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第四章
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「何ようかな」
夢人は振り返る。
「旦那強いねぇ」
そういって夢人に近づいてきたのは奇妙な女だった。
尼削ぎにした髪を頭巾で隠すでもなく晒している。
背は夢人より少し低い。女にしては大柄だ。
派手な丹前から覗く身体は引き締まって白く、胸にさらしを巻いている。
下にはたっつけ袴。
そして背中に何かを背負っていた。
見た目通りなら長大な刀。野太刀だ。
独楽でも取り出して回せば、辻芸人の類と見えなくもないが、それにしては剣呑な気をまとっている。
いわゆる殺気だ。
それを隠そうともしていない。
その殺気がなぜか軽やかに感じられるのも異質だった。
「芸を披露するにはここは寂しすぎるのではないかな」
そう言って夢人はゆっくりと刀の柄に手をかけた。
「わざと人が少ない方に来たんじゃないのかい」
女もゆっくりと背負った野太刀をつかんだ。
うっそうと立つ木々が風に揺られてざわめく。
間から零れる光が揺れ、その影が靡く。
「女を斬る趣味はないのだがな」
「それでもかまわないよ」
女は笑みを浮かべた。
「斬らないっていうなら斬らなければいいさ。信条は人それぞれ、尊重するよ」
そしてさらに口角を上げる。
「あたしはあんたを斬るけどね」
甲高い音が微かに響いた。
しかしどちらも抜かない。
ふたりはじりじりと足を擦り、まわるように横に動く。
その間合いがゆっくりと近づいていく。
女のほうが間合いは広いだろう。
その間合いにあと半歩、といった時にそれはおきた。
今までの静寂を破るあわただしい足音。
探り合いも何もない、騒々しいまでの殺気。
その群れがふたりを取り囲む。
「なんだいあんたたち」
「芸人風情に用はない。女ならなおさらだ。去れ」
ひとりがそう叫んだ。
若い男の声。
囲んだ全員が袴姿で大小をさしている。
袴の裾もそれほど傷んでいない。
ただ取り囲んだ全員が顔に布を巻き隠していた。
「用があるのは私かな」
言い返そうとする女を夢人が制した。
「春夜夢人とはお前だな」
別の男が突きつけるように声を出す。
「人に名を訊ねるならそちらから名乗るのが礼儀ではないかな」
「浪人風情が偉そうに」
男たちは次々と刀に手をかける。
「まぁよい」
夢人はそういうと懐から帳面を取り出した。
「知りたいのは私の名などではなく、これであろうが」
「そちらから出すとは好都合」
男たちが柄に手をかけたまま囲みを詰める。
踏み出そうとする女をまたしても夢人が止めた。
「素直に渡せば命は取らぬ」
「それはありがたい」
そう言いながら夢人は帳面を懐にしまう。
「ありがたすぎて浪人風情にはもったいないな。遠慮しておこう」
「ぬかせ」
男たちは叫ぶと次々に刀を抜く。
「なんなんだいこれは」
女が声を上げた。
「最近のお侍は順番も守れないのかい」
「女子供の遊びとは違うのだ。失せろ」
囲む男の一人が声を上げる。
その言葉に呼応するかのように女の殺気が吹き上がる。
先ほどまでとは違う、怒気を孕んだ重い殺気。
知らずと男たちの囲みが広がる。
「旦那に前にこいつらからか」
「ほう、それはありがたいな」
夢人は笑った。
「楽しみを横取りされるのは不本意だが、芸を見るのも面白いかもしれん」
「どいつもこいつも」
怒気を吐き出しながら女は背負った野太刀を抜いた。
よどみなく一息で。
「そんな長いものをよく抜けるものだ」
感心したように夢人が唸る。
「感心してないで旦那も抜いたらどうなんだい」
女は腰を落とし身体を低く構えると、野太刀を下段に置く。
「その刀で斬り上げるのか。斬り下ろすのではなく」
夢人はさらに唸った。
「おもしろい」
「なにをぶつぶつ言っている。女も早く退け、退かねば怪我をすることになるぞ」
「そっちは怪我じゃすまないよ」
啖呵を切る女。
