80 / 110
第三章 真実
会見-①
しおりを挟む
『すごいねぇ、先生』
電話の向こうの声に、卑屈な響きはなかった。
いつもの翔太だ。
先日のあの表情も言葉も、夢だったのではないかとすら思わせるその声色に、柚琉は内心ほっと胸を撫で下ろした。
『じゃあゆずも、今いろいろ大変なんじゃないの?』
「うん。でも本格的にはまだ、かな。会見を見たほかの患者さんからの連絡を期待して、カルテの証拠保全は会見の後になったから」
『それって逆に、証拠消されちゃったりするんじゃないの』
「あると思う。でもそれをやったら罪の上塗りをすることになるから、相手が不利になる。山都病院には久保先生もいるし、逆に追い込めるかもしれない」
『久保先生って味方って思って大丈夫なの?』
「おそらく、としか言えないけど。久保先生には、こっちが訴訟準備してるって山都病院に情報流してもらって、相手の味方のふりをしてもらってる」
『ダブルスパイ的なやつだ~』
その反応に、柚琉の力も抜けてしまいそうになる。
「今は、こっちで準備できる当時の資料を集めてる。お母さん、ほんと嫌がってるけど」
『結局、美津琉(みつる)さんも協力してくれてるんだ』
「協力っていうか……どうかな。マスコミとか、もしそういうのが来ても、もう会ってもない娘って言うって言ってたし……」
柚琉は母とのやり取りを思い出して苦笑した。
あんな啖呵を切っておきながら、あの後も継続的に母に連絡を入れる必要があったから、正直気まずいしやり辛い。実家で資料を集めている間、五分に一回は溜め息をつかれるし、十分に一回は「もういいでしょ」と言われ、さらに木佐への文句も差し込まれる。
それでも、当時の山都病院からの説明書類や処方された薬の説明書、父の日記など、かつてのまま寸分の漏れもなく管理していた様子が窺えて、素直にありがたいと思った。
「でも、どうだろう。理由が分かったからか、前よりもやりにくさはない、かもしれない」
母も、加齢による頑固さが増している気配はあるのだが、あの、父が亡くなった直後の頑なさとは種類が違う気がする。
この時間は、必要なものだったのかもしれない。
時折、そんなふうに思えるほどに。
『よかったね』
翔太の言葉に、柚琉は眉を下げた。
はっきりと言葉にすることはなかったが、翔太がずっと、母親と柚琉の関係を気にしてくれていたことには気づいていた。柚琉と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に、あの家が元通りになることを望んでいたのは翔太かもしれない。
電話の向こうの声に、卑屈な響きはなかった。
いつもの翔太だ。
先日のあの表情も言葉も、夢だったのではないかとすら思わせるその声色に、柚琉は内心ほっと胸を撫で下ろした。
『じゃあゆずも、今いろいろ大変なんじゃないの?』
「うん。でも本格的にはまだ、かな。会見を見たほかの患者さんからの連絡を期待して、カルテの証拠保全は会見の後になったから」
『それって逆に、証拠消されちゃったりするんじゃないの』
「あると思う。でもそれをやったら罪の上塗りをすることになるから、相手が不利になる。山都病院には久保先生もいるし、逆に追い込めるかもしれない」
『久保先生って味方って思って大丈夫なの?』
「おそらく、としか言えないけど。久保先生には、こっちが訴訟準備してるって山都病院に情報流してもらって、相手の味方のふりをしてもらってる」
『ダブルスパイ的なやつだ~』
その反応に、柚琉の力も抜けてしまいそうになる。
「今は、こっちで準備できる当時の資料を集めてる。お母さん、ほんと嫌がってるけど」
『結局、美津琉(みつる)さんも協力してくれてるんだ』
「協力っていうか……どうかな。マスコミとか、もしそういうのが来ても、もう会ってもない娘って言うって言ってたし……」
柚琉は母とのやり取りを思い出して苦笑した。
あんな啖呵を切っておきながら、あの後も継続的に母に連絡を入れる必要があったから、正直気まずいしやり辛い。実家で資料を集めている間、五分に一回は溜め息をつかれるし、十分に一回は「もういいでしょ」と言われ、さらに木佐への文句も差し込まれる。
それでも、当時の山都病院からの説明書類や処方された薬の説明書、父の日記など、かつてのまま寸分の漏れもなく管理していた様子が窺えて、素直にありがたいと思った。
「でも、どうだろう。理由が分かったからか、前よりもやりにくさはない、かもしれない」
母も、加齢による頑固さが増している気配はあるのだが、あの、父が亡くなった直後の頑なさとは種類が違う気がする。
この時間は、必要なものだったのかもしれない。
時折、そんなふうに思えるほどに。
『よかったね』
翔太の言葉に、柚琉は眉を下げた。
はっきりと言葉にすることはなかったが、翔太がずっと、母親と柚琉の関係を気にしてくれていたことには気づいていた。柚琉と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に、あの家が元通りになることを望んでいたのは翔太かもしれない。
10
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
氷の上司に、好きがバレたら終わりや
naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。
お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、
“氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。
最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、
実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき――
舞子の中で、恋が芽生えはじめる。
でも、彼には誰も知らない過去があった。
そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。
◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか?
◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか?
そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。
笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。
関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。
仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。
「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる