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15 彼への気持ちが溢れそうで
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感情の濁流に飲み込まれてしまった。
息ができない。
苦しい。
いつもこうなるとダメだ。時間がたてば落ち着くけれど、今回はなおひどい。視界は暗闇に包まれて。あの人達の顔がかりちらつくけど。それ以外は真っ暗闇で。
冬君の表情はまるで見えない。
苦しいよ。何も見えないよ、冬君。
声に出していた。
「……く、……苦しい。苦しいよ、上川君、かみか……わ君。か……冬君――」
手をのばす。彼に。彼の姿がまるで見えなくて。あの【言葉】がただただ、私を捉えて離さないから、呼吸は苦しいままで。
このまま、呼吸が止まってしまう、そう思っった瞬間だった。
「下河さん、しっかりしろ、ゆっくり深呼吸を――下河、下河!」
冬君の声が微かに、聞こえて。私は朦朧とした意識のなか、冬君を探そうとした。
どこ? どこなの、冬君? 本能のままに、冬君を探す。
今度は、はっきりと聞こえた。
私はその手をしっかりとのばす。
「――雪姫!」
私の掌に、暖かいものが触れて。私ごと受け止めてもらったのを感じた。包み込まれるように、寄り添うように。私を抱きしめてくれて。恥ずかしさを感じる余裕は、この時なかった。
ただ冬君の心配そうな――必死なその顔を見て、私は安心したんだと思う。
今、この瞬間だけは冬君が私を最優先してくれた。そう思えただけで、私のなかの不安がかき消えて――満たされた。
■■■
どうやって公園まで来たのか、記憶に無い。
自分の意識が覚醒した時には、公園のベンチで冬君にもたれかかるようにしていた。その手を、彼が握ってくれたまま。
彼がどれほど心配してくれていたのか、痛いほど感じた。
「あのさ、下河さん、本当にごめ――」
冬君が謝るのは違うと思った。私が無理をし過ぎたのだ。弥生先生のことを意識しすぎて。それを思い返すだけで、恥ずかしくて体が熱くなる。だって、自分が知らない間に、冬君と誰かが過ごす。それが悔しいと感じてしまって。
だから、自棄気味で――それこそ感情の赴くままに言葉を発していた。
「名前」
「え?」
冬君はきょとんとした顔で聞き返す。しまったと思う。でも、もう止まらないのだ。
「さっき、名前で呼んでもらえて、本当に嬉しかったんです。友達だって上川君が思ってくれるのなら、名前で呼んでくれませんか?」
「……えっと?」
冬君が明らかに困った顔をした。でも引き返せない。私のなかの欲張りさんが、冬君にもっと近付きたいと言っている。私も――私だって、心のなかだけで『冬君』と呼ぶだけじゃ、もう物足りないのだ。
「名前。友達って、上川君が本当にそう思ってくれているのなら、名前で呼んで欲しい」
俯く。何て強引なんだろう。嫌われたらどうしよう、と今さらながらに思ってしまった。彼はあくまで弥生先生に言われて来ただけ。それは同情にも近くて。私にソコまでする義理も必要性もまったくなく――。
「――雪姫」
私は顔をあげた。彼は、微笑んでそう言ってくれた。否定も拒絶もなく。ただ、変わらずに、私を受け止めてくれる。
また感情が揺れそうになる。でも、それじゃダメだ。弱いままの私じゃなくて、冬君にも安心して欲しい。
だから私は、今できる精一杯の笑顔を冬君に向けた。
「ありがとう、冬君」
私は笑えているだろうか? 冬君がより嬉しそうに、微笑んでくれるのをみながら。
と――ふと思った。
ワガママついでに、こんなことお願いするのは、厚かましいと思ってしまう。でも、彼が手をのばして、受け止めてくれたから、私は息をすることができた。
だから私は意を決して、彼に伝えてみた。心臓が暴れ狂って、恥ずかしくて、死んでしまいそうだけれど。
「冬君、もう一つ、お願いをしても良いですか?」
「え? あ、俺にできることなら、そりゃするけど」」
「それなら、手を――」
顔が熱い。本当なら彼を直視できないくらい。今すぐここから逃げ出してしまいたいくらい、恥ずかしくて。
でも。ココで逃げてしまったら、私はこれからも何も変わらなくて。何より、自覚している。この短い期間のなかで。イヤというほど感じたこと。
