきゃ意味がないから」

 爆発から間一髪逃げた黒鳥が、バラの生け垣の後ろにまわる。デライラは足を早めた。その目はまっすぐ標的の方へと向けられ、もはや地を這う自身の使い魔のことすら見ていない。

「王太子の妃にまで上りつめるはずだった期待の娘、レダリカ。その大事な駒の死と、命より大事な家名の失墜に、自分も関与した。それを、今際のきわでは身心拘束の魔法を解いて、わからせてやらなきゃいけませんの。……十一年前、愛人をぼろ切れみたいに捨てたことも、死後の名誉まで汚したことも、その子どもを引き取ったことも、自分の足元に本物の魔女がいたこともそいつに心を操られていたことも何もかも、自分がやったことは全部、絶望の中で後悔させてやらなきゃいけない。ねぇ私忙しいの、なのに、なのに、なのに逃げるなレダリカ!」

 怒鳴った女の、手の動きに合わせて生け垣が次々に燃え、煤となって消えていく。が、ことごとく黒鳥はいない。探すデライラの目は、今まで秘めてきた憎悪を、もはや隠してはいなかった。

「どうせあんたを殺したら、魔女集会は制裁決議を出す、きっと。そしたら先生が来る前に、私はヘリセン・カールロットを殺さなきゃいけない。そこまでは何がなんでもやらなきゃ、お母さんが浮かばれない。ああ、本当は、買収された異端審問官も、傲慢な貴族も教会の人間もみんな殺したいけど。お母さんに石を投げた無責任なやつらも、濡れ衣だって知ってて見捨てた魔女どももみんな、みんなみんな殺したいけど、でも」

 吐き出していた呪いの言葉が、そこで一度止まった。
 青い目も、ある一点を捕らえて動きを止めていた。

 見つけた。そんな目で、古びた東屋を睨みつけ、低く呟く。

「……本当は、まだやりたいこといっぱいあるけど、でも、最優先事項あなたのことから手をつけていかなくちゃ」

 魔女デライラは冷酷な笑いを浮かべて、東屋に指先を定めた。足元の蛇が囃し立てるようにシャーと鳴く。

 東屋に向けた人差し指を、ためらいなく上へと弾く。瞬間、指の延長線上にあった東屋が、盛大な音をたてて倒壊した。

 デライラは、礎の上に被さる瓦礫と化した東屋を無言で見つめた。

「……首、切り落として父親に見せてあげよう」

 ぼそ、と呟き、デライラはゆっくりと足を踏み出した。

 が。

「……っ!」

 瓦礫が動いた。
 と思うと、がらがらと下から瓦礫が押し上げられて、地面へと転がっていく。緑の蛇が警戒するように頭を上げた。

 生きている。盾に守らせたか。
 そう思い、デライラはとどめのために指先に魔力を込めようと意識を向けようとした。

 しかし、瓦礫の下から大きな泥の塊が出てきたのを目の当たりにすると、虚をつかれて魔力が霧散した。

「……は?」

 動きを止めたデライラの前で、人ひとり包み込めそうな大きさの泥玉は、ぱか、と二つに割れた。
 その中で縮こまっていた女と、なすすべなく目が合う。

「……き」

 レース飾りをつけた腕で、魔法陣の描かれた呪符ごと自身を抱きしめ、真っ青な顔で震える女。黒い羽を足元に纏わりつかせたまま、その口が動いた。

「……聞いてない! こ、こここんなことになるなんて、よよよよりによって、フラウリッツさんの一番弟子に喧嘩売るなんて! わ、わ、私、そんなつもりじゃなかったんですぅ!!」

 涙の浮かんだ目。冷や汗によるものか、逃げるときに池の水を被ったのか、その赤毛は記憶の中の姿より巻きがゆるく、へたれている。

 唖然としたデライラは、思わず呆けた声を出していた。

「…………なんで、あんたがここにいるの」

 ――クラリス。

 その名前を口にするより一瞬早く、デライラは生け垣から伸びてきた鎖によって全身を拘束された。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

処理中です...