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暗闇のゴブリン(1)
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森に囲まれた閑静な村シュバイゲン。
もはや虫の囁きしか聞こえない夜更け、月明かりにほんのわずか照らされた村はずれの畦道を千鳥足でやってくる男ひとり。年の頃は四十前後。
なにやらブツブツと独り言をたれている。
「チクショー、面白くねえ。神様って無慈悲だよな。いくらまじめに働いてもいいことなんて一つもねえ。すってんてんだ」
この男、村で鍛冶屋を営むゲオルクである。腕のいい鍛冶屋だが酒と博打に目がない。腕力には自信があるせいか少々荒っぽいところがある。妻がひとり。
日が暮れ、仕事場を片付けるといそいそと家を出ると、村はずれにある一軒の酒場へと向かう。そこで旧友たちと酒を飲みながらサイコロを振る。勝った試しがないほどに弱い。負けるために行くようなものだ。
今日もその日稼いだ金をすべて巻き上げられた。毎日負け続けても負けに慣れることはないようで、今日も機嫌は最悪だ。
ゲオルクは、とぼとぼ歩きながら家の前までくると、家の中の様子を窺った。
もう家の中は静まり返っていて、明かりも消えている。
「イルゼ、もう寝てやがるか」
尻のポケットから鍵を取り出してドアの鍵を開けようと、鍵を差し込んだが、ふとそこで妙なことに気付いた。鍵が掛かっていなかった。
「寝るときは必ず鍵を掛けるのがイルゼだが。かけ忘れたか? そんなこともあるんだな」
しっかり者の妻イルゼであるが。
ゲオルクはそっとドアを開けると忍び足で家に入った。イルゼを起こさないように。
そこでまた妙な物音に気付いた。台所の方でガサゴソ音がする。
「イルゼが盗み食いだと? いや、そんなことするわけがない。だいいち、他に誰もいないのだから、盗み食いなんてする必要がないじゃないか。さては泥棒か」
力仕事の鍛冶屋だからというわけではないが、腕っぷしには自信がある。捕まえてボコボコにしてやろうと思った。博打で負けた憂さ晴らしもある。
ゲオルクは暗闇の中を忍び足で物音のする方へ向かった。勝手知った我が家である。夜道を歩いてきて目も慣れている。
ゲオルクは台所をそっと覗いた。すると小さな影が台所の隅で何かを貪っていた。
——ゴブリンだ——
もともとゴブリンは小型だが、さらに小さなゴブリンだ。それでも害獣であることに違いはない。ゲオルクに限らず村中の者が苦しめられてきた。
農作物を荒らすゴブリン。家に忍び込み食料を盗むゴブリン。女の子にいたずらするゴブリン。
——間違いねえ……あれはゴブリンだ——
食べ残しを探し出して貪っているに違いない。
「食べ残しだって俺が稼いだ金で買ったものだ。許さねえ。フン捕まえて叩きのめしてやる。殺したって構わねえ」
ゲオルクはその影の動きを見計らって飛び掛かった。そして後ろから首を抑えると頭、背中へと力任せに拳を振り下ろした。
「この野郎、舐めやがって……」
「うげっ、うげっ。うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
野獣のような声を上げてそれは呻いた。
「臭いゴブリンめ。汚いゴブリンめ。人間を甘く見るなよ。俺は今、虫の居所が悪いんだ。生きて帰れると思うなよ」
今度は仰向けにすると、その顔面へと拳を振り下ろした。五発、十発、二十発……まだまだ続いた。
隣の部屋から足音がした。イルゼが何の騒ぎかと不審に思って見に来たのだ。
「ゲオルク、何してるの?」
その声にようやく我に返ったゲオルクが振り返った。
「ゴブリンだ。忍び込んで盗み食いしてやがった。村長のところへ行ってきてくれ。ゴブリンを捕まえたと知らせてくれ。今日、ちょうど街から役人が来て泊まってるはずだ。褒美がもらえるぞ」
「わかった。すぐに行ってくるね」
イルゼはネグリジェ姿のまま外へ出ると走った。
ゲオルクはその間にアルコールランプに火を点す。
すっと明かりが広がった。
台所の隅にはピクリとも動かないゴブリンが横たわっていた。
「新種のゴブリンか? 死んだか?」
土色のゴブリンだった。
すぐにゲオルクの家の前に人が集まった。
ゼファイル村長の声も聞こえる。
最初に声を掛けたのは街から来ていた役人だった。
「ゴブリンが入り込んだって? そりゃ災難だったな。仕留めたかね」
「わからねえ。ちょっと見てくれねえか。新種かもしれねえ。最近、新種も発生していると聞くからな」
明かりを手に近づいた役人は、それをまじまじと検分した。
そして役人は、ゆっくりとゲオルクへと振り返った。
「これはゴブリンじゃねえ」