――私には、冬君が必要なのだ。
「手を。外に行く時、手を握ってもらって良いですか? その……あの……冬君に手を握ってもらったら、息が苦しくなくなって、その、あの、おかしな子って思うかもしれないけれど、もしお願いができたら――」
言いながら、自分で混乱をしながら。もう理性は吹き飛んでいる。でも、本当にそうなのだ。今もこうしてゼロに近い距離で、冬君がいてくれるから。冬君の存在を体温で感じているから、落ち着いている気がする。
と彼は、返答することなく私の手に触れてくれた。
何の迷いもなく。
私は冬君を見る。
彼は微笑んでくれていて。
苦しいくらい暴れてた心臓も、次第に落ち着いて。呼吸も、自分が驚くくらいに、落ち着いていって。
冬君の温度が感じられた。
この広い世界のなかで、二人っきりになってしまったかのように。私の中の血が巡って、体温が戻ってくるようで。
「……冬君、ありがとう」
「どういたしまして」
何とか絞り出して、私は伝えた。その言葉すら、彼は全部受け止めてくれて。嬉しいって思う。私の中で、冬君という存在が、どんどん大きくなっているのを感じた。
■■■
私はもう一度、深呼吸をする。本当に、もう大丈夫そうで。改めて、冬君の存在が本当に大きいと感じてしまう。
「……ありがとう、冬君。多分、大丈夫。息も苦しくない。でも、その手だけ。手、触れてもらえるだけで良いから、帰りも手をつないでもらっていいですか?」
私は冬君にお願いをしてみた。
「え、あ、うん。下河が――」
私はじっと冬君を見た。名前で呼んで欲しい。そう想いをこめて。
「――雪姫が良ければ、そりゃ。それはもちろん」
冬君が照れ臭そうに言う。全部、受け止めてくれて。私の言いたいことも理解してくれて。本当に冬君はすごい。純粋にそう思ってしまう。
「あ、そうだ。ちょっと良い?」
まるで照れ隠しのように、冬君は言った。でも私の手は、その腕に触れさせたままで。まるで冬君にエスコートされているみたいで。
冬君はポケットから、可愛くラッピングされた小袋を取り出した。
私は目をパチクリとさせた。私の思考が追いついていかない。彼は私の手に、小袋を持たせる。
「え?」
「いや、たくさん美味しいものご馳走になって、俺、下河――雪姫にもらってばかりだなって思って。海崎にも相談をしたんだけど、最初考えたのは高すぎるって言われて。それで、これにしたんだけど――」
「海崎君が?」
幼馴染の一人の名前が出て驚く。やっぱり学校に行きたいな、って思った。私の知らないところで、冬君が他の人と仲良くなっている。その知らない時間が怖い。
「でも結局、選んだのは俺で。むしろ安物過ぎて申し訳ないんだけれど。もうこういうものしか選べなくて」
冬君の言葉を聞いて安心――嬉しくて、嬉しくて、はしゃぎ回りたい自分がいて。冬君が、自分のために色々考えてくれて。そのうえで最終的に、頼らずに選んでくれた。その現実が本当に嬉しくて。
「冬君、開けてもらって良いですか?」
私は冬君からこの手を離すつもりはなかった。呼吸のこともある。でもそれ以上に、一時も冬君から離れたくなくて。
彼は苦笑を浮かべて、開封してくれた。出てきたのは、白猫のストラップで。しかも私が好きで愛用していたLINKのスタンプキャラだ。
「これって……」
「いや、最近、よく連絡しているから。これならお守りにもなるかな、って。少しでも息が苦しくならなように、ルルに祈ってもらった――はず」
私は今すぐ冬君を抱きしめたい――その衝動を何とか堪えた。嬉しくて、嬉しくて。ちょっと間違えば、きっと感情が抑えられなくて、泣いてしまいそうで。でも、そんなことをして、冬君を心配させたくなかった。だから私はぐっと感情を抑えることに必死で。
冬君が私のスマートフォンケースにストラップを付けてくれた。
私は、ストラップに指で触れる。
冬君をより感じられて、それが本当に嬉しい。
(大事にするよ。大切にします――)
そう心のなかで呟いて。
「でも、だぞ? ちょっと今日は無理をし過ぎだって。ちょっとずつ、少しずつやっていこう? 今までのことを考えたら、そりゃ負担が強かったと思うぞ」
「うん」
私はコックリと素直に頷いた。冬君を心配させてしまった。それは本当に申し訳ない。心の底からそう思う。でもね、冬君?
