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10.新たな再会
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「よう、芳澤じゃね?」
記憶にあるようなないような声が僕の名字を呼んだのは、駅前にある郵便局を出たところだった。急に掛けられた声に驚いて振り返れば、そこには高校時代藤宮と仲の良かった木内という男がいた。
僕がすぐに彼が誰かわかったのは、木内には特徴的なほくろがあったからだ。顎のところに縦に二つ並んだ大小のほくろを持つのは、僕の記憶にある限りこの男しかいない。
高校時代は街で出会ってもこんな気さくに話しかけてきたことなんてないのに、「久しぶり」なんて軽く手を挙げながら言って木内は近寄って来た。
「お前今、藤宮と住んでるんだってな」
どうやら藤宮繋がりで彼は話しかけてきたらしい。若干の煩わしさと興味を感じつつ、僕は相手の調子に合わせて気兼ねなく答え返す。
「僕が彼と住んでいるというより彼が住み込んでいるんだよ」
「おー、知ってる知ってる。あいつ家政夫やってるんだって? 俺が藤宮にお前の住所教えたんだけどさ、まさか住み込みの家政夫するとは思わなかったぜ」
そういえば二十歳の時の同窓会の幹事はこいつだった。僕は同窓会には出席しなかったが、転送されてきた出席確認のハガキには新しい住所を載せて返送したのだった。個人情報を勝手に漏らすなと言いたいところだが、彼が僕を訪れたことへの文句はないので黙っておく。ちなみにわざわざ高校時代の住所へハガキで案内が届いたのは誰も僕の連絡先を知らなかったからだろう。
「お前、ちょっと暇? せっかくだし少し話そうぜ」
軽く立ち話しただけなのに、昔からの友人みたいに気楽な感じで誘ってくる。
いつもならこの手の誘いは断るが、この時の僕は相手の言葉に乗った。聞きたいこともあったからだ。
木内に連れられ入ったのは、駅ビルの中にあるハンバーガーショップだった。最近はこういった店には足を運んでいなかったので、注文の仕方すら変わっていることに驚く。
アプリで注文する木内に僕の分も頼み、電子マネーで送金する。変わっていくのは人だけでなく環境もだなと改めて思う。
席につくと少し真面目な表情で木内が話し出した。
「芳澤、同窓会にも来なかったしさ、どうしてんのかなって思ってたんだよ」
「……」
「いや、お前の両親のこととかは知ってるよ。そうじゃなくて、高校時代と見た目変わってんのかなとか、彼女いんのかなとか、そんな感じの話」
もう結婚したヤツとかいるんだぜ、と木内は笑った。卒業してから数年しか経っていないというのに、既に親になっている者がいたり外国で働いている者がいたり、あの頃一律に同じ教室で同じ制服を着て同じ時間を過ごしていた僕たちは今ではもうそれぞれの違った人生を歩んでいる。
「藤宮も同窓会で昔とだいぶ変わってたヤツいたりして驚いたって言ってた」
「そうそう。見た目もそうだけど性格とかもさ。変わるもんだよなー」
「藤宮も木内もあまり変わってないみたいだけどね」
「んー、俺はともかく藤宮はどうだろ。あいつも色々あったからなあ。見た目は変わってねえけど、高校の終わりにはもう、ちょっとイメージ変わってたな」
「そうなの? 色々あったって弟のことだけじゃなくて?」
弟の病気が発覚したのは彼が高校を卒業してからのことだと言っていた。高校時代はとくに問題なく楽しく過ごしていたと思っていたので木内の発言は意外だった。
「なんだよ、一緒に住んでんのに知らないんだな」
木内は呆れなのか驚きなのか軽く目を開いてこちらを見る。少しイラつきながら僕は無言で続きを待った。
「アイツ、高校3年の時、母親が失踪してさ。本当は調理師の専門学校に行きたかったみたいだけどそれ諦めて、とりあえず高校だけ卒業して働き始めたんだよ」
高3になったばかりの頃、彼の母親はいきなり消えた。捜索届は出されたようだが、事件性は薄く本人の意思による失踪と判断されたらしい。
進学を諦め働くにしても高校は卒業しておいた方がいいと教師たちも協力してくれ、役所への手続きなどして学費の免除や補助を受けてどうにか高校を卒業したそうだ。
知っていたのは特に親しかった友人たちだけでクラスのほとんどの者は彼の事情など何も知らずにいたという。