「ゴブリンじゃねえだと? じゃあなんだ?」
「人だ。人間の子供だ」
もはや虫の囁きしか聞こえない夜更け、月明かりにほんのわずか照らされた村はずれの畦道を千鳥足でやってくる男ひとり。年の頃は四十前後。
なにやらブツブツと独り言をたれている。
「チクショー、面白くねえ。神様って無慈悲だよな。いくらまじめに働いてもいいことなんて一つもねえ。すってんてんだ」
この男、村で鍛冶屋を営むゲオルクである。腕のいい鍛冶屋だが酒と博打に目がない。腕力には自信があるせいか少々荒っぽいところがある。妻がひとり。
日が暮れ、仕事場を片付けるといそいそと家を出ると、村はずれにある一軒の酒場へと向かう。そこで旧友たちと酒を飲みながらサイコロを振る。勝った試しがないほどに弱い。負けるために行くようなものだ。
今日もその日稼いだ金をすべて巻き上げられた。毎日負け続けても負けに慣れることはないようで、今日も機嫌は最悪だ。
ゲオルクは、とぼとぼ歩きながら家の前までくると、家の中の様子を窺った。
もう家の中は静まり返っていて、明かりも消えている。
「イルゼ、もう寝てやがるか」
尻のポケットから鍵を取り出してドアの鍵を開けようと、鍵を差し込んだが、ふとそこで妙なことに気付いた。鍵が掛かっていなかった。
「寝るときは必ず鍵を掛けるのがイルゼだが。かけ忘れたか? そんなこともあるんだな」
しっかり者の妻イルゼであるが。
ゲオルクはそっとドアを開けると忍び足で家に入った。イルゼを起こさないように。
そこでまた妙な物音に気付いた。台所の方でガサゴソ音がする。
「イルゼが盗み食いだと? いや、そんなことするわけがない。だいいち、他に誰もいないのだから、盗み食いなんてする必要がないじゃないか。さては泥棒か」
力仕事の鍛冶屋だからというわけではないが、腕っぷしには自信がある。捕まえてボコボコにしてやろうと思った。博打で負けた憂さ晴らしもある。
ゲオルクは暗闇の中を忍び足で物音のする方へ向かった。勝手知った我が家である。夜道を歩いてきて目も慣れている。
ゲオルクは台所をそっと覗いた。すると小さな影が台所の隅で何かを貪っていた。
——ゴブリンだ——
もともとゴブリンは小型だが、さらに小さなゴブリンだ。それでも害獣であることに違いはない。ゲオルクに限らず村中の者が苦しめられてきた。
農作物を荒らすゴブリン。家に忍び込み食料を盗むゴブリン。女の子にいたずらするゴブリン。
——間違いねえ……あれはゴブリンだ——
食べ残しを探し出して貪っているに違いない。
「食べ残しだって俺が稼いだ金で買ったものだ。許さねえ。フン捕まえて叩きのめしてやる。殺したって構わねえ」
ゲオルクはその影の動きを見計らって飛び掛かった。そして後ろから首を抑えると頭、背中へと力任せに拳を振り下ろした。
「この野郎、舐めやがって……」
「うげっ、うげっ。うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
野獣のような声を上げてそれは呻いた。
「臭いゴブリンめ。汚いゴブリンめ。人間を甘く見るなよ。俺は今、虫の居所が悪いんだ。生きて帰れると思うなよ」
今度は仰向けにすると、その顔面へと拳を振り下ろした。五発、十発、二十発……まだまだ続いた。
隣の部屋から足音がした。イルゼが何の騒ぎかと不審に思って見に来たのだ。
「ゲオルク、何してるの?」
その声にようやく我に返ったゲオルクが振り返った。
「ゴブリンだ。忍び込んで盗み食いしてやがった。村長のところへ行ってきてくれ。ゴブリンを捕まえたと知らせてくれ。今日、ちょうど街から役人が来て泊まってるはずだ。褒美がもらえるぞ」
「わかった。すぐに行ってくるね」
イルゼはネグリジェ姿のまま外へ出ると走った。
ゲオルクはその間にアルコールランプに火を点す。
すっと明かりが広がった。
台所の隅にはピクリとも動かないゴブリンが横たわっていた。
「新種のゴブリンか? 死んだか?」
土色のゴブリンだった。
すぐにゲオルクの家の前に人が集まった。
ゼファイル村長の声も聞こえる。
最初に声を掛けたのは街から来ていた役人だった。
「ゴブリンが入り込んだって? そりゃ災難だったな。仕留めたかね」
「わからねえ。ちょっと見てくれねえか。新種かもしれねえ。最近、新種も発生していると聞くからな」
明かりを手に近づいた役人は、それをまじまじと検分した。
そして役人は、ゆっくりとゲオルクへと振り返った。
「これはゴブリンじゃねえ」
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「人だ。人間の子供だ」
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