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四、カールロット公爵令嬢は魔女である
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師の鮮やかな手際に放心していた私の鼓膜を、ぱちぱちと鳴る拍手の音が震わせた。
「お見事です先生」
言った途端、ルゼは地面から飛び出した鎖に拘束された。打ち鳴らした手も胸の前でそのまま自由を奪われた。
「魔力を吸収していく鎖だ。意地はるとどんどん辛くなるから、これでもう観念しな」
フラウリッツがそう言い放つが、それでもルゼは慌てなかった。ただ困ったように苦笑いをして、自分を縛る鎖を見下ろした。
この余裕は何だろう。まだ、何かあるのだろうか。
「……ねぇ先生、どうして私を弟子にしたの?」
「ルゼ?」
私の問いかけには答えない、くだけた口調。
――これが、この子の素なのだろうか。
私の知っていた姿は、完全な偽りだったのだろうか。
私には、強い恨みだけを向けるルゼ。けれどフラウリッツに対しては、どこかそれ以上の憎しみと、悲しみが向けられている気がした。
「こんなふうに邪魔するなら、どうして私を弟子にして、魔法を、復讐の方法を与えたりしたの? いずれカールロット公爵家に害を加えると、最初から分かっていたくせに。この世に一人しか大事な人がいないなら、その女をさっさと公爵邸から攫って、二人だけで暮らせばよかったのに」
私は、黙ったままのフラウリッツの背中を見上げた。
「ふ、フラウリッツ……」
ルゼの揺さぶりに、惑わされないで。
そう言うべきなのだろうか。
――結果的に、彼に助けられている私に、そんなことを言う資格があるのだろうか。
「それとも私は最初から、“悪い魔女”としていずれ倒すために育てられたの? 陥れられたお姫様を助ける勇敢な騎士になるための、踏み台だったの?」
ロザロニアの肩を抱く手先が、緊張で冷たくなってきた。きつく力を込めたはずが、誰かに簡単に剥がされてしまいそうな気になる。
フラウリッツ――。
「……鋼の鍛え方は教えたけど、それで剣を作るか包丁を作るかは、おまえ次第だったんだよ」
それは、冷たくなくて、優しすぎない。フラウリッツの、いつもの声音。
だけど、背中の向こうの表情は、私に餞別の儀を行ったときと同じものなんじゃないかと思った。
穏やかな物言いに、悲しみと、自嘲が漂っている。
「なんで弟子にしたかって、そっちが魔女になりたがってたからに決まってんだろ。そりゃ、レダリカの家の関係者だってことで、気になったのも嘘じゃないが。……たぶん、ロザロニアを、エリセを助けたがっていたときのおまえと、ほとんど同じ気持ちだったよ」
だから、申し訳ない。フラウリッツはそう続けた。
「君にとびっきり楽しい人生を送ってほしかったのに、この状況で、君をレダリカ以上に優先してやれないところが、僕の器の限界なんだ。……先生だなんて、呼ぶな」
ルゼを捕らえる鎖は、全く緩んでいない。
ルゼも振り払おうとしていないのか、金属の擦れる音もしなかった。
「よくわかったわ。確かに、後から切り捨てるところまで、私とロザロニアの関係とおんなじね」
「そう拗ねるなよデライラ。……ちゃんと、おまえの師匠としての責任も取るよ。まっとうな魔女にさせられなかった、三流なりにね」
そのとき、黒と金の美しい蝶が、ひらひらとルゼの肩に降りてきて、そのまま雪が解けるように消えた。
さっきフラウリッツの手から飛び立った蝶だ。
それを捉えたルゼの青い目が、意外そうに見開かれて、それからじっとフラウリッツと目を合わせた。
……蝶の形の魔法。
なんだったか。魔導書を書き写していた時に、記述を見たはずなのに、こんなときに限って思い出せない。この魔法は使わないと、そう思ってよく読み込まなかったか。
歯がゆいことに、ふ、と鼻で笑ったルゼは、それがなんなのか分かっているようだった。
「……よく言うわ。責任取るって、これ? 結局、全部その女のためじゃない」
「当たり前だろ。彼女被害者だぜ、おまえと僕の、両方のね」
それに、ルゼは目を瞬き。
「……まあ、そうね。教え子が人に迷惑掛けたら、先生も償わなきゃね」
