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前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)
夢見る少女と王子様の欠片3
ルルミア島――避暑地として隠れた人気を誇る観光地――の街角を道なりに進む。そうして見えてきたのがサントゥール堂であった。青と橙とを配色したツートンカラーののぼり旗には本日営業中とある。店先には、立派な焼き物がショーウィンドウごしに並べられ、リュートの話では陶芸教室もやっているのだとか。彼に窯元として紹介されたのがこの店で、釘付けになった僕はすっかり足を止めていた。
「仕事でもよく利用するだあ。ここなら初心者でも安心だと思う。ただ……親父が…………」
なにやら煮えきらない感じで言いよどんむリュートの声も気にならないぐらい、僕は目の前の陶磁器の美しさに惹きつけられていた。しずく型の涼やかな花瓶に、機能美を追求したスマートなフォルムの茶器、並べられる器も皿もこの島の気候に沿ったかのようなデザインだ。心に新しい風が吹いた気がする。
「島の特産品って、昔からある伝統工芸としても有名だったよな?」とはリュカ様。
「あ! よく知ってるだな、そのとおりだあ」とリュートは彼の話にうなずく。
(さすがリュカ様! なるほど、どおりで出来がいいわけだ)
僕は声を弾ませて語り合う二人の話にただただ感心していた。
「お土産ならがグラン窯とか旅人さんで賑わうジェネルーズ製陶所もいいんだ。ただしどっちも人気すぎて予約が争奪戦なんだけども。その点ここなら……」
「お? アンドリウとこの倅じゃねーか。追加の修理依頼か?」
リュートが言いかけた瞬間、店内から小気味いい男性の声が聞こえてきた。彼は太い腕でのれんを上げながらこちらを見下ろす。アンドリウとはリュートのお父さんだろう。リュートはその親公認のアルバイトで、別荘の備品を用意する都合、何度かここを訪れていると買食いしている時に言っていた。
「あ、えっど、あ……ってなわけでこちらは店主さんだあ」
「そういや奥に嬢ちゃんもいるから座ってな。飲みものは……って妙に人数が多いな。オレンジジュースでいいか」
「あの……!!」
僕らに店主を説明している間に修理依頼についての訂正がおろそかになってしまった。指摘する前に店主の親父は飲み物を取りに奥へと引っ込んでしまう。
「あー、行っちゃったね」
「ん? リュート、顔色が悪いがどうかしたか?」
「奥に鬼が……鬼が……」と、リュートはぶつぶつとつぶやきながら後ずさりする。
(鬼?)
鬼とはたしか、異郷の怖い生物、だったような。
両腕をさするリュートの顔は青いを通り越して白い色をしていた。それこそ、幽霊に遭遇した哀れな目撃者のように阿鼻叫喚という様子で。後退するまま悲鳴をあげて「やめて」「来ないで」を繰り返している。
そのせいで僕らはたしかに見てしまった。黙って指を指すリュートの指先につられ、店内を見やる。
歯ぎしりの音でおしゃれなネイルが削れるのも構わずに、猫のように毛を逆立ててハイライトのない瞳をこちらに向ける、焦点のあってない、鬼女の姿があった。
(ひえっ)
ブーツのかかとを高くならし一心不乱に迫る、視線を外すことがないまま僕らの前に立ち尽くしたのは――。
「……ゆるさない。絶対に、許さないわよー!!!!」
「か、かか、か、カレン、ごめんだああああ! は、はなしを、んがゃああああ!」
リュートの甲高い断末魔を、彼女は薄っすらと笑って、出迎えた。
リュートに詰め寄ったのは、鬼と化したカレンだった。
なんと、彼女は思い切り破顔してから泣き崩れてしまった。ぎょっとするぼくらをおきざりにずるずるとその体は地面に落ち込んでいった。
リュートが「カレン? 泣いてるだか?」と確認すれば、キッと目つきを釣り上げて、リュートの胸を激しく叩く。それはもう乱れ打ちに。万感こもった、力で。
「私だって遊びたいもん! おふたりと一緒に出かけたかったー、街中の話も聞きたいし、流行りのことだって知りたかったのに……、この薄情者! 抜け駆けするなんて聞いてないわよ!? そういうのはホウレンソウでしょ、ずるいずるいずるい~~!」
(ここでも抜け駆け、か)
延々と泣き言のようなかわいい愚痴をこぼすカレンとやられっぱなしのリュートとのやりとりを前に、不覚にも僕らは顔を見合わせて笑ってしまった。
話を聞くと、カレンがここにいるのは仕事の依頼らしい。欠けた絵皿の修理を頼んでサントゥール堂を訪れていたという。店内で出されたジュースをちびちび飲みながら暑さをやり過ごしていると、見慣れた人影が見覚えのない僕らを連れて歩いているのを見つけたらしい。まさか悪友ならぬあの愚友が街から来た僕らと一緒にいるなんてと、ありえない考えを振り払おうとしていたらリュートの例の反応でこれが夢でも熱中症の幻覚でもないことを悟った、ということらしい。ふたりは一体どういう関係なんだ……。
