恋ノ炎ハ鎮火セズ

雪井氷美子

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 何度目かの逢瀬。今日はふたりきりの自室。秘密の交際が始まって、彼の自宅に行くのは危険だからほとんどは適当なホテルで逢い引きしていた。だが今日はどうしてもおれの部屋を見たいと懇願されてしまい、受け入れた。

 散らかってるけどどうぞとろくに片付けもせず入れた部屋。呆然とリビングで固まる恋人。そこで何か違和感でもと考えてハッとした。おれの部屋にはアイテムがある。何年かかかけて収集したグッズをみつけられて赤面するおれ。思わず隠そうとしたら、呆然とグッズをみつめる彼の横顔が目に入った。

「まさかあなたが俺のグッズを持ってるなんて。しかもこんなに」

 そんなにではない。せいぜいダンボール一箱程度だ。しかし彼はまさかおれがそんな物を所有しているとは思わなかったらしい。蒐集していたことが喜ばれるとなんとなく隠しづらい。ううう、いたたまれない。そうか、集めてたのかとつぶやく彼。

「いつもすぐ帰ってしまうから、てっきり持ってないとばかり。おれはあなたの偶像にはなれないんだと諦めていた」

 彼はいう。
 偶像に、なりたかったと。だからアイドルにならないかという申し入れを受け入れたと。アイドルなんてちやほやされる為に笑顔を作り、しなを作り、キャラを作り、見栄え重視の商品でしかないと思っていたらしい。顔がよくても歌で売れたかった彼はいくつかあった話も断ったと。だがおれと出会ったことで、自分にも救える人がいると気付かされた。人を救うことで自分が救われることがあると。だから、偶像と呼ばれるものになろうと決意したという。

 そうなのか。彼をアイドルにしたきっかけはおれだったのか。

「だったらおれの推し活も無駄じゃなかったのか」
「当たり前だ!! ……あ」
「ふふ、今のフランクでいいね。もっと楽に話していいよ」
「そうはいっても」

 へにょっと眉を下げる彼。そんな表情も愛おしい。

(俺の推しは今日もかわいい)

 おれの無意識のニヤけ顔を受けて、照れる彼氏。口元を隠しながら言った。

「先に白状するけど本当は言葉遣いがかなり悪いんです。それでもいいですか?」
「構わないよ。真志からならどんな悪態も悪口も、毒舌だって。与えられたら喜ぶ自信がある!」
「それさすがにマズくないか」

 あ、呆れられた。でもそんなレアな表情もキュンとしてしまう。おれの彼氏は擦れているようでとっても素直。ぶっきらぼうでそっけない態度だけど、根はやさしい。

「そろそろ手を繋ぐだけじゃ物足りないんだけど」
「へ?」

 やばい。話を聞いてなかった!

「お、大人なんだし、そういうお付き合いも初めてみないか、って相談!」
「そ~ゆ~おつきあい??」

 わあお、まっかっかだ。ここまで赤面できるなんてという赤さ。そんなに恥ずかしいことを……言ったな。うん、我が恋人はとんでもないおねだりをぶちかましてきたぞ!?

「えっ、ええええええええええ!?」
「やっぱりダメ? 俺じゃそういう対象にならない? 嫌、か?」

 不安にさせた彼氏に向かってブンブンと首を振る。猛スピードで否定する。だがことはそんなに易くない。自分は淫らな密着だけとはいえ推しを散々脳内で汚してる……いや、染めているおれだぞ!? そんな欲求彼にはないんだとばかり。

「そっか……」

 ホッとしている彼は可愛い。でもどうしよう。本番なんて、出来る気がしない。みっともない醜態を晒しそうで。第一準備がと口にすれば。

「ああ、それなら道具は買ってきているから、一緒にしようか」

 それはそれは晴れやかな笑みで彼は言ってのけた。
 今更だが分かったぞ。真志がうちに来たがった理由が。おれの家で記念すべき初えっちしたいからかよ!!


