女王さまの思いわずらい

いちいちはる

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 自室に戻りデイドレスを脱ぎ捨てて、下着の上にガウンだけを羽織る。
 貴族の子女としてはマナー違反も甚だしい姿だが、どうせすぐに晩餐用のドレスに着替えることになる。来客の予定がある訳でもなし、それなら父との対面の前に少しでも英気を養っておきたかった。
 侍女の咎める眼差しを無視して雑事を片付けていると、すぐに晩餐の時間が迫ってくる。
 アイリーンは晩餐用のドレスに着替え、髪を整えてから父ジョセフの書斎へと向かった。
 普段は滅多に足を踏み入れることのない書斎は、侍従と執事によって整然と整えられている。葉巻の匂いが染み付いた室内で軽く息を吐いてから、アイリーンは父に視線を当てた。
「お忙しいところを申し訳ありません」
「気にしなくていいよ、アイリーン。アイシャがこちらにいる間は、家に仕事を持ち帰ることはないからね。むしろ時間を持て余していたから、話しに来てくれてありがたいくらいだ。――それよりも今日はリチャード卿と会ってきたんだろう? その顔を見るに、ようやく動く気になったということかな」
「はい。ついては数日、離れを使用したいと思っております。許可をいただけますか?」
 もちろん、と言って父は穏やかに微笑う。
「きみの好きにすると良い。それで、あちらに連絡は済ませたかい?」
「ええ、さきほど手紙をお送りしました。随分と待ちわびていらっしゃいましたから、そう間を置かずに返信いただけるかと」
「さすがは手際がいいね。――ああ、尻尾を振って喜ぶ彼らの姿が、目に浮かぶようだ。長く焦らされたことは気の毒だけど、そもそもが身内の蒔いた種だからね。少しは良い薬になっただろうし、だからきみが気に病む必要はないよ。それよりも他に入り用なものはないかい? 何でもと言う訳にはいかないけれど、多少の無理なら利かせてあげよう」
「……それでしたら、どうかお母さまのご機嫌を取って下さいませ。一緒に出掛けるのを楽しみにしていらしたのに、わたしの都合で駄目になってしまいましたから」
 日頃は所領の管理に熱を入れている母アイシャだが、離れて暮らす家族へ注ぐ愛情はとびきり強い。三兄妹で唯一の娘であるアイリーンは特に猫可愛がりされていて、シーズンで王都に来た際はカフェに買い物にと連れ回されるのが常だった。
 今年も例年通りに予定が詰め込まれていて、本当なら明日も買い物に行くはずだったのだ。だがアイリーンはこれからの準備で、しばらくは手が離せなくなる。
 出掛ける予定がふいになったことを知れば、母はさぞかし気落ちするだろう。
 母の悲しむ顔を見たくないのは父も同様らしく、アイリーンの頼みに一も二もなく頷いてみせた。
「それなら明日は休みを取るよ。今のところは急ぐ案件もないし、何より私も夫婦水入らずで過ごしたいからね」
「あまり無茶はなさいませんよう。後で痛い目を見ることになるのは、部下の方たちだけではありませんよ」
「そうならないように鍛えてるつもりなんだけどねぇ。まったく、どうにも頼りなくていけない。私だってずっとこちらにいる訳じゃなし、そろそろ鍛え直すに良い頃合いなのかもしれないね」
「どうぞ、お手柔らかに。……わたしは先に食堂に参りますが、お父さまはどうなさいますか?」
「所用を片付けたらアイシャと向かうよ。いくつか彼女と話しておきたいこともあるしね」
「ではお母さまに今回の件、それとなくお伝えしておいてください。いきなり知らされては、きっと夕食どころではなくなるでしょうから」
 任せておきなさい、と微笑う父にひとまずの暇を告げて、アイリーンは書斎を後にした。
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