まさかの光景に発狂したカレンだったが、彼女は涙を拭って、おもにリュカ様に言い訳をした。お使いに来ていたことそっちのけで髪を直し、私も混ぜなさいよねとむくれている。どうやら僕らと合流するようだ。さしものリュートも友人を羨ましがってなきべそをかいていた彼女を仲間外れにできるわけもなく、仲間はずれじゃない、あとで報告するつもりだったと釈明した。ところが、これがまたカレンを激怒させ、最初から誘いなさいと目を一文字にして詰め寄った。さっきまで豪快に泣いていた女の子とは思えない立ち回りの早さには脱帽してしまう僕。
「お、おんなのこってこわいね……」
「こらばか、なんてこと言ッ」
とっさに僕の口を抑えるリュカ様。しかしあと一歩遅かった。
「ちょおっっっとおおお! 可憐な乙女に向かってその言い草! あ~~もうっ、お二人もこの愚友のお仲間なんですね!?」
僕の失言により火に油を注がれたカレンをなだめるまで僕らは時間を要した。それは……こほん、乙女の体裁に関わるので実際の時間は内緒である。
カレンを泣き止ませて同じように驚く店主の親父さん。僕らは一旦、室内で落ち着くことにした。
「かくかくしかじかで陶芸教室の体験をすることになったんだ」と僕は苦笑いでここまでの経緯を説明した。
「ふーん。まあいいわ、私も、もちろん、参加するんだからね!」
彼女の目はまだ剣呑としてギラつきを隠そうともしていないようだったが、リュカ様の隣を陣取ると気を良くして彼に甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。それが面白くない僕は横目に音を立ててジュースを飲み干した。
「こちらがリュカ様の分です!」
「っ、どうも」
「はい、これルナの」
「……」
苦笑いして受け取るリュカ様とは雲泥の差だ。これがスマイルサービス格差ってやつ?
無言で渡されたエプロンを着用する間に、職人気質な店主が作業台の準備をする。
「せっかくだから真面目に指導してやるかー」
普段の様子が垣間見える発言をした店主。彼の態度にへらりと笑って困惑しているリュートはわりと被害にあっているのかもしれない。依頼品の納期とか。
「まったく。もっと商売っ気を出せばいいのに。これだからお店が閑古鳥なのよ……」
店の予約表に名前を書いていると前回の参加者が先月であることに気づいた。カレンが呆れてつぶやくのも無理はなかった。
「仕方ねぇだろ!? 俺は作品づくりで忙しくて……」
「まーだコンテストになんか出してるの!?」
「い、いいだろ別に。先代じゃなく俺個人として褒章がほしいんだよ、わりぃか!?」
どうやらただサボっているわけでもないらしい。
「夢を見てるんだべな。おら、かっこいいと思うだあ」
「えーい、やかましい。とっととやるぞ、ガキども」
態度と口は素直ではないがリュートに褒められて親父さんの唇は得意げに上向いていたのだった。
「仕事でもよく利用するだあ。ここなら初心者でも安心だと思う。ただ……親父が…………」
なにやら煮えきらない感じで言いよどんむリュートの声も気にならないぐらい、僕は目の前の陶磁器の美しさに惹きつけられていた。しずく型の涼やかな花瓶に、機能美を追求したスマートなフォルムの茶器、並べられる器も皿もこの島の気候に沿ったかのようなデザインだ。心に新しい風が吹いた気がする。
「島の特産品って、昔からある伝統工芸としても有名だったよな?」とはリュカ様。
「あ! よく知ってるだな、そのとおりだあ」とリュートは彼の話にうなずく。
(さすがリュカ様! なるほど、どおりで出来がいいわけだ)
僕は声を弾ませて語り合う二人の話にただただ感心していた。
「お土産ならがグラン窯とか旅人さんで賑わうジェネルーズ製陶所もいいんだ。ただしどっちも人気すぎて予約が争奪戦なんだけども。その点ここなら……」
「お? アンドリウとこの倅じゃねーか。追加の修理依頼か?」
リュートが言いかけた瞬間、店内から小気味いい男性の声が聞こえてきた。彼は太い腕でのれんを上げながらこちらを見下ろす。アンドリウとはリュートのお父さんだろう。リュートはその親公認のアルバイトで、別荘の備品を用意する都合、何度かここを訪れていると買食いしている時に言っていた。
「あ、えっど、あ……ってなわけでこちらは店主さんだあ」
「そういや奥に嬢ちゃんもいるから座ってな。飲みものは……って妙に人数が多いな。オレンジジュースでいいか」
「あの……!!」
僕らに店主を説明している間に修理依頼についての訂正がおろそかになってしまった。指摘する前に店主の親父は飲み物を取りに奥へと引っ込んでしまう。
「あー、行っちゃったね」
「ん? リュート、顔色が悪いがどうかしたか?」
「奥に鬼が……鬼が……」と、リュートはぶつぶつとつぶやきながら後ずさりする。
(鬼?)
