二度転生令嬢の落ち着く先

蒼黒せい

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第18話

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 頭の痛みにこらえながら、私は駆けていた。
 とにかくあの場に居続けたくなかった。

 けれど、王宮内で私の行ける場所も、隠れられる場所も無い。
 そんな私が行きついたのは……騎士団の訓練所だった。

 額を抑え、涙目になり、着ていたドレスも若干乱れた私が現れたとき、騎士団はざわついた。

「シセ…リア…?」

 騎士の一人が、訝しげに尋ねてくる。
 そういえば、彼らの前にドレス姿で現れたのは初めてだった。
 普段は騎士服か、色気のないシャツとズボン姿だったから。
 これまでと異なる装いの私に困惑しているようだった。

「…お久しぶりです」

 そうとだけ答えた。
 何故ここに来てしまったのだろう?
 ここに来てもどうしようもないのに…
 結局、私が王宮で一番長く過ごしていたのはここだったから。
 自然と、足は通いなれた場所に来てしまっていた。

 そこに、あの人も現れた。

「団長…」

 そう呼ぶも、団長の顔は浮かない。
 むしろ、何かをこらえるような表情に何があったのかとこちらが心配してしまう。
 こちらに歩み寄った団長は、手前でいきなり片膝をつき、頭を下げた。

「えっ…?」
「……シセリア様、もうこの場は、貴女様がおとずれるような場所ではございません」

 普段の団長と違う、畏まった態度に動揺してしまう。
 それが何故なのか、次の団長の言葉ではっきりした。

「もう貴女様は王妃となられる身……。親衛隊が御身をお守りになられるでしょう」
「っ!」

 そう、もう団長の耳には、私が王妃として選ばれたことが入っていた。
 もう騎士でも、チェスティス家の令嬢でもない。
 王妃となるもの。
 だから、この場において団長の態度こそが相応しいもの。
 私は……

「…そう、ですね。失礼、しました」

 未だに頭は痛むのに、それ以上に別の何かがきしむように痛い。
 その痛みにこらえきれず、私は逃げるように訓練所を後にした。




 あてども無く、ふらふらと王宮内を歩いていた。
 たった1日で起きた様々なことが私の中をぐるぐると巡り、落ち着かせてくれない。

 何かをして落ち着きたい。
 その思いがある場所へ足を運ばせていた。

 訓練所は今日の訓練を終えたのか、もう人影は無かった。

 勝手知ったる何とやら。
 訓練所の倉庫へ向かうと、使用済みの模擬剣を引っ張り出した。
 ……私がいなくなってから誰も磨いていないのか、ずいぶん汚れていた。

 剣を一本手に取り、布で磨いていく。
 汚れがひどく、なかなか落ちない。
 けれど、懸命に磨き続けると徐々に本来の輝きを取り戻してきた。
 一本、また一本と磨きを進めていくと、混乱した頭もようやく落ち着いてきた。

 思わぬ陛下の変貌ぶりに恐怖を感じ逃げ出してしまったけど、よく考えれば何も問題はない。
 陛下の想いに重さを感じたのは確かだけれど、全く想われないということは杞憂だった。
 けれど、『グリエ』に想いを抱いていたと言われたときは……なんというか、引いた。
 確かに『グリエ』は華奢で見た目に女性と間違われることもあったし、前々世の『リベッカ』の影響で侍女みたいな振る舞いをしていたのもあったし、そう思うと…

(……割と自業自得…?)

 よくよく考えると、『グリエ』の頃は『リベッカ』の影響をもろに受けていた…ような気がする。
 男なのは自覚していたけれど、25で死ぬまで親衛隊副隊長としての責務が忙しかったのはあるけれど異性関係の噂はほとんどなかった。…同性の騎士に狙われていたほうが多かった気も。
 そう考えると、思春期真っ盛りの殿下に想いを抱かれてしまう可能性は、無きにしも非ず…というか抱かれていたわけだし。とはいえ、だからといって『グリエ』をそのまま伴侶に…と考えていたのは看過できない。しかもさっきの陛下の様子からは、『グリエ』に明らかに……性的欲求を求めていた。
 もしあのまま存命し、関係を求められたら…?

 ない。
 絶対にない。
 例え王命を下されても絶対に拒否した自信がある。
『グリエ』にその気は全くないし、むしろ嫌悪感すら抱いていた。いくら見た目や所作を女っぽいと揶揄されようと、心が女なわけではない。だからこそ、狙ってきた同性の騎士どもにはきっちり仕置していたわけで。
 求められた瞬間、親衛隊を辞し、他国に逃亡したと思う。
 辞めただけでは絶対に済まない。最低限他国。できれば海も越えたい。

 じゃあ今は…?
 ……割と嫌じゃないという気持ち。
 女として生まれたからなのか、それとも『グリエ』の頃から……いや、そっちの可能性は排除しよう。
 キス自体は嫌とは思わなかったし、驚きはしたけれど…嫌悪は無かった。

 その後の関係を求められたのは、色々と驚いたのと明らかに初めての私に向けていい熱量じゃなかった。あのままなら間違いなく壊される自信があった。未経験だけど、分かる。あの目は、極限まで空腹の胃袋を抱えた獅子が獲物を捕らえた目だった。

 つまり、逃げたのは正解。生き延びた。間違ってない。

「ふぅ……」

 いろいろと考えをまとめ、自己弁護も兼ねていると剣は全て磨き終えていた。
 最後の一振りを戻そうとしたところで、王宮内がざわついていることに気付いた。

「…!?」

 背後を振り返ると、黒い煙がもうもうと立ち上っていた。
 煙の方角には何があったか。頭の中で王宮のマップを広げると、まさかの施設があった。

(牢屋…?)

