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第1章 蒼月の街で、新たな誓い
第4話 初任務、双月の狭間で
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夕方。赤橋〈あかばし〉に人が集まっていた。
橋の手前に白い線が走る。線灯《せんとう》――塔と塔をつなぐ光の結界だ。
欄干には伝言札がいくつも結ばれて、風に揺れる。金具が当たって「コト」と鳴った。
「線は越えるな。ここまでだ」
ファルコが小さく言う。
「はい」
橋の上では、赤い帯の一団が動いていた。緋《ひ》の教練士だ。
「始めるぞ!」
合図。木の人形が二体、転がされる。そこへ――一人の影が滑り込んだ。
「……霞《かすみ》?」
薄い衣。半歩ずらして、もう半歩。残像が二重三重に見える。
手首がふっと抜け、足が床をすべる。喉の一点に、木刀の先がすっと止まった。
(速い。あの"ずらし"だ)
ざわめきが大きくなる。太鼓の音も混じる。
言の加護《ことのかご》が少しザラついた。言葉の意味が遅れて届く。
ファルコが手符《てふ》を切る――掌を二度押さえ、指を二本で"橋"。
(分かる。落ち着け/橋へ、だ)
霞は面を上げない。けれど、一度だけ、こちら側を見た。
目だけで、「線は跨《また》ぐな」と言っている気がした。
---
――その頃、霞。
(来てる。廉)
胸の半月札・右(赤縁)が、ほんのり温かい。
緋の流れは、人を守る回し方。市場を止めない。逃がす道を作る。
(私は"曲"を学ぶ。流れを切らずに守るために。……それに、この教練士の"間"――どこかで見た)
一分も揺れないあの人の間合い。記憶がチクリと痛む。
(今は会えない。会えば迷う。だから、ここでやる)
霞は木刀を納めると、教練士に礼をした。
「次は実戦隊で」
「了解」
(緋に残る。でも、目は逸らさない。左の札(青縁)の行方も、こっちで探す)
---
橋のたもとで、黒い影が泡のようにふくらんだ。
「喰い影だ!」
悲鳴。人が押し合う。太鼓が増える。言葉が崩れる。
『……※○△……逃……!』
(聞こえるのに、意味が滑る!)
「線、開け! 格子を組む!」
ファルコが叫び、蒼《そう》の隊員が白い棒を打ち込む。
線灯の格子が走る。格子の中は、ざわめきがすっと静かになった。
(耳が軽い。呼吸だけがはっきり残る)
「廉、右の角を頼む!」
「はい!」
俺は格子の角に立つ。
喰い影が、薄い布のように滑ってくる。牙だけが本物の速さ。
正眼。半歩詰める。狙いは喉の一点。
最短――突き。
刃先に細い青が走った。影が破れて、霧が石に散る。
(通る。蒼の線が、刀を通る)
二体目。小さく踏み替え、腰の動きで本物を見切る。
突き。
三体目は格子に触れて動きが鈍る。そこを見逃さず、一息で突き抜いた。
最後の一体が現れた。
「廉、任せる!」
ファルコが合図。俺は深く息を吐く。
最短の礼。迷いは、進む足で払え。
踏み込み、突き。
静かになった。
「よし、収束」
蒼の隊員が格子を畳む。
周りから「助かった」の声。胸に手を当てて礼をする人もいた。
「月満ち引きと共に」
俺も礼を返す。
「見事でした、望月殿」
アランが近づいた。
「線灯の上での呼吸。狙点の取り方。最短を心得ておられる」
「ありがとうございます」
彼は、一歩だけ近づいて声を落とす。
「望月殿、『青き誓約』の正式書をお持ちしました。もう一度説明しますが、期間は十日。塔の巡回、線灯の補修、記録庫での導素路《どうそろ》の図読みを学んでいただきます。衣食・寝所・研ぎ油はこちらで手配いたします。――ただし、緋の管轄に入られる際は、事前に私へ一声ください。橋渡し役は私が務めます。」
「承知しました」
俺は橋の向こうを見た。
霞は、顔を上げない。けれど、赤い紐が一度だけ揺れた。
(……分かってる。今は行くな、だろ)
胸の奥で、小さく「コト」と何かが鳴った気がした。羽織の「誠」が日向みたいにわずかに温かい。
(俺は――蒼に入る。力がいる。地図がいる。読み書きも早く覚える。あの人の"間"の正体にも、近づける)
「アランさん。誓約、受けさせていただきます。ただし――」
「彼女の件ですね。橋渡しは私が」
「お願いします」
アランは一礼した。
「月満ちて」
「引きと共に」と返す。胸の中で、言葉がきちんと噛み合った。
---
赤橋の上。
霞は隊から外れて、欄干に小さな印を刻んだ。半月の左(青縁)をかたどった、薄い傷。
(見つけて。けど、今は来ないで)
風が札を揺らし、金具がまた「コト」と鳴った。
ふと、屋根の上に白い袖が見えた気がした。
「……?」
目を凝らす。もういない。
胸の中で、古い記憶がきしむ。
(戻れない、が誰かの足を狂わせる。なら――私は進む)
霞は、赤い帯をきゅっと締め直した。
(流れを止めない"曲"。それが、今の私の誠だ)
---
夜。
俺は仮宿の机で、セリナにもらった練習帳を開いた。
「ア、イ、ウ……」
読み書きは、最短じゃない。けど、確実だ。
(最短は、一歩の重ね方だって、沖田さんが教えてくれた)
窓の外。蒼が少し薄れ、緋が濃くなる。
