【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

文字の大きさ
96 / 102
第3部 - 第3章 勤労令嬢と……

第26話 新たな旅

しおりを挟む

 ──数カ月後。

「……っ」

 唇にピリッと痛みを感じて、ジリアンは眉を顰めた。乾いた唇が裂けたのだ。

「大丈夫か、ジリアン」
「うん。薬を塗っておいたほうがいいわ」

 ジリアンが懐から取り出したのは、出発の前にオリヴィアに持たされた軟膏だった。酷く乾燥する地域に行くということを伝えてあったので、準備してくれたのだ。

「ありがとう」

 ジリアンは薬指で軟膏をとり、それをアレンの唇に塗った。今度は自分に塗ろうとしたが、それはアレンの手によって遮られてしまう。

「俺がやるよ」
「いいわよ」
「やる」
「……ん」

 と、2人がわずかに頬を染めて言い合っている時だった。


「場所と時間を考えていただけませんか、お二人」


 歌うようなテノールの声は、テオバルトだ。

「……邪魔するな」

 アレンが眉をしかめて睨みつけると、テオバルトは肩をすくめて2人に歩み寄った。そのまま流れるような動作でアレンの手から軟膏を取り上げる。

「私はお目付け役ですから。さ、ジリアン。こちらを向いて?」
「え、っと、あの……」

 ジリアンは先程のアレンとのやり取りを見られていたことが恥ずかしくて、顔を真赤に染めて俯いた。テオバルトが戻ってきたことに気づかなかったのが情けなくもあった。

「ふざけてないで、行くぞ。買い物は済んだんだろ?」
「はいはい」
「待たせておいて、その態度はなんだ!」
「それは申し訳ございませんでした。さ、行きましょう、ジリアン」
「こら、手を離せ!」

 ジリアンはテオバルトに右手を、アレンに左手を引かれながら、2人に気づかれないようにそっとため息を吐いたのだった。


 彼らは今、魔大陸の南西部の街に来ている。
 乾いた地平線の向こうに、真っ赤に燃える山が見える──。


 * * *


 数ヶ月前、『死者の国』を解放して地上には新たな秩序が生まれた。
 その後は『欲望』によって引き起こされた様々な事件の後処理に追われた。それも落ち着いた頃、魔族の皇帝からジリアンのもとに『頼みごとがある』との書簡が届いたのだ。

『学院の課題も追いついていないし他の仕事もあるので、とても手が回りません』

 と返事をしたジリアンだったが、その数日後にはすぐに新たな書簡が送られてきた。

『君が私の頼みを聞いてくれれば、全ての問題が解決することになった。明日には魔法陣で迎えに行くので、そのつもりで』

 意味が分からず首を傾げたジリアンだったが、その意味はすぐに分かった。
 学院から、『早期卒業』について提案があったのだ。
 国王からも一刻も早くジリアンを卒業させて国政に参加させてほしいと再三の要請があったらしい。特に『魔法開発局』はジリアンをにした都市開発計画を進めようとしているという噂も聞いてはいた。
 そこで、『魔族の皇帝の依頼を解決し、それをレポートにまとめること』という課題をもって、卒業を認定することになったというのだ。マントイフェル教授には『ついでにあちらの魔法を実地で学べて一石二鳥だろう』と言われたが、そういう問題ではない。各方面に対して無茶な話だ。

 そして、この提案に乗ったのがアレンだ。彼も学院を卒業したという体をとるために、ジリアンと一緒に課題に取り組むことになった。

 魔大陸に到着したジリアンとアレンは、さっそく南西地域に向かった。そこで待っていたのが、テオバルトだったのだ。


 * * *


 まだ日の高い時間だが、3人は早々に宿で休むことになった。慣れない環境に疲れているので、今日はこれ以上は動けそうにないからだ。

「テオバルトは何を買ってきたの?」

 宿の部屋で荷物を下ろしながらジリアンが尋ねた。街に入って早々に2人を置いてまで買い物に行ったので、気になっていたのだ。

「これです」

 テオバルトが袋から取り出したのは、鉢植えだった。土の上には毛の生えた丸いボールのようなものが置かれている。不思議なことに、その緑色のボールの天辺には赤い花が咲いていた。

「それは?」
「『ロフォフォフィクス』と呼ばれる多肉植物サボテンの一種です」
「サボテン?」
「この地域に生える、植物です」
「植物!? これが?」

 ジリアンの反応に笑みで応えながら、テオバルトがサボテンに串を刺した。すると、不思議なことに、乾燥のためにピリリと引きつっていた肌の痛みが消えてしまった。

「部屋の湿度が上がったわ」
「はい。この植物は、内側に水属性の魔力を貯めているのです。こうして湿度を上げたり、砂漠での水分補給に利用されたりします」
「まあ、不思議ね」
「この地域の魔族は乾燥に強いので余程のことがなければ必要がありませんから、売っている店を見つけるのに時間がかかってしまいました」
「そういうことだったのね」

