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第1章 蒼月の街で、新たな誓い
第3話 青き誓約、赤き手がかり
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朝の光が、高い塔の輪っか模様を通り抜けて、石畳に丸い影を作っていく。
広場の片側では、淡い青色の肩章をつけた見回りの人たちがまっすぐ一列に並んでいる。反対側では、赤い帯を巻いた荷車の人たちが、ゆるやかなカーブを描きながら人の流れを上手に整理していた。
(青い方は真っ直ぐな線で区切って、赤い方は曲線で回している。この街全体が、二つの違うやり方で動いているんだ)
「廉、ちょっと来てくれ」
ファルコに呼ばれて振り返ると、濃い青色のマントを着た男性がお辞儀をした。胸についているマークは、二重の輪に一本の長い線。
「月満ちて」
「引きと共に」と返すと、男性は口元だけで笑った。
「蒼月騎士団・第五線衛隊の使者、アランと申します。望月廉さん、お話させていただけませんか」
「はい。望月廉です。よろしくお願いします」
噴水のふちに座る。アランは街全体を見回してから、静かに話し始めた。
「この街では、蒼《そう》の人たちと緋《ひ》の人たちが、一応は協力しています。蒼は塔や記録、街を守る結界(バリア)の管理。緋は市場や物の流れの担当です。どちらも街を守るためのやり方ですが、ときどきぶつかることもあります」
向こうでは、蒼の巡視が白い粉で地面に細い線を引いている。
「あれは線灯の設置です。塔と塔を"線"で繋いで、影の化け物が通れる道を制限するんです」
その線を避けるように、緋の荷車は大きく回り道をして、交通の流れを作り直していた。
(止めるための線と、逃がすための曲線。どっちも必要なんだな)
アランは革の筒から、まだ開けていない手紙を取り出した。封印のロウには青い輪の模様。
「望月さんへの提案があります。十日間の研修制度――『青き誓約』と呼んでいます。塔の見回り、線灯の修理、記録室での地図読みを学んでもらいます。食事と宿泊場所、刀の手入れ用品、街での移動許可はお約束します。ただし――緋の担当区域に行く時は、事前に相談してください」
「人を探すことは、邪魔されませんか?」
「もちろんです。個人的なことまで制限するつもりはありません。緋の区域に行く時は、私に声をかけてください。仲介します」
逃げ道を作ってくれる言い方だった。手紙を受け取り、冷たいロウに触れる。
(力を身につける道と、霞を探す道。どちらも、今の俺には必要だ)
---
午前中。ファルコと一緒に市棚――緋の市場へ。
赤い布の屋根が風でパタパタと音を立て、「引きと共に」という挨拶が軽やかに交わされている。俺は中間の「月満ち引きと共に」で返した。
香草を売っている店で、噂を聞く。
「"薄い服の剣士"なら、夕方に"赤橋"で練習してたよ。半歩動いただけで消える足さばき――薄い残像が二重三重に見えるんだ。緋の先生が合図を送ってた」
「女性でしたか?」
「確かな。帯に赤い紐をつけてた。顔は動きが速すぎて見えなかったけどな」
胸の奥で何かが激しく騒いだ。霞の名前が、思わず口から出そうになる。
その時、広場の真ん中で太鼓が重なって叩かれ、呼び声が一気にぶつかった。音の波に、言葉がザラザラと引っかかる。頭の中がチリチリして、意味が少し遅れて届く。
『……○※△……赤橋、……時刻――』
(聞こえているのに、意味が分からない! これが言の加護の調子が悪くなった状態か)
横でファルコが手の合図を作った。手のひらを下にして二度押さえ、指を二本立てて"橋"の形。
「今のは"落ち着け/橋へ"って合図だ。うるさい時は、口じゃなくて手で話すんだ」
「ありがとうございます。手の合図、覚えます」
---
帰る途中、塔のふもとで蒼月騎士団の作業が目に入る。
白い棒を地面に刺して、棒の先から糸のような光が走って格子を作る。その中に一歩入った瞬間、周りのざわめきが嘘のように静かになった。耳がすっと軽くなり、胸の中の呼吸だけがはっきり残った。