「でも、大丈夫。冬君が、傍にいてくれるんでしょう?」
「できる範囲で、になるけどね」
「うん、それで良いよ。私ね、冬君がいてくれたら、呼吸ができる気がするんだ」
ストレートにそう言えて。これは本当。これは私の本心。冬君がいてくれるから、私は呼吸ができる気がするのだ。
と、その言葉に返事をする代わりに、冬君は私の手を握り直して。より彼の存在を感じて。
ごめんね、冬君。でも、ありがとう。
何回でも貴方に言いたい。
私ね、貴方がいるから呼吸ができる――。
■■■
私はぼーっとベッドのうえで、ストラップを見やる。帰ってから、ずっとこうしていた。
冬君の存在をより感じて、幸せで。彼は今日アルバイトだと聞いていたので、LINKのメッセージを送るのは控えていたけれど。本当は『ありがとう』をたくさん、たくさん伝えたくて。
どんどん、私の中での冬君の存在が大きくなっていって。
それ以上に、どんどん私がワガママになっているのを自覚する。。
と、スマートフォンがLINKのメッセージの着信を伝えた。
「え?」
私は信じられなくて、目をパチクリさせる。それは冬君からで――。
____________
fuyu:これからバイトに行ってきます。今日は無理をさせ過ぎたと思う。本当にごめんね。ゆっくり休んで。
fuyu:でも雪姫はすごいと思うよ。本当に前向きだって思うよ。だけど、無理にならないようにね。
____________
私はスマートフォンを思わず、ぎゅっと抱きしめた。前向きでいられるのは、前を向きたいと思えるのは――貴方のおかげだから。
私は、すぐに返信する。フリックしながら、早まる鼓動に誤字しないように必死で。
自分のドキドキがバレないように。この気持ちがいったい何なのか、よく分から――ウソ。それはウソだ。本当は自分でも、この感情を理解している。
でも今は、まだ友達で良いから。
欲張りでワガママな【私】を抑えるためにも。
____________
yuki:冬君、今日は本当にありがとうございました。私は大丈夫。でもあまり、冬君を心配させないように、ほどほどにしていきたいと思っています。
yuki:私が前向きと思ってもらえるのなら、それは冬君のおかげです。アルバイト頑張ってね? 冬君こそ無理しすぎないように。また、明日。待ってます。
____________
送信する。OKという犬のスタンプが。私も、白猫のスタンプで「ファイト!」と送る。既読がついて、そこから返信はなかった。
冬君はアルバイトに行く準備がある。だからずっと私に構えないのも、よく分かっているつもりだ。
でも胸の奥底に、温かい感情が残って。それをもう一度、確認したくて、私はスマートフォンを――ストラップを抱きしめた。
と、タタッと小気味良い足音をたてて、階段を昇ってくる足音。一応のドアのノック。私は苦笑しながら「どうぞ」と言う。
同時に、ドアを開けられて。
無邪気な笑顔でを見せたのは、弟の空だった。天真爛漫と言えば聞こえが良いが、来年高校生になるとは思えない幼さだ。
「お? 姉ちゃん、そのストラップ可愛いじゃん。彼氏さんからもらったの?」
いきなりとんでもない爆弾を放ってくるから油断ならない。ついその言葉を意識してしまい、頬がカッと熱くなるのを自分でも感じた。
「こら、空。お姉ちゃんをからかわないの。冬君はそんなんじゃないから」
そう言う私の言葉を聞いて、空はますますニヤついて見せる。
「冬君、ですかぁ。昨日は姉ちゃん、上川君って言ってなかったけ?」
「よ、呼び方がなんだって良いじゃない。と、友達なんだから!」
「今は? ってつく?」
「つかない! 友達!」
空はそんな私の反応を見て、楽しげに笑う。私はブスッと頬を膨らませて抗議するしかなかった。