 ジリアンは納得して頷いたが、アレンはしかめっ面のままだ。

「そんなことより。何でお前がここにいるんだよ」

彼は、そもそもテオバルトが同行することに納得していないらしい。

「言ったでしょう? 私はお目付け役ですよ」
「それが気に入らない」
「ですが、2人きりにするわけにはいきませんよ。、結婚前なのですから」

 『まだ』を敢えて強調したテオバルトに、アレンの眉間の皺が増える。

「卒業したら、すぐに結婚するんだ。まだも何もない」
「おやおや。先のことは分かりませんよ? 事実、一度は婚約破棄しているのですから」
「あれは……!」

「もう! 二人とも落ち着いてよ!」

 無益な言い争いを始めた2人の間にジリアンが割って入ると、アレンはそっぽを向き、テオバルトはニコリと微笑んだ。

「テオバルトは皇帝陛下の頼みで、私たちを手伝うために来てくれたんでしょう?」
「それもありますが、あなたのお父様からも頼まれまして」
「お父様から?」

 テオバルトが一つ咳払いをした。

「婚約者同士とはいえ、若い男女が2人きりで旅をするというのは非常によろしくない。君ならば、二人に間違いなど起こらないように徹底して見張ってくれるだろう」

 ジリアンの父であるマクリーン侯爵の声を真似たらしい。似てはいないが、まさに彼が言いそうなことではあった。

「まったく不本意ではありますが、人選としては恐らく最善でしょうね」

 ニコリと笑ったテオバルトに、ジリアンは力なく笑うことしかできなかった。

 ジリアンはノアの死後、新たな専属の護衛騎士を決めなかった。決められなかったと言った方が正しい。
 しかし、彼女の立場で護衛騎士を置かないというわけにもいかないので、マクリーン侯爵が選りすぐった騎士たちが交代で護衛にあたることになった。その騎士たちは、今も彼女から距離を置いた場所で護衛の任についている。かつてノアがそうしていたように、すぐ近くで護衛することはしていない。
 だからこそ、侯爵はお目付け役を依頼する必要があったのだ。

「さて。まずは身体を休めて、明日からはしっかり仕事をしましょう」
「そうね」
「皇帝陛下の依頼の内容は?」

 ジリアンはカバンから地図を取り出した。魔大陸の南西部が描かれた地図は、赤色と青色で色分けされている。

「砂漠地帯にヒトが住める環境を、という依頼よ」

 赤く塗られている場所が、その砂漠地帯だ。

「そもそも、砂漠にはその環境に適応した種族がいくつもいるのよね」
「ええ。『蜥蜴ラケルタ族』や『蜘蛛アラーニェ族』……。ああ、『炎の巨人ムスペル族』もそうですね」
「ところが数年前からオアシスの水が枯れて、温度も上昇し続けた。彼らですら暮らすことができない土地が広がり続けているんですって」

 数年前から続いているこの問題に、人族の魔法で解決の糸口を見出そうということだ。

「何から始める?」

 アレンの問いに、ジリアンは一つ頷いた。

「やれることは二つね」
「二つ、ですか?」
「一つ目は、この環境を変える方法を考えること。この部屋の湿度を変えたように、ヒトが住める環境を限定的にでも作り出すことができれば、ヒトが暮らせないということもなくなるはずよ」
「確かに」

 アレンが頷いた。誰もが使えるように、その方法を確立すればいいのだ。

「もう一つは、原因を叩くことよ」
「原因?」
「これだけ環境が激変したんだもの。何か原因があると考えるのが自然だわ」
「そのとおりですね。……もしかして、その原因に心当たりがあるのですか?」

 ジリアンは、地図の上の一点を指差した。

「『火の山カラバンナ』よ」
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜

四葉美名
恋愛
「危険です! 突然現れたそんな女など処刑して下さい!」 ある日突然、そんな怒号が飛び交う異世界に迷い込んでしまった橘莉子(たちばなりこ)。 竜王が統べるその世界では「迷い人」という、国に恩恵を与える異世界人がいたというが、莉子には全くそんな能力はなく平凡そのもの。 そのうえ莉子が現れたのは、竜王が初めて開いた「婚約者候補」を集めた夜会。しかも口に怪我をした治療として竜王にキスをされてしまい、一気に莉子は竜人女性の目の敵にされてしまう。 それでもひっそりと真面目に生きていこうと気を取り直すが、今度は竜王の子供を産む「運命の花嫁」に選ばれていた。 その「運命の花嫁」とはお腹に「竜王の子供の魂が宿る」というもので、なんと朝起きたらお腹から勝手に子供が話しかけてきた! 『ママ! 早く僕を産んでよ!』 「私に竜王様のお妃様は無理だよ!」 お腹に入ってしまった子供の魂は私をせっつくけど、「運命の花嫁」だとバレないように必死に隠さなきゃ命がない! それでも少しずつ「お腹にいる未来の息子」にほだされ、竜王とも心を通わせていくのだが、次々と嫌がらせや命の危険が襲ってきて――! これはちょっと不遇な育ちの平凡ヒロインが、知らなかった能力を開花させ竜王様に溺愛されるお話。 設定はゆるゆるです。他サイトでも重複投稿しています。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結済】獅子姫と七人の騎士〜婚約破棄のうえ追放された公爵令嬢は戦場でも社交界でも無双するが恋愛には鈍感な件〜

鈴木 桜
恋愛
強く賢く、美しい。絵に描いたように完璧な公爵令嬢は、婚約者の王太子によって追放されてしまいます。 しかし…… 「誰にも踏み躙られない。誰にも蔑ろにされない。私は、私として尊重されて生きたい」 追放されたが故に、彼女は最強の令嬢に成長していくのです。 さて。この最強の公爵令嬢には一つだけ欠点がありました。 それが『恋愛には鈍感である』ということ。 彼女に思いを寄せる男たちのアプローチを、ことごとくスルーして……。 一癖も二癖もある七人の騎士たちの、必死のアプローチの行方は……? 追放された『哀れな公爵令嬢』は、いかにして『帝国の英雄』にまで上り詰めるのか……? どんなアプローチも全く効果なし!鈍感だけど最強の令嬢と騎士たちの英雄譚! どうぞ、お楽しみください!

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那
恋愛
 聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。  というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。  そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。  残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?  レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。  相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。  しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?  これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。 ◇◇◇◇ お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます! モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪ ※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。 ※完結まで執筆済み ※表紙はAIイラストです ※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)

処理中です...