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Ⅰ 力を喰らう力
1-10.
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カッパドを出て十日。岩肌の景色からやっと離脱した。
適度な野山の緑と、少しくすんだ中秋の空を仰ぎ見ながら、ゆるやかな川沿いを下っていく。坑夫たちの話では、辺境領タールマクへはこれが一番わかりやすいそうだ。
日中の陽気は心地よいが、朝晩の冷え込みは冬の訪れを日に日に伝えてくる。焚火の時の、肥えた魚を焼いたのが何とも美味いが、顔を洗う時は息が止まる。
エルヴィは確かに侯爵令嬢にしては気骨があるんだろう。今のところ半分以上は野宿。身体を拭くにも諸々気苦労があろうに、文句ひとつ言わずによくついてきている。ただ真面目で、冗談のひとつも言わない俺が悪人に思えるときもある。
道中の食糧確保と鍛錬も兼ね、魔物を狩っているが……彼女のたっての願いもあり、毎朝稽古をつけている。人に戦い方を教えるなど、偉くなったものだなアイテム鑑定士……と、戒めも込めつつ。しかし遠慮はしない。
エルヴィの得意武器は槍。俺は長剣がメインだが、合わせて槍を持つ。
「───はっ! ぃやあっ!」
「遅いっ」
「くっ」
早朝に吐く息も白く。呼吸が整わぬうちに彼女を伏せることもしばしば。ちょっと力余って痛い目に遭わせることもあるが、そんな時はすぐ【ヒール】をかける。痛みには慣れてもらいたいが、嫁入り前の娘を傷物にするのは本意じゃない。
しかし……二年もやっていて基本スキル【直突】【横薙ぎ】の二種のみの習得に留められているというのには、正直恐れ入った。
「騎士団はちびっ子道場か。実戦のバリエーションはどうなってるんだ」
「槍団長は、基礎鍛錬こそが全てだと。ただ、私はまだまだ基本の域ですが……猛者の技量はわかります。カイル殿は、もはや団長程度では勝負にならない高みにおられるかと」
「嬉しいが、手合わせはしたくないね。まだ槍を持って半年だって言ったら、泣いて立ち直れないだろうからな」
「ほっ、本当ですかそれは」
「本当さ、〝俺は〟な」
俺が『能喰い』で喰った槍技は基礎技で既に16、アレンジと特殊を入れると倍以上になる。そのさまざまな槍使いの記憶から鑑みれば、エルヴィの筋自体は悪くない。
しかし……このままでは上達が遅すぎて、御供としては使い物にならない。どうしたものか。
───! 待てよ。
「お前の槍を、ちょっと貸してくれ」
俺はエルヴィの槍を受け取るなり、〝喰わせた〟。
「ああっ! わ、私の槍がっ」
「あ~、すぐに返してやるから、ちょっと待ってろ」
目の前で突然自分の槍がぐにゃぐにゃと曲がって俺の手の中に消えたものだから、ビックリどころじゃなかろう。
「情報窓」を呼び出す。ちゃんと『エルヴィの槍』って武器名になっているのが面白いが、知りたいのはそこじゃない。
俺が情報窓を触っているのをエルヴィは視認できない。単に空中に向かって手先指先を動かす奇行と映っている。
「……イケるな、これは」
『能喰い』では、アイテムが個々に持つ基本値を俺の身体能力に加算することが出来る。そこでふと、喰ったものが取り出し自由なら、この数値自体も出し入れできるんじゃないかと思いついた。
「情報窓」にて、自分の能力値から任意の数値を選んだ武器へ加算する。途端に、指輪がびくりと脈打ち───
「ぐくっ?」
「───! 如何されましたっ」
「だ、大丈夫だ。ちょっとめまいがしただけだ」
全身の血がぎゅっと引くような、何かを持っていかれる感覚が襲う。まあ、予想は上手く行き……数値の移動結果はしっかりと反映されていた。
[カイル: 攻撃 +1080 ▲20 | 敏捷 +967 ▲20 | 器用 +982 ▲20]
[エルヴィの槍: 攻撃 +17(+20) | 敏捷 -5(+20) | 器用 -4(+20)]
「あの、カイル殿。槍は……」
「せっかちな奴だな。ほらよ」
手先から再び槍を振り出し、エルヴィへと返す。
「その〝手品〟と仰る技は、本当に……いったいどうなっているのですか」
「詮索はしない約束だったろう。まあ気が変わったら教えてやる。とりあえずその槍で演武してみろ」
「わかりました。では」
