ちゃんばら!

竹雀綾人

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第三章

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「それではお願いいたします」
 羽織を着た恰幅の良い男はそう告げると懐から包みを取り出した。
「これは当座の資金に」
「心得た。任せておけ」
 正面に座る男がその包みを受け取る。
 羽織の男は軽く頭を下げると座敷を辞した。
 包みを受け取った男は無精ひげを生やした顎を軽く撫でる。
 そして包みを広げた。
 小判だ。
 それをずるりと脇にずらす。
 ざっと十枚。
 男はそれをそのまま包みなおすと懐に入れた。
「なんだい、分け前は無しかい」
 女の声。
「報酬ではなく資金なのですから」
 若い男の声。
 不精髭の男の両脇のそれぞれが声を出す。
「で、どうするんだい」
 そう口にしたのは女。
 変わった格好の女だった。
 髪は結わずに尼削ぎにしている。
 派手な色の丹前をひかっけているが帯はしていない。
 前の開いた丹前から覗く身体、胸の辺りにはさらしがまかれていた。
 そのほかには何もなく、引き締まった腹は見えている。
 下にはたっつけ袴をつけ、胡坐をかいて座る。
「相手の力量が知りたいところですね」
 そう言ったのは若い男。
 きちんと月代をそり髷を整えている。
 さっぱりとした衣服は仕立てもよく、着こなしも様になる。
 すっと伸ばした背筋も気に満ちている。
 若いが幼いということはなく、どちらかと言えば落ち着いた印象があった。
  話からすると何者かを試そうとしているらしいが、はたして誰を試そうというのか。
「お前ならどうする」
 そう言ったのは真ん中に座る件の無精ひげの男。
 すこし着崩してはいるが、さっぱりとした身なり。
 広い肩にしっかりした顎。
 総髪は無造作に茶筅に結っていた。
「めんどうくさいこと言ってないで仕掛けてみりゃわかる話じゃないか」
 割って入るように口にしたのは尼削ぎの女。
「しかし相手の力量も知らずに仕掛けるのはいささか軽率です」
「そうかねぇ」
 女は胡坐をかいたまま膝に肘をつき、手の上に頬を乗せた。
「そこもふまえて仕掛けるのが武芸の何たるかなんじゃないのかい」
「言いたいことは解るがそう急くな百足」
 無精ひげの男は喉の奥で楽しそうに笑いながら言葉をつないだ。 
 百足というのが女の名前の様だ
「そもそもこれは腕試しではなく仕事だということを忘れるなよ」
「武芸者にとっては腕試しも仕事だよ」
「先生のお言葉には従う。そう決めたではありませんか」
 若い男が割って入った。
「先生に負けた時に」
「わかってるよ。そこを違えるつもりはないさ」
 百足は頬杖をついたまま、反対の手をひらひらと空に舞わせる。
「でも意見するなとは言われてないよ」
「まぁそうだな」
 男は頷く。
「しかしここは従ってもらう」
 その一言に百足は肩をすくませるとそのまま黙った。
「で、どうするのが良い、佐門」
「ありきたりながらやはり誰かをけしかけるのがよいかと思います」
 さらりと言ってのける佐門と呼ばれた若者。
 相手の実力を見るために、何者かをけしかけるというのだ。
  百足は武芸と口にした。
  武芸とはすなわち戦場で戦う術である。
  それを口にしたものが相手の力量を試すためにけしかけるという。
  それはすなわち命のやり取りになるということだ。。
 命のやり取りである以上、その者たちは運が悪ければ死ぬだろう。
 いや、佐門はその者たちは返り討ちにあうと踏んでいる。
 そのうえでさらりと言ってのけているのだ。
「まぁそんなところだろうな」
 男は頷く。
「どのぐらい集める」
「それなりの腕のものを五名ほどで良いと思います」
「いくら出す」
「前金に一両、後金で一両が妥当かと」
「わしもそれでよいと思う」
「今貰った十両全部浪人にくれてやる気かい。それはちょいと豪気に過ぎないかい久蔵の旦那」
「使うのは半分だ」
 百足の言葉に男、久蔵は口元を歪めてそう答えた。
「……ああ、そうか。えげつないねぇ」
 後金は払う必要は無くなる。そういうことだ。
「もし払うことになったらどうするんだい」
 百足はさして面白くもなさそうに聞く。
「そのときは労せずして報酬がもらえますよ」
 左門が笑いながら告げた。