「ま、それが本題じゃなくてさ。今日も晩ごはん、食べられそう? 母ちゃんがLINKの家族グループで聞いてたよ?」
「え、ウソ?」
本当に通知が来ていて、慌てて返信する。
「その様子なら、食べられそうだね。最近調子良さそうだもんな」
ニカッと空は笑んで――言葉を付け足す。
「冬君のおかげで、ね」
さらに顔が熱くなるのを自覚した。多分、私は今、誰が見ても本当に顔が朱色に染まっているんだと思う。
「空、お姉ちゃんをからかうのも大概に――」
「でも幸せって、顔に書いてるよ?」
ニマニマ笑みながら、空は部屋を出ていく。
「もぅ、空ったら!」
バフッと枕を投げつけるが、すでにドアは閉められていて。まさか弟にからかわれる日が来るなんて思ってもみなかった。
まだ熱い、と自分の頬を触れながら思う。
自分の膝の上のスマートフォンを眺めながら。
――幸せって、顔に書いてあるよ?
弟の言う通りだから、否定できない。
冬君が傍にいてくれる日常。これが本当に幸せで、かけがえがなくて。
もっと冬君を知りたくて。もっと冬君に近づきたくて。
どんどん、本当にワガママになっている。
この抑えきれない気持ちを、なんとか飲み込むために。
私はスマートフォンをごと―冬君がくれたストラップを、ぎゅっと抱きしめた。
気持ちが溢れてしまいそうで。とても抑えられなくて――。
息ができない。
苦しい。
いつもこうなるとダメだ。時間がたてば落ち着くけれど、今回はなおひどい。視界は暗闇に包まれて。あの人達の顔がかりちらつくけど。それ以外は真っ暗闇で。
冬君の表情はまるで見えない。
苦しいよ。何も見えないよ、冬君。
声に出していた。
「……く、……苦しい。苦しいよ、上川君、かみか……わ君。か……冬君――」
手をのばす。彼に。彼の姿がまるで見えなくて。あの【言葉】がただただ、私を捉えて離さないから、呼吸は苦しいままで。
このまま、呼吸が止まってしまう、そう思っった瞬間だった。
「下河さん、しっかりしろ、ゆっくり深呼吸を――下河、下河!」
冬君の声が微かに、聞こえて。私は朦朧とした意識のなか、冬君を探そうとした。
どこ? どこなの、冬君? 本能のままに、冬君を探す。
今度は、はっきりと聞こえた。
私はその手をしっかりとのばす。
「――雪姫!」
私の掌に、暖かいものが触れて。私ごと受け止めてもらったのを感じた。包み込まれるように、寄り添うように。私を抱きしめてくれて。恥ずかしさを感じる余裕は、この時なかった。
ただ冬君の心配そうな――必死なその顔を見て、私は安心したんだと思う。
今、この瞬間だけは冬君が私を最優先してくれた。そう思えただけで、私のなかの不安がかき消えて――満たされた。
■■■
どうやって公園まで来たのか、記憶に無い。
自分の意識が覚醒した時には、公園のベンチで冬君にもたれかかるようにしていた。その手を、彼が握ってくれたまま。
彼がどれほど心配してくれていたのか、痛いほど感じた。
「あのさ、下河さん、本当にごめ――」
冬君が謝るのは違うと思った。私が無理をし過ぎたのだ。弥生先生のことを意識しすぎて。それを思い返すだけで、恥ずかしくて体が熱くなる。だって、自分が知らない間に、冬君と誰かが過ごす。それが悔しいと感じてしまって。
だから、自棄気味で――それこそ感情の赴くままに言葉を発していた。
「名前」
「え?」
冬君はきょとんとした顔で聞き返す。しまったと思う。でも、もう止まらないのだ。
「さっき、名前で呼んでもらえて、本当に嬉しかったんです。友達だって上川君が思ってくれるのなら、名前で呼んでくれませんか?」
「……えっと?」
冬君が明らかに困った顔をした。でも引き返せない。私のなかの欲張りさんが、冬君にもっと近付きたいと言っている。私も――私だって、心のなかだけで『冬君』と呼ぶだけじゃ、もう物足りないのだ。
