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第19話
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その日の夜。
とうに夕食を終え、就寝しようかと考え始めていたころに陛下からの呼び出しが入った。
既に寝間着に着替えていたため、一旦ワンピースに着替え直し、そして当然のように剣を腰に穿く。
もちろん、道中の護衛を担う親衛隊の面々から剣を置くよう言いつのられるが無視。
こんな堂々と陛下を襲撃する馬鹿がどこにいるというのか。
とも思ったけれど、彼らもそれが仕事。そして私も、身を守るために譲れなかった。
私の腕を知っているだけに無理に取り上げることもできず、諦めてそのまま連れていってくれることとなった。四方を囲まれ、まるで私が護送されているかのようだ。
案内されたのは陛下の私室だった。
まさか私室とは思わず、部屋の手前で足がすくむ。
私から伺いを立てたとはいえ、この時間帯で陛下の私室に足を運ぶのは非常にきまずい。
強引に言い寄ってきた陛下を拒否した手前、余計に。
そんな私の気持ちとは裏腹に、護衛の一人が陛下に声を掛け、それに陛下が応えて「入れ」と指示される。
開かれていく扉の中に、ソファーに腰かけた陛下の姿が見えた。書類を手にしているが、その姿はずいぶんリラックスして見える。
陛下の目が私を捉える。その目が私を、そして腰に穿いた剣にとまり、苦笑する様子が見えた。
「陛下、その…」
「かまわん」
護衛の一人が陛下へ声を掛けると、陛下がそれがわかっているのか内容も聞かずに了承した。
「シセリアが私を害することはありえん。無用な心配だ」
「ですが…!」
「お前たちは全員下がっていい」
彼ら護衛からすれば、私は所詮わずか半年前に騎士になった令嬢という異色の存在…というだけ。陛下と対面したのもそれからなのだから、たった半年しか経っていないのに、剣を穿いたまま、しかも二人っきりなどというのは、理解できないだろう。私でも…『グリエ』でも許可しない。
だからこそ、なお引き下がらない護衛だが、陛下の有無を言わせない声音の『下がっていい』には従うしかなかった。
「………」
「…どうした。早く来るがいい」
しかし、逆にこの状況に気まずさを増すことになったのは私の方。
来いと言われ、やむなくソファーへと腰を下す。…陛下とは反対側の、最大限距離を取った位置で。
「………」
「………」
3人が余裕で腰かけられるほどのサイズのソファーなので、間には一人分…いや、あえて私は肘掛側に詰めているので二人分は空いている。
その空間が気に入らないのか、明らかにぶすっとした表情をこちらに向けてくる。
陛下が無言で、自分の隣のソファーを叩く。『隣に来い』という意思表示だ。
「陛下、その…」
意思表示を無視し、話し始めた私にしびれを切らした陛下がソファーから立ち上がる。そして踏み出した一歩が私へと近づく一歩だと分かったとき、私は反射的に立ち上がり、既に離れる一歩を踏み出していた。
「…何故逃げる?」
いや分かってもらえませんかね!?あなたちょっと前に強引に迫って拒否られたの忘れました!?
心の声がちょっと雑になり始めたのは下町でバイトしていた影響か。とにかく、訪れた目的が隣に座らなくても達成できるなら、今日は座りたくない。じりじり近づく陛下にじりじり離れる私。
ようやく諦めたのか、陛下は元の位置に戻って座り直した。それを見届けて私も最初の位置に戻ることにした。
「…それで?」
距離を詰めることを諦めた陛下が、話を促してきた。私は表情を引き締め、陛下へと向き直る。
「『グリエ』のことで確認したいことがあります」
『グリエ』の言葉に陛下も表情を引き締める。その目が先を促してくる。
「『グリエ』は死の間際、敵の正体となりそうなものを残した…そう記憶しています。それは…どうなりました?」
『グリエ』は激戦の最中、敵の正体を探ろうとしていた。そして、何か手掛かりとなりそうなものを手に入れた……そこまでは覚えている。しかしそれが何だったのか、もうその記憶は私には無かった。
あの事件は、王位継承権第一位の当時の殿下を襲ったものだ。当然、大々的に調査されたはずだ。陛下が即位されたことで、すっかり頭から抜け落ちていたが、どう処理されたのかが気になる。
尋ねられた陛下はその顔を苦虫を噛み潰したように変えた。そんな表情をするのもわかる。下手をすれば殺されかけた事件だ。思い出すのも嫌かもしれない。
しかし、陛下がそんな表情をしたのは別の理由だった。
「…お前が殺されたあの事件か。………あれは未だに犯人が見つかっていない」
「えっ?」
「絶対に見つけ出し、処刑してやりたいのに……全くもって情けない」
まさかの内容に驚くしかなかった。既に16年も経っているのに未だに犯人が見つからない?