その言葉に、ルゼの顔に初めて人間らしい熱が灯った。浮かんだ微笑は、屈託なくて、無垢だった。
なのに。
「でもごめんなさい先生。まだ、迷惑掛け終わってないのよ」
ばつん、と大きな破裂音がして、ルゼを絡めとる鎖が弾けた。細かな金属片と爆風が辺りに飛んで、フラウリッツが顔を覆う。
「っ、しまった、タリスマンか!」
そう漏らした男越しに、私たち姉妹の目が合ったのは、一瞬だった。
次の瞬間、ぐるんと、視界が渦に巻かれたように回って。平衡感覚が狂う不快感に襲われて。
「……フラウリッツ!」
「レダリカ!」
「動かないで先生。この女の死が惨たらしくなるだけよ」
ふらり、とよろけることも許さないと、首筋に当てられた冷たい感触。背中側から、肩を抱くように押さえつけてくる腕。その腕は若草色のドレスが所々裂けて、下の皮膚から血がにじんでいる。
耳の後ろから聞こえてくる、ルゼの冷たい声。少し、息が乱れている。
さっきまで、私はフラウリッツの背後でロザロニアを抱き締めていたはずだった。
それなのに、今の私は二人の正面、ルゼがいたはずの場所に立っている。
顔を見合わせたフラウリッツは、見たことないくらい真っ青な顔色だ。
全身の血が下がっていく感覚に見舞われる。
彼の目に映る私は、血まみれのルゼに捕らえられて、水晶の短剣で首を押さえつけられている。直接振り返れなくてもわかるくらい血が滴っているのは、拘束の魔法を強引に解いた報いなのか。
「これが終わったら、先生、お叱りは地獄でちゃんと受けます。……私の、たった一人の先生」
そう言ったルゼの声は、涙まじりに聞こえたのに。
「……さよなら、レダリカ・カールロット。お互いのお母様に、よろしくね」
私には、恐ろしく冷たい言葉だけが向けられる。
「やめろ!」
視界の端に映ったのは、輝く短剣。水晶の剣。
それが、私の首目掛けてくる。残る力で突き立てようと、殺意をもって。
「ルゼ、やめて!」
叫んだ、その喉に。
――なにも、感じない。
「……そ」
感じない。痛くない。感覚が麻痺したのか。
いや、違う。
「そんな……」
愕然とした、ルゼの声。初めて聞く声。
短剣は、確かに私の首に届いていた。
けれど、それは私の皮膚に傷ひとつつけていない。
血濡れた手が握るところから、そして私の喉に当たったところから、ぱらぱらと透明の欠片が崩れて落ちていく。私の手やドレスに当たり、地面に転がっていくのがわかる。
絶望的な顔をしていたフラウリッツは、この様に目をみはり、そして次にはそれを細めた。
安堵したようにも、痛みに耐えるようにも、見える表情だった。
――タリスマンは、魔女が魔力を込めた宝石。持ち主に幸運を招く魔法。
ルゼの計画を、ここまで完璧に遂行させて、私の魔法を退けた、ずるいくらい強いお守り。
『たいていの魔法は、かけた本人はちゃんと解けるもんだし』
これも、例外じゃなかったんだ。
「……ロ、ザロニア」
フラウリッツの向こうで、ロザロニアはしゃがみこんだまま、こちらを、ルゼと私を見ていた。
その手はこちらに人差し指を向けている。まるで、狙いを定める短銃のように。
その手もぱたりと、力尽きたように地面に落ちて。
出てこない言葉の代わりのように、頬に新たな涙の筋が通っていった。
――周囲の異変に気がついたのは、そのときだった。
「今だ!」
突然の鋭い男の声に、何と思う間もなく、私たち四人に向けて青白い光が飛んできた。
「な、なにこれ!?」
思わす叫ぶと同時にしゃがみこんだ。……しゃがみこめた。ルゼはもう立つ力がないのか、私を捕まえていると言うより、しがみつくような形で一緒にへたりこんだ。
光は、青白い炎が矢じりで燃える火矢だった。木や地面に突き刺さった矢から、瞬く間に生け垣ほどの高さの火柱が上がる。
炎と炎の間にいた、フラウリッツの顔が消える。私たちは囲まれ、分断されたのだ。
「大人しくしろ、魔女たちよ! 我らは教会騎士団である!」
火の壁の向こうから響いてきた声。見えないが、他にも何人もの人間の気配と、金属の擦れる音がした。
「教会……!」
驚いて呟くと、ルゼの肩がびくっと大きく震えた。
王宮にいた誰かが、通報したのか。そばの大聖堂に詰めている騎士団は、飾りじゃなかったのか。
焦る私の肌に、青白い火の粉が降りかかる。熱と共に、魔力を削ぎ落とされるような感覚を受けた。
「貴様らはすでに包囲されている! 降服しろ!」
そんなこと言われたってどうしろと。
私は空を見上げた、と、そのとき、焔の先に飛び出した黒い影が目に入った。
カラスが、飛び出してきたのだ。緑の目のカラスが、そのまま素早く近くの木の枝に留まった。
その頭が左右に激しく振られている。私たちを探しているのだ。
騎士団とやらは自分達の放った炎が遮って、彼が変身したことに気がついていないのか。
ここだと、そう合図をしようと腕を上げかけた。
――それを途中でやめたのは、後ろから伸びてきた手のひらが、ぐるりと首に巻き付いてきたからだ。
「……ルゼ」
その手には、もうろくに力なんて込められていなかった。絞め殺すことなど到底できそうにない傷だらけの両手を外して、振り返る。
フラウリッツの鎖に魔力を奪われ、タリスマンも失い、今この魔女を焼く炎にあてられて、もう目を開けているのもやっとのようだ。肩で息をしながら、ドレスも、髪のリボンももうボロボロだ。
「……憐れまないでよ」
「ルゼ……」
ぜえぜえと喘ぐ息の合間で、血を吐くように言葉を紡ぐルゼ。
喋らない方が良いとわかるのに、そう言えない。
「私には、最初から、最期まで、お母さんしかいない……全部持ってるあなたが、持っていったやつが、憐れむなっ……」
ぼろぼろと、涙と共に零れて落ちてくる言葉。
正しい受け止め方もわからないまま、私は彼女の両手を掴んでいた。
「レダリカ!」
上空から、フラウリッツの声がする。
私は、必死なその声に振り返った。その間にも、炎の勢いはどんどん増していく。騎士団の「くそ、見えん、探せ!」という声がする。
「――ごめんなさいフラウリッツ、私、やらなきゃ」
私は、片手を上げて、魔力を集めた。私とルゼを覆う盾の上を、青白い炎が這っていく。羽ばたく緑の目のカラスはあっという間に見えなくなった。
カラスに表情はない。それなのに、彼の顔がこわばったのがわかってしまった。
でもこれでいい。野次馬も、見守りもいらない。――誰であろうと、フラウリッツにすら、邪魔は絶対させない。
師の鮮やかな手際に放心していた私の鼓膜を、ぱちぱちと鳴る拍手の音が震わせた。
「お見事です先生」
言った途端、ルゼは地面から飛び出した鎖に拘束された。打ち鳴らした手も胸の前でそのまま自由を奪われた。
「魔力を吸収していく鎖だ。意地はるとどんどん辛くなるから、これでもう観念しな」
フラウリッツがそう言い放つが、それでもルゼは慌てなかった。ただ困ったように苦笑いをして、自分を縛る鎖を見下ろした。
この余裕は何だろう。まだ、何かあるのだろうか。
「……ねぇ先生、どうして私を弟子にしたの?」
「ルゼ?」
私の問いかけには答えない、くだけた口調。
――これが、この子の素なのだろうか。
私の知っていた姿は、完全な偽りだったのだろうか。
私には、強い恨みだけを向けるルゼ。けれどフラウリッツに対しては、どこかそれ以上の憎しみと、悲しみが向けられている気がした。
「こんなふうに邪魔するなら、どうして私を弟子にして、魔法を、復讐の方法を与えたりしたの? いずれカールロット公爵家に害を加えると、最初から分かっていたくせに。この世に一人しか大事な人がいないなら、その女をさっさと公爵邸から攫って、二人だけで暮らせばよかったのに」
私は、黙ったままのフラウリッツの背中を見上げた。
「ふ、フラウリッツ……」
ルゼの揺さぶりに、惑わされないで。
そう言うべきなのだろうか。
――結果的に、彼に助けられている私に、そんなことを言う資格があるのだろうか。
「それとも私は最初から、“悪い魔女”としていずれ倒すために育てられたの? 陥れられたお姫様を助ける勇敢な騎士になるための、踏み台だったの?」
ロザロニアの肩を抱く手先が、緊張で冷たくなってきた。きつく力を込めたはずが、誰かに簡単に剥がされてしまいそうな気になる。
フラウリッツ――。
「……鋼の鍛え方は教えたけど、それで剣を作るか包丁を作るかは、おまえ次第だったんだよ」
