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魔法の才能(2)
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ゲオルクが透かさず訂正した。
「あれは魔導書だ。貴重な本だったが」
「だけど今は鍋敷きよ」
「俺が鍛冶仕事で火を使うことが多いから、自由に火が使えたら便利だろ、だから勉強したらどうかって、村長が神父様から頂いてきてくれた本だ。が……」
「つまりね、もらった本だけど、読めなかったってことなの。この人、ろくに勉強してないでしょ。遊びほうけてたから」
「子供の前で、そんなこと言わなくてもいいだろ。難しいんだよ、あの本は……だったらお前、読めるのか」とゲオルクはいじけてそっぽを向く。
「女は読めなくたっていいの。女は裁縫と料理だけできればいいのよ」
「こんな時には勝手なもんだ」
「だから何も使わないのはもったいないから鍋敷きに使ってるってわけ」
「見ていい?」
「いいけど」とゲオルクは気を利かせて棚の上から取るとエルンに手渡した。「お前にはまだ無理だよ。古い言葉で書いてあるんだ。まさかとは思うけど……」
ゲオルクは笑った。
エルンはその本を手に取ると、その表紙をじっと見つめた。
「火の心を知り、我が使用人のように思いのままに従わせる魔法……」
エルンはつぶやくように言った。
「そうだ。今思い出した。そういう魔法だ。エルン、読めるのか?」
「本当? わからないんだけど、そんな気がしただけ」
——俺、読めるぞ——
ゲオルクとイルゼはテーブルを挟んで顔を見合わせた。
「エルン、聞いていい?」とイルゼが口を開いた。
「なに、おばさん?」
「あの夜、この家に入ったとき、ドアのカギは開いていたの?」
イルゼは鍵を掛けたはずだった。そう記憶している。鍵を掛けなければ物騒で寝ることもできないのだから。
「わからない。開いていてほしいと思っただけ。ドアを引いたら開いたんだ」
イルゼとゲオルクは考え込んだが、思うことは同じだった。しかし、そのことについては口には出さなかった。
「この本、借りていいかな」
「ああ、いいけど」とゲオルク。
イルゼの目は「まさかね」と言っていた。
昼から森を散策する予定だったエルンだが、魔導書を手にした時から読書に夢中になった。窓際の明るいところを陣取ると貪るように読みふけった。イルゼは、エルンが読んでいるのか見ているだけなのかわからず、不思議な思いでその姿を眺めていた。夜も自室に籠もるとランプの明かりを頼りに遅くまで読みふけった。
三日ほどそんな様子が繰り返された朝。
「昨日も遅くまで読んでいたみたいね。そんなに根を詰めると身体に毒よ」
イルゼがエルンに声を掛けた。
「うん、もう読み終わったよ」
飽きちゃったのかなとイルゼは思った。やっぱり無理だったんだと。
「朝食の支度、手伝って」
「うん。その前に、ちょっとこれ見てて」とエルンは竈の前に腰を下ろすと乾いた薪を探してくべた。
「なにするの?」
「ちょっと黙って見ててね」
エルンはまず、竈の焚き口の前に両手をかざした。気持ちを落ち着けると、しばらく目を閉じ、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。そして呪文のようなものを呟く。するとエルンの手の平のほんの少し前がオレンジ色に輝き始めた。
「うそ……」とイルゼは思わず声を漏らした。
エルンはそのオレンジ色の光を、鳥を放つように前へと押し出した。すると薪にポッと火が付いた。
イルゼは目の前で起こっていることが信じられなかった。ほんの五歳の子供がこんな魔法を使うなんて……。
「どうしたんだ。朝っぱらから猫がてめえのケツの匂いを嗅いだような顔しやっがって」
そこへ起きてきたゲオルクがイルゼの驚きの表情を見て声を掛けた。
「今ね、エルンが魔法で竈に火を付けたの」
「それはねえよ。いくら熱心に本を読んだからといって、読んだだけでできるものじゃねえ。何年も修行を続けないと簡単にできるもんじゃねえんだ。それくらいは俺でも知ってる。だから断念したんだ」
「三日で断念したもんね。でも、ほら」と竃の火を指さすイルゼ。
「嘘はいかんぞ。俺は時々嘘を吐くが、子供は嘘をついちゃいかん。エルン、どうやってやった?」
するとエルンは両手の平を上に向けて、大きく深呼吸をした。すると、手の平の少し上でオレンジ色の光が灯った。
「これをね、薪に投げたのよ。するとボワッと火がついたの」
「へえ…………」 しばらく呆然としていたゲオルクが絞り出すように言った。「すごいぞエルン。お前は火を自由に扱えるんだ。天性の素質があるってことだ。エルンは鍛冶屋に向いてるぞ」
