ミニュイの祭日

雪井氷美子

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前章 ニュイ・エトワレ~星降る夜~

ささやかなおねだり2

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(へ?)

 期待通りの反応できなかったことを思い出していじけているとリュカ様は机の上を指でトントンと叩く。

「まず減点。どんな仕事でも責任が付きまとうが誇りを持って挑むなら尊敬や信頼が得られる。逆に失態は致命的な損失につながりかねない」
「はあ」
「……テーブルに汚れはない、ないが花瓶の下、見ろよ。しわが寄ってんじゃねえか」
「あ」

 ついでに天然だなんだと指摘されてしまう。むきになって頬を膨らませると減点するぞーと油断も隙もない奥の手を出してくるのはずるいと思う。けれど、彼の言ってることは正しいから非難もできない。

「だから言ったろ。おまえは抜けてるんだと、再三な? 大方花瓶に花を挿す時にやらかしたんだろ」
「でもぉ……だってぇ……」

 わが主人は手厳しい。少しの手加減もなく言い切った。
 しどろもどろに弁解を図ろうとするもうまい言い訳すらでてこない。めちゃくちゃ得意げなドヤ顔・・・』を披露していただけに。

(でも「ドヤ顔」なんて……わが主、幻覚が強すぎませんか? 僕そこまで自信満々でしたか)

 呆れたため息が目の前の相手から飛び出る。ついでに甘ったれな僕は小突かれた。地味に痛い……。

「さっきまでお行儀悪くしていたあなたがいえることなの、それ?」
「俺はいいんです、母様。わざとですから」
「余計にタチが悪いじゃないのッ!!」
(ですよね~)

 はははと乾いた笑いでつられる僕。手痛い指摘にぐうの音も出ずに視線をさまよわせていただけに虚しい。

 リュカ様は僕とほんの2歳しか違わないのに、血統のなせる技か、あるいは本人の努力の賜か、すでに人を惹きつけ突き動かすだけのカリスマ性を身につけているの。そこらの14歳の青少年とは違って、貫禄も風体もあるリュカ様はめちゃめちゃかっこよく映るわけである。ちなみに女の子にだってそれはそれはモテているに違いないと僕は推察する。そんな場面をこの目で見たことはないが。

「隙あり!!」
「あ痛っ!?」

 額を指で弾かれた。突然の不意打ちに主人に文句をつける。

「飼い犬よろしく毎度毎度尻尾振ってちゃ面子が保てないだろうが。執事ごときを甘やかしてる主人なんて舐められるに決まってる。だからこれは当然の指摘。分かるか?」

 執事ごとき・・・・・という単語にショックを受けている自分の心には蓋をして、あえて気づかないふりを押し通す。ぐっと拳を握り込んでしまったがこれも無視する。

「たしかにこれは俺の為だ。けどな、主人がらしく振る舞うのは「尽くしている皆を守る為、ですよね? ちゃんと分かってます」……そうか」

 泣きだしたい気持ちを抑えて言い切った。

「追加のお仕置き!」
「くぅ、またっ!! 卑怯じゃないです!」

 再度額をデコピンで撃ち抜かれた。ジンジンするおでこを庇いながら後退するとリュカ様は笑いながら告げた。

「よそ見したのと合算しただけだ」
「あううぅぅぅ、しょんなああ……」

 なおも両手の人差し指同士をつついて残念がっているといじいじすんなと追加でたしなめられた。
 恨めしく主人を見上げてしまう。
 人前でやるつもりはないんだからさ、ちょっとぐらい褒めてやってくれてもいいじゃん、と。


「そのニ「まだあるんですか!?」ああ」
「うぇ? ど、どこですか!? 今朝はちゃんと確認しましたよ!」
「ほら、そこ」

 指が向いているのは僕の――方?
 執事服を確認しながら手ではたき落とすがなんの変化もみられなかった。


「ついて来い」

 リュカ様に手首を掴んで連行された先はエントランスの鏡の前だった。

「ほら」

 執事服は折り目正しく着込んでいる。アイロンがけされたシャツの襟だってピンと立ち上がっている。パンツのベルトだってきちんと支給されたもののはず。革靴はピッカピカに磨かれて目立った汚れはない。靴下も、問題ないな。

「違う違う。上だ」
(上?? 頭か?)

 自分の顔を凝視する。外にハネがちな地味な茶髪だが、今日は軽くヘアクリームでまとめている。中に金の輪が浮かぶ特徴的な僕の橙色の目も、おかしな兆候はない。クマはさきほどエマ様に指摘されたから違うと判断する。ではどこに問題が、と眉間にしわをよせて考える。

「はい時間切れ」

「普段使わない缶にホコリでも乗ってたか? なまじ固めたせいで取れなかったんだろ」
「へ? なんでしっ、……あ。あああああー、みんなが挨拶するたび笑ってたのってこれのせい!?」
「だろうな。誇りを持つのはいいが頭にホコリくっつけてちゃまだまだだな。まるで孵化したてのひな鳥じゃないか」

 がっくりと肩を落とした。気合いを入れてがんばっていた様子をからから笑ってる彼がいっそう憎たらしい。
 にししと面白がるその様子に、赤面しながら埃を回収し、ゴミ箱へと投げやりに捨てた。
 余裕そうな笑みなんて向けないでよ。噛みついてもきっとなんてことない風にあなたは笑うんだ。僕ばっかり意識させられて――ほんと理不尽だと思った。

「褒美をねだる従者なんざ聞いたこともないが……ま、たまにはいいか」
「へ?」

 目の前に下りてきて――うりゃうりゃと撫で回る自分より大きな手のひら。

「っ、あがああ! スタイリングがぐしゃぐしゃになっちゃうぇ、あああもう、なにしてくれてんですか!!」
「はは、せっかく格好良くキマってたのにな」

 怒っていたはずなのに、なにげない褒め言葉に思わずはにかんでしまう。

(えへ、そのじつ嬉しいんだけども)

 照れ隠しがヘタクソとか言わないで。自分でも単純だってわかってる。恋心を秘めてでも、これでも精一杯馴染もうと努力してるんだから。
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