【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

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第2部 - 第2章 勤労令嬢と社交界

第15話 恋敵


「なぜ今更そんなことを知りたがる?」
「あなたのしたことの、尻拭いをしなければなりません」

 『黒い魔法石リトゥリートゥス』を国内に招き入れたのは貴族派。その末端として実際に働いたのがオニール男爵なのだ。

「モニカ嬢を殺した『黒い魔法石リトゥリートゥス』と、それに関わる陰謀を、私がこの手で叩き潰します」

 男爵は何も答えない。

「そのために、私の出自を知る必要があるのです。……ある人から、私には魔族の血が流れているかもしれないと言われました」

 牢の奥で、男爵が息を呑むのがわかった。

「教えて下さい」
「……貴様の出自など、戸籍に載っておること以上は知らん」

 少しばかりの沈黙の後、オニール男爵がボソリと言った。ジリアンの疑問に答えてくれるつもりがあるらしいと、その声音から伝わってくる。

「私は、あなたの娘。それは間違いないのでしょうか?」
「あの女の言ったことを信じるなら、そうだ」

 あの女とは、つまりジリアンの母親のこと。オニール男爵にとっては妾だった女性。

「母と関係を持ったことは間違いありませんか?」
「間違いない」
「母は、どういう人だったのですか?」

 幼い頃に母を亡くして男爵に引き取られたジリアンは、それすら知らないのだ。

「メイドだった」
「では、母が他の男性と関係を持っていた可能性は?」
「ないだろう。当時、メイドは彼女を含めて二人しかいなかった。休暇などやった記憶はない」
「母は、魔法を使えましたか?」
「……使えなかったはずだ」

 ジリアンは男爵とメイドだった母との間に出来た子どもということで間違いなさそうだ。そして、その母は魔法を使えない。

「では、オニール男爵家は? かつて魔族と交流があった、とか。そういう歴史はありませんか?」

 オニール男爵家は今でこそ没落しているが、長い歴史を持つ家系だ。男爵の書斎で、古い家系図を見たことがある。

「……地下に書庫がある」
「男爵家の屋敷の地下ですか?」

 まったくの初耳だった。あの屋敷の地下に書庫があるなど、知りもしなかった。

「私も入ったことはない。祖父が鍵を失くして、それ以来誰も入れなくなった」
「調べてみます」

 話は、これで終わりだ。

「モニカは……」

 小さな声だったが、ジリアンには確かに聞こえた。しかし、それっきり男爵は口を噤んでしまった。
 ジリアンの方にも、続きを聞くつもりなどなかった。

「失礼します」

 ジリアンはノアを伴って牢を出た。薄暗い階段を上がり、青空の下に出る。その眩しさに、思わず手のひらで光を遮った。

(モニカ嬢は、男爵のせいで死んだ。その男爵は貴族派に利用された)

 自業自得だ。しかし、心の片隅には彼らを哀れに思う気持ちも残っている。

(いつか、許せる日が来るのかしら)

 オニール男爵のことを。
 しかし、それは今ではない。


 * * *


「というわけで、私の出自についてはすぐには分からないわ」

 数日後の夜会。ソフィーとテオバルトは、相変わらず会場の中の人気のない場所で密談している。二人の関係については、すでに社交界で噂の的だ。

「男爵家の屋敷は?」
「昨年、取り壊されてるの」
「おや」
「今は更地になっているから、地下の書庫の捜索を現領主に依頼しているところよ」

 王命で依頼してはいるが、どうも腰が重い。そもそも、屋敷の取り壊しに至ったのは領民の暴動が原因らしい。その土地を調べるとなれば、領民にも説明しなければならないので時間がかかるだろう。

「ふむ。では、そちらの調査とは別に動く必要がありますね」
「ええ。テオバルトがスチュアート・ディズリーと接触できればいいんだけど……」
「私と彼は、ソフィー・シェリダン嬢を巡って熾烈しれつな争いを繰り広げている恋敵、ということになっていますからね……」