「名前。友達って、上川君が本当にそう思ってくれているのなら、名前で呼んで欲しい」
俯く。何て強引なんだろう。嫌われたらどうしよう、と今さらながらに思ってしまった。彼はあくまで弥生先生に言われて来ただけ。それは同情にも近くて。私にソコまでする義理も必要性もまったくなく――。
「――雪姫」
私は顔をあげた。彼は、微笑んでそう言ってくれた。否定も拒絶もなく。ただ、変わらずに、私を受け止めてくれる。
また感情が揺れそうになる。でも、それじゃダメだ。弱いままの私じゃなくて、冬君にも安心して欲しい。
だから私は、今できる精一杯の笑顔を冬君に向けた。
「ありがとう、冬君」
私は笑えているだろうか? 冬君がより嬉しそうに、微笑んでくれるのをみながら。
と――ふと思った。
ワガママついでに、こんなことお願いするのは、厚かましいと思ってしまう。でも、彼が手をのばして、受け止めてくれたから、私は息をすることができた。
だから私は意を決して、彼に伝えてみた。心臓が暴れ狂って、恥ずかしくて、死んでしまいそうだけれど。
「冬君、もう一つ、お願いをしても良いですか?」
「え? あ、俺にできることなら、そりゃするけど」」
「それなら、手を――」
顔が熱い。本当なら彼を直視できないくらい。今すぐここから逃げ出してしまいたいくらい、恥ずかしくて。
でも。ココで逃げてしまったら、私はこれからも何も変わらなくて。何より、自覚している。この短い期間のなかで。イヤというほど感じたこと。
――私には、冬君が必要なのだ。
「手を。外に行く時、手を握ってもらって良いですか? その……あの……冬君に手を握ってもらったら、息が苦しくなくなって、その、あの、おかしな子って思うかもしれないけれど、もしお願いができたら――」
言いながら、自分で混乱をしながら。もう理性は吹き飛んでいる。でも、本当にそうなのだ。今もこうしてゼロに近い距離で、冬君がいてくれるから。冬君の存在を体温で感じているから、落ち着いている気がする。
と彼は、返答することなく私の手に触れてくれた。
何の迷いもなく。
私は冬君を見る。
彼は微笑んでくれていて。
苦しいくらい暴れてた心臓も、次第に落ち着いて。呼吸も、自分が驚くくらいに、落ち着いていって。
冬君の温度が感じられた。
この広い世界のなかで、二人っきりになってしまったかのように。私の中の血が巡って、体温が戻ってくるようで。
「……冬君、ありがとう」
「どういたしまして」
何とか絞り出して、私は伝えた。その言葉すら、彼は全部受け止めてくれて。嬉しいって思う。私の中で、冬君という存在が、どんどん大きくなっているのを感じた。
■■■
私はもう一度、深呼吸をする。本当に、もう大丈夫そうで。改めて、冬君の存在が本当に大きいと感じてしまう。
「……ありがとう、冬君。多分、大丈夫。息も苦しくない。でも、その手だけ。手、触れてもらえるだけで良いから、帰りも手をつないでもらっていいですか?」
私は冬君にお願いをしてみた。
「え、あ、うん。下河が――」
私はじっと冬君を見た。名前で呼んで欲しい。そう想いをこめて。
「――雪姫が良ければ、そりゃ。それはもちろん」
冬君が照れ臭そうに言う。全部、受け止めてくれて。私の言いたいことも理解してくれて。本当に冬君はすごい。純粋にそう思ってしまう。
「あ、そうだ。ちょっと良い?」
まるで照れ隠しのように、冬君は言った。でも私の手は、その腕に触れさせたままで。まるで冬君にエスコートされているみたいで。
冬君はポケットから、可愛くラッピングされた小袋を取り出した。
私は目をパチクリとさせた。私の思考が追いついていかない。彼は私の手に、小袋を持たせる。
「え?」