(力も音も、真っ直ぐに整うのか)
格子の真ん中に立つと、足元から細く冷たいものが上がってきた。呼吸が自然に整う。
腰の刀を少し持ち上げると、刃先に髪の毛ほどの青い光がすっと走った。
(青い"線"の力が、刀を通った……。最短距離が背中を押してくるような感じだ)
「能力が高いですね」と、後ろからアランの声。いつの間にか近くにいた。
「線灯の上で楽に呼吸できる人は少ないんです。望月さんはやはり青の"線"の人だ。研修の件、急がせませんが、席は用意しておきます」
「ありがとうございます。返事は、近いうちに」
アランは軽くお辞儀をして、「月満ちて」。
---
夕方が近づく。塔の影が長く伸びて、街の赤い色が濃くなる。
ギルドに寄ると、セリナが薄い板の伝言札を指で摘んで見せた。
「望月さん宛てです。『今夜、赤橋で"薄い服の剣士"が技の披露。線を越えてはいけない』だそうです。差出人は不明です」
札の端に、小さな半月の刻印――青い縁が薄く見えた。心臓がドキンと跳ねる。
(霞の札は赤い縁。これが左半分……? いや、まだ決めつけちゃいけない。しかし誰が…)
伝言札の青い半月の刻印に指先が触れた瞬間、胸の奥がぬるく脈を打った。羽織の「誠」が、日向みたいにわずかに温かい。
(――近い)
広場に出ると、赤橋の方角から指導の声。
橋の上では緋の先生が、指先で"間"を区切るような合図を送っていた。
(この間の取り方。どこかで見たような――沖田さんの指導に似ている?)
橋のたもとで足を止めて、深く息を吸う。
「ファルコさん。今夜、橋の様子を見に行きます。青い誓約の書類は――明日の朝まで、預かってください」
「分かった。ただし無茶はするな。線を越えるな、って書いてあっただろう」
「はい」
空は、青から赤へゆっくりと色を変えていく。
赤橋の向こうで、薄い服を着た影が半歩で消えて、別の場所にふっと現れた。
その瞬間、胸の奥で小さく「コト」と鳴った気がした。羽織の「誠」が、日向みたいにわずかに温かい。
(霞――!)
俺は刀の柄に手を添えた。
最短の礼。迷いは、進む足で払え。
足を、前へ。
――つづく
広場の片側では、淡い青色の肩章をつけた見回りの人たちがまっすぐ一列に並んでいる。反対側では、赤い帯を巻いた荷車の人たちが、ゆるやかなカーブを描きながら人の流れを上手に整理していた。
(青い方は真っ直ぐな線で区切って、赤い方は曲線で回している。この街全体が、二つの違うやり方で動いているんだ)
「廉、ちょっと来てくれ」
ファルコに呼ばれて振り返ると、濃い青色のマントを着た男性がお辞儀をした。胸についているマークは、二重の輪に一本の長い線。
「月満ちて」
「引きと共に」と返すと、男性は口元だけで笑った。
「蒼月騎士団・第五線衛隊の使者、アランと申します。望月廉さん、お話させていただけませんか」
「はい。望月廉です。よろしくお願いします」
噴水のふちに座る。アランは街全体を見回してから、静かに話し始めた。
「この街では、蒼《そう》の人たちと緋《ひ》の人たちが、一応は協力しています。蒼は塔や記録、街を守る結界(バリア)の管理。緋は市場や物の流れの担当です。どちらも街を守るためのやり方ですが、ときどきぶつかることもあります」
向こうでは、蒼の巡視が白い粉で地面に細い線を引いている。
「あれは線灯の設置です。塔と塔を"線"で繋いで、影の化け物が通れる道を制限するんです」
その線を避けるように、緋の荷車は大きく回り道をして、交通の流れを作り直していた。
(止めるための線と、逃がすための曲線。どっちも必要なんだな)
アランは革の筒から、まだ開けていない手紙を取り出した。封印のロウには青い輪の模様。
「望月さんへの提案があります。十日間の研修制度――『青き誓約』と呼んでいます。塔の見回り、線灯の修理、記録室での地図読みを学んでもらいます。食事と宿泊場所、刀の手入れ用品、街での移動許可はお約束します。ただし――緋の担当区域に行く時は、事前に相談してください」
「人を探すことは、邪魔されませんか?」
