ミニュイの祭日

月岡夜宵

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前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

ささやかなおねだり2

(へ?)

 期待通りの反応がなかったことにいじけていると、リュカ様は机の上を指でトントンと叩くたたく

「まずは減点だ。どんな仕事でも責任が付きまとうが誇りほこりを持って挑むいどむなら尊敬や信頼しんらいが得られる。逆に失態は致命的ちめいてきな損失につながりかねない」
「はあ」
「……テーブルに汚れよごれはない、ないが花瓶かびんの下、見ろよ。けっこうなしわが寄ってんじゃねえか」
「あっ」

 ついでに天然だなんだと指摘してきされてしまう。

 むきになってほお膨らまふくらませるとさらに減点するぞーと油断もすきもない奥の手おくのてを出してくる。ずるいと思う。けれど、かれの言っていることは正しいから非難もできない。

「だから言っただろ。おまえは抜けぬけてるんだと、再三な? 大方花瓶に花を挿すさす時にやらかしたんだろ」
「でもぉ……。だってぇ……」

 わが主人は手厳しい。少しの手加減もなく言い切るのだから。

 しどろもどろに弁解を図ろはかろうとするもうまい言い訳すらでてこない。めちゃくちゃ得意げなドヤ顔・・・』を披露ひろうしていただけに、その羞恥が返ってくる。

(でも「ドヤ顔」なんて。幻覚げんかくが強すぎませんか? ぼくそこまで自信満々でしたかあ?)

 呆れたあきれた様子のため息が目の前の相手から漏れる。ついでに、甘ったれあまつたれな僕は小突かこづかれた。
(地味に痛い……)

「さっきまでお行儀ぎようぎ悪くしていたあなたがいえることなの、それ?」
おれはいいんです、母様。わざとですから」
「余計にタチが悪いじゃないのッ!!」
(ですよね~)

 はははと乾いかわいた笑いでつられる僕だが、手痛い指摘のオンパレードにぐうの音も出ずにいた。視線をさまよわせているだけに、虚しいむなしい

 リュカ様は僕とほんの二つしか違わちがわないのに、血統のなせるわざか、あるいは本人の努力のたまものか、すでに人を惹きつけひきつけ突き動かすつきうごかすだけのカリスマ性を身につけているのだ。
 そこらの十六あたりの青少年とは違っちがつ貫禄かんろく風体ふうていもあるリュカ様はめちゃめちゃかっこよく映るわけである。
 ちなみに女の子にだってそれはそれはモテているに違いないちがいないと僕は邪推する。そんな場面をこの目で見たことはないのだが。

「隙あり!!」
「あ痛っ!?」

 額を指で弾かれた。突然とつぜんの不意打ち、主人に文句をつける。

「飼い犬よろしく毎度毎度尻尾しつぽ振っふつてちゃ面子が保てないだろうが。執事しつじごときを甘やかしあまやかしてる主人なんて舐められるなめられるに決まってる。だからこれは当然の指摘・・・・・。分かるな?」

 執事ごとき・・・・・という単語にショックを受けている自分の心にはふたをして、あえて気づかないふりを押し通すおしとおす。ぐっとこぶし握りにぎり込んこんでしまったが、これも無視する。

「たしかにこれは俺のためだ。けどな、主人らしく振る舞うふるまうのは「尽くしつくしているみなを守る為、ですよね? ちゃんと分かってます」……そうか」

 泣きだしたい気持ちを抑えておさえて言い切った。

「追加のお仕置き!」
「くぅ、またっ!! 卑怯ひきようじゃないですか!?」

 再度額をデコピンで撃ち抜かうちぬかれた。ジンジンするおでこを庇いかばいながら後退するとリュカ様は笑いながら告げる。

「よそ見したのと合算しただけだ」
「あううぅぅぅ、しょんなああ……」

 なおも両手の人差し指同士をつついて残念がっていると、いじいじすんなと追加でたしなめられた。こんな時ばかりは恨めしくうらめしく主人を見上げてしまう。
(人前でやるつもりはないんだからちょっとぐらい褒めてほめてくれてもいいのに)


「そのニ「まだあるんですかああ!?」もちろん」
「うぇ? ど、どこですか!? 今朝はちゃんと確認かくにんしましたよ!」
「ほら、そこ」

 指が向いているのは僕――、の方?
 執事服を確認しながら手ではたき落とすがなんの変化もみられなかった。


「ついて来い」

 リュカ様に手首を掴んつかんで連行された先はエントランスの鏡の前だった。

「ほら」

 執事服は折り目正しく着込んきこんでいる。アイロンがけされたシャツのえりだってピンと立ち上がっている。パンツのベルトだってきちんと支給されたもののはず。革靴かわぐつはピッカピカに磨かみがかれて目立った汚れはない。靴下くつしたも、問題ないな。

違うちがう違う。上だ」
(上? 頭か?)

 自分の顔を凝視ぎようしする。外にハネがちな地味な茶髪ちやぱつだが、今日は軽くヘアクリームでまとめている。中に金の輪が浮かぶうかぶ特徴的とくちようてきな僕の橙色だいだいいろの目も、おかしな兆候はない。クマはさきほどエマ様に指摘されたから違うと判断する。ではどこに問題が、と眉間みけんにしわをよせて考える。

「はい時間切れ」

普段ふだん使わないかんにほこりでも乗ってたか? なまじ固めたせいで取れなかったんだろ」
「なんでしっ、……あ。あああああー、みんなが挨拶あいさつするたび笑ってたのってこれのせい!?」
「だろうな。誇り・・を持つのはいいが頭にほこり・・・なんかくっつけてちゃまだまだだな。まるで孵化ふかしたてのひな鳥じゃないか」

 がっくりとかたを落とした。気合いを入れてがんばっていた様子をからから笑っている彼がいっそう憎たらしいにくたらしい
 にししと面白がるおもしろがるその様子に赤面しながらほこりを回収する。ごみはゴミ箱へと投げやりに捨てた。


 余裕よゆうそうな笑みえみなんて向けないでよ。噛みついかみついてもきっとなんてことない風にあなたは笑うのだ。僕ばっかり意識させられて――ほんと理不尽りふじんだなあ。


褒美ほうびをねだる従者なんざ聞いたこともないが……ま、たまにはいいか」

 目の前に下りてくるのは自分より大きな手のひら。うりゃうりゃと撫で回す手に、思いがけず僕はパニックだ。

「っ、あがああ! スタイリングがぐしゃぐしゃになっちゃうぇ、あああもう、なにしてくれてんですか!!」
「はは、せっかく格好良くキマってたのにな」

 怒っおこつていたはずなのに、なにげない褒め言葉ほめことばに思わずはにかんでしまう。

(えへ。そのじつ嬉しいうれしいんだけれども)

 照れ隠してれかくしがヘタクソとか言わないで。自分でも単純だってわかっている。


 恋心こいごころ秘めてひめてても、これでももう、精一杯せいいつぱい馴染もなじもうと努力しているのだから。
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