「おまえが春夜夢人か」
  いつものように当てもなく歩いていた夢人。
 大川の辺りをふらふらと、吾妻橋を抜け、回向院へと足を向ける。
 川の上を流れる風がそよぐ。
 千両とふっかけてからはや三日、今のところ何事もない。
 さてどうしたものかと思い始めていた矢先、夢人の前に男がひとり立ちふさがり声をかけてきた。
 袴姿の体格の良い男。
 腰にはきちんと大小ををさしている。
 着物は擦れてはいるものの、それほどみすぼらしいということはなかった。
「いかにも私が春夜夢人だが」
 夢人は悠然と答える。
 やっと仕掛けてきたか。
 内心でそうほくそ笑む。
「うむ」
 男は小さく頷くと、いずこかへと目配せをした。
 さらに四人、夢人を囲むように現れた。
 いずれも大小を差していた。
「恨みはないが、これも世の習い」
 正面の男がゆっくりと刀を抜く。
 周りの男たちも一斉に抜いた。
「世の習いであれば致し方ないな」
 夢人もゆっくりと刀を抜いた。
 偶然と居りかかった荷を担いだ男がぎょっとなって駆け抜けていく。
 酔狂なものは立ち止まって遠巻きに見物を始めた。
 止める者はいない。
 いるわけがない。
 浪人同士の斬りあいなど、いや、浪人の命など、その程度のものなのだ。
 正面の男は刀を真直ぐに立て、右手側に寄せて構える。
 他の男たちは刀を正面に構えた。
 対する夢人は刀を低く脇に構える。
 夢人は足を擦るように、囲む男たちを巡るようにゆっくりと身体を動かす。
 それにあわせるように囲む男もゆっくりと間合いを図る。
 擦る足が地面に筋を作る。
 その筋を時折起こる風が淡く崩す。
 小さく響く摺り音。
 その音が若干大きく響いた。
 夢人の足が少し大きく滑る。
 そこに正面の男が踏み込んだ。
 速い。
 男は夢人との間合いを一気に詰めると振り上げた刀を一気に振り下ろす。
 その太刀筋を夢人は半身でかわす。
 かわしながら刀を下から振り上げる。
 男は踏み込み同様の素早さで飛び退くと夢人の刃をかわし、再び構える。
 夢人が振り上げた刀を戻すよりも先に脇の男が斬りかかった。
 鋭い突き。
 その突きが少し反らした夢人の頬をかすめる。
 夢人は身体を捻りながら振り上げた刀を横に薙いだ。
 一拍をいて血が飛び散る。
 その切っ先が突いてきた男の首筋を切り裂いていた。
 首を斬られた男が倒れるよりも前に別の男が踏み込む。
 突いた切っ先を素早く跳ね上げると、勢い良く切り込む。
 夢人はその切っ先を半歩引いて避ける。
 引いたその隙に男は畳みかけるように踏み込んだ。
 その踏み込んできた脛を夢人は切り裂いた。
 体勢を崩す男。
 そこを下から斬り上げる。
 胴から肩にかけてざっくりと切り裂かれた男はそのまま倒れた。
 囲みが少し広がる。
 夢人はゆっくりと刀を脇に構え直した。
「なにを嗤う」
 正面の男は夢人を睨んだ。
「嗤っていたか」
 夢人は口角を歪めた。
「久方ぶりに楽しいのでな。ついな。他意はない」
「狂っているな」
「狂っていない浪人がいると思うか」
「それは、確かに」
 男も口角を歪めた。
 そして構えた刀を引き絞る。
 夢人も下げた刀に切っ先を少し持ち上げた。
 斜め後ろから踏み込んできた男の刃を身体を捻って半身で避けると、刀を斬り上げ、突き出された両腕の、手首から先を断つ。
  鮮血が散り、刀が両手と共に落ちた。
 そこに正面にいた男の刀が振り下ろされる。
 その切っ先が風を斬り啼いた。
 それを夢人はやはり体を少しひねり、掠めるように避ける。
 飛び退く男。
 そこに夢人は脇差を投げた。
 脇差は男の胸に突き刺さる。
 夢人はそのまま身体を翻すと後ろから斬りかかってきた男を横なぎに裂く。
 男はそのまま胴を切り裂かれてうずくまった。
 夢人はゆっくりと身体を回す。
 男はまだ立っていた。
 胸に夢人の投げた脇差が生えている。
 男は刀をゆっくりと上げた。
 夢人も脇に構える。
 夢人が構えると同時に男が踏み込んだ。
 遅い。
 男の振り下ろした刀を避けると夢人はゆっくりと斬り上げた。
 男の首筋から血が零れおち、そのままゆっくりと崩れ落ちた。
 夢人は懐紙を取り出すと刀を拭う。
 そして鞘に戻すと男の前に屈む。
「これは返していただこう」 
 夢人はうつ伏せに倒れた男の身体を起こすと脇差を抜く。
 そして再び拭ってから鞘に戻すとそのままその場を立ち去った。


「どう見る」
 野次馬の中に紛れて様子を伺っていた久蔵が問う。
「なかなかの腕です」
 そう答えのは左門。
「なかなかの腕ですが、際立った腕かといえば、そうは感じませんでした」
「うむ」
 久蔵も頷いた。
「先生なら一呼吸であの五人を斬れるでしょう」
「確かにな。技だけで言うならばお前より劣るだろうな」
 久蔵はもう一度頷いて顎を撫でた。
「だがわしが一呼吸であの男を斬れるかと問われれば、無理だな」
「そこまでですか」
「あの男の武器は何だと思う」
 久蔵の問いに左門は首をひねり、しばし考えてから口を開いた。
「見切りでしょうか」
 左門の答えに久蔵は笑みを浮かべ、満足そうにうなずいた。
「あの男の技は後の先。相手の攻撃を避けて仕掛ける技だが、その避ける技量が尋常じゃない」
 久蔵は一拍置いて続けた。
「おそらく一寸以下で見切っているな」
「一寸以下で」
 左門は息をのんだ。
 それが本当であれば見切りに関してはかの剣豪の域に達しているということだ。
「あとは相当に斬り慣れてるということだな。奇襲もうまい。おそらく己の技量をしっかりと把握しているのだろう」
「なかなかに厄介な相手ですね」
「浪人ひとり、なぜわしらにとも思ったが、なるほど合点がいった」
 久蔵は大きく頷いてから、何かを思い出したように周りを見渡す。
「そういえば百足はどうした」
「百足ならそこに……あれ」
 左門も周りを見渡す。
 先ほどまですぐそばにいたはずの百足がいない。
「……まさか」
 左門は声を上げる。
 久蔵は口元を歪め顎を撫でるしかなかった。
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