 貴族たちは三人の関係に気を遣って、招待がかち合わないようにしているのだ。スチュアートもテオバルトを避けているので、二人が接触するのは難しそうだ。

 考え込んだジリアンに、テオバルトが微笑みかけた。

「では、会場に戻りましょう。……あなたと、もっと一緒に踊りたい」

 テオバルトの歯の浮くようなセリフにも、ジリアンは慣れてきた頃だ。ニコリと微笑んで頷いた。

「そうね。今夜は貴族派の主だった方々が出席しているから。踊りながら耳をそばだてている方が、何か聞けるかもしれないわね」

 その様子に、テオバルトはため息を吐く。

「なかなか、伝わりませんね」
「何が?」
「……いいえ。なんでもありませんよ」

 夜会の主会場ホールに戻ると、ずいぶんと人が増えていた。今夜は遅れてきた招待客が多いらしい。

「おや。面白い方がいらっしゃっていますね」

 その一人を見て、テオバルトが声を上げた。珍しく、驚いているらしい。

「どなた?」
「あちらの紳士ですよ」

 何とも言えない微妙な顔のテオバルトが目線で示したのは、年若い紳士だった。茶の髪に空色の瞳の青年だ。

「お知り合い?」
「私よりも、あなたの方がよく知っている方ですよ」
「え?」

 その青年が、ジリアンとテオバルトの方を見る。
 ジリアンと目が合った途端、肩を怒らせてツカツカと音を立てながら二人の方に来た。空色の瞳は、ジリアンの方を見つめたままだ。
 それを見たテオバルトがジリアンの腰を抱いた。

「なに? 急に……」

 それを見た青年の歩くスピードが増して、あっという間に二人の元にたどり着いた。

「こんばんは」

 突然のことに驚きながらも挨拶をしたジリアンの手を青年が握って。そのままグイと引かれる。

「あの……」

 戸惑って声を上げるジリアンを余所よそに、青年はテオバルトを睨みつけた。

「気安く触るな」
「彼女に触れるのに、あなたの許可が必要ですか?」
「そういうことを言ってるんじゃない」
「そういうことですよ。今夜は、はご一緒ではないのですか?」
「……お前には関係ない」
「おやおや。私と彼女の関係だって、あなたには関係のないことですよ」
「関係なくない」
「まるで子供のようだ。……ソフィー嬢が驚いています。手を離して下さい」

 テオバルトが、やんわりとジリアンの腰を抱いて引き寄せた。

「テオバルト?」

 ジリアンが問いかけるようにテオバルトの顔を見上げると、彼は片方の眉を上げて皮肉っぽく笑った。その顔を見て、ジリアンははたと気がついた。

「まさか、……アレン!?」

 小声で問いかけたジリアンに、青年──アレンが苦笑いを浮かべた。

「どうして、こんなところに? それに、その姿……」
「マークに頼んだ。朝までしか保たないけど」

 マーク・リッジウェイは王立魔法学院の学友だ。ジリアンと同じく『新しい魔法』の使い手なので、変身の魔法を使えたのだろう。

「だからって、こんな危険を……!」

 貴族派が多く集まる夜会だ。そこかしこで密談も交わされている。

(変装した王子が潜入しているなんてことが発覚すれば、どうなるか……)

「ソフィー嬢、とりあえず移動しましょう。かなり目立っています」

 言われて周囲を見回すと、確かに三人は注目を集めていいた。

「まあ」
「どなたかしら」
「ソフィー嬢を口説いていらっしゃる?」
「マルコシアス侯爵がいらっしゃるのに?」
「新たな恋敵の登場よ!」
「きゃー」

 とても楽しそうに噂話に華を咲かせる女性たちに、ジリアンはげんなりした。

「さあ」
「ええ、行きましょう」

 三人はとりあえず人目につかない場所に移動した。テオバルトの『秘密と誓約の精霊エレル』の魔法で秘密が守られることを確認してから、ようやく息をつく。

「説明してちょうだい、アレン」
「それはこっちのセリフだ」
「報告ならしているでしょう?」
「だからって、こいつとベタベタする理由にはならないだろう?」
「ベタベタって……!」

 ジリアンは、あの日の苛立ちが蘇る思いだった。

(どうしてアレンが怒るのよ……!)

「何度も言いますけど、あなたには関係ないわ」
「関係なくないだろ」
「ないわよ」
「友達だろ?」
「ただの友達は、こんな風に口出ししたりしないわ!」

 ジリアンがアレンを睨みつけた。
 今度こそ、ジリアンは怒っているのだ。

「仕事中なのよ、私。邪魔しないでよ」
「その仕事に時間がかかってるから! だから様子を見に来たんだろ!」
「心配していただかなくても、仕事は順調よ。マルコシアス侯爵閣下のご協力のおかげでね!」
「だけど!」

 アレンがジリアンの方に手を伸ばした。ジリアンは、それを避けてテオバルトの陰に隠れる。

「帰って」
「ジリアン、俺は……」

 何かを言いかけたアレンだったが、やはり口を噤んでしまった。
 その様子に、ジリアンの理性を結んでいた最後の糸が切れた。

「帰ってよ……。もう、あなたの顔なんか見たくないの」

 絶句するアレンの顔を見ないまま、ジリアンは叫ぶように言った。

「帰って!」

 ジリアンは、ついに我慢できずにその場を走り去った。

「……まったく」

 テオバルトは、深い溜め息を吐いた。
 隣では、顔面蒼白のアレンが地面に根が生えたように動けなくなっていた。
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