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第3章 悪意の証明
第22話 何があっても私の味方
しおりを挟む「やはり街道で張っていたな!」
襲撃は想定内だ。
この国の結界を消すことを目論んでいる誰か、つまり裏切り者がいるとすれば、その人物はアイセルが王都へ戻ることを絶対に阻止したいはずだから。
だからあえて、アイセルとエラルドは変装せずに本来の姿を堂々と晒してセリアンの街を出発した。
確かめるためだ。
裏切り者が本当にいるのか、否かを。
結果、アイセルは襲われた。
つまり、これで裏切り者の存在が確定した。
「逃げるぞ!」
襲われた時には全力で逃げる、そのための手段も経路もあらかじめ決めてあった。
「馬へ!」
エラルドはアイセルをひょいと抱き上げて馬に乗せると、その後ろに自分もひらりと跨った。
「行け!」
ダリルが叫ぶのと同時にエラルドが馬の腹を蹴る。全速力で駆けだした馬の後ろを、ダリルとエンゾが続く。
ここからは騎馬で山道に入るのだ。
だが襲撃犯も騎馬。
十数人の男たちも馬を急かして追って来る。
「“雨よ”」
アイセルが呪文を唱えると、ゴロゴロと雨雲が近づいてきた。ややあって、ざあざあと雨が降り始める。
『雨を降らせる魔法』だ。
これは日記に載っている魔法の中でも強力な魔法。
そのため制限が大きい。
一生に一度しか使えないのだ。
「ここぞという時のために、とっておいて良かったわ」
彼女にとって、今がその時なのだ。
雨が降りしきる中、エラルドたちは森の中に入った。
馬一頭分の幅しかない獣道を進んで、ぬかるみを飛び越える。
数秒後、
「うわぁっ!」
後ろで男の叫び声が響いた。
ぬかるみにハマったのだ。
後ろに続いていた馬もつっかえて、男たちの一団が団子になって足止めされる。
「よし、うまくいったぞ!」
ダリルは、この道にあらかじめ罠を作っていたのだ。
場所を把握していれば避けることができるが、知らなければはまってしまう。
そういう罠を、王都からセリアンの街の間にいくつも準備してあるという。
「アイセルの運が良すぎるから行きでは使い道がなかったが、まさか帰り道で使うことになるとはな!」
ダリルの楽しそうな声を聞きながら、三頭の馬は山の中を駆けた。ダリルは雨でも馬を走らせることができる道順を把握しているので、このまま彼の先導で雨に紛れて、山を越えることになっている。
こうして一行は辛くも追手を撒き、その日のうちに山を二つ越えることができたのだった。
そこからは人目につかない山道をひたすら進んだ。
もう、あえて襲われる必要がないからだ。
山中にはもちろん宿屋はない。
夜になると四人で焚火を囲み、談笑しながら食事をとった。相変わらずエンゾの料理が美味しくて、アイセルは彼の隣に並んで調理方法を教えてもらいながら日記に書き留めていった。
食事が終わると、アイセルは当たり前という様子でエラルドの隣に座り、肩を寄せて眠りにつく。
エラルドも、それをやめろとは言わなかった。
まもなく秋が過ぎ、冬が来る。
アイセルの誕生日は、さらにその先、春一番が吹く頃だ。
(未来がどうなるのかは分からない)
だから、エラルドはアイセルに言い聞かせたのと同じことを、自分にも言い聞かせたのだ。
(俺も、俺の願いのために行動しよう)
そう、決めたのだ。
今はただ、寒さに震えるアイセルの身体を温めてやりたい。
それが、エラルドの願いだった。
そして一行が王都のすぐ隣の山までたどり着いたのは、それから二週間後のことだった。
* * *
パチッと薪が爆ぜる音にハッとして目が覚めた。
慌てて腕の中を確認すると、アイセルは穏やかな寝息を立てたままだったのでホッと息を吐いた。
ずり落ちていた毛布を引き上げ、彼女の肩に巻き付ける。その上から、小さな肩を撫でつけた。
(まもなく夜明けか)
東の空が、わずかに白み始めている。
とはいえ、起きるにはまだ早い。
エラルドはもう一度寝直そうと目を閉じた。
「眠れないの?」
急に聞こえてきた声に、ビクリと肩が跳ねる。
「起こしてしまいましたか?」
「いいえ。ずっと起きていたの。……眠れなかったのは私の方」
「まさか、一晩中ですか?」
エラルドの問いに、アイセルは答えなかった。代わりに、きゅうっと身体を縮こまらせて、エラルドの胸元にすり寄ってくる。
「不安、ですか?」
今度は小さく頷いてから、アイセルは懐から小さな巾着を取り出した。あのダイヤモンドの指輪が入っている袋だ。
「お父様は教えてくれるかしら」
指輪に刻まれた『愛しい人へ』という言葉の意味を。
「うーん、それよりも。私がちゃんとお父様に話ができるかどうかが怪しいわね」
「あなたが?」
意外だった。彼女はいつも堂々としていて、相手が公爵だからといって気おくれするような人ではないと思っていたから。
「お父様とはね、何年も会話らしい会話をしていないの。顔を合わせても何を言えばいいのか分からなくて、いつも俯いてばかりいたわ」
ツキンと胸が痛んだ。
確かに、エラルドが公爵邸でアイセルの護衛をしている間も、アイセルと公爵は一度も顔を合せなかった。
彼女はそうやって、長い間孤独に過ごしてきたのだ。
「公爵夫人も、ですか?」
現在の公爵夫人はアイセルの母の死後、後妻に入った女性のことだ。
名はルベリカ。
(確か、西部の伯爵家のご出身だったはず)
あまり有名ではないので実家の家名までは記憶にないが、騎士団の仕事で何度か顔を合わせたことがあるので覚えがある。
ふくよかで健康そうな女性だったと記憶している。
「ルベリカ様とは、顔を合わせたのも数えるほどしかないわね。妹のミーナも」
「そうでしたか」
父である公爵と腹違いの妹は、少なくとも血のつながった家族だというのに。
あまりにも、寂しい。
「そんな顔しないで」
アイセルが指先でそっとエラルドの頬に触れた。
そんな顔、とはどんな顔だろうか。
彼が疑問に思っている間に、アイセルはエラルドの頬をつんと上へ引き上げた。
「不安だけど、不安じゃない」
アイセルがニコリとほほ笑む。
「いざとなったら、あなたが私を攫ってくれるでしょう?」
ドキッとエラルドの胸が音を立てた。
まさに、そう考えていたから。
もしも彼女が傷つけられたら、もしも彼女の願いが叶わないと確信したら、もしも彼女がすべてを放り出すことを望んだら……。
アイセルのために必要だとエラルドが判断したその時には、彼女が何と言おうと問答無用で攫ってしまおうと考えていたのだ。
「あなたは何があっても私の味方でいてくれる。そう信じているから。私はきっと、大丈夫だと思う」
まるで自分に言い聞かせるようにアイセルがつぶやくのに応えるように、エラルドは彼女の肩を抱く手に力を込めた。
「だから、側にいて」
「はい」
山の木々の向こうから、朝陽が顔を出す。
逃亡から約二か月。
とうとう、アイセルは王都に帰還する。
* * *
「ただいま戻りました」
アイセルはエラルドを伴って、堂々と公爵邸の門に現れた。
「お、お嬢様!」
直前までマントで顔を隠していたので、門衛たちは彼女の黄金の瞳を見た途端、文字通り飛び上がった。
次いで、門衛の一人が叫びながら転がるように屋敷に飛んで行った。
「お嬢様が帰られました! お嬢様が! お戻りです!」
また別の門衛がアイセルとエラルドを門の中に案内する。ただし、その際にエラルドは剣を取り上げられてしまったが。
屋敷の玄関では、公爵が待っていた。
その隣には公爵夫人のルベリカ、そして妹のミーナの姿もあった。
「……なぜ戻ってきた」
公爵は相変わらず何を考えているのか分からない渋い表情で。
その態度からは怒りが滲んでいた。
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