エルヴィは言われるがまま、静かな構えから気合一番、【直突】を打ち出した。
「はぁっ! ───……なっ?」
続いて【横薙ぎ】、また【直突】。最初こそ戸惑っていたものの、繰り返し空を突き、風を払っているうちに、高揚した笑みが彼女の顔に浮かび上がってくる。明らかに、槍が己に与える力の変化を実感していた。
「槍に……羽根が生えたようです。前より格段に扱いやすくなっている」
「成功だな。仮に『分与』とでもしておくか。要は、俺の力をお前の槍に〝分け与えた〟んだよ」
「付与魔術までお使いになるのですか」
「似たようなもんだが違う。まあ詳細は秘密だ」
満足な結果だ。これで、手っ取り早い戦力増強が出来そうだ。
ただし今のところ、スキルは持っていかれたらそれっきりのようだ。ダブったスキルを持つアイテムを入手次第、こいつの武器に放り込めば……
(相変わらず、とんでもないな俺は。供の育成までインチキと来たもんだ)
「ありがとうございます。この力を無駄にしないよう、さらに精進いたしますっ」
俺の歪な自画自賛とは裏腹に、純粋すぎるエルヴィがまぶしい。ちょっとすねそうだ。
◆
バルカとタールマクのちょうど折り返し点となる、中規模の町へと着く。
門番によると、周辺都市の交易中継点だとか。見張り台付きの木造りの門をくぐれば……目抜き通りには露店がひしめき合い、結構な活気に満ちていた。
「ひとまず宿へ向か……やけにそわそわしているな、お前」
「あっ、あの、できましたらその、温泉に行ってみたいのですが」
ここがにぎわうもうひとつの理由が、民に無償で開かれた温泉公園だ。目抜き通りの中央に堂々と。近づくほどに、むわっと熱を帯びた湿気が肌を撫でる。
石造りの広々とした庭園仕立て。真ん中には、湯桶を抱えた大きな女性像が据えられ、湯を吹き出している。
老いも若いも、男も女も、この肌寒い時期に、肌着でうろうろしてくつろいでいる。そこへ混じりたそうに、ちらちらと目をやるエルヴィ。
「俺は露店を回る。晩飯までゆっくりしていろ」
「本当ですかっ。ああ、十日ぶりの湯浴み……」
「頑張ったご褒美にしてやるよ、〝お嬢様〟」
「───はっ。し、失礼いたしました……」
ふん、辛抱強いとはいえ、やっぱり〝いいところの出〟だな。いじり甲斐のあるやつだ。
◆
宿に荷物を降ろし、エルヴィを湯殿で開放すると、飛び跳ねるようにして去って行った。
で、俺は俺で嬉々としてアイテム探しに入る。こっちはいつもと変わらぬ、飢えて獲物を狙う狼か鷹のようだが。
『能喰い』の力がアイテム鑑定士の上位たる所以に、この一瞥しただけで詳細のわかるスキルがある。ぐっと目を凝らすせば、俺にだけ見える「情報窓」が飛び込んでくる。
「そう言えば、よくビルチに『見るだけで判れ』なんて偉そうに言われていたな」
つまらんことも思い出しながら。
玉石混交、真贋織り交ぜ。馬鹿みたいなものが巧妙に着飾って高値に、一見して地味な逸品がたたき売りされている。
アイテム鑑定だけでは、美術品や宝飾品、装飾加工が施されたものの価値判定が難しい。貴族などに召し抱えられる高給取りの上級鑑定士には、歴史や様式の知識が求められる。だがその学習環境は、未だ平民には縁のないものだ。
何の皮肉か……今の俺には、市場価値は関係ない。真に生きるための力が備わっているか。アイテムに求めるのはそれだけだ。
「スキルだけで見ればキリがないな。ひとまずは懐にやさしく……おっ?」
古めかしい彫刻刀が目に入った。刃は錆びてこぼれているものの、木製のハンドルとケースの意匠が、妙に殺気立っているというのか、おどろおどろしい。
「そいつは元々、東方の貴族の特注品でねえ。もう役には立たないが、いい細工だろ」
店主の老婆が、気だるそうに煙管をふかしながら説明し始める。どうせ嘘だろうが。
「……いくらだ」
「1000イェン」
「使えないなら、300イェンってところだな」
「無茶言わないでおくれ。日銭も出やしない。こんな年老いたババアを殺す気かいっ」
「じゃあ売れないそれを抱いて寝てるんだな」
「ぅぅう、わかったよ。400っ」
「まあいいだろう。話が早くて助かる。長生きするぜ、きっと」
「けっ」
引っつかむように代金を受け取ると、老婆は手で追い払う仕草をした。
「道具としては値段相応だが……いいタイミングで、面白いものが見つかったぜ」
他にも露店を周回しながら、幾つか有用なものが手に入った。