人は見かけによらないとよく言うが、クラスメイトが抱えている事情なんて毎日学校で一緒にいてもわからないものだ。藤宮だって何の悩みもなくいつも楽しんでいるように見えた。
あの頃すでに、彼は僕が想像もしていなかった大変な状況にいたのだ。
「そうだったんだ」
「まあ、何が起こるかわからないもんだよな。お前もさ、大変だったよな。俺が軽々しく言うのもなんだけど」
軽々しい口調で彼が言う。だが、声の調子ほど彼が軽く考えているわけではないのはわかった。藤宮と親しかった彼は色々と思うところがあるのだろう。僕に声をかけてきたのもただの好奇心や懐かしさだけでなく、藤宮や僕の今の様子を気にかけてのことだったのかもしれない。
「今まで接点なさそうだったお前らが一緒に住み始めたって聞いたときは驚いたけどさ、アイツ最近倒れるんじゃないかってくらいあれこれ掛け持ちで働いてたからよかったよ」
確かに再会した時の藤宮は少しやつれているようだった。高校時代より痩せているように思ったのは働きづめだったからなのだろう。
「俺が頼むのも変だけど藤宮のことよろしくな。アイツ明るくていい奴だけど背負ってる環境はあんま明るくないからさ」
僕が思っていた以上に彼は苦労人だったようだ。あんなに、明るく学生生活を謳歌しているように見えていたのに。
僕が大学に行くのが当たり前のように受験勉強をしているとき、彼は弟の面倒を見ながらどう生きていくか考えていたのだ。
「お前も何か困ったこととかあれば言えよ。俺にできることなんて何もないかもだけどさ、何かできることだってあるかもしんないし」
「そうだね、ありがとう」
人を頼る、ということを考えたことはなかった。
社会の中でいつだって僕は一人で、それを当然としていたから頼る人がいないことを嘆くこともなかった。
自分は今まで随分と閉じた世界にいたのだろう。外の世界に目を向けることもなかった。唯一、誰も立ち入ることのない部屋の小さな窓の外に見えた太陽みたいに、あえて見ようとしなくても自分の瞳に入り込む存在が藤宮だった。
僕は小さなガラス窓の向こうに映る藤宮の姿しか見えていなかった。しゃがみこんだ彼がどんな顔をしているかなんて見ることはなかった。
木内とはそれから高校時代の思い出話や近況などを少し話して別れた。
あの頃は藤宮やその周りの人間たちは僕とは縁のない世界の住人だと思っていたけれど、彼らも自分と同い年のただの少年少女だったのかもしれない。
記憶にあるようなないような声が僕の名字を呼んだのは、駅前にある郵便局を出たところだった。急に掛けられた声に驚いて振り返れば、そこには高校時代藤宮と仲の良かった木内という男がいた。
僕がすぐに彼が誰かわかったのは、木内には特徴的なほくろがあったからだ。顎のところに縦に二つ並んだ大小のほくろを持つのは、僕の記憶にある限りこの男しかいない。
高校時代は街で出会ってもこんな気さくに話しかけてきたことなんてないのに、「久しぶり」なんて軽く手を挙げながら言って木内は近寄って来た。
「お前今、藤宮と住んでるんだってな」
どうやら藤宮繋がりで彼は話しかけてきたらしい。若干の煩わしさと興味を感じつつ、僕は相手の調子に合わせて気兼ねなく答え返す。
「僕が彼と住んでいるというより彼が住み込んでいるんだよ」
「おー、知ってる知ってる。あいつ家政夫やってるんだって? 俺が藤宮にお前の住所教えたんだけどさ、まさか住み込みの家政夫するとは思わなかったぜ」
そういえば二十歳の時の同窓会の幹事はこいつだった。僕は同窓会には出席しなかったが、転送されてきた出席確認のハガキには新しい住所を載せて返送したのだった。個人情報を勝手に漏らすなと言いたいところだが、彼が僕を訪れたことへの文句はないので黙っておく。ちなみにわざわざ高校時代の住所へハガキで案内が届いたのは誰も僕の連絡先を知らなかったからだろう。
「お前、ちょっと暇? せっかくだし少し話そうぜ」
軽く立ち話しただけなのに、昔からの友人みたいに気楽な感じで誘ってくる。
いつもならこの手の誘いは断るが、この時の僕は相手の言葉に乗った。聞きたいこともあったからだ。
木内に連れられ入ったのは、駅ビルの中にあるハンバーガーショップだった。最近はこういった店には足を運んでいなかったので、注文の仕方すら変わっていることに驚く。
アプリで注文する木内に僕の分も頼み、電子マネーで送金する。変わっていくのは人だけでなく環境もだなと改めて思う。
