能喰い《よぐい》~底辺鑑定士、世界中のアイテムを喰らい尽くす

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Ⅰ 力を喰らう力

1-2.

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 冒険者ギルド《レイヴェン支部》の裏側にある、安酒場併設の宿の一室。窓からの日差しに目を覚ますと、床に突っ伏していた。身体が固まって、ごきごきと変な音がする。俺はひとまずベッドに腰を下ろし、ぐっと胸を押さえ込んだ。

「夢……だったのか。どっちなんだ」

 昨夜、俺の掌に沈み込んだはずの指輪は、左手の薬指に収まっていた。錆汚れが落とされた、黒い宝石をたたえて。まるでそこが本来の居場所であるかのように。
 角度を変えながら、まじまじと眺める。
 
「ふっ、婚約指輪の場所とは。俺に何か契約エンゲージでも───うっ、ぐ?……あ、頭がっ……───っ!」
 
 不意に、脳裏を焼くように画が現れる。

(これ……は、誰かの、記憶……?)

 見知らぬ誰かが見た景色。血まみれの戦場に転がる、武具や魔法具……誰かが指輪を掲げ、そのひとつひとつに宿る力を自らの身へ流し込んでいる。刃の切れ味が腕に宿り、盾の硬度が皮膚へと伝わり、炎の杖の熱がそのまま血潮をいていく。

 ───『能喰よぐい』よ、我が血肉に刻み込め───
 
 そんな呪文のような囁きが、記録の中で何度も繰り返された。
 そしてまた、刺しこむような頭痛。ともなって、俺自身の体がその感覚を追体験していく。異物が骨や筋肉に食い込み、力がみ渡っていく。俺自身の経験として、体が覚えていく。
 理解せざるを得なかった。『能喰い』───それは、アイテムに宿る性質や能力を、自らの肉体に取り込む。だがそれは、頭の中だけの話。

「……試してみるしかないな、身をもって」

 レイオンが投げつけた革袋に、金は思ったよりは入っていた。温情というよりは、俺にクビを黙っていろという意味だろう。あいつらしいが、程度は知れている。
 俺は宿を出て、街はずれの雑貨屋を訪ねた。試すだけなら安物の武具や護符で十分。出費は抑えていくべきだ。

「よお、誰かと思えばカイルか」
「マステロ、久しぶりだな」
「噂になってるぜ『猛き赤獅子』。今いちばんC級に手が届くパーティだってな」
「……そうか。それはよかった」
「レイオンの剣術は大したもんだが……まあ、お前の金策と腰の低さは大きく貢献してるって。オレはわかってるぜ」
「そう言ってくれる奴はありがたいね」

 ここは初心者御用達の「何でも屋」。誰かの使い古した、安かろう悪かろう。だが、俺たち冒険者にはなくてはならない店だ。特に二年前、D級へ昇格するときに、随分世話になった。

 買ったのは───
・木の盾 防御 +1  ・錆びた銅剣* 攻撃 +3.2(+0.5)
・小回復の護符  ・火球の巻物  ・マインドポーション
 ───この5つ。

 今更なものばかりだとマステロに冷やかされつつ、小脇に抱えて足早に宿へと戻る。

「───さてと。これで夢だったってことになると、相当恥ずかしいが……」

 ひと通り部屋の床に広げる。〝懐かしい顔ぶれ〟に少し笑いがこみ上げる。
 選んだ基準は、最低限の防具、劣化とはいえ付与術が施された武器、聖教会、魔術師ギルドに薬師ギルド、それぞれの魔法消耗品。消耗品はよく買いに走ったものだ。

 ひと呼吸して、木の盾を手に取り……握り手に力を込める。途端に頭の奥に、同じ声が木霊した。

<<木の盾を摂食しますか>>

「ははっ、『食う』と来たか。じゃあ……『いただこう』───んぐっ!」

 指輪がぽうっと光り、びくびくと脈打つ。同時に木の盾は粘土のように形を畳みこみ……俺の手のひらへと入り込んでいく。一瞬のうちに、盾は俺の目の前で消えてなくなった。
 
 やがて、全身の皮膚に、ぴっと突っ張るような感覚を覚える。と同時に、またしても画が───誰かの〝使った記憶〟が、頭の中から全身にかけて走り渡った。足の踏んばり具合に、腰の据え方。そして、手の掲げ方。

