ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜

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第3章 悪意の証明

第23話 歪な家族

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「本当に、よく顔を出せたものですね」

 公爵夫人が不機嫌そうに眉をひそめている。その隣では、アイセルの妹のミーナが同じく不機嫌そうにツンとそっぽを向いていた。

 粗末な綿のワンピースを着ているアイセルとは対称的に、ミーナは最高級のレースをふんだんに使った豪華なドレスを着ている。
 さらにアイセルと同じ透き通るような金の髪を高く結い上げ、見事な銀細工のかんざしを挿している。彼女の瞳は、透き通るサファイヤのような青だ。

 そんな二人を見比べて、公爵夫人がニヤリとほほ笑んだ。

「本当にみっともない。誇り高い生贄が、このような姿で公爵家の敷居をまたぐとは」

 真っすぐな嫌味にも、アイセルは怯まなかった。
 胸を張って、たおやかにほほ笑む。

「先日まで働いていたものですから。お許しくださいな」
「働いていた!?」
「ええ、ハンカチの刺繍の仕事を。だって、暮らすのにはお金がかかりますから」

 公爵夫人が言葉を詰まらせた。
 まさか、こうまで堂々と切り返されるとは思っていなかったし、公爵令嬢が生活のために働くなど予想もしていなかったのだろう。度肝を抜かれたというわけだ。

 だが、公爵夫人の方はこれで怯まなかった。

「さっさと神殿に連れて行きなさい!」

 命じられた公爵家の騎士たちは、どうしたものかと戸惑いながらもアイセルとエラルドを囲もうと動き出した。
 だが、それを止めたのは意外な人物だった。

「おやめください、お母さま!」

 ミーナだ。

「せっかくお帰りになったのに神殿なんて! そんなの可哀そうですわ!」

 と、先ほどまでの不機嫌な顔とは真反対の泣き顔で公爵夫人にすがったのだ。
 あまりにもわざとらしい甘えた声に、わざとらしい涙。これが演技らしいということは、エラルドにはすぐに分かった。

「そうですわよね、お父様!」

 どうやら彼女は、公爵に媚びるためにそうしたらしい。

(姉を哀れむ優しい妹を演じて、公爵の歓心を得ようという魂胆か)

 チラリとアイセルの顔を覗き見れば、それに気づいたアイセルが小さく肩を竦めた。

(どうやら、いつものことらしい)

 継母である公爵夫人はアイセルに罵声を浴びせ、妹はそれを庇う振りをして自分の株を上げようと目論む。
 この二人と会って話したことは数えるほどしかなかったと彼女は言っていたが、そのたった数回の面会でもこの茶番を見せられていたということだ。

(歪んでいるな)

 この家族は。

「もちろん、お父様がお命じになればすぐにでも神殿に参ります。ですが、追手に追われていましたので、まずは安全な場所にと思ってこちらに帰って来た次第ですわ」

 これに反応したのは公爵だった。

「生贄が逃げ出したのだ。追われるのは当たり前だろう」

 その威圧的な声に、アイセルの肩がわずかに震えた。だが、それに気づいたのはエラルドだけだろう。

(不安だけど、不安じゃない、か)

 彼女はその言葉通り、心の中の不安と戦いながら、父に向き合おうとしている。

 エラルドは周囲に気づかれないように、そっとアイセルの背に触れた。
 するとアイセルの震えが止まって、握りしめていた拳の力が抜ける。

 そして。
 いつものように、不敵にほほ笑んだ。

「いいえ。それがおかしな話で」

 彼女の軽やかな声に、公爵の眉がピクリと揺れる。

「王都に帰る間にも、襲われそうになったのです。しかも、襲ってきたのは騎士団ではなかったようです。
 それに……。
 彼らは私を殺そうとしていたようにも見えました」

 しん、と沈黙が落ちる。
 アイセルが何を言いたいのか、公爵には伝わったらしい。

「部屋に戻りなさい。騎士エラルドに剣を返せ」
「はっ、ですが……ひっ、はい、すぐに!」

 門衛は一瞬戸惑いを見せたが、公爵に睨まれて慌ててエラルドに剣を返した。

「屋敷の警備を固めろ。それから、王宮に使いを出せ」

 公爵は淡々と命じながら、足早に玄関から出て行ってしまった。
 これから王宮に行って王家と神殿に報告するのだろう。

 公爵夫人はチッと小さく舌打ちしてから、ミーナを伴ってさっさと屋敷の中に戻っていった。ミーナの方は公爵がいなくなった途端、アイセルには完全に興味をなくしたようだった。

 その様子に苦笑いを浮かべると、アイセルも自分の部屋に向かって歩き出した。彼女の部屋は西棟の端だ。

「私の言いたいことは、お父様には伝わったようね」

 部屋へ移動しながら、アイセルが小さな声でエラルドに耳打ちした。

 帰り道に襲われた、それを聞いた瞬間の公爵の顔を見れば、裏の意味に気づいたことは明白だった。

「はい。やはり、公爵家に帰ってきて正解でしたね」

 これはダリルのアイディアだった。
 アイセルが王都に戻る最大の目的は裏切り者への牽制だ。だが同時に彼女の安全も確保しなければならない。そのため、どういう形で王都に帰るのかという件は非常に重要な懸案事項だった。