「力抜いて」
「うう~~ムリ。きもちわるっ」

 苦労して洗浄を終え、硬く締まる穴を解し中。だが一向に指の先を飲み込んだままその先へ進まない。ゲイ用のアダルトビデオなんかではびちゃびちゃになってすっぽり指どころか男の象徴を飲み込んでいるというのに。やはり現実は違うのか。

「固いな。少し他で気持ちよくなろっか」
「おう」

 俺も賛成。これ以上穴だけやられてもどうにもなる気がしない。俺も焦り過ぎたと彼はいう。

「お互い初めてで俺も正直勝手がわからん。とりあえず正樹の体堪能してもいい?」

 初めて、か。清らかなアイドル様との交接。彼の童貞をまさか貰えるなんて。ウキウキしている大の男だが……ん? 堪能って何?

「全身、可愛がらせてな」
「分かった」


「ばか~~~~っっ、ヒッ!? も、そんなスリスリすんなぁっ」

 いいか、軽率に許可なんて出すもんじゃない!
 真志はあれから俺の体中を愛撫した。恐る恐る始まったふれあい。
 まずは手。絡めたりキスしたり、くすぐったいなぁなんてふわふわした気分だった。次は大胆にも男の脚に狙いを定めた。ふくらぎは弄ばれてもなんとも思わない。そんなとこいじって楽しいのか、と疑問だったが真志は始終ニコニコしていた。ただ、際どい太ももを軽いタッチで触れられ、時折股間をかすめると流石にムラムラと熱を持つ。足の甲に口づけされた時は罪悪感と背徳感で得も言われぬ欲が満たされた。変な声も口から飛び出たが。
 そして今。はぁっと吐息を漏らし、首筋に顔を埋める真志。それだけならまだいい。匂いを嗅がれてもまだ許せる。だが。

「真っ赤だね。ぷるぷる震わして期待してるの?」
「ちがっ」
「腰揺れてる」
「んンっ」
「ここで感じられるなんて才能あるんじゃない?」
「ひやぁあっ!? も、恥ずかしいこというのやめっ」
「ふっ、言葉責めには弱いんだな」

 あぁ色っぽい声だ、なんてぼーっとする頭で感想を呟く。意地悪な口調にもときめいてしまう。いかんせん筋金入りのファンなので。なんだか新たな扉を開いた予感がする。
 ただのお飾りでしかない乳首を延々こねくり回されればいい加減感じる。快楽と直結するように優しく男性器を扱かれながら。その触り方がまるで羽毛でもかすめたような弱く柔い力のこと。泣きたい。っていうか、涙が止まらない。こんなに気持ちよく快感を引き出す男が童貞なんて信じられるかよ。
 散々喘いで、もうだめとやめろと乞う。イキたい。そればかりが頭を占める。

「ちょっとやばいな。正樹のその顔、腰にクる」

 ちゅっ。顎を取られて口づけを与えられる。おれのカサついた唇とは違い、普段から手入れしているリップはつるつる。離れてしまう唇を名残惜しくみつめると。

「舌出して」
「うん」

 絡め合って混ぜあって。お互いの唾液を交換するように激しいディープキス。
 うわっ溶けそう。意識飛びかけた。いまので射精してても不思議ない。ぞくぞくする腰は先程から彼に支えられている。
 もどかしさに震えた。早く、楽にさせて。

