ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜

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第2章 自由への道

第19話 自由の街

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 ダリルはルシャーナ諸島のオアシリカという国の出身であり、外国人だ。
 この国で生まれたハーフというわけでもなく、正真正銘、国外からこの国に入ってきた人。

 つまり、彼は国境を越えてきたということだ。

 その彼が今ここにいるということは、結界を超えても神の炎に焼かれなかったと言うこと。

 すなわち、彼には悪意がないと、神が証明したのだ。

 悪意がないことを証明し、国内に入って来た外国人は『自由民』と呼ばれる。
 神がお墨付きを与えた彼らには、貴族はおろか王族でさえ下手に手を出すことはできないのだ。



「ほら、証明書が必要なら俺のを見せてやるよ」

 ダリルが役人に証明書を見せた。
 そこには彼の名前と出身国、そして身体的な特徴が書かれている。

(だから魔法で容姿を変えなかったのか)

 もしも役人に咎め立てされたら、偽造の身分証明書で誤魔化すよりも自由民の証明書を出した方が効果的だとダリルは考えたのだ。

 彼の考え通り、役人たちはダリルの証明書を確かめてたじろいだ。

「それじゃあ、俺の連れも確認するか?」

 ニヤリと笑うダリルに聞かれて、役人たちがさらに後退る。役人たちは互いに顔を見合わせてから、すぐに姿勢を正した。

「たいへん失礼いたしました!」

 そして、すぐさま回れ右をして去って行った。

 アイセルもエラルドもホッと息を吐く。
 その様子を横目に、ダリルは早々に食事を再開していた。

「自由民は神によって悪意がないと証明された人間だ。その自由民の行動を疑うのは、神を疑うのと同義」

 だから、役人は自由民に手を出すことができない。

「それを利用して亡命仲介人の仕事を?」
「おお。天職だろう?」

 ダリルがおどけて言うと、ようやくエラルドの緊張もほぐれてきた。

「最初から言ってくれればよかったのに」
「これに頼り切りになるのも良くないからな。
 これはあくまで、俺に悪意がないという証明でしかない。奴らが本気で二人を調べてたら、ちょっと危なかったな」

 そう言って笑うダリルの顔を、アイセルがじっと見つめている。

「……恐ろしくなかったの?」

 アイセルの問いに、ダリルがスッと目をすがめた。

「結界を越えるのが?」
「ええ。だって、あんな風に……焼かれてしまうかもしれなかったのに」

 青い炎の中で灰になった男。
 その情景を思い出したのだろう、アイセルの肩がブルリと震えた。

 ダリルも、ああなる可能性があったのだ。

「恐ろしかったさ」

 だが、とダリルは続けた。

「俺はどうしても、この国に来たかったんだ」

 ダリルはそれ以上、何も話さなかった。



 * * *



 アステラルを出発した一行は、もう一度来た道を戻った。
 そして三つほど前の街で再び変装して、今度は西の国境に向かう。ルシャーナ諸島に向かう船に乗るためには、西側から港に向かう必要があるからだ。

 なぜ直接西の国境に向かわなかったのかといえば、尾行がついていたからだ。
 あの宿屋で役人たちはダリルを追求することは諦めたが、やはり怪しいと踏んだのだろう。翌日から、明らかに堅気でない人物が彼らの周囲をうろつくようになったのだ。

 その尾行をまくために、わざわざ遠回りをしなければならなかったというわけだ。

 無事に尾行をまき、とうとう彼らは西の国境の街セリアンに到着した。
 この街から、いよいよ国外に出ることになる。

「……まだ迷ってるな?」

 セリアンの街並みを見つめながら、馬車の中でダリルがアイセルに尋ねた。
 彼女の肩がピクリと揺れて、瞳がゆらゆらと揺れる。

「まあ、そう慌てることもない。セリアンは自由民の街だ。ここは安全だから、しばらくゆっくり過ごしてゆっくり決めればいい」

 ダリルが見つめる先には、赤や黄色、緑や青といった色とりどりの屋根が見える。その様式も様々で、外観からも多国籍な人々が暮らす街だということが分かる。

「生贄の儀式まで、まだ五か月ある」

 アイセルとダリルが王都を旅立ってから、一か月程が過ぎようとしていた。



 セリアンの街には小さな路地が複雑に張り巡らされている。しかもただの道ではなく、階段や水路も同じように入り組んでいるので、道順を覚えるだけも一苦労しそうだった。

 ダリルは、その街のほぼ中央、水路の脇に立つ小さな家に二人を案内した。

「まあ、素敵な家ね」

 赤いレンガの壁に、赤い屋根。窓枠は鮮やかな緑色に縁どられていて、小さな庭には色とりどりの花が咲いている。鮮やかで可愛らしい家だ。
 中に入るとリビングは吹き抜けになっていて開放感があり、ロフトに寝台が置かれているのが見えた。南と東向きに大きな窓がとってあるので、日当たりも抜群だ。