「もちろんです。個人的なことまで制限するつもりはありません。緋の区域に行く時は、私に声をかけてください。仲介します」
逃げ道を作ってくれる言い方だった。手紙を受け取り、冷たいロウに触れる。
(力を身につける道と、霞を探す道。どちらも、今の俺には必要だ)
---
午前中。ファルコと一緒に市棚――緋の市場へ。
赤い布の屋根が風でパタパタと音を立て、「引きと共に」という挨拶が軽やかに交わされている。俺は中間の「月満ち引きと共に」で返した。
香草を売っている店で、噂を聞く。
「"薄い服の剣士"なら、夕方に"赤橋"で練習してたよ。半歩動いただけで消える足さばき――薄い残像が二重三重に見えるんだ。緋の先生が合図を送ってた」
「女性でしたか?」
「確かな。帯に赤い紐をつけてた。顔は動きが速すぎて見えなかったけどな」
胸の奥で何かが激しく騒いだ。霞の名前が、思わず口から出そうになる。
その時、広場の真ん中で太鼓が重なって叩かれ、呼び声が一気にぶつかった。音の波に、言葉がザラザラと引っかかる。頭の中がチリチリして、意味が少し遅れて届く。
『……○※△……赤橋、……時刻――』
(聞こえているのに、意味が分からない! これが言の加護の調子が悪くなった状態か)
横でファルコが手の合図を作った。手のひらを下にして二度押さえ、指を二本立てて"橋"の形。
「今のは"落ち着け/橋へ"って合図だ。うるさい時は、口じゃなくて手で話すんだ」
「ありがとうございます。手の合図、覚えます」
---
帰る途中、塔のふもとで蒼月騎士団の作業が目に入る。
白い棒を地面に刺して、棒の先から糸のような光が走って格子を作る。その中に一歩入った瞬間、周りのざわめきが嘘のように静かになった。耳がすっと軽くなり、胸の中の呼吸だけがはっきり残った。
(力も音も、真っ直ぐに整うのか)
格子の真ん中に立つと、足元から細く冷たいものが上がってきた。呼吸が自然に整う。
腰の刀を少し持ち上げると、刃先に髪の毛ほどの青い光がすっと走った。
(青い"線"の力が、刀を通った……。最短距離が背中を押してくるような感じだ)
「能力が高いですね」と、後ろからアランの声。いつの間にか近くにいた。
「線灯の上で楽に呼吸できる人は少ないんです。望月さんはやはり青の"線"の人だ。研修の件、急がせませんが、席は用意しておきます」
「ありがとうございます。返事は、近いうちに」
アランは軽くお辞儀をして、「月満ちて」。
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夕方が近づく。塔の影が長く伸びて、街の赤い色が濃くなる。
ギルドに寄ると、セリナが薄い板の伝言札を指で摘んで見せた。
「望月さん宛てです。『今夜、赤橋で"薄い服の剣士"が技の披露。線を越えてはいけない』だそうです。差出人は不明です」
札の端に、小さな半月の刻印――青い縁が薄く見えた。心臓がドキンと跳ねる。
(霞の札は赤い縁。これが左半分……? いや、まだ決めつけちゃいけない。しかし誰が…)
伝言札の青い半月の刻印に指先が触れた瞬間、胸の奥がぬるく脈を打った。羽織の「誠」が、日向みたいにわずかに温かい。
(――近い)
広場に出ると、赤橋の方角から指導の声。
橋の上では緋の先生が、指先で"間"を区切るような合図を送っていた。
(この間の取り方。どこかで見たような――沖田さんの指導に似ている?)
橋のたもとで足を止めて、深く息を吸う。
「ファルコさん。今夜、橋の様子を見に行きます。青い誓約の書類は――明日の朝まで、預かってください」
「分かった。ただし無茶はするな。線を越えるな、って書いてあっただろう」
「はい」
空は、青から赤へゆっくりと色を変えていく。
赤橋の向こうで、薄い服を着た影が半歩で消えて、別の場所にふっと現れた。
その瞬間、胸の奥で小さく「コト」と鳴った気がした。羽織の「誠」が、日向みたいにわずかに温かい。
(霞――!)
俺は刀の柄に手を添えた。
最短の礼。迷いは、進む足で払え。
足を、前へ。
――つづく
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