早速宿に戻って喰わせよう。まったく、どいつもこいつも養うのに手間がかかる。
適度な野山の緑と、少しくすんだ中秋の空を仰ぎ見ながら、ゆるやかな川沿いを下っていく。坑夫たちの話では、辺境領タールマクへはこれが一番わかりやすいそうだ。
日中の陽気は心地よいが、朝晩の冷え込みは冬の訪れを日に日に伝えてくる。焚火の時の、肥えた魚を焼いたのが何とも美味いが、顔を洗う時は息が止まる。
エルヴィは確かに侯爵令嬢にしては気骨があるんだろう。今のところ半分以上は野宿。身体を拭くにも諸々気苦労があろうに、文句ひとつ言わずによくついてきている。ただ真面目で、冗談のひとつも言わない俺が悪人に思えるときもある。
道中の食糧確保と鍛錬も兼ね、魔物を狩っているが……彼女のたっての願いもあり、毎朝稽古をつけている。人に戦い方を教えるなど、偉くなったものだなアイテム鑑定士……と、戒めも込めつつ。しかし遠慮はしない。
エルヴィの得意武器は槍。俺は長剣がメインだが、合わせて槍を持つ。
「───はっ! ぃやあっ!」
「遅いっ」
「くっ」
早朝に吐く息も白く。呼吸が整わぬうちに彼女を伏せることもしばしば。ちょっと力余って痛い目に遭わせることもあるが、そんな時はすぐ【ヒール】をかける。痛みには慣れてもらいたいが、嫁入り前の娘を傷物にするのは本意じゃない。
しかし……二年もやっていて基本スキル【直突】【横薙ぎ】の二種のみの習得に留められているというのには、正直恐れ入った。
「騎士団はちびっ子道場か。実戦のバリエーションはどうなってるんだ」
「槍団長は、基礎鍛錬こそが全てだと。ただ、私はまだまだ基本の域ですが……猛者の技量はわかります。カイル殿は、もはや団長程度では勝負にならない高みにおられるかと」
「嬉しいが、手合わせはしたくないね。まだ槍を持って半年だって言ったら、泣いて立ち直れないだろうからな」
「ほっ、本当ですかそれは」
「本当さ、〝俺は〟な」
俺が『能喰い』で喰った槍技は基礎技で既に16、アレンジと特殊を入れると倍以上になる。そのさまざまな槍使いの記憶から鑑みれば、エルヴィの筋自体は悪くない。
しかし……このままでは上達が遅すぎて、御供としては使い物にならない。どうしたものか。
───! 待てよ。
「お前の槍を、ちょっと貸してくれ」
俺はエルヴィの槍を受け取るなり、〝喰わせた〟。
「ああっ! わ、私の槍がっ」
「あ~、すぐに返してやるから、ちょっと待ってろ」
目の前で突然自分の槍がぐにゃぐにゃと曲がって俺の手の中に消えたものだから、ビックリどころじゃなかろう。
「情報窓」を呼び出す。ちゃんと『エルヴィの槍』って武器名になっているのが面白いが、知りたいのはそこじゃない。
俺が情報窓を触っているのをエルヴィは視認できない。単に空中に向かって手先指先を動かす奇行と映っている。
「……イケるな、これは」
『能喰い』では、アイテムが個々に持つ基本値を俺の身体能力に加算することが出来る。そこでふと、喰ったものが取り出し自由なら、この数値自体も出し入れできるんじゃないかと思いついた。
「情報窓」にて、自分の能力値から任意の数値を選んだ武器へ加算する。途端に、指輪がびくりと脈打ち───
「ぐくっ?」
「───! 如何されましたっ」
「だ、大丈夫だ。ちょっとめまいがしただけだ」
全身の血がぎゅっと引くような、何かを持っていかれる感覚が襲う。まあ、予想は上手く行き……数値の移動結果はしっかりと反映されていた。
[カイル: 攻撃 +1080 ▲20 | 敏捷 +967 ▲20 | 器用 +982 ▲20]
[エルヴィの槍: 攻撃 +17(+20) | 敏捷 -5(+20) | 器用 -4(+20)]
「あの、カイル殿。槍は……」
「せっかちな奴だな。ほらよ」
手先から再び槍を振り出し、エルヴィへと返す。
「その〝手品〟と仰る技は、本当に……いったいどうなっているのですか」
「詮索はしない約束だったろう。まあ気が変わったら教えてやる。とりあえずその槍で演武してみろ」
「わかりました。では」
エルヴィは言われるがまま、静かな構えから気合一番、【直突】を打ち出した。
「はぁっ! ───……なっ?」
続いて【横薙ぎ】、また【直突】。最初こそ戸惑っていたものの、繰り返し空を突き、風を払っているうちに、高揚した笑みが彼女の顔に浮かび上がってくる。明らかに、槍が己に与える力の変化を実感していた。