「しばらくはここで暮らせ」
「いいの?」
「ああ。だが、生活費は自分たちでなんとかしろよ?」

 言われて、アイセルとエラルドは顔を見合わせた。
 ノックスリーチでの数日間を思い出したのだ。

「いいわね。でも、私にできる仕事があるかしら?」
「近くの商店街で仕事を探してやるよ」
「ありがとう」

 アイセルが素直に礼を言うと、ダリルはニヤリとほほ笑んだ。

「ここでは、夫婦ってことで通せよ」
「え!?」

 思わず声を上げたエラルドに、ダリルが二人の新しい偽造証明書を渡す。
 名前はタリアとディラン。
 そこには二人は夫婦だと明記されている。

「いや、さすがにそれは……」

 エラルドは慌てるが、アイセルの方は特に気にもせず嬉しそうに頷いた。

「そうね、この家で暮らすなら他人同士という方が不自然だわ!」

 確かに。
 この小さな家には、寝台は一つしかない。
 家の外観からも、新婚夫婦が暮らしていると言われるとしっくりくるのは間違いない。

 だが。

「そういう問題ではありません」

 この問答も何度目だろうか。
 駆け落ちのカップルという設定でもエラルドにとっては無理があったというのに、今度は夫婦として暮らせとは。

(無理だ)

 演じ切れる自信がない。

「そうかぁ? 案外、うまくいくと思うけどな」

 また、ダリルがニヤリと笑った。

「ほら、ディラン。ここで安全に過ごすには仕方ないことだわ」
「そうだそうだ」
「ボスの言うことは聞いといたほうがいい」

 エンゾにまで説得されてしまっては、エラルドに抵抗する術はなかった。

 こうしてエラルドとアイセル、改めディランとタリアの二人は、新婚夫婦として暮らし始めたのだった。



 その暮らしは、穏やかそのものだった。

 ここまでの旅は追われる立場という性質上、いつも殺伐としていた。捕まるのではないかという不安が常に付きまとい、気が休まらなかったのだ。

 だが、セリアンの街はダリルが言った通り安全そのものだった。
 この街には、外国からやってきた自由民とその家族だけが暮らしていたからだ。

 そしてその暮らしは、アイセルとエラルドに亡命後の暮らしを想像させた。
 街に一歩出れば様々な国の様々な商品が並ぶ商店街が続いていて、様々な言葉が飛び交っていて。活気にあふれる、自由な人々があふれていた。
 彼らは二人をその一員として快く迎えてくれたのだ。

(亡命に成功できれば)

 こういう穏やかな暮らしが実現するのだろう。
 そんなことを考えながら、仕事を終えたエラルドが帰途に就く。
 ちなみに、エラルドは商店街の食料品店で商品の仕入れの仕事を手伝っている。アイセルには服飾店で刺繍の仕事を紹介してもらった。彼女の刺繍の腕はなかなか見事で、最近腕の立つ刺繍職人が入ったと噂になっているほどだ。
 給料はほどほど。だが、二人で暮らす分には十分な額を日払いで受け取りながら暮らしている。

 家には既に明りが灯っていて、煙突からは煙が上がっていた。先に帰ったアイセルが夕食の準備をしてくれているのだろう。

「おかえりなさい」

 笑顔のアイセルが迎えてくれて、二人で温かい食事を食べる。
 この幸せな時間に、エラルドの心も温まっていくのだった。
 こうして、二週間ほどの時間が過ぎていた。

「さて。では、今夜こそ寝台で眠ってもらいますよ!」
「いいえ。今夜も俺は床で寝ます」

 食事が終わって片づけを済ませ、あとは眠るだけという段になるとこの攻防が繰り広げられるのも、恒例行事になっていた。

 この家には寝台が一つしかない。それどころか、部屋はリビングとロフトだけで、個室がないのだ。
 ここで暮らすようになってから、エラルドはアイセルにロフトの寝台を譲り、自分はリビングの床に毛布を敷いて眠っていた。

「ダメよ! あなたの仕事は力仕事なんだから、ちゃんと柔らかい寝台で眠らないと!」
「何度もお伝えしていますが、俺は騎士の訓練で野宿にも慣れています。まったく問題なく休めています」
「でも、そろそろ床は寒くなってきたんじゃない?」

 二人が王都を出たのは、夏の終わり頃のことだった。
 いまは秋。
 この街にも、肌寒い季節がやってきたのだ。

「問題ありません」

 重ねて言ったエラルドに、アイセルがむうっと頬を膨らませる。

「……それじゃあ、せめて毛布を追加してちょうだい」
「わかりました」
「ロフトに予備の毛布があるから、取りに来て」

 アイセルは不機嫌そうに唇を尖らせたまま、ロフトに上がる階段を登って行った。
 彼女がすぐにでも寝られるように、エラルドは一階の明かりを消してから階段を登った。

 それが失敗だった。

 エラルドがロフトに上がって来たのを確認したアイセルが、手元のランプを消してしまったのだ。

 家の中が暗闇に包まれる。

 突然のことに慌てるエラルドを、

 ──アイセルが寝台に押し倒した。
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