 王宮内の牢屋は王国の秩序に関わる重罪人がその身の確保も含めて入れられている。
 もし牢屋で火災騒ぎが起きたのであれば、きっとこの騒ぎに乗じて脱獄しようとするものが要るかもしれない。

 牢屋には先日私を強襲した偽装兵が収監されている。まだ尋問の最中のはずだが、まさか…という思いが巡る。

 死人に口なし。

 彼らは訓練を積んだ兵士だった。…16年前と同じく。
 彼らが単独で、親衛隊を排除し、私を誘拐しようなどという企てをするわけがない。
 間違いなく、指揮した者がいる。
 …もし、彼らの口から自分の正体がバレることを怖れた指揮した者が、口封じしようとしたら。

 今手元に細剣は無く、部屋に取りに行っている間に万が一でも犯人と遭遇するのは避けたい。

「借りるわね」

 たった今磨き上げたばかりの模擬剣を勝手に拝借し、私は騒ぎが増す牢屋へと向かった。


 彼らは下手をすれば、本当に親衛隊を排除しかねないほどの実力者だった。いくら数の利があろうと、それだけで負ける親衛隊じゃない。
 だからこそ、それ程の者を指揮できる人間も限られてくる。

 …例えば、王弟殿下とか。

 この火災騒ぎが、ただの事故かそれとも意図的なものなのか。

 牢屋付近まで近づくと、現場は騒然としていた。
 大勢の兵士が水を汲んだバケツを手渡し、火元へと運んでいる。
 しかし火の勢いがすさまじい。
 ただの石造りである牢屋で、これほど大きな火が上がるだろうか。
 現場には、指揮を出す陛下と、それを受け取り各隊にさらに指示を分散する団長の姿があった。

「シセリア!」

 陛下が目ざとく私を見つけ、駆け寄ってきた。
 私の手に模擬剣が握られているのを見ると、その表情を険しくさせた。

「何があった…?」
「いえ、これは……ただの護身用です」

 どうやら私が襲撃されたと勘違いしたらしい。
 そんなことは無かったと否定しておく。

「そう…か」

 陛下は安心したようで、大きく息を吐いた。
 そういえば、逃げるように別れたままだったのを思い出す。
 なんとなく気まずくなり、逃げるように視線を牢屋の方へ向ける。、

 消火が続いているものの、黒い煙は未だ消えない。
 その煙に乗じて、周囲には嫌な臭いも立ち込め始めている。

「今はここを離れろ。護衛も付ける。一人でいるな」
「あの兵たちはどうでした?」
「………今はまだ、牢屋の中には立ち入れない」

 苦虫をかみつぶしたかのような陛下の表情に、この騒ぎが意図的なものであったと確信した。護衛を付けろ、一人でいるなというのもそのせいなのだろう。

「わかりました…」

 陛下が指示した親衛隊の二人が私の傍に付く。
 一人に模擬剣を取られ、私は追い立てられるように火災現場を後にした。


 部屋に戻ると、親衛隊二人はそのまま扉の前に門番として立った。
 部屋には私一人。
 私はすぐさま細剣を腰に穿いた。…なんとなく、今の状況で武器を手にしていないことが落ち着かない。

 窓から外を見ても、牢屋とは反対の方向なので様子はうかがえない。
 今はただの一介の令嬢である私にはできることは何もない。
 ただ騒ぎが収まるのを待つだけだ。

 この火災はただの火災ではない。
 ……口を封じるため。
 兵から正体がバレることを怖れた犯人の犯行であることは間違いない。
 兵を操り、しかも、この王宮内で事故を引き起こすことができるだけの権力者。

 指折りで数えても足りるくらいにしかそんな人物はいない。

 けど、一方で不可解なこともある。

 何故私を誘拐しようとしたのか?
 …全く予想できないわけじゃない。
 多分、犯人は私を王妃にしたくない。
 私が王妃になり、跡継ぎを産めば陛下の地位は盤石となる。
 それにより、現在の地位が脅かされる人物。
 …王弟殿下。

 先日の追いかけっこの騒ぎのときにも、王弟殿下は私と陛下との仲をそう見ていた。
 陛下が将来、私を王妃にするだろうとも考えていたのだろう。
 そして、私が王宮に呼ばれたことでその懸念が現実になるとみて、私を誘拐しようとした。
 何故誘拐なのかは分からない。結果としてそのおかげで助かったのもあるが、もしあの襲撃で私も含めて皆殺しだったならば……状況は変わっていたかもしれない。
 誘拐の意図は分からないが、そのおかげで助かったともいえるのは皮肉としか言いようがない。


 そしてこれからどうなるのか。
 仮に王弟殿下だとすれば、ここにいるのは敵の手中にいるのと同じこと。
 陛下の目も届く範囲ではあるけれど、それもどこまでか。
 となれば、やはり自衛の手段として剣は手放せない。

 せめてあの兵から犯人の手掛かりとなるものが掴めればよかったのに…そう思ったとき、思い出した。

『グリエ』が死の間際、敵の正体の手掛かりとなりそうなものを手に入れたのを。
 あれはどうなったのだろう?
 陛下が生き延び、無事王位を継いだことですっかり失念していたが、あの襲撃事件は昔の事件と酷似している。
 なら、あの時の手掛かりから犯人を探ることもできるんじゃないか?

 私は親衛隊の一人に、陛下と事故処理が片付いたら話したいことがあるとの言伝を頼み、その時を待った。



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