能喰い《よぐい》~底辺鑑定士、世界中のアイテムを喰らい尽くす

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Ⅰ 力を喰らう力

1-5.

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 バルカを出た。
 馬にまたがり、昼間の街道をゆったりと進む。ギルドにも宿の仲間にも、誰一人として別れを告げていない。楽しくやった。世話にもなった。それでも、別れの言葉を口にするのはどうにも気恥ずかしかった。

 それに……オーガとの戦いのあと、胸の奥に奇妙なおりが沈んだままだ。燃え尽きたわけではない。渇きはますます強くなるばかり。
 だが、あのギルドの面々が穏やかにやっていたのを思うたび、自分がもうその輪の中に立てないことを悟った。踏み越えてしまったのだ。誰よりも遠い場所へ。

「孤独が、心地よくなったのかもしれないな。いや、きっと、逃げただけだ。人と関わる煩わしさから」

 馬上でつぶやいた声が風に散った。
 オーガをたおして得た力とともに、胸の底には冷えた穴がぽっかりと空いている。『能喰よぐい』の力を振るうたび、何か人間らしいものが削れていくような感覚があった。
 
 そして気づく。俺はまだ、レイオンたちの影を引きずっている。どれだけ喰らっても、結局人間の器は大きくならないらしい。



 陽が傾きかけた頃。〝あの峡谷〟を前に立ち止まった。岩肌が赤く染まり、馬のひづめが乾いた石を踏む音がやけに響く。
 死闘が、昨日のことのようにまざまざとよみがえる。冷えた風が吹き降ろしてくる中に、まだあのときの血の匂いが残っているような気がして、少し物思いにふけった。

「───うん?」
 
 歩を進めようとしたとき、後ろから早駆けの蹄の音が響いてきた。
 何事かと振り向けば、誰かが白馬を駆ってこちらに向かってくる。マントから覗く軽鎧とくらの装飾程度からして騎士のようだが、単独とは……
 
「そこの者、お待ちください。貴殿はカイル=リンギオで相違ありませんか」
「いかにも、そうだが」
 
 馬を止めると、騎士はフードを取る。ブロンドの髪が風にほどけ、青い瞳がまっすぐ俺を射抜く。若い女だ。
 下馬した彼女は、礼の姿勢を取った。

「バルカ領騎士団のエルヴィと申します。貴殿とどうしても話がしたく、追って参りました」

 俺は眉をひそめる。何か罪を問われる風でもないが、貴族領の騎士が冒険者風情に頭を下げるなど、尋常ではない。慌てて馬から降りたが、彼女はさらに深く膝を折った。
 
「話とは、何の用だ」
「どうか私を、貴殿の旅の御供にお加えください」

 突然の言葉に息が詰まる。御供だと。うら若き女騎士が、無精ひげのくたびれた流れ者に伴うなど、冗談にも程がある。
 そんな俺の体裁など気にする様子もなく。清冽せいれつな眼差しを向けるエルヴィに、俺は率直に訊ねた。

「順を追って説明してくれ。そもそも、なぜ俺を知っている」
「実は先日、貴殿がここでオーガと演じた死闘を、一部始終見ていたのです」
「───なっ」

 エルヴィによると……
 調査の冒険者パーティが戻った時点で、ギルドは救援を仰ぐべく、すぐに領主へ伝令を送った。そこで彼女が再調査のため単身向かったところ、件の戦闘に出くわした。その後、俺がギルドにいることがわかったが行方知れず。もしやと思い、この峡谷へ来たという。

 鋭い追跡だと褒めたいところだが、厄介なことになった。
 
〝見られた〟───俺の戦いを、『能喰よぐい』の発動を。それが何よりも厄介だ。
 他の誰かにも知られたか。心臓が脈打つと同時に、左手薬指に、また違う鼓動を覚え始める。

「……何を、どこまで見た」
 
 声が低くなる。風が止み、谷の空気が重く沈んだ。だがエルヴィはひるまず、真っ直ぐな眼差しを向けてきた。

「あの巨鬼に決して怖れをなさず、ひたすらに立ち向かわれるお姿を拝見し、ただ感服しました。強者の技に次ぐ技を盗み見てしまった非があることは、重々承知しております」

 そう言って、彼女はさらに深く頭を下げた。
 
「領主にも、ギルドにも何ひとつ話しておりません。私はただ、強くなりたい。貴殿にその道を見たのです。どうか……どんな危地でも構いません、同行をお許しください」

 言葉を額面どおり信じるつもりはなかった。だが、悪意も計算も感じられないから始末に悪い。

「辺境領タールマクへ向かう。二十日はかかる。飯も寝床もろくにない旅路だ。お前のような御殿騎士がついてきて何になる」
「構いません。闘いを知り、己を鍛えるためなら」
 
 エルヴィの瞳は揺るぎない。自分には無かった気迫に、少し圧倒された。
 
 若い頃、魔法も武術もからっきしダメで、生きていくためにすがった鑑定士の仕事。だがこの娘は違う。己の力を信じ、強くなることへの渇望を、何の恥じらいもなく晒している。しかしそんな彼女が、この歳になって偶然にも力に呪われた俺を道標するというのは、苦笑するしかなかった。

「ふざけた話だな」
 
 俺は馬にまたがり、手綱を引いた。

「勝手にしろ。とにかく、俺を探るな。詮索するな」

 言い捨てて、俺は馬の腹を軽く蹴った。
 再び、ひづめの音が岩場に響き始める。背中に別の蹄が続く。やはり付いてくるらしい。

(少し、様子を見るしかないな)
 
 騎士の名乗りはあったし紋も見たが……素性が確かなのかわからない。ましてや、正道を鍛錬する者たちに、俺のようなスキル任せの雑な戦いの、何に感銘を受けたというのだ。

 しかし……いずれ俺の秘密に関し、対峙しなければならない人間は現れるだろう。その時、躊躇なく命を取れるか。あの娘がその〝試し〟になる可能性は、なくもない。

 冷たいか? どうだろうな。
 彼女がただの、酒場での飲み相手ならよかったのに。そう思うぐらいの適当な情は、まだある。
 
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