「いや、たくさん美味しいものご馳走になって、俺、下河――雪姫にもらってばかりだなって思って。海崎にも相談をしたんだけど、最初考えたのは高すぎるって言われて。それで、これにしたんだけど――」
「海崎君が?」
幼馴染の一人の名前が出て驚く。やっぱり学校に行きたいな、って思った。私の知らないところで、冬君が他の人と仲良くなっている。その知らない時間が怖い。
「でも結局、選んだのは俺で。むしろ安物過ぎて申し訳ないんだけれど。もうこういうものしか選べなくて」
冬君の言葉を聞いて安心――嬉しくて、嬉しくて、はしゃぎ回りたい自分がいて。冬君が、自分のために色々考えてくれて。そのうえで最終的に、頼らずに選んでくれた。その現実が本当に嬉しくて。
「冬君、開けてもらって良いですか?」
私は冬君からこの手を離すつもりはなかった。呼吸のこともある。でもそれ以上に、一時も冬君から離れたくなくて。
彼は苦笑を浮かべて、開封してくれた。出てきたのは、白猫のストラップで。しかも私が好きで愛用していたLINKのスタンプキャラだ。
「これって……」
「いや、最近、よく連絡しているから。これならお守りにもなるかな、って。少しでも息が苦しくならなように、ルルに祈ってもらった――はず」
私は今すぐ冬君を抱きしめたい――その衝動を何とか堪えた。嬉しくて、嬉しくて。ちょっと間違えば、きっと感情が抑えられなくて、泣いてしまいそうで。でも、そんなことをして、冬君を心配させたくなかった。だから私はぐっと感情を抑えることに必死で。
冬君が私のスマートフォンケースにストラップを付けてくれた。
私は、ストラップに指で触れる。
冬君をより感じられて、それが本当に嬉しい。
(大事にするよ。大切にします――)
そう心のなかで呟いて。
「でも、だぞ? ちょっと今日は無理をし過ぎだって。ちょっとずつ、少しずつやっていこう? 今までのことを考えたら、そりゃ負担が強かったと思うぞ」
「うん」
私はコックリと素直に頷いた。冬君を心配させてしまった。それは本当に申し訳ない。心の底からそう思う。でもね、冬君?
「でも、大丈夫。冬君が、傍にいてくれるんでしょう?」
「できる範囲で、になるけどね」
「うん、それで良いよ。私ね、冬君がいてくれたら、呼吸ができる気がするんだ」
ストレートにそう言えて。これは本当。これは私の本心。冬君がいてくれるから、私は呼吸ができる気がするのだ。
と、その言葉に返事をする代わりに、冬君は私の手を握り直して。より彼の存在を感じて。
ごめんね、冬君。でも、ありがとう。
何回でも貴方に言いたい。
私ね、貴方がいるから呼吸ができる――。
■■■
私はぼーっとベッドのうえで、ストラップを見やる。帰ってから、ずっとこうしていた。
冬君の存在をより感じて、幸せで。彼は今日アルバイトだと聞いていたので、LINKのメッセージを送るのは控えていたけれど。本当は『ありがとう』をたくさん、たくさん伝えたくて。
どんどん、私の中での冬君の存在が大きくなっていって。
それ以上に、どんどん私がワガママになっているのを自覚する。。
と、スマートフォンがLINKのメッセージの着信を伝えた。
「え?」
私は信じられなくて、目をパチクリさせる。それは冬君からで――。
____________
fuyu:これからバイトに行ってきます。今日は無理をさせ過ぎたと思う。本当にごめんね。ゆっくり休んで。
fuyu:でも雪姫はすごいと思うよ。本当に前向きだって思うよ。だけど、無理にならないようにね。
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私はスマートフォンを思わず、ぎゅっと抱きしめた。前向きでいられるのは、前を向きたいと思えるのは――貴方のおかげだから。
私は、すぐに返信する。フリックしながら、早まる鼓動に誤字しないように必死で。