鬼とはたしか、異郷の怖い生物、だったような。
両腕をさするリュートの顔は青いを通り越して白い色をしていた。それこそ、幽霊に遭遇した哀れな目撃者のように阿鼻叫喚という様子で。後退するまま悲鳴をあげて「やめて」「来ないで」を繰り返している。
そのせいで僕らはたしかに見てしまった。黙って指を指すリュートの指先につられ、店内を見やる。
歯ぎしりの音でおしゃれなネイルが削れるのも構わずに、猫のように毛を逆立ててハイライトのない瞳をこちらに向ける、焦点のあってない、鬼女の姿があった。
(ひえっ)
ブーツのかかとを高くならし一心不乱に迫る、視線を外すことがないまま僕らの前に立ち尽くしたのは――。
「……ゆるさない。絶対に、許さないわよー!!!!」
「か、かか、か、カレン、ごめんだああああ! は、はなしを、んがゃああああ!」
リュートの甲高い断末魔を、彼女は薄っすらと笑って、出迎えた。
リュートに詰め寄ったのは、鬼と化したカレンだった。
なんと、彼女は思い切り破顔してから泣き崩れてしまった。ぎょっとするぼくらをおきざりにずるずるとその体は地面に落ち込んでいった。
リュートが「カレン? 泣いてるだか?」と確認すれば、キッと目つきを釣り上げて、リュートの胸を激しく叩く。それはもう乱れ打ちに。万感こもった、力で。
「私だって遊びたいもん! おふたりと一緒に出かけたかったー、街中の話も聞きたいし、流行りのことだって知りたかったのに……、この薄情者! 抜け駆けするなんて聞いてないわよ!? そういうのはホウレンソウでしょ、ずるいずるいずるい~~!」
(ここでも抜け駆け、か)
延々と泣き言のようなかわいい愚痴をこぼすカレンとやられっぱなしのリュートとのやりとりを前に、不覚にも僕らは顔を見合わせて笑ってしまった。
話を聞くと、カレンがここにいるのは仕事の依頼らしい。欠けた絵皿の修理を頼んでサントゥール堂を訪れていたという。店内で出されたジュースをちびちび飲みながら暑さをやり過ごしていると、見慣れた人影が見覚えのない僕らを連れて歩いているのを見つけたらしい。まさか悪友ならぬあの愚友が街から来た僕らと一緒にいるなんてと、ありえない考えを振り払おうとしていたらリュートの例の反応でこれが夢でも熱中症の幻覚でもないことを悟った、ということらしい。ふたりは一体どういう関係なんだ……。
まさかの光景に発狂したカレンだったが、彼女は涙を拭って、おもにリュカ様に言い訳をした。お使いに来ていたことそっちのけで髪を直し、私も混ぜなさいよねとむくれている。どうやら僕らと合流するようだ。さしものリュートも友人を羨ましがってなきべそをかいていた彼女を仲間外れにできるわけもなく、仲間はずれじゃない、あとで報告するつもりだったと釈明した。ところが、これがまたカレンを激怒させ、最初から誘いなさいと目を一文字にして詰め寄った。さっきまで豪快に泣いていた女の子とは思えない立ち回りの早さには脱帽してしまう僕。
「お、おんなのこってこわいね……」
「こらばか、なんてこと言ッ」
とっさに僕の口を抑えるリュカ様。しかしあと一歩遅かった。
「ちょおっっっとおおお! 可憐な乙女に向かってその言い草! あ~~もうっ、お二人もこの愚友のお仲間なんですね!?」
僕の失言により火に油を注がれたカレンをなだめるまで僕らは時間を要した。それは……こほん、乙女の体裁に関わるので実際の時間は内緒である。
カレンを泣き止ませて同じように驚く店主の親父さん。僕らは一旦、室内で落ち着くことにした。
「かくかくしかじかで陶芸教室の体験をすることになったんだ」と僕は苦笑いでここまでの経緯を説明した。
「ふーん。まあいいわ、私も、もちろん、参加するんだからね!」
彼女の目はまだ剣呑としてギラつきを隠そうともしていないようだったが、リュカ様の隣を陣取ると気を良くして彼に甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。それが面白くない僕は横目に音を立ててジュースを飲み干した。
「こちらがリュカ様の分です!」
「っ、どうも」
「はい、これルナの」
「……」
苦笑いして受け取るリュカ様とは雲泥の差だ。これがスマイルサービス格差ってやつ?
無言で渡されたエプロンを着用する間に、職人気質な店主が作業台の準備をする。
「せっかくだから真面目に指導してやるかー」
普段の様子が垣間見える発言をした店主。彼の態度にへらりと笑って困惑しているリュートはわりと被害にあっているのかもしれない。依頼品の納期とか。
「まったく。もっと商売っ気を出せばいいのに。これだからお店が閑古鳥なのよ……」
店の予約表に名前を書いていると前回の参加者が先月であることに気づいた。カレンが呆れてつぶやくのも無理はなかった。
「仕方ねぇだろ!? 俺は作品づくりで忙しくて……」
「まーだコンテストになんか出してるの!?」
「い、いいだろ別に。先代じゃなく俺個人として褒章がほしいんだよ、わりぃか!?」
どうやらただサボっているわけでもないらしい。
「夢を見てるんだべな。おら、かっこいいと思うだあ」
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