「槍に……羽根が生えたようです。前より格段に扱いやすくなっている」
「成功だな。仮に『分与』とでもしておくか。要は、俺の力をお前の槍に〝分け与えた〟んだよ」
「付与魔術までお使いになるのですか」
「似たようなもんだが違う。まあ詳細は秘密だ」
満足な結果だ。これで、手っ取り早い戦力増強が出来そうだ。
ただし今のところ、スキルは持っていかれたらそれっきりのようだ。ダブったスキルを持つアイテムを入手次第、こいつの武器に放り込めば……
(相変わらず、とんでもないな俺は。供の育成までインチキと来たもんだ)
「ありがとうございます。この力を無駄にしないよう、さらに精進いたしますっ」
俺の歪な自画自賛とは裏腹に、純粋すぎるエルヴィがまぶしい。ちょっとすねそうだ。
◆
バルカとタールマクのちょうど折り返し点となる、中規模の町へと着く。
門番によると、周辺都市の交易中継点だとか。見張り台付きの木造りの門をくぐれば……目抜き通りには露店がひしめき合い、結構な活気に満ちていた。
「ひとまず宿へ向か……やけにそわそわしているな、お前」
「あっ、あの、できましたらその、温泉に行ってみたいのですが」
ここがにぎわうもうひとつの理由が、民に無償で開かれた温泉公園だ。目抜き通りの中央に堂々と。近づくほどに、むわっと熱を帯びた湿気が肌を撫でる。
石造りの広々とした庭園仕立て。真ん中には、湯桶を抱えた大きな女性像が据えられ、湯を吹き出している。
老いも若いも、男も女も、この肌寒い時期に、肌着でうろうろしてくつろいでいる。そこへ混じりたそうに、ちらちらと目をやるエルヴィ。
「俺は露店を回る。晩飯までゆっくりしていろ」
「本当ですかっ。ああ、十日ぶりの湯浴み……」
「頑張ったご褒美にしてやるよ、〝お嬢様〟」
「───はっ。し、失礼いたしました……」
ふん、辛抱強いとはいえ、やっぱり〝いいところの出〟だな。いじり甲斐のあるやつだ。
◆
宿に荷物を降ろし、エルヴィを湯殿で開放すると、飛び跳ねるようにして去って行った。
で、俺は俺で嬉々としてアイテム探しに入る。こっちはいつもと変わらぬ、飢えて獲物を狙う狼か鷹のようだが。
『能喰い』の力がアイテム鑑定士の上位たる所以に、この一瞥しただけで詳細のわかるスキルがある。ぐっと目を凝らすせば、俺にだけ見える「情報窓」が飛び込んでくる。
「そう言えば、よくビルチに『見るだけで判れ』なんて偉そうに言われていたな」
つまらんことも思い出しながら。
玉石混交、真贋織り交ぜ。馬鹿みたいなものが巧妙に着飾って高値に、一見して地味な逸品がたたき売りされている。
アイテム鑑定だけでは、美術品や宝飾品、装飾加工が施されたものの価値判定が難しい。貴族などに召し抱えられる高給取りの上級鑑定士には、歴史や様式の知識が求められる。だがその学習環境は、未だ平民には縁のないものだ。
何の皮肉か……今の俺には、市場価値は関係ない。真に生きるための力が備わっているか。アイテムに求めるのはそれだけだ。
「スキルだけで見ればキリがないな。ひとまずは懐にやさしく……おっ?」
古めかしい彫刻刀が目に入った。刃は錆びてこぼれているものの、木製のハンドルとケースの意匠が、妙に殺気立っているというのか、おどろおどろしい。
「そいつは元々、東方の貴族の特注品でねえ。もう役には立たないが、いい細工だろ」
店主の老婆が、気だるそうに煙管をふかしながら説明し始める。どうせ嘘だろうが。
「……いくらだ」
「1000イェン」
「使えないなら、300イェンってところだな」
「無茶言わないでおくれ。日銭も出やしない。こんな年老いたババアを殺す気かいっ」
「じゃあ売れないそれを抱いて寝てるんだな」
「ぅぅう、わかったよ。400っ」
「まあいいだろう。話が早くて助かる。長生きするぜ、きっと」
「けっ」
引っつかむように代金を受け取ると、老婆は手で追い払う仕草をした。
「道具としては値段相応だが……いいタイミングで、面白いものが見つかったぜ」
他にも露店を周回しながら、幾つか有用なものが手に入った。
早速宿に戻って喰わせよう。まったく、どいつもこいつも養うのに手間がかかる。
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