君の敵

なとみ

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第四章 リスタート

足掻く負け犬-②

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 時間になった。
 司会が、前回と同じくアナウンスを開始する。来場の御礼、今回の主旨の説明、登壇する人物の紹介へと続く。

「武宮柚琉さん。現在は、お母さまの姓『椎名』を名乗っておられます」

 頭を下げた後、まっすぐに前を見据える。
 まずは柚琉に対し、再度過去の事象をなぞりいくつか質問がされたが、真新しいものはない。順番は、すぐに静香に移った。

(大丈夫)

 その気持ちを込めて、彼女と目線を合わせて頷く。
 震えた声で、静香が話し始めた。

「私の父は、椎名さんのお父様と同じく、IB期の非小細胞がんを患っておりました」

 徐々に静香が調子を取り戻していく様子に、柚琉は内心肩を撫で下ろした。時折木佐がサポートのためにマイクを持つ場面はあったが、十分及第点だ。だが。
 柚琉はあからさまにならないようメディア席を見渡して、冷静に記者を観察した。

(念のため足を運んではみたけど、こんなものか、という感じかな……)

 今回は、最初木佐が行ったような、注目を集めるためのパフォーマンスはしない。
 特に目新しいものはないと判断したのか、明らかに別の作業をし始めている記者もいる。顔には出さないが、気分のいいものではない。静香の目に入らなければいいのだが。

「伊野さんにお伺いします。何か、医療過誤の証拠と言えるものはありますか?」
「いえ。当時は、手術のことも正直よく分かっておらず、当日付き添ってもいなかったので、病院内の様子も分かりません。おかしいな、という漠然とした疑問だけでした」

 明らかに、記者たちが嘆息を漏らす。
 だが。

 このカメラの向こう。
 静香が登壇したことで、確実に焦っている人間が、そこにいるはずだ。

「伊野さん」

 木佐が促し、静香が頷いた。

「ただ」

 静香が一呼吸置き、顔を上げる。
 
「今年の六月二十日。山城病院から私宛に、連絡がありました」

 流れが変わったことを感じたのか、こちらに向けられる視線が強まる。

「先方が仰ったのは、このような内容でした。『当時の話をすれば、あなたも訴訟の相手になる。あなたも今の大事な生活があるでしょうし、お分かりいただけますよね』、と」

 静香は、膝の上で握り締めていたレコーダーを持ち上げた。
 何人かが息を呑んだ音を、カメラのシャッター音がかき消す。

「会話は録音させていただきました。私はこれを、口止めの連絡だと解釈しています」

 会場は一気に騒めいた。カチャカチャとメモを取る音、そしてギラついた目がそのレコーダーに向けられている。
 静香と顔を見合わせた。
 反応は、上々だ。

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