それは、冷たくなくて、優しすぎない。フラウリッツの、いつもの声音。
だけど、背中の向こうの表情は、私に餞別の儀を行ったときと同じものなんじゃないかと思った。
穏やかな物言いに、悲しみと、自嘲が漂っている。
「なんで弟子にしたかって、そっちが魔女になりたがってたからに決まってんだろ。そりゃ、レダリカの家の関係者だってことで、気になったのも嘘じゃないが。……たぶん、ロザロニアを、エリセを助けたがっていたときのおまえと、ほとんど同じ気持ちだったよ」
だから、申し訳ない。フラウリッツはそう続けた。
「君にとびっきり楽しい人生を送ってほしかったのに、この状況で、君をレダリカ以上に優先してやれないところが、僕の器の限界なんだ。……先生だなんて、呼ぶな」
ルゼを捕らえる鎖は、全く緩んでいない。
ルゼも振り払おうとしていないのか、金属の擦れる音もしなかった。
「よくわかったわ。確かに、後から切り捨てるところまで、私とロザロニアの関係とおんなじね」
「そう拗ねるなよデライラ。……ちゃんと、おまえの師匠としての責任も取るよ。まっとうな魔女にさせられなかった、三流なりにね」
そのとき、黒と金の美しい蝶が、ひらひらとルゼの肩に降りてきて、そのまま雪が解けるように消えた。
さっきフラウリッツの手から飛び立った蝶だ。
それを捉えたルゼの青い目が、意外そうに見開かれて、それからじっとフラウリッツと目を合わせた。
……蝶の形の魔法。
なんだったか。魔導書を書き写していた時に、記述を見たはずなのに、こんなときに限って思い出せない。この魔法は使わないと、そう思ってよく読み込まなかったか。
歯がゆいことに、ふ、と鼻で笑ったルゼは、それがなんなのか分かっているようだった。
「……よく言うわ。責任取るって、これ? 結局、全部その女のためじゃない」
「当たり前だろ。彼女被害者だぜ、おまえと僕の、両方のね」
それに、ルゼは目を瞬き。
「……まあ、そうね。教え子が人に迷惑掛けたら、先生も償わなきゃね」
その言葉に、ルゼの顔に初めて人間らしい熱が灯った。浮かんだ微笑は、屈託なくて、無垢だった。
なのに。
「でもごめんなさい先生。まだ、迷惑掛け終わってないのよ」
ばつん、と大きな破裂音がして、ルゼを絡めとる鎖が弾けた。細かな金属片と爆風が辺りに飛んで、フラウリッツが顔を覆う。
「っ、しまった、タリスマンか!」
そう漏らした男越しに、私たち姉妹の目が合ったのは、一瞬だった。
次の瞬間、ぐるんと、視界が渦に巻かれたように回って。平衡感覚が狂う不快感に襲われて。
「……フラウリッツ!」
「レダリカ!」
「動かないで先生。この女の死が惨たらしくなるだけよ」
ふらり、とよろけることも許さないと、首筋に当てられた冷たい感触。背中側から、肩を抱くように押さえつけてくる腕。その腕は若草色のドレスが所々裂けて、下の皮膚から血がにじんでいる。
耳の後ろから聞こえてくる、ルゼの冷たい声。少し、息が乱れている。
さっきまで、私はフラウリッツの背後でロザロニアを抱き締めていたはずだった。
それなのに、今の私は二人の正面、ルゼがいたはずの場所に立っている。
顔を見合わせたフラウリッツは、見たことないくらい真っ青な顔色だ。
全身の血が下がっていく感覚に見舞われる。
彼の目に映る私は、血まみれのルゼに捕らえられて、水晶の短剣で首を押さえつけられている。直接振り返れなくてもわかるくらい血が滴っているのは、拘束の魔法を強引に解いた報いなのか。
「これが終わったら、先生、お叱りは地獄でちゃんと受けます。……私の、たった一人の先生」
そう言ったルゼの声は、涙まじりに聞こえたのに。
「……さよなら、レダリカ・カールロット。お互いのお母様に、よろしくね」
私には、恐ろしく冷たい言葉だけが向けられる。
「やめろ!」
視界の端に映ったのは、輝く短剣。水晶の剣。
それが、私の首目掛けてくる。残る力で突き立てようと、殺意をもって。
「ルゼ、やめて!」
叫んだ、その喉に。
――なにも、感じない。
「……そ」
感じない。痛くない。感覚が麻痺したのか。
いや、違う。
「そんな……」
愕然とした、ルゼの声。初めて聞く声。
短剣は、確かに私の首に届いていた。
けれど、それは私の皮膚に傷ひとつつけていない。