陛下はまだ犯人を見つけられないでいることに憤っているようだった。
そして詳しく聞いていくと、私が残した手掛かりはとある伯爵家の家紋を刻んだ服の一部だった。その伯爵家がかかわりがあると調査し始めた矢先に、なんと伯爵家の屋敷が全焼する事件が起きた。伯爵家の人間含め、使用人全員が死亡した。たった一人の生き残りもいなかった。そしてさらに、その焼けた遺体には悉く切り傷があり、彼らが火事が起こる前に殺されていたのは明白だった。
手掛かりとなる伯爵家自体が燃えたことで、一切の手掛かりは失われてしまった。以後、犯人は見つけられていないということだ。
「そうだったんですか…」
まさかそんな事態だったとは知らず、そうとしか言えなかった。しかし一方で、襲撃し、その関係者を焼き殺すという手口を使うという共通点は、同じ犯人である可能性が高いことを示していた。
そこで、今度は陛下に牢屋の火事の詳細を聞いてみた。
「陛下、牢屋の火事での生存者は?」
「半数は死んだ。が、半数はかろうじて生き残った。…今度はしくじったというわけだ」
今度は、という言葉から陛下も同じ結論に至っている。
犯人は同じ。
いくら犯人といえど、今回は王宮内の牢屋ということで、事前に殺しておくことができず、焼死という選択を取るしかなかった。その結果、生存者が残ってしまった。
「残った連中は絶対に殺させん。犯人を捕らえるまで…な」
その言葉に並々ならぬ決意を感じる。
「一度ならず、二度までも私からお前を奪おうとした。その罪は断じて許さん」
「…………」
陛下の怒りの方向が、私の思う方向と違う気がしてきた。さらに言えば、その方向を認めるとあまり良くない気がする。私の精神衛生的に。
とりあえず私の聞きたいことは聞くことができた。これ以上ここにいることはない。…時刻は既に深夜に差し掛かっている。
早く立ち去ろう。そう思い、腰を浮かせた私に陛下から声がかかる。
「どこに行く?」
「夜分遅く失礼しました。陛下もお疲れのご様子ですから、私はこれで失礼いたします」
矢継ぎ早に言葉を告げ、礼をする。しかしその礼の瞬間に陛下の立ち上がる物音が聞こえたためすぐに顔を上げると、既にこちらに向けて歩を進めていた。
すぐさま逃げなければ!と思い振り向くも、時すでに遅く、手首を陛下に掴まれてしまった。
「どこに行く?」
さきほどと全く同じ問いを、なのにさっきとは全く違う落としたトーンで尋ねられ背筋に悪寒が走る。
(一度やったなら二度も同じよね)
ここで言葉で抗っても聞く耳は持ってくれないだろう。実力行使で拒否するしかない。
くるりと振り返り、陛下の顔を見る。すごく怖い表情をしていた。
(何言ってもダメそうだわ)
分かってはいたけど無理なのは確信できた。
私は陛下へ、渾身の微笑みを向けた。それを見た陛下が、ひどく怪訝な表情を浮かべる。しかしそこに生まれた一瞬の隙を逃さない。スカートの中でゆっくり右足を上げていく。上げた足によってスカートにゆらぎが起きないよう注意を払いつつ、充分な高さまで上げたところで思い切り振り下ろす。
「い゛っ!?」
振り下ろした私の右足は、狙いすましていた陛下の左足を踏みぬく。いくら革靴越しとはいえ、ハイヒールの踵による一点集中の威力はかなりのものだ。踏まれた痛みに緩んだ手首の拘束を振りほどき、足の痛みにうめく陛下を尻目にすぐに扉へと駆け込む。
「おまえはぁ!!」
怒りと痛みでにぶい怒声が背後から聞こえる。開けた扉の先で見張りの親衛隊が私と陛下を見比べ、はぁとため息をついていた。
「連れ戻せ!」
そんな陛下の声も親衛隊の面々には届かなかった。無情にも扉は閉められ、果たして今日も私の貞操は守られたのだった。
私室への帰り道。
「あまり意地悪しないで上げてくださいね?」
護衛の親衛隊の一人に言われた。
意地悪のつもりはありません。全力で拒否してるだけです。
とうに夕食を終え、就寝しようかと考え始めていたころに陛下からの呼び出しが入った。
既に寝間着に着替えていたため、一旦ワンピースに着替え直し、そして当然のように剣を腰に穿く。
もちろん、道中の護衛を担う親衛隊の面々から剣を置くよう言いつのられるが無視。
こんな堂々と陛下を襲撃する馬鹿がどこにいるというのか。