「泣き顔もそそる。あー、もっと泣かせたい」

 珍しく真志が意地悪だ。舌なめずりしておれを見る目は本気のケダモノ。余計に興奮する。

「そろそろ正樹のちっちゃいお口にこれ、飲ませたいな。続きしてもいい?」
「ああっ、うん、はやく、だから……アァ!?」

 急に激しく扱かれ、滾っていた精液が噴射する。背筋を走る快感に全身が跳ねる。ひとしきり出して弛緩した体を労られる。

「どう、少しは楽になった?」
「なってない」
「え?」

 目を白黒させる恋人。首筋に腕をかけ密着した状態。続けて彼にいう。

「全然、お前が足りない。早く来てくれ」
「くそ、俺を煽るなんて! ああもう、責任とれよなッ!!」

 野獣みたいな気配。口調もかなぐり捨てて、本気で迫られる。うつ伏せになりクッションを体の下に、尻だけを上げる恥ずかしい格好。今更恥も外聞もないが。
 指が、侵入された。先程よりスムーズに進んでいく。ローションを継ぎ足し継ぎ足しで次第に卑猥な水音が部屋中に広がる。ベッドに落ちるシミは果たして何か。ギラついた視線を浴びる後孔。自分の声なんて信じられない高い声が喉からひっきりなしに飛び出す。やけに甘ったるい声。どれもがおれ達の興奮を高めるスパイス。
 いつの間にか指が三本入ってバラバラに動く。予測不可能な動きでイイところをかすめる度に喉を晒して喘ぐ。落ち着いていた股間もまた張り詰めていた。

 ギンギンの逸物が尻に当たったら、アナルに押し当てられる。

「いくぞ」

 静かな宣言。ぐいっと力を込めて待っていたモノの到来。欲しかった刺激。歓喜するおれの全細胞。喝采は鳴り止まない。気持ちいい、それだけ。ひたすら求めてわけも分からず恋人の名前を呼び続けた。
 グッグッと進んで奥を目指す動き。指よりはっきり襞を刺激する猛り。怒張が掘削していくおれの尻。ローションと彼の先走りでぬるぬるに濡れた穴を奥深く潜っていく。ただ最深部を目指して。
 たまらなく苦しい。あんなに解したのにまだきつい。腹の内部で勝手される違和感だってある。でも背後から密着した彼の存在感に包まれているとそんなことは些細なことみたいに苦痛は引いていく。

「入った……」

 ああ、やっとか。確認して、腹の上からそこを撫でる。感慨深い。

「っばか、俺をもだえ苦しませる気か!」
「もだ、もだえ、くるしむ……ふふふ」
「笑うなよ。はぁーやばい。そんなよさげに撫でられたら我慢できない。っていうか笑って苦しくないのか?」
「ん。苦しい。だめ」

 心配がる声を止めさせて、精一杯のおねだり。

「かお……みたいっ、しんじぃ」

 いい大人のくせに泣き言をいう情けないおれ。協力して対面の形になると幸福いっぱいの彼の顔が見える。おれはきっと酷い顔だ。彼がおれの目元にかかった前髪を払う。溢れる柔らかい微笑み。

「綺麗だよ、正樹」

 そんな色眼鏡の褒め言葉にも感動してしまう。彼が依怙贔屓するのはおれだけがいい。うぬぼれでも構わない。不安が消えるまで、もっと愛して。お前の寵愛をくれ。欲張りなおれを満たして。

「ん、きすして」
「いいよ、いくらでも」

 目を閉じて受け入れる。これが至福か。


 出しても出しても止まらず、明け方まで交わったおれ達。ふれあいのおかげで心も体も満たされた。ピロートークは朝だった。ふたりで撮った秘密のデートの写真。写真立てのそれを眺めながらうとうとと事後の余韻に浸る。

 彼と初めて会ったきっかけの歌。『愛し子のうた』はあの日しか人前で歌っていないらしい。ひとり鼻歌や戯れに口ずさむことはあっても、弾き語りをしたのはあの日だけだと。

「俺にとって特別なあなただけが知る、とっておきの秘密なんだ」

 そろそろ限界だ。途中で意識を飛ばしたりもしたけど、眠気がピーク。布団から出ようとした真志をどこにも行くなよ、と必死になって引き止めるとたまらないといった顔で頭を撫でられる。追加のお願いをして自然に下りるまぶたに任せる。

「手、握ってて」
「いいよ。あなたが起きるまで離さない」

「愛してるよ、正樹。俺を応援してくれてありがとう」
「ん」

 曖昧な意識の中囁かれたそれにほぼ無意識で返事をした。初めての交合はこうして記憶に残るものとなった。熱を分けて溶けた日が、おれ達に確かな希望をもたらすのだった。
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