血濡れた手が握るところから、そして私の喉に当たったところから、ぱらぱらと透明の欠片が崩れて落ちていく。私の手やドレスに当たり、地面に転がっていくのがわかる。
絶望的な顔をしていたフラウリッツは、この様に目をみはり、そして次にはそれを細めた。
安堵したようにも、痛みに耐えるようにも、見える表情だった。
――タリスマンは、魔女が魔力を込めた宝石。持ち主に幸運を招く魔法。
ルゼの計画を、ここまで完璧に遂行させて、私の魔法を退けた、ずるいくらい強いお守り。
『たいていの魔法は、かけた本人はちゃんと解けるもんだし』
これも、例外じゃなかったんだ。
「……ロ、ザロニア」
フラウリッツの向こうで、ロザロニアはしゃがみこんだまま、こちらを、ルゼと私を見ていた。
その手はこちらに人差し指を向けている。まるで、狙いを定める短銃のように。
その手もぱたりと、力尽きたように地面に落ちて。
出てこない言葉の代わりのように、頬に新たな涙の筋が通っていった。
――周囲の異変に気がついたのは、そのときだった。
「今だ!」
突然の鋭い男の声に、何と思う間もなく、私たち四人に向けて青白い光が飛んできた。
「な、なにこれ!?」
思わす叫ぶと同時にしゃがみこんだ。……しゃがみこめた。ルゼはもう立つ力がないのか、私を捕まえていると言うより、しがみつくような形で一緒にへたりこんだ。
光は、青白い炎が矢じりで燃える火矢だった。木や地面に突き刺さった矢から、瞬く間に生け垣ほどの高さの火柱が上がる。
炎と炎の間にいた、フラウリッツの顔が消える。私たちは囲まれ、分断されたのだ。
「大人しくしろ、魔女たちよ! 我らは教会騎士団である!」
火の壁の向こうから響いてきた声。見えないが、他にも何人もの人間の気配と、金属の擦れる音がした。
「教会……!」
驚いて呟くと、ルゼの肩がびくっと大きく震えた。
王宮にいた誰かが、通報したのか。そばの大聖堂に詰めている騎士団は、飾りじゃなかったのか。
焦る私の肌に、青白い火の粉が降りかかる。熱と共に、魔力を削ぎ落とされるような感覚を受けた。
「貴様らはすでに包囲されている! 降服しろ!」
そんなこと言われたってどうしろと。
私は空を見上げた、と、そのとき、焔の先に飛び出した黒い影が目に入った。
カラスが、飛び出してきたのだ。緑の目のカラスが、そのまま素早く近くの木の枝に留まった。
その頭が左右に激しく振られている。私たちを探しているのだ。
騎士団とやらは自分達の放った炎が遮って、彼が変身したことに気がついていないのか。
ここだと、そう合図をしようと腕を上げかけた。
――それを途中でやめたのは、後ろから伸びてきた手のひらが、ぐるりと首に巻き付いてきたからだ。
「……ルゼ」
その手には、もうろくに力なんて込められていなかった。絞め殺すことなど到底できそうにない傷だらけの両手を外して、振り返る。
フラウリッツの鎖に魔力を奪われ、タリスマンも失い、今この魔女を焼く炎にあてられて、もう目を開けているのもやっとのようだ。肩で息をしながら、ドレスも、髪のリボンももうボロボロだ。
「……憐れまないでよ」
「ルゼ……」
ぜえぜえと喘ぐ息の合間で、血を吐くように言葉を紡ぐルゼ。
喋らない方が良いとわかるのに、そう言えない。
「私には、最初から、最期まで、お母さんしかいない……全部持ってるあなたが、持っていったやつが、憐れむなっ……」
ぼろぼろと、涙と共に零れて落ちてくる言葉。
正しい受け止め方もわからないまま、私は彼女の両手を掴んでいた。
「レダリカ!」
上空から、フラウリッツの声がする。
私は、必死なその声に振り返った。その間にも、炎の勢いはどんどん増していく。騎士団の「くそ、見えん、探せ!」という声がする。
「――ごめんなさいフラウリッツ、私、やらなきゃ」
私は、片手を上げて、魔力を集めた。私とルゼを覆う盾の上を、青白い炎が這っていく。羽ばたく緑の目のカラスはあっという間に見えなくなった。
カラスに表情はない。それなのに、彼の顔がこわばったのがわかってしまった。
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