とも思ったけれど、彼らもそれが仕事。そして私も、身を守るために譲れなかった。
私の腕を知っているだけに無理に取り上げることもできず、諦めてそのまま連れていってくれることとなった。四方を囲まれ、まるで私が護送されているかのようだ。
案内されたのは陛下の私室だった。
まさか私室とは思わず、部屋の手前で足がすくむ。
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強引に言い寄ってきた陛下を拒否した手前、余計に。
そんな私の気持ちとは裏腹に、護衛の一人が陛下に声を掛け、それに陛下が応えて「入れ」と指示される。
開かれていく扉の中に、ソファーに腰かけた陛下の姿が見えた。書類を手にしているが、その姿はずいぶんリラックスして見える。
陛下の目が私を捉える。その目が私を、そして腰に穿いた剣にとまり、苦笑する様子が見えた。
「陛下、その…」
「かまわん」
護衛の一人が陛下へ声を掛けると、陛下がそれがわかっているのか内容も聞かずに了承した。
「シセリアが私を害することはありえん。無用な心配だ」
「ですが…!」
「お前たちは全員下がっていい」
彼ら護衛からすれば、私は所詮わずか半年前に騎士になった令嬢という異色の存在…というだけ。陛下と対面したのもそれからなのだから、たった半年しか経っていないのに、剣を穿いたまま、しかも二人っきりなどというのは、理解できないだろう。私でも…『グリエ』でも許可しない。
だからこそ、なお引き下がらない護衛だが、陛下の有無を言わせない声音の『下がっていい』には従うしかなかった。
「………」
「…どうした。早く来るがいい」
しかし、逆にこの状況に気まずさを増すことになったのは私の方。
来いと言われ、やむなくソファーへと腰を下す。…陛下とは反対側の、最大限距離を取った位置で。
「………」
「………」
3人が余裕で腰かけられるほどのサイズのソファーなので、間には一人分…いや、あえて私は肘掛側に詰めているので二人分は空いている。
その空間が気に入らないのか、明らかにぶすっとした表情をこちらに向けてくる。
陛下が無言で、自分の隣のソファーを叩く。『隣に来い』という意思表示だ。
「陛下、その…」
意思表示を無視し、話し始めた私にしびれを切らした陛下がソファーから立ち上がる。そして踏み出した一歩が私へと近づく一歩だと分かったとき、私は反射的に立ち上がり、既に離れる一歩を踏み出していた。
「…何故逃げる?」
いや分かってもらえませんかね!?あなたちょっと前に強引に迫って拒否られたの忘れました!?
心の声がちょっと雑になり始めたのは下町でバイトしていた影響か。とにかく、訪れた目的が隣に座らなくても達成できるなら、今日は座りたくない。じりじり近づく陛下にじりじり離れる私。
ようやく諦めたのか、陛下は元の位置に戻って座り直した。それを見届けて私も最初の位置に戻ることにした。
「…それで?」
距離を詰めることを諦めた陛下が、話を促してきた。私は表情を引き締め、陛下へと向き直る。
「『グリエ』のことで確認したいことがあります」
『グリエ』の言葉に陛下も表情を引き締める。その目が先を促してくる。
「『グリエ』は死の間際、敵の正体となりそうなものを残した…そう記憶しています。それは…どうなりました?」
『グリエ』は激戦の最中、敵の正体を探ろうとしていた。そして、何か手掛かりとなりそうなものを手に入れた……そこまでは覚えている。しかしそれが何だったのか、もうその記憶は私には無かった。
あの事件は、王位継承権第一位の当時の殿下を襲ったものだ。当然、大々的に調査されたはずだ。陛下が即位されたことで、すっかり頭から抜け落ちていたが、どう処理されたのかが気になる。
尋ねられた陛下はその顔を苦虫を噛み潰したように変えた。そんな表情をするのもわかる。下手をすれば殺されかけた事件だ。思い出すのも嫌かもしれない。
しかし、陛下がそんな表情をしたのは別の理由だった。
「…お前が殺されたあの事件か。………あれは未だに犯人が見つかっていない」
「えっ?」
「絶対に見つけ出し、処刑してやりたいのに……全くもって情けない」
まさかの内容に驚くしかなかった。既に16年も経っているのに未だに犯人が見つからない?