それに応えるように怒鳴る男たち。
囲みの真ん中に立ちながら、他人事を気取る夢人。
しかしその手は柄にかかっている。
再びゆっくりと囲みが小さくなり始める。
木々の間を風が抜け騒めく。
木漏れ日が上段に構えた男たちの刀に揺らめく。
女が腰を落とす。
夢人の右腕が軽く振れる。
吹いていた風がいつしか止まり、静まり返った。
足を擦る音だけが小さく響き張り詰める。
「喧嘩だ」
その張り詰めた場を崩したのは、男たちでも女でも夢人でもなく、一つの叫び声だった。
「くそ」
男たちは素早く刀を鞘に納めると囲みを解き、足早に叫び声とは逆のほうに駆け出す。
女は大きく息を吐き、背負った鞘をおろすと野太刀を収めた。
「危ないところであったなぁ」
そう言いながら近づいてきたのは一人の浪人だった。おそらくは叫びを上げた主だろう。
そしてその男に、夢人は見覚えがあった。
あの二両の男だ。
「命拾いをしたな」
男が悠々と近づいてくる。
「余計なことを」
夢人が吐き捨てる。
「いやあの人数はさすがに無理であろう」
「無理だったか」
夢人がそう訊ねたのは野太刀の女だった。
「やってみなきゃわからないね」
女はそっけなくそう答える。
「だ、そうだ」
「何を他人事のように」
男は顔をゆがめる。
「そもそも斬り合いなんぞ、せずに済むならせぬ方が良いに決まっているのだ」
「だ、そうだ」
「しったこっちゃないね」
女が顔をゆがめる。
「いずれにせよ、要らぬ世話というやつだ」
そう吐き捨てた夢人に向かって男は手を差し出した。
「なんだ」
「要らぬ世話でも助けてやったのだ、謝礼ぐらいよこせ」
「話にならんな」
夢人は踵を返すと歩き出した。
「なんだしみったれてるな」
男は不平を漏らしつつも後を追うことはしなかった。
「ちょ、まっておくれよ」
夢人の後を女が追いかけだした。
「そういえば名を言ってなかったな」
叫ぶ男。
夢人は気にもせず歩き続ける。
「俺の名は桑原一道。まぁ覚えておけ」
夢人からの返事はない。
女も夢人の後を追い去っていった。
それを見送るように男は一人その場に立ち、しばらくしてから反対のほうへと歩き出す。
あとは木漏れ日が何事もなく揺れていた。
夢人は振り返る。
「旦那強いねぇ」
そういって夢人に近づいてきたのは奇妙な女だった。
尼削ぎにした髪を頭巾で隠すでもなく晒している。
背は夢人より少し低い。女にしては大柄だ。
派手な丹前から覗く身体は引き締まって白く、胸にさらしを巻いている。
下にはたっつけ袴。
そして背中に何かを背負っていた。
見た目通りなら長大な刀。野太刀だ。
独楽でも取り出して回せば、辻芸人の類と見えなくもないが、それにしては剣呑な気をまとっている。
いわゆる殺気だ。
それを隠そうともしていない。
その殺気がなぜか軽やかに感じられるのも異質だった。
「芸を披露するにはここは寂しすぎるのではないかな」
そう言って夢人はゆっくりと刀の柄に手をかけた。
「わざと人が少ない方に来たんじゃないのかい」
女もゆっくりと背負った野太刀をつかんだ。
うっそうと立つ木々が風に揺られてざわめく。
間から零れる光が揺れ、その影が靡く。
「女を斬る趣味はないのだがな」
「それでもかまわないよ」
女は笑みを浮かべた。
「斬らないっていうなら斬らなければいいさ。信条は人それぞれ、尊重するよ」
そしてさらに口角を上げる。
「あたしはあんたを斬るけどね」
甲高い音が微かに響いた。
しかしどちらも抜かない。
ふたりはじりじりと足を擦り、まわるように横に動く。
その間合いがゆっくりと近づいていく。
女のほうが間合いは広いだろう。
その間合いにあと半歩、といった時にそれはおきた。
今までの静寂を破るあわただしい足音。
探り合いも何もない、騒々しいまでの殺気。
その群れがふたりを取り囲む。
「なんだいあんたたち」
「芸人風情に用はない。女ならなおさらだ。去れ」
ひとりがそう叫んだ。
若い男の声。
囲んだ全員が袴姿で大小をさしている。
袴の裾もそれほど傷んでいない。
