ブルー・リグレット

梓月 霜

文字の大きさ
10 / 14

10.新たな再会

しおりを挟む
「よう、芳澤じゃね?」
 記憶にあるようなないような声が僕の名字を呼んだのは、駅前にある郵便局を出たところだった。急に掛けられた声に驚いて振り返れば、そこには高校時代藤宮と仲の良かった木内という男がいた。
 僕がすぐに彼が誰かわかったのは、木内には特徴的なほくろがあったからだ。顎のところに縦に二つ並んだ大小のほくろを持つのは、僕の記憶にある限りこの男しかいない。
 高校時代は街で出会ってもこんな気さくに話しかけてきたことなんてないのに、「久しぶり」なんて軽く手を挙げながら言って木内は近寄って来た。
「お前今、藤宮と住んでるんだってな」
 どうやら藤宮繋がりで彼は話しかけてきたらしい。若干の煩わしさと興味を感じつつ、僕は相手の調子に合わせて気兼ねなく答え返す。
「僕が彼と住んでいるというより彼が住み込んでいるんだよ」
「おー、知ってる知ってる。あいつ家政夫やってるんだって? 俺が藤宮にお前の住所教えたんだけどさ、まさか住み込みの家政夫するとは思わなかったぜ」
 そういえば二十歳の時の同窓会の幹事はこいつだった。僕は同窓会には出席しなかったが、転送されてきた出席確認のハガキには新しい住所を載せて返送したのだった。個人情報を勝手に漏らすなと言いたいところだが、彼が僕を訪れたことへの文句はないので黙っておく。ちなみにわざわざ高校時代の住所へハガキで案内が届いたのは誰も僕の連絡先を知らなかったからだろう。
「お前、ちょっと暇? せっかくだし少し話そうぜ」
 軽く立ち話しただけなのに、昔からの友人みたいに気楽な感じで誘ってくる。
 いつもならこの手の誘いは断るが、この時の僕は相手の言葉に乗った。聞きたいこともあったからだ。

 木内に連れられ入ったのは、駅ビルの中にあるハンバーガーショップだった。最近はこういった店には足を運んでいなかったので、注文の仕方すら変わっていることに驚く。
 アプリで注文する木内に僕の分も頼み、電子マネーで送金する。変わっていくのは人だけでなく環境もだなと改めて思う。
 席につくと少し真面目な表情で木内が話し出した。
「芳澤、同窓会にも来なかったしさ、どうしてんのかなって思ってたんだよ」
「……」
「いや、お前の両親のこととかは知ってるよ。そうじゃなくて、高校時代と見た目変わってんのかなとか、彼女いんのかなとか、そんな感じの話」
 もう結婚したヤツとかいるんだぜ、と木内は笑った。卒業してから数年しか経っていないというのに、既に親になっている者がいたり外国で働いている者がいたり、あの頃一律に同じ教室で同じ制服を着て同じ時間を過ごしていた僕たちは今ではもうそれぞれの違った人生を歩んでいる。
「藤宮も同窓会で昔とだいぶ変わってたヤツいたりして驚いたって言ってた」
「そうそう。見た目もそうだけど性格とかもさ。変わるもんだよなー」
「藤宮も木内もあまり変わってないみたいだけどね」
「んー、俺はともかく藤宮はどうだろ。あいつも色々あったからなあ。見た目は変わってねえけど、高校の終わりにはもう、ちょっとイメージ変わってたな」
「そうなの? 色々あったって弟のことだけじゃなくて?」
 弟の病気が発覚したのは彼が高校を卒業してからのことだと言っていた。高校時代はとくに問題なく楽しく過ごしていたと思っていたので木内の発言は意外だった。
「なんだよ、一緒に住んでんのに知らないんだな」
 木内は呆れなのか驚きなのか軽く目を開いてこちらを見る。少しイラつきながら僕は無言で続きを待った。
「アイツ、高校3年の時、母親が失踪してさ。本当は調理師の専門学校に行きたかったみたいだけどそれ諦めて、とりあえず高校だけ卒業して働き始めたんだよ」
 高3になったばかりの頃、彼の母親はいきなり消えた。捜索届は出されたようだが、事件性は薄く本人の意思による失踪と判断されたらしい。
 進学を諦め働くにしても高校は卒業しておいた方がいいと教師たちも協力してくれ、役所への手続きなどして学費の免除や補助を受けてどうにか高校を卒業したそうだ。
 知っていたのは特に親しかった友人たちだけでクラスのほとんどの者は彼の事情など何も知らずにいたという。
 人は見かけによらないとよく言うが、クラスメイトが抱えている事情なんて毎日学校で一緒にいてもわからないものだ。藤宮だって何の悩みもなくいつも楽しんでいるように見えた。
 あの頃すでに、彼は僕が想像もしていなかった大変な状況にいたのだ。
「そうだったんだ」
「まあ、何が起こるかわからないもんだよな。お前もさ、大変だったよな。俺が軽々しく言うのもなんだけど」
 軽々しい口調で彼が言う。だが、声の調子ほど彼が軽く考えているわけではないのはわかった。藤宮と親しかった彼は色々と思うところがあるのだろう。僕に声をかけてきたのもただの好奇心や懐かしさだけでなく、藤宮や僕の今の様子を気にかけてのことだったのかもしれない。
「今まで接点なさそうだったお前らが一緒に住み始めたって聞いたときは驚いたけどさ、アイツ最近倒れるんじゃないかってくらいあれこれ掛け持ちで働いてたからよかったよ」
 確かに再会した時の藤宮は少しやつれているようだった。高校時代より痩せているように思ったのは働きづめだったからなのだろう。
「俺が頼むのも変だけど藤宮のことよろしくな。アイツ明るくていい奴だけど背負ってる環境はあんま明るくないからさ」
 僕が思っていた以上に彼は苦労人だったようだ。あんなに、明るく学生生活を謳歌しているように見えていたのに。
 僕が大学に行くのが当たり前のように受験勉強をしているとき、彼は弟の面倒を見ながらどう生きていくか考えていたのだ。
「お前も何か困ったこととかあれば言えよ。俺にできることなんて何もないかもだけどさ、何かできることだってあるかもしんないし」
「そうだね、ありがとう」
 人を頼る、ということを考えたことはなかった。
 社会の中でいつだって僕は一人で、それを当然としていたから頼る人がいないことを嘆くこともなかった。
 自分は今まで随分と閉じた世界にいたのだろう。外の世界に目を向けることもなかった。唯一、誰も立ち入ることのない部屋の小さな窓の外に見えた太陽みたいに、あえて見ようとしなくても自分の瞳に入り込む存在が藤宮だった。
 僕は小さなガラス窓の向こうに映る藤宮の姿しか見えていなかった。しゃがみこんだ彼がどんな顔をしているかなんて見ることはなかった。
 
 木内とはそれから高校時代の思い出話や近況などを少し話して別れた。
 あの頃は藤宮やその周りの人間たちは僕とは縁のない世界の住人だと思っていたけれど、彼らも自分と同い年のただの少年少女だったのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...