自分のドキドキがバレないように。この気持ちがいったい何なのか、よく分から――ウソ。それはウソだ。本当は自分でも、この感情を理解している。
でも今は、まだ友達で良いから。
欲張りでワガママな【私】を抑えるためにも。
____________
yuki:冬君、今日は本当にありがとうございました。私は大丈夫。でもあまり、冬君を心配させないように、ほどほどにしていきたいと思っています。
yuki:私が前向きと思ってもらえるのなら、それは冬君のおかげです。アルバイト頑張ってね? 冬君こそ無理しすぎないように。また、明日。待ってます。
____________
送信する。OKという犬のスタンプが。私も、白猫のスタンプで「ファイト!」と送る。既読がついて、そこから返信はなかった。
冬君はアルバイトに行く準備がある。だからずっと私に構えないのも、よく分かっているつもりだ。
でも胸の奥底に、温かい感情が残って。それをもう一度、確認したくて、私はスマートフォンを――ストラップを抱きしめた。
と、タタッと小気味良い足音をたてて、階段を昇ってくる足音。一応のドアのノック。私は苦笑しながら「どうぞ」と言う。
同時に、ドアを開けられて。
無邪気な笑顔でを見せたのは、弟の空だった。天真爛漫と言えば聞こえが良いが、来年高校生になるとは思えない幼さだ。
「お? 姉ちゃん、そのストラップ可愛いじゃん。彼氏さんからもらったの?」
いきなりとんでもない爆弾を放ってくるから油断ならない。ついその言葉を意識してしまい、頬がカッと熱くなるのを自分でも感じた。
「こら、空。お姉ちゃんをからかわないの。冬君はそんなんじゃないから」
そう言う私の言葉を聞いて、空はますますニヤついて見せる。
「冬君、ですかぁ。昨日は姉ちゃん、上川君って言ってなかったけ?」
「よ、呼び方がなんだって良いじゃない。と、友達なんだから!」
「今は? ってつく?」
「つかない! 友達!」
空はそんな私の反応を見て、楽しげに笑う。私はブスッと頬を膨らませて抗議するしかなかった。
「ま、それが本題じゃなくてさ。今日も晩ごはん、食べられそう? 母ちゃんがLINKの家族グループで聞いてたよ?」
「え、ウソ?」
本当に通知が来ていて、慌てて返信する。
「その様子なら、食べられそうだね。最近調子良さそうだもんな」
ニカッと空は笑んで――言葉を付け足す。
「冬君のおかげで、ね」
さらに顔が熱くなるのを自覚した。多分、私は今、誰が見ても本当に顔が朱色に染まっているんだと思う。
「空、お姉ちゃんをからかうのも大概に――」
「でも幸せって、顔に書いてるよ?」
ニマニマ笑みながら、空は部屋を出ていく。
「もぅ、空ったら!」
バフッと枕を投げつけるが、すでにドアは閉められていて。まさか弟にからかわれる日が来るなんて思ってもみなかった。
まだ熱い、と自分の頬を触れながら思う。
自分の膝の上のスマートフォンを眺めながら。
――幸せって、顔に書いてあるよ?
弟の言う通りだから、否定できない。
冬君が傍にいてくれる日常。これが本当に幸せで、かけがえがなくて。
もっと冬君を知りたくて。もっと冬君に近づきたくて。
どんどん、本当にワガママになっている。
この抑えきれない気持ちを、なんとか飲み込むために。
私はスマートフォンをごと―冬君がくれたストラップを、ぎゅっと抱きしめた。
気持ちが溢れてしまいそうで。とても抑えられなくて――。
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変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
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