ただ取り囲んだ全員が顔に布を巻き隠していた。
「用があるのは私かな」
言い返そうとする女を夢人が制した。
「春夜夢人とはお前だな」
別の男が突きつけるように声を出す。
「人に名を訊ねるならそちらから名乗るのが礼儀ではないかな」
「浪人風情が偉そうに」
男たちは次々と刀に手をかける。
「まぁよい」
夢人はそういうと懐から帳面を取り出した。
「知りたいのは私の名などではなく、これであろうが」
「そちらから出すとは好都合」
男たちが柄に手をかけたまま囲みを詰める。
踏み出そうとする女をまたしても夢人が止めた。
「素直に渡せば命は取らぬ」
「それはありがたい」
そう言いながら夢人は帳面を懐にしまう。
「ありがたすぎて浪人風情にはもったいないな。遠慮しておこう」
「ぬかせ」
男たちは叫ぶと次々に刀を抜く。
「なんなんだいこれは」
女が声を上げた。
「最近のお侍は順番も守れないのかい」
「女子供の遊びとは違うのだ。失せろ」
囲む男の一人が声を上げる。
その言葉に呼応するかのように女の殺気が吹き上がる。
先ほどまでとは違う、怒気を孕んだ重い殺気。
知らずと男たちの囲みが広がる。
「旦那に前にこいつらからか」
「ほう、それはありがたいな」
夢人は笑った。
「楽しみを横取りされるのは不本意だが、芸を見るのも面白いかもしれん」
「どいつもこいつも」
怒気を吐き出しながら女は背負った野太刀を抜いた。
よどみなく一息で。
「そんな長いものをよく抜けるものだ」
感心したように夢人が唸る。
「感心してないで旦那も抜いたらどうなんだい」
女は腰を落とし身体を低く構えると、野太刀を下段に置く。
「その刀で斬り上げるのか。斬り下ろすのではなく」
夢人はさらに唸った。
「おもしろい」
「なにをぶつぶつ言っている。女も早く退け、退かねば怪我をすることになるぞ」
「そっちは怪我じゃすまないよ」
啖呵を切る女。
それに応えるように怒鳴る男たち。
囲みの真ん中に立ちながら、他人事を気取る夢人。
しかしその手は柄にかかっている。
再びゆっくりと囲みが小さくなり始める。
木々の間を風が抜け騒めく。
木漏れ日が上段に構えた男たちの刀に揺らめく。
女が腰を落とす。
夢人の右腕が軽く振れる。
吹いていた風がいつしか止まり、静まり返った。
足を擦る音だけが小さく響き張り詰める。
「喧嘩だ」
その張り詰めた場を崩したのは、男たちでも女でも夢人でもなく、一つの叫び声だった。
「くそ」
男たちは素早く刀を鞘に納めると囲みを解き、足早に叫び声とは逆のほうに駆け出す。
女は大きく息を吐き、背負った鞘をおろすと野太刀を収めた。
「危ないところであったなぁ」
そう言いながら近づいてきたのは一人の浪人だった。おそらくは叫びを上げた主だろう。
そしてその男に、夢人は見覚えがあった。
あの二両の男だ。
「命拾いをしたな」
男が悠々と近づいてくる。
「余計なことを」
夢人が吐き捨てる。
「いやあの人数はさすがに無理であろう」
「無理だったか」
夢人がそう訊ねたのは野太刀の女だった。
「やってみなきゃわからないね」
女はそっけなくそう答える。
「だ、そうだ」
「何を他人事のように」
男は顔をゆがめる。
「そもそも斬り合いなんぞ、せずに済むならせぬ方が良いに決まっているのだ」
「だ、そうだ」
「しったこっちゃないね」
女が顔をゆがめる。
「いずれにせよ、要らぬ世話というやつだ」
そう吐き捨てた夢人に向かって男は手を差し出した。
「なんだ」
「要らぬ世話でも助けてやったのだ、謝礼ぐらいよこせ」
「話にならんな」
夢人は踵を返すと歩き出した。
「なんだしみったれてるな」
男は不平を漏らしつつも後を追うことはしなかった。
「ちょ、まっておくれよ」
夢人の後を女が追いかけだした。
「そういえば名を言ってなかったな」
叫ぶ男。
夢人は気にもせず歩き続ける。
「俺の名は桑原一道。まぁ覚えておけ」
夢人からの返事はない。
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