席につくと少し真面目な表情で木内が話し出した。
「芳澤、同窓会にも来なかったしさ、どうしてんのかなって思ってたんだよ」
「……」
「いや、お前の両親のこととかは知ってるよ。そうじゃなくて、高校時代と見た目変わってんのかなとか、彼女いんのかなとか、そんな感じの話」
もう結婚したヤツとかいるんだぜ、と木内は笑った。卒業してから数年しか経っていないというのに、既に親になっている者がいたり外国で働いている者がいたり、あの頃一律に同じ教室で同じ制服を着て同じ時間を過ごしていた僕たちは今ではもうそれぞれの違った人生を歩んでいる。
「藤宮も同窓会で昔とだいぶ変わってたヤツいたりして驚いたって言ってた」
「そうそう。見た目もそうだけど性格とかもさ。変わるもんだよなー」
「藤宮も木内もあまり変わってないみたいだけどね」
「んー、俺はともかく藤宮はどうだろ。あいつも色々あったからなあ。見た目は変わってねえけど、高校の終わりにはもう、ちょっとイメージ変わってたな」
「そうなの? 色々あったって弟のことだけじゃなくて?」
弟の病気が発覚したのは彼が高校を卒業してからのことだと言っていた。高校時代はとくに問題なく楽しく過ごしていたと思っていたので木内の発言は意外だった。
「なんだよ、一緒に住んでんのに知らないんだな」
木内は呆れなのか驚きなのか軽く目を開いてこちらを見る。少しイラつきながら僕は無言で続きを待った。
「アイツ、高校3年の時、母親が失踪してさ。本当は調理師の専門学校に行きたかったみたいだけどそれ諦めて、とりあえず高校だけ卒業して働き始めたんだよ」
高3になったばかりの頃、彼の母親はいきなり消えた。捜索届は出されたようだが、事件性は薄く本人の意思による失踪と判断されたらしい。
進学を諦め働くにしても高校は卒業しておいた方がいいと教師たちも協力してくれ、役所への手続きなどして学費の免除や補助を受けてどうにか高校を卒業したそうだ。
知っていたのは特に親しかった友人たちだけでクラスのほとんどの者は彼の事情など何も知らずにいたという。
人は見かけによらないとよく言うが、クラスメイトが抱えている事情なんて毎日学校で一緒にいてもわからないものだ。藤宮だって何の悩みもなくいつも楽しんでいるように見えた。
あの頃すでに、彼は僕が想像もしていなかった大変な状況にいたのだ。
「そうだったんだ」
「まあ、何が起こるかわからないもんだよな。お前もさ、大変だったよな。俺が軽々しく言うのもなんだけど」
軽々しい口調で彼が言う。だが、声の調子ほど彼が軽く考えているわけではないのはわかった。藤宮と親しかった彼は色々と思うところがあるのだろう。僕に声をかけてきたのもただの好奇心や懐かしさだけでなく、藤宮や僕の今の様子を気にかけてのことだったのかもしれない。
「今まで接点なさそうだったお前らが一緒に住み始めたって聞いたときは驚いたけどさ、アイツ最近倒れるんじゃないかってくらいあれこれ掛け持ちで働いてたからよかったよ」
確かに再会した時の藤宮は少しやつれているようだった。高校時代より痩せているように思ったのは働きづめだったからなのだろう。
「俺が頼むのも変だけど藤宮のことよろしくな。アイツ明るくていい奴だけど背負ってる環境はあんま明るくないからさ」
僕が思っていた以上に彼は苦労人だったようだ。あんなに、明るく学生生活を謳歌しているように見えていたのに。
僕が大学に行くのが当たり前のように受験勉強をしているとき、彼は弟の面倒を見ながらどう生きていくか考えていたのだ。
「お前も何か困ったこととかあれば言えよ。俺にできることなんて何もないかもだけどさ、何かできることだってあるかもしんないし」
「そうだね、ありがとう」
人を頼る、ということを考えたことはなかった。
社会の中でいつだって僕は一人で、それを当然としていたから頼る人がいないことを嘆くこともなかった。
自分は今まで随分と閉じた世界にいたのだろう。外の世界に目を向けることもなかった。唯一、誰も立ち入ることのない部屋の小さな窓の外に見えた太陽みたいに、あえて見ようとしなくても自分の瞳に入り込む存在が藤宮だった。
僕は小さなガラス窓の向こうに映る藤宮の姿しか見えていなかった。しゃがみこんだ彼がどんな顔をしているかなんて見ることはなかった。
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