陛下はまだ犯人を見つけられないでいることに憤っているようだった。
そして詳しく聞いていくと、私が残した手掛かりはとある伯爵家の家紋を刻んだ服の一部だった。その伯爵家がかかわりがあると調査し始めた矢先に、なんと伯爵家の屋敷が全焼する事件が起きた。伯爵家の人間含め、使用人全員が死亡した。たった一人の生き残りもいなかった。そしてさらに、その焼けた遺体には悉く切り傷があり、彼らが火事が起こる前に殺されていたのは明白だった。
手掛かりとなる伯爵家自体が燃えたことで、一切の手掛かりは失われてしまった。以後、犯人は見つけられていないということだ。
「そうだったんですか…」
まさかそんな事態だったとは知らず、そうとしか言えなかった。しかし一方で、襲撃し、その関係者を焼き殺すという手口を使うという共通点は、同じ犯人である可能性が高いことを示していた。
そこで、今度は陛下に牢屋の火事の詳細を聞いてみた。
「陛下、牢屋の火事での生存者は?」
「半数は死んだ。が、半数はかろうじて生き残った。…今度はしくじったというわけだ」
今度は、という言葉から陛下も同じ結論に至っている。
犯人は同じ。
いくら犯人といえど、今回は王宮内の牢屋ということで、事前に殺しておくことができず、焼死という選択を取るしかなかった。その結果、生存者が残ってしまった。
「残った連中は絶対に殺させん。犯人を捕らえるまで…な」
その言葉に並々ならぬ決意を感じる。
「一度ならず、二度までも私からお前を奪おうとした。その罪は断じて許さん」
「…………」
陛下の怒りの方向が、私の思う方向と違う気がしてきた。さらに言えば、その方向を認めるとあまり良くない気がする。私の精神衛生的に。
とりあえず私の聞きたいことは聞くことができた。これ以上ここにいることはない。…時刻は既に深夜に差し掛かっている。
早く立ち去ろう。そう思い、腰を浮かせた私に陛下から声がかかる。
「どこに行く?」
「夜分遅く失礼しました。陛下もお疲れのご様子ですから、私はこれで失礼いたします」
矢継ぎ早に言葉を告げ、礼をする。しかしその礼の瞬間に陛下の立ち上がる物音が聞こえたためすぐに顔を上げると、既にこちらに向けて歩を進めていた。
すぐさま逃げなければ!と思い振り向くも、時すでに遅く、手首を陛下に掴まれてしまった。
「どこに行く?」
さきほどと全く同じ問いを、なのにさっきとは全く違う落としたトーンで尋ねられ背筋に悪寒が走る。
(一度やったなら二度も同じよね)
ここで言葉で抗っても聞く耳は持ってくれないだろう。実力行使で拒否するしかない。
くるりと振り返り、陛下の顔を見る。すごく怖い表情をしていた。
(何言ってもダメそうだわ)
分かってはいたけど無理なのは確信できた。
私は陛下へ、渾身の微笑みを向けた。それを見た陛下が、ひどく怪訝な表情を浮かべる。しかしそこに生まれた一瞬の隙を逃さない。スカートの中でゆっくり右足を上げていく。上げた足によってスカートにゆらぎが起きないよう注意を払いつつ、充分な高さまで上げたところで思い切り振り下ろす。
「い゛っ!?」
振り下ろした私の右足は、狙いすましていた陛下の左足を踏みぬく。いくら革靴越しとはいえ、ハイヒールの踵による一点集中の威力はかなりのものだ。踏まれた痛みに緩んだ手首の拘束を振りほどき、足の痛みにうめく陛下を尻目にすぐに扉へと駆け込む。
「おまえはぁ!!」
怒りと痛みでにぶい怒声が背後から聞こえる。開けた扉の先で見張りの親衛隊が私と陛下を見比べ、はぁとため息をついていた。
「連れ戻せ!」
そんな陛下の声も親衛隊の面々には届かなかった。無情にも扉は閉められ、果たして今日も私の貞操は守られたのだった。
私室への帰り道。
「あまり意地悪しないで上げてくださいね?」
護衛の親衛隊の一人に言われた。
意地悪のつもりはありません。全力で拒否してるだけです。
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