 俺は立ち上がり、意識と無意識の狭間で、盾を構える姿勢を取った。
 
「……成った。【盾防御Ⅰ】が。知らないスキルを、頭と筋肉がたった今、覚えた」
 
 昨日まで戦闘技術の欠片も備わっていなかった俺に、見えない誰かが手取り足取り教えるような奇妙さと、力強さ。実際に使ってみないことにはまだ物まねの領域だが、その調整も課題のひとつ。

俄然がぜんおもしろくなってきたな、これは」
 
 鑑定時よりも大きく眼前に展開する「情報窓」。今しがた〝いただいた〟アイテムとスキルがリストアップされている。

「この空白を埋めていけば……俺は、どれだけ強くなれるんだ」

 奇妙さと、ぞくりとする高揚感。床に広げたアイテムの群れを見て、思わず喉を鳴らした。



 ひと通りの〝儀式〟を済ませると、俺は町東の森へと向かった。F級依頼の常連である角ウサギ───アルミラージの退治。農家でも狩る相手。元事務屋のおっさんが安全に試すにはもってこいだ。

 森に入ってすぐ、一匹のアルミラージが現れた。角を立てながら、きょろきょろしている。
 俺は思い切って正面に躍り出る。両手には何も持っていない。〝持っていないだけ〟だ。

「さあ、〝吐きだせっ〟」

 指輪がぽうっと光る。両手を振りだすと、先ほどいただいた木の盾と錆びた銅剣が、手先に現れた。一度喰ったものは、何度でも出し入れできる。武装をしなくていいメリットは少なからずある。

 アルミラージは俺をザコとみなすなり、角を水平にして突っ込んでくる。俺は〝記憶通り〟、筋肉と関節が小気味よく型を決め、盾防御を行う。

  乾いた音が響き、盾が欠ける。ちゃんと防御は出来た。しかし感慨深くなる俺を、相手は待ってはくれない。何度でも繰り出してくる突進を避け、盾で受け。不安で不確実な筋肉の動きを、確実にしていく。

「───ぐっ、しまった」

 角が腕をかすめ、擦り傷を負う。まだまだ油断大敵。しかし〝いい機会〟をもらった。マインドポーションで宿した魔力と魔法適正。魔法が使えなかった俺が今、小回復の護符から会得した治癒魔法【ヒール】を行使する。
 ぱあっと手先から神聖な光が放たれ、傷が癒えていく。

「あらためてすごいな、護符から得ると詠唱も要らないのは。くく、グマサナが見たらどう思うだろうな」

 この調子なら【ファイアボール】も同じく適用できそうだな。だが今は、目の前のヤツを片づけないと。

「だいぶへばってきてるな。こっちもそうだ。だから、終わりにしてやるっ」

 鼻息の荒くなったアルミラージが、決めの突進をする。俺は正面から、銅剣で覚えた【薙ぎ払いⅠ】を叩き込む。ずばあっと、首の動脈を打ち斬り……地面に転がり、ゆっくりと動かなくなった。

「ははっ……はははっ」

 笑いがこみ上げてくる。初めての戦闘勝利? 残虐性への狂喜? どれも違う。
 一朝一夕にはいかない鍛錬の成果を、一瞬で成したこの、インチキ具合に笑ったのだ。

「……これが、『能喰よぐい』」

 吐き出した声は、震えていた。だが胸の奥では、もう前に進むしかない奇妙な熱が渦巻いていた。

「血抜きにもちょうどよかったな。今日の昼はこいつにするか───」



 夜。宿の暗い部屋で横たわりながら、俺は今日の成果を振り返りながら、手のひらを見つめる。

 指輪が流し込んだ記憶、得体の知れない力。なぜ俺が選ばれたのかはわからない。だがひとつだけ確かだ。今手にした力は道具や金と違って、奪われることがない。これから積み重ねる実績も、無下にされることもない。

 今、確かな怒りがある。それを充足する力も得た。だがそれは、まるっきり信用できるものじゃない。俺は今の俺を恐れることを忘れてはいけない。

「まずは学び、確実にものにする。あとのことは、それからだ」

 俺は低く呟き、そのまま眠りに落ちた。指輪のある薬指に、心臓とは違う鼓動を感じながら。
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