 最初に候補に挙がったのは神殿に駆け込むことだった。

『神殿は絶対に儀式を行いたい立場だ。駆け込めば安全という面では確実に担保される。だが、引き換えにアイセルの行動の自由は完全に奪われるだろう』

 神殿は彼女を軟禁してでも四か月後の儀式を行いたいからだ。

『マクノートン公爵家以外の貴族に保護を求めることもできるが、これも難しいな。誰が裏切り者なのか。それが分からない以上、危険な賭けになる。
 密かに帰り、王都のどこかに隠れることもできるが、それでは裏切り者への牽制にはならないし……』

 そして最後に候補になったのが、アイセルの実家であるマクノートン公爵家だった。

『公爵が裏切り者である可能性は消せない。だが、建前上、彼はアイセルを生贄として捧げなければならない人だ』

 生贄の父として、大貴族の一人として、マクノートン公爵にはその責任があるからだ。裏で結界を消滅させるために密かに動いているとしても、建前上はアイセルを保護する動きをしなければならない。

『堂々と姿を晒して公爵家に戻る。これが、今考えられる中で最善の手段だな』

 こうして、アイセルはエラルドと二人で公爵家に戻ってくることになったというわけだ。



 この後、公爵がどう動くのかは分からない。
 だが、これで最低限の安全を確保することはできた。

「お父様の次の出方を待ちましょう」

 それにしても、とエラルドは考えた。

(なぜ戻って来た。公爵はそう言った……)

 その言葉の意図によっては、公爵は敵にも味方にもなり得る。

(慎重に探らなければ)



 * * *



 ダリルとエンゾが二人を訪ねてきたのは、その日の夕方のことだった。
 自由民の突然の訪問に、公爵家は大慌てで客人を迎え入れた。

 国内の貴族と自由民との関係は微妙だ。
 貴族にとって自由民は自分たちの権威を脅かす可能性のある厄介な存在だが、神に認められた存在であるため下手に手出しはできない。
 逆に自由民にとって貴族は、自分たちに関わって来ない限りは関わる必要のない相手だ。

 自由民のほとんどは商売人。そんな彼らと取引をする貴族ももちろんいるが、歴史上、両者は絶妙な距離感を保ってきた。

 マクノートン公爵も例外ではなく、普段関わりのない自由民の訪問を疑問に思ったらしい。

 アイセルとエラルドが応接間で二人を迎え入れたタイミングで、公爵も応接間にやって来た。

 相変わらず何を考えているのか分からない渋い表情で現われた公爵に、アイセルは慌てることはなかった。

「自由民のダリルさんと、その部下のエンゾさんです。お二人が私を王都まで送り届けてくださいました」

 アイセルが紹介すると、公爵が一つ頷く。

「苦労をかけたな」

 公爵は一言それだけ言って、くるりと踵を返してしまった。

「よろしいのですか? 私たちを見張っていらっしゃらなくて」

 思わず、といった様子でアイセルが尋ねた。
 公爵は彼女が怪しい動きをしないか、それを確認するために来たのだと、エラルドも同じことを考えていたので公爵の行動には驚いていた。

 公爵はピタリと足を止めた。だが、振り返ることはしない。

「公爵家の娘として恥じぬ行動をしろ」

 それだけを告げて、公爵はさっさと応接間から去って行ったのだった。

「いったい、何をお考えなのかしらね?」

 首を傾げるアイセルに、ダリルも頷いた。

「分からんな。だが一つ、最新情報を持って来たぞ」
「最新情報?」
「ああ。今日の午後、公爵が神殿を訪れている」

 やはり、公爵はアイセルが帰ってきてすぐに神殿に状況の報告に行っていたのだ。

「神殿はすぐにでもアイセルを連れて来るよう公爵に迫ったが、彼はそれを断固拒否した」

 それは予想の範疇だった。
 公爵としては大貴族の体面を保つために、公爵家から生贄を差し出したという体をとりたいのだ。
 アイセルが神殿に捕えられれば、公爵家の面目が潰れると言っても良い。
 だからこそ、アイセルは公爵家に帰ってきたのだ。

「公爵の考えは分からん。だが、こちらの想定通りに動いているのはありがたい話だ」

 ダリルの言に、アイセルもエラルドも頷いた。

「もうすでに、王都はアイセルの帰還の噂で持ち切りだ。
 さっそく動かないとな」

 戦争を止めるためには、まず裏切り者を探し出さなければならないのだ。

「まず」

 言いながら、ダリルが懐から一通の書状を取り出した。

「第一王子との面談を取り付けてきた」

 書状には王子の署名。
 なんとダリルは、王子からアイセルへの呼び出し状を手に入れてきたのだ。

「……あなた、いったい何者なの?」

 アイセルの問いに、ダリルはやはりニヤリと笑っただけで答えなかった。
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