二つの月が、街をゆっくり染め替えていく。
(待ってろ、霞。線と曲で、いつか同じ場所へ)
――つづく
橋の手前に白い線が走る。線灯《せんとう》――塔と塔をつなぐ光の結界だ。
欄干には伝言札がいくつも結ばれて、風に揺れる。金具が当たって「コト」と鳴った。
「線は越えるな。ここまでだ」
ファルコが小さく言う。
「はい」
橋の上では、赤い帯の一団が動いていた。緋《ひ》の教練士だ。
「始めるぞ!」
合図。木の人形が二体、転がされる。そこへ――一人の影が滑り込んだ。
「……霞《かすみ》?」
薄い衣。半歩ずらして、もう半歩。残像が二重三重に見える。
手首がふっと抜け、足が床をすべる。喉の一点に、木刀の先がすっと止まった。
(速い。あの"ずらし"だ)
ざわめきが大きくなる。太鼓の音も混じる。
言の加護《ことのかご》が少しザラついた。言葉の意味が遅れて届く。
ファルコが手符《てふ》を切る――掌を二度押さえ、指を二本で"橋"。
(分かる。落ち着け/橋へ、だ)
霞は面を上げない。けれど、一度だけ、こちら側を見た。
目だけで、「線は跨《また》ぐな」と言っている気がした。
---
――その頃、霞。
(来てる。廉)
胸の半月札・右(赤縁)が、ほんのり温かい。
緋の流れは、人を守る回し方。市場を止めない。逃がす道を作る。
(私は"曲"を学ぶ。流れを切らずに守るために。……それに、この教練士の"間"――どこかで見た)
一分も揺れないあの人の間合い。記憶がチクリと痛む。
(今は会えない。会えば迷う。だから、ここでやる)
霞は木刀を納めると、教練士に礼をした。
「次は実戦隊で」
「了解」
(緋に残る。でも、目は逸らさない。左の札(青縁)の行方も、こっちで探す)
---
橋のたもとで、黒い影が泡のようにふくらんだ。
「喰い影だ!」
悲鳴。人が押し合う。太鼓が増える。言葉が崩れる。
『……※○△……逃……!』
(聞こえるのに、意味が滑る!)
「線、開け! 格子を組む!」
ファルコが叫び、蒼《そう》の隊員が白い棒を打ち込む。
線灯の格子が走る。格子の中は、ざわめきがすっと静かになった。
(耳が軽い。呼吸だけがはっきり残る)
「廉、右の角を頼む!」
「はい!」
俺は格子の角に立つ。
喰い影が、薄い布のように滑ってくる。牙だけが本物の速さ。
正眼。半歩詰める。狙いは喉の一点。
最短――突き。
刃先に細い青が走った。影が破れて、霧が石に散る。
(通る。蒼の線が、刀を通る)
二体目。小さく踏み替え、腰の動きで本物を見切る。
突き。
三体目は格子に触れて動きが鈍る。そこを見逃さず、一息で突き抜いた。
最後の一体が現れた。
「廉、任せる!」
ファルコが合図。俺は深く息を吐く。
最短の礼。迷いは、進む足で払え。
踏み込み、突き。
静かになった。
「よし、収束」
蒼の隊員が格子を畳む。
周りから「助かった」の声。胸に手を当てて礼をする人もいた。
「月満ち引きと共に」
俺も礼を返す。
「見事でした、望月殿」
アランが近づいた。
「線灯の上での呼吸。狙点の取り方。最短を心得ておられる」
「ありがとうございます」
彼は、一歩だけ近づいて声を落とす。
「望月殿、『青き誓約』の正式書をお持ちしました。もう一度説明しますが、期間は十日。塔の巡回、線灯の補修、記録庫での導素路《どうそろ》の図読みを学んでいただきます。衣食・寝所・研ぎ油はこちらで手配いたします。――ただし、緋の管轄に入られる際は、事前に私へ一声ください。橋渡し役は私が務めます。」
「承知しました」
俺は橋の向こうを見た。
霞は、顔を上げない。けれど、赤い紐が一度だけ揺れた。
(……分かってる。今は行くな、だろ)
胸の奥で、小さく「コト」と何かが鳴った気がした。羽織の「誠」が日向みたいにわずかに温かい。
(俺は――蒼に入る。力がいる。地図がいる。読み書きも早く覚える。あの人の"間"の正体にも、近づける)
「アランさん。誓約、受けさせていただきます。ただし――」
「彼女の件ですね。橋渡しは私が」
「お願いします」
アランは一礼した。
「月満ちて」
「引きと共に」と返す。胸の中で、言葉がきちんと噛み合った。
---
赤橋の上。
霞は隊から外れて、欄干に小さな印を刻んだ。半月の左(青縁)をかたどった、薄い傷。
(見つけて。けど、今は来ないで)
風が札を揺らし、金具がまた「コト」と鳴った。
ふと、屋根の上に白い袖が見えた気がした。
「……?」
目を凝らす。もういない。
胸の中で、古い記憶がきしむ。
(戻れない、が誰かの足を狂わせる。なら――私は進む)
霞は、赤い帯をきゅっと締め直した。
(流れを止めない"曲"。それが、今の私の誠だ)
---
夜。
俺は仮宿の机で、セリナにもらった練習帳を開いた。
「ア、イ、ウ……」
読み書きは、最短じゃない。けど、確実だ。
(最短は、一歩の重ね方だって、沖田さんが教えてくれた)
窓の外。蒼が少し薄れ、緋が濃くなる。
二つの月が、街をゆっくり染め替えていく。
(待ってろ、霞。線と曲で、いつか同じ場所へ)
――つづく
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