「あんた、バカじゃないの」
「あれは魔導書だ。貴重な本だったが」
「だけど今は鍋敷きよ」
「俺が鍛冶仕事で火を使うことが多いから、自由に火が使えたら便利だろ、だから勉強したらどうかって、村長が神父様から頂いてきてくれた本だ。が……」
「つまりね、もらった本だけど、読めなかったってことなの。この人、ろくに勉強してないでしょ。遊びほうけてたから」
「子供の前で、そんなこと言わなくてもいいだろ。難しいんだよ、あの本は……だったらお前、読めるのか」とゲオルクはいじけてそっぽを向く。
「女は読めなくたっていいの。女は裁縫と料理だけできればいいのよ」
「こんな時には勝手なもんだ」
「だから何も使わないのはもったいないから鍋敷きに使ってるってわけ」
「見ていい?」
「いいけど」とゲオルクは気を利かせて棚の上から取るとエルンに手渡した。「お前にはまだ無理だよ。古い言葉で書いてあるんだ。まさかとは思うけど……」
ゲオルクは笑った。
エルンはその本を手に取ると、その表紙をじっと見つめた。
「火の心を知り、我が使用人のように思いのままに従わせる魔法……」
エルンはつぶやくように言った。
「そうだ。今思い出した。そういう魔法だ。エルン、読めるのか?」
「本当? わからないんだけど、そんな気がしただけ」
——俺、読めるぞ——
ゲオルクとイルゼはテーブルを挟んで顔を見合わせた。
「エルン、聞いていい?」とイルゼが口を開いた。
「なに、おばさん?」
「あの夜、この家に入ったとき、ドアのカギは開いていたの?」
イルゼは鍵を掛けたはずだった。そう記憶している。鍵を掛けなければ物騒で寝ることもできないのだから。
「わからない。開いていてほしいと思っただけ。ドアを引いたら開いたんだ」
イルゼとゲオルクは考え込んだが、思うことは同じだった。しかし、そのことについては口には出さなかった。
「この本、借りていいかな」
「ああ、いいけど」とゲオルク。
イルゼの目は「まさかね」と言っていた。
昼から森を散策する予定だったエルンだが、魔導書を手にした時から読書に夢中になった。窓際の明るいところを陣取ると貪るように読みふけった。イルゼは、エルンが読んでいるのか見ているだけなのかわからず、不思議な思いでその姿を眺めていた。夜も自室に籠もるとランプの明かりを頼りに遅くまで読みふけった。
三日ほどそんな様子が繰り返された朝。
「昨日も遅くまで読んでいたみたいね。そんなに根を詰めると身体に毒よ」
イルゼがエルンに声を掛けた。
「うん、もう読み終わったよ」
飽きちゃったのかなとイルゼは思った。やっぱり無理だったんだと。
「朝食の支度、手伝って」
「うん。その前に、ちょっとこれ見てて」とエルンは竈の前に腰を下ろすと乾いた薪を探してくべた。
「なにするの?」
「ちょっと黙って見ててね」
エルンはまず、竈の焚き口の前に両手をかざした。気持ちを落ち着けると、しばらく目を閉じ、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。そして呪文のようなものを呟く。するとエルンの手の平のほんの少し前がオレンジ色に輝き始めた。
「うそ……」とイルゼは思わず声を漏らした。
エルンはそのオレンジ色の光を、鳥を放つように前へと押し出した。すると薪にポッと火が付いた。
イルゼは目の前で起こっていることが信じられなかった。ほんの五歳の子供がこんな魔法を使うなんて……。
「どうしたんだ。朝っぱらから猫がてめえのケツの匂いを嗅いだような顔しやっがって」
そこへ起きてきたゲオルクがイルゼの驚きの表情を見て声を掛けた。
「今ね、エルンが魔法で竈に火を付けたの」
「それはねえよ。いくら熱心に本を読んだからといって、読んだだけでできるものじゃねえ。何年も修行を続けないと簡単にできるもんじゃねえんだ。それくらいは俺でも知ってる。だから断念したんだ」
「三日で断念したもんね。でも、ほら」と竃の火を指さすイルゼ。
「嘘はいかんぞ。俺は時々嘘を吐くが、子供は嘘をついちゃいかん。エルン、どうやってやった?」
するとエルンは両手の平を上に向けて、大きく深呼吸をした。すると、手の平の少し上でオレンジ色の光が灯った。
「これをね、薪に投げたのよ。するとボワッと火がついたの」
「へえ…………」 しばらく呆然としていたゲオルクが絞り出すように言った。「すごいぞエルン。お前は火を自由に扱えるんだ。天性の素質があるってことだ。エルンは鍛冶屋に向いてるぞ」
「あんた、バカじゃないの」
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