『カールロット公爵令嬢は魔女である』~冤罪で追放されたので、本当に災厄の魔女になることにした~

あだち

文字の大きさ
56 / 68
四、カールロット公爵令嬢は魔女である

56

しおりを挟む
「あなたなんか、生まれてこなければよかったのに。公爵夫人が出産なんてしなければ、お母さんは愛人になんかならなかったのに。私も、あなたも、生まれてこなければよかったのに……!」

 ルゼには、周囲の変容など見えていないようだった。吐き出される言葉とともに、地面に、血と、涙の染みが増えていく。

「なんで……」

 彼女がそう呟く今も、どこかで何かが燃え落ちたのか、崩れる音がしている。それに男の怒鳴り声が続く。
 盾一枚隔てて起きるそれらが、ルゼと相対していると、ずっと遠くの出来事のように思える。
 追い詰められた魔女が最後にできる、唯一のことは、私を殺すことだけ。――たとえ、その力が残されていなくとも。

「なんで、みんな、あなたにばっかり……」
「……」

 私の首を絞めようとした手は傷だらけで、王太子の妃候補にも、公爵家の娘にも似つかわしくない。
 私は口を引き結んでそれを見つめた。 

 ……これは魔女の手だ。
 恨みに身を委ねて、魔の道に足を踏み入れた女の手。
 森の奥で、マイペースな魔法使いと、優しい妹弟子と、穏やかな時間を過ごして、それでもなお恨みを捨てきれなかった。

 これは、私自身の手だ。

「……私の前で泣くの、初めてね」

 怒った顔も、傷付いた顔も、初めて見た。
 出会ったのは、十年以上も前なのに。

 けれど、ここで感傷に浸っている暇などない。
 魔力を厚く固めた盾が、炎と接するところからじりじりと薄くなっているのがわかる。これは、魔女の力を削ぐ炎なのだ。きっとフラウリッツも手が出せない。
 時間は多くない。

 躊躇わない、私はそう決めて、ここに来たはず。

 息をひとつ吐いて、私は相手の薄い肩にそっと手を置くと、地面に向けてゆっくり押した。
 ほどけた金髪が地面に広がる。腕をついて覆い被さる私の黒い髪が、上から一筋、二筋と混ざる。

「……殺すの?」
 
 いとも簡単に押し倒されたルゼに、私は「そうよ」と答えた。

「そのための、黒いドレスよ」

 ルゼは怒りも驚きもせずに私を見つめたあと、血と泥にまみれた顔でふっと笑った。
 よく笑う子だ。こんなときまで、本当によく笑う。かつて羨ましいと思った、見るものを魅了する笑み。

 それは、いつも屋敷で見ていたのと変わらない顔のような気がした。過去の笑顔は全部嘘だったはずなのに。なら、今の笑顔は嘘なの、真なの。
 あなたのこと、知らなすぎて、私には判断できない。

 躊躇いはないけれど、虚しさが胸をついた。

「じゃ、共倒れね」

 聞き取るのも難しいくらい小さくなった、ルゼの声に耳を傾けながら、私は青い目をじっと見つめた。

「……こっちは倒れてないし、これから倒れる予定もなくてよ」

 わざとすまして言うと、一体どこにそんな体力が残っていたのか、ルゼは声を上げて、少しの時間笑った。

「……たった四つの戒律も覚えられないなんて、意外と、本当に、おばかさんなの?」
「あの城で長く過ごしておきながら、こんな結末しか辿れなかった、あなたに言われたくない」

 それから、魔力の流れに集中した。
 初めて使う魔法に、緊張して喉が乾く。周りが燃えているからかもしれないけれど。
 けれど、絶対に成功する自信があった。

「それに、私はあなたを殺すけど、戒律を破らないでいるつもりよ」
「え……?」
「罰は受けるのかもしれないけど」

 呪文も魔法陣もいらない。どうすればいいのかは、体が知っていた。――まるで、自分で一から考案したみたいに、よくわかる。

 私は相手から目をそらさないことを自分に命じた。魔法が完全に対象を捕まえて、掌握するのを待った。
 そうしていると、されるがままだったルゼの顔つきが変わった。
 
「まさか、これ」

 地面に投げ出されていた手が、術を阻止しようとするように私の顔に伸びてきた。もう遅いことなんて、この子の方がわかっているだろうに、それでも。

「……いや、やめて」

 身を起こした私は、爪のはげた指先の手をそっと捕まえた。ほとんど力のこもっていない、傷だらけの手。

 それを受け止めるように両手ではさんでも、それでも彼女の懇願は聞き入れるつもりはなかった。

 胸が痛む。心臓に杭でも打たれているのだろうかというくらいに。

 本当はやりたいことがたくさんあるけどと、言っていた。
 本当は、復讐以外にも、やりたいことがたくさんあったのだろうか。
 本当は、余計な雑音なんて気にせずに、誰かと恋をしたかったんじゃないだろうか。
 
 ずっと、あの城にいたかったんじゃないだろうか。

 あなたに復讐を思い止まらせることができなかったのは、フラウリッツじゃなくて、私なのかもしれない。
 庭に走っていくあなたを追って、その手を捕まえて、どこに行くのと聞けば、何かが違っていたのかもしれない。

 胸が、痛む。望んだはずの復讐なのに、罰を受けているのは私のようだ。

 でも、ごめんなさいとは言わない。
 負けたあなたが悪いのよ、そう言ってやろうと、口を開いて。

「……私たち、どっちもお妃なんて向いてなかったわね」

 実際には、全然違う言葉が出てきた。

 押し黙った私を、ルゼは束の間呆然と見つめてきたが、やがて諦めたように、その目を細めた。

 ……頬に寄せた手の指が、かすかに動いた気がする。
 叩こうとしたのか、引っ掻こうとしたのか。
 それとも、甘えようとしたのか。

「……さすがは、“王妃様になるべく育てられた真の公爵令嬢”。自分で泥を被らない悪事がお上手ね。……せっかくの蝶の呪いも、あなたを絶望させられないなんて」

 嫌味のあとの、呪いの意味を聞こうとしても、無駄だった。
 薄桃の紅が剥げた、その口が、かすかに端を上げて。

「なんて、不愉快な、妹弟子……」

 薄いまぶたが、ゆっくり、ゆっくりと落ちていって。
 その瞳から、光が失われていく。

 口元だけは、笑ったまま。

「――次は、地獄でお会いしましょう、お姉様」

 白い手が、私の手をすり抜けて、地面に落ちていった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

処理中です...