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一ヶ月の入院~私の場合~ 2
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さて。
私は、一般病棟のお部屋待ちとなり、少しずつ元のように人間らしい生活へとなっていきました。
その一つが食事です。
何とか超まずい活性炭をを飲み終わり、食事が始まりました。
始めは、重湯から。しかし、なぜか、みかくというか、感覚が変で。あまり食べれませんでした。
そのあとは毎食ごとに食事内容が上がっていきました。最後はお粥までアップし、おかずも形のある物となりました。
しかし、残念なことに。食事が美味しく感じる事ができません。食べても、わずかに数口だけでした。
ても、それとは逆に。頭はスッキり、ハッキリとしてきましたが。(まだ少し幻視が残っていましたが、少しずつ消えていきました)
また、点滴(動脈・静脈の点滴はついていました。)・オムツもつけていて、オシッコの管も入ったままでした
お通じも活性炭の関係で下痢状態で、オムツのままでした。(お恥ずかしい)
そんな感じで、ICUには、4~5日程しかいませんでしたが、少しずつADL(生活で、自分で出きること)がアップして、過ごしていました。
さて、ICUに入って覚醒して、穏やかに過ごしたかと言うと、そうではありませんでした。
「(精神科の)主治医のところで見てもらいたい」と、言った事があり、心が焦って、看護婦さんに怒ったり、日に何回かありました。
その事もあったのでしょう。時々、医師が数回やって来て、私の様子を伺いに来ました。
何せ、元々の入院が、「多量内服によるカフェイン中毒(私が、カフエインのことを知ったのは、転院してからです。)」です。
そのためか、緊急医や精神科の医師が、毎日やって来るし、看護師さんも、かなり丁寧な対応をしてくれました。
今考えると、最悪な患者だったかもしれません。本当にごめんなさいです。
そして、私が、カリカリせず、落ち着いた頃。たまたま空いた一般病棟へと、移動することになりました。(ICUに入って)4日目なことです。
さて、私が転棟した先は、脳内内科病棟でした。
主治医の先生は女性で。とで、とても優しい感じの先生でした。
さて、四人部屋に移った私ですが、その頃はオシッコの管が抜け、やっと紙パンツになったばかり。
ICUで覚醒してから、わずかに5日目の昼間のことでした。
一緒の部屋の方は、皆年上のお年を召した方で。
私は、話したい気持ちはあったのですが・・・
話をするにも体の方がダルくって。
退院するまで、「おはようございます」くらいしか話ができませんでした。
そのせいか。転棟した次の日のこと。窓際の仲のいい二人のおばあさんが
「ねえ、昨日眠れた?」
「ううん」
「昨日来た人、寝言が大きくって、眠れなかったわよ!」
「私も!」
...ヒソヒソ話のつもりだったのでしょうが、全部丸聞こえでした。
さらに、 二人の内のリーダー的なおばあさんが、
「最近の人は。挨拶がなっていない」
「口がきけない訳じゃあないのに。ダメよね~」
そんなことを、しゃべっていました。
...ああ。私への当てつけかな?と、すぐにさっしがつきました。
どうも、リーダー各のおばあさんは、次の病院待ちで。家族がお見舞いに来ると
「とってもいい、明るいお婆さん」
「聞き分けのいいお婆さん」
「病気で、家族と一緒に住むことのできない(本人は『私が、同居するのがいやっと見せかけて、空元気な感じ』頑張り屋の)お婆さん」
に変身してしまうのです。
しかし、私のことになると、とても辛辣で。毎日私のことをボソボソと話すのです。
さすがに、私も辛くって。おトイレに行くときは、看護師を呼んでからトイレに行くのですが。そのときに看護師さんに、上記の事を相談しました。
すると、そのあとに看護課長(師長さん)が、来て。丁度隣の部屋が空いて移れるからと、話してくれました。
しかし、来週には転院する話が進んでいた私は、
「この部屋にいます」
と課長さんに話しました。
しかし、そのあともおばあさんは、強かった。
やっと点滴が一本となり、自分の前をそのおばあさんが通るときに、
「おはようございます」
と、言っても知らんぷり。他のお婆さん達が、会釈や少しなら話かけてくれるのに、そのお婆さんだけは、最後まで挨拶をしてくれませんでした。
そんなとき、転棟して3日後に突然医師の回診(知らない医者が4~5人きた)で、
「ハゼミさん、明日退院ですね。⚪⚪病院へ転院で良かったですね」
と、言ってきたのです。
「え?主治医から聞いてませんが?」
そう言うと、
「あ、そうですか。でも、明日転院ですから」
最初は、そうなんだ...で済んでいましたが。その後、夜の19時頃に別の医師がやって来て、
「明日、退院ですね!」
と再び言われました。そして、医師はそのまま去っていきました。さすがの私も丁度部屋にいた看護師さんに
「私は、明日の何時に退院んですか?!夫は知っていますか⁉」
と、慌てて聞いてみました。
しかし、看護師さんは、
「私も今聞きました」
と、言って、看護ステーションに帰ってしまいました。
この頃には抗生剤の点滴のみで、点滴の管が止めてあったので、私は、そのあとを追って、看護ステーションへ行きました。
「明日転院するって、本当ですか?」
私が聞くと、
「これから医師の指示を確認しますね」
そう言って、私が少し興奮しているのをなだめようとしました。
しかし、私は、いちお看護師免許を持っているので、余計にそういった態度が腹立たしくって。思わず、感情をぶつけてしまったんです。
そんな私を、
「すみません。私たちも聞いていなぃのですから」と、看護師が、なだめて、少し話をして、結局分からずじまいで、部屋に戻りました。
そのあと、21時頃に主治医が病室にやって来ました。私は、文句を言うと
「私も今まで仕事をしていたんです!」
と、医師が開き直ってきました。
しかし、本当ならば、
『仕事だとしても、病棟看護師に、一言退院になる事を電話をする時間があるだろう‼』
と、いってやりたかっのですが。明日、退院が確実であることを知って、引き下がりました。
(夫のヒコちゃんは、退院の件を承知していることも分かったので)
そして、次の日私は、朝食を食べて退院となりました。
そして、ヒコちゃんや看護師さんがいるところで、キチッと服を着て、同室のおばあさん方に退院の挨拶をしました。
「短い間でしたが、大変、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。今日からは、グッスリと眠れますから、皆さんも早く退院ができるといいですね」
と、嫌みな挨拶をしてしまいました。
さすがのおばあさんたちも、
「い、いえ。お大事にしてください...」
と、言ってきました。
いじの悪いわたし。こんなんでよく看護師やっていたな(笑)
そして、私は、薬の調節を摺るため、期待一杯で精神科医が来る⚪⚪ホスピタルへと転院することになります。
私は、一般病棟のお部屋待ちとなり、少しずつ元のように人間らしい生活へとなっていきました。
その一つが食事です。
何とか超まずい活性炭をを飲み終わり、食事が始まりました。
始めは、重湯から。しかし、なぜか、みかくというか、感覚が変で。あまり食べれませんでした。
そのあとは毎食ごとに食事内容が上がっていきました。最後はお粥までアップし、おかずも形のある物となりました。
しