能喰い《よぐい》~底辺鑑定士、世界中のアイテムを喰らい尽くす

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Ⅰ 力を喰らう力

1-8.

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 バルカを発って二日。辺境領タールマクを目指すまでの道のりは長く、まだ峡谷さえも抜けきれずにいる。しかし殺風景な岩肌の連続にさして飽きることもなく、俺はオーガ戦の記憶をずっと反芻はんすうし続けていた。〝俺の中の俺〟と話すかのごとく。

 馬を休め、ボロ布に描かれた地図を広げて確認する。このままいけば、あと半日ほどで鉱山村に着くはずだが……俺はチラと彼方に目をやった。
 あの娘───エルヴィはしっかりと付いてきている。革袋の水などを口に含みながら、気まずそうに明後日を向いている。
 
「勝手にしろ」と言い放ってから言葉も交わさず。夜は遠巻きで寝袋にくるまりながらも、ずっと俺から目を離さず、挙動を合わせている。何が彼女をここまで駆り立てるのかわからない。俺を監視しているとも思えん。

(さっさと飽きて、帰ってほしいんだがな。危ない目に遭わない内に)

 
 岩肌が赤く染まり始める時間のはずが、薄暗い。さっきから空の雲行きが怪しい。肌の乾き具合から〝無い〟とは思っていたところ、油断した。俺は雨宿り用の適当な窪みを探すため、馬の腹を蹴って早駆けた。
 
 ごろごろと、荒れそうな気配が強まり、湿った空気が鼻を突く。慌ててフードをひっかぶると、合わせるように、強い雨が降り注いできた。
 
「……くそっ。間に合わなかったか」

 ばちばちと雨が硬い地面の上を叩き始め、蹄の音がかき消えていく。フードの縁が額に貼りつき、マントが重く沈み始めた頃。

「───っ! 洞窟だっ」

 浅そうだが、馬ごと入れそうなほどの大きさ。手前で馬から滑り降りると、そのまま手綱を引いて影の中へとなだれ込んだ。
 ひと息つき、マントを脱ごうとしたところ。

「お赦しをっ」

 エルヴィが駆け込んできた。フードを取り去ると、被った意味が無いほどにブロンドの髪がずぶ濡れになっている。
 
 彼女にかまわず、俺は左手からカンテラを〝振り出す〟と、火魔法トーチを念じて中へ点火。奥まった部分を照らして確認する。床には石で組んだ炉と消し炭、隅っこには干からびたリンゴの芯が転がっていた。

「知る人ぞ知る休憩場所ってわけだ。炉は有難く使わせてもらうか」

 少し早いが、俺は野営の準備に取り掛かる。手先から今度は薪の束を振り出し、炉にくべて火をつける。続いて鉄鍋と塩壺、そして野菜……と手順よく出そうとしたところで、空振りになった。

「ふっ、そうだった。食い物は出せないんだった。変なクセが付いたものだな」

能喰よぐい』で体内……かどこか知らんが、とにかくしまい込めるのは〝使うもの〟に限られる。料理あるいは食材の類は別途持ち歩かねばならない。塩壺や薬草と、干し肉の境界が少し曖昧でわからんが。
  
 鍋に火をかけ、水、麦、そこへナイフで乾燥イチジクとチーズを削り入れ、かゆを煮込む。その間に、靴と手袋を炉の近くに置いて……ふと、視線を感じて目を向けると、エルヴィが不思議そうな顔で突っ立っていた。

「どうした。粥が欲しいならわけてやるぞ。何か食材と交換だが」
「いえ……その、道具が、手先から」
「ああ、〝手品〟のことか。詮索するなと言ったろう」
「……申し訳、ございません」

 迂闊うかつなのではない。よくよく考えたのだが、『能喰い』の力をこの娘が説明したところで、誰が的を射るのか。元・アイテム鑑定士でE級冒険者がオーガを倒したなど、誰が信じるのか。
 
 むしろ騎士を相手に堂々としたほうがいい。俺は盗みも殺しも詐欺も働いちゃいない。そう思うと、妙に警戒していたのがバカバカしくなったのだ。

「火に、当たっても?」
「構わんさ。それぐらいは助け合いだ」

 胸当ての下から雨がしたたっている。そういえば、さっきからまったく雨をぬぐおうとしないどころか、妙に落ち着きが無い。
 俺は察して、手先から麻布リネンを振り出してエルヴィへと放った。

「───っ、あの」
「それを使え。こんなところで風邪でも引かれたら大迷惑だ」
「ありがとう、ございます」

 エルヴィはぎゅっと麻布を握り、礼をした。

「他所を向いていてやるから、さっさと濡れたものを脱いで干せ」
「は、はい」

 背中越しに、炉の傍でカチャカチャと装備を外す音が聞こえてくる。およそ女が服を脱ぐなまめかしさとはかけ離れた音に、思わず苦笑した。
 
 粥の煮え具合も気になりつつ……ふと、この二日間で抱いていた疑問がはっきりと形になってきた。俺はそれを彼女に投げかけた。
 
「お前……騎士団に何も言わずに来たんだろう?」
「えっ」

 麻布が肌をぬぐう音が止まった。

「装備は一丁前なのに荷袋が軽いのは不思議だったんだが、何をそんなに慌てて来た」
「……」

 黙りこくっている。俺は少し苛立ちを覚え、からかった。

「その調子じゃあ食い物はおろか、替えの下着すら持ってきていないな」
「しっ、下……無礼なっ」

 俺はその一言を聞くなり立ち上がって、咄嗟に麻布で胸を隠す彼女を見据える。露わになった上半身の、隠しきれない薄桃色の素肌が覗いている。

「無礼だと?」
「きゃあっ」

 彼女を押し倒し、両手首をつかんで頭上で押さえつける。麻布がはだけ、胸のペンダントが滑り落ちる。
 小刻みに震える顔に向かって、俺は怒気を込めて言葉をぶつけた。

「お前が〝何者〟か知らんが……いい加減な遊びに付き合ってやるほど、俺はヒマじゃないんだ。それとも、若い娘が男と二人きり、肌を晒して何もされないと思っていたのか?」

 エルヴィの青い瞳が、俺を見つめる。怒りや羞恥しゅうちもなく、ただ真っすぐと。しかしやがて、その目じりに涙が滲み始めた。
 俺は彼女を解放すると、鉄鍋の前にしゃがみ込み、ゆっくりと粥を回す。

「明日朝、バルカへ帰れ。俺の旅は、お前が供をするようなものじゃない」

 無言の時間が過ぎていく。ただ強い雨音が、洞窟の中に響き渡っていた。


 
 一夜明け……洞窟の外に雨は無く、陽が昇る前のかすみが、岩の間にたなびいていた。
 
 焚火の残り火をかき消し、馬の背に荷を戻す。横を見ると、エルヴィはすでに鎧を着込み、ブロンドの髪を一束にまとめていた。
 疲れているはずなのに、顔にはかげりひとつない。どうやら粥もちゃんと食ったらしい。世間知らずか、図太いのか……あそこまで詰めたのに動じた様子もなく、何だか腹立たしい。

 馬に乗りこむと、蹄がぐちゅりと湿った音を立て始める。そして俺の背中にも、同じ音が続いている。

(……ダメか)

 しばらく霞の中を分け入ったが……どうにも蹄の音が不快になり、後ろを向いて叫んだ。

「いい加減にしろっ! 俺はヒマじゃないと言ったはずだっ」

 エルヴィは息をぐっと呑むも……臆さず強い目を向けた。
 
「わっ、私もっ、同じ方向に用があるだけですっ」
「嘘をつけっ」
「嘘じゃありませんっ」

 呆れた。誰より俺自身に呆れる。こんな小娘を制しきれず、非情にもなりきれないところに。

「……くそっ」

 馬の腹を蹴り、脚を早める。
 もう知ったことか。夜盗にさらわれようが……今ならせいせいするだろう。
 
 
 ほどなくして、風が乾き始め……雲の切れ間からも、ようやく光が差し始める。このゆるい上り坂を越えれば、カッパド鉱山の村が見えてくるはず。そこで何とか、後ろの厄介者を追い払う機会を得たい。

 上りきったところから見下ろすと、昨夜の雨の影響であろう、濁流の激しい川が目に入った。水位も随分上がっている。向こうの橋では、たもとで坑夫らしき男たちが何やら騒いでいる。近づいていくと、緊張の声を張り上げた。

「そこの旅人っ。この先で岩崩れがあった。危ねえから引き返せっ」
 
 ───その時。
 ずうぅんっ……と、重い音が空気を震わせる。出どころを探ると、彼方で煙が上がっていた。

「鉱山口のほうだっ」
「やべえっ。坑道に様子を見に行ってたやつらがっ」

 男たちが数人一斉に駆けだす。と同時に、エルヴィが煙のほうに向かって馬を早駆けた。

「───お前っ? ……ちっ」

 狼狽うろたえる坑夫たちを尻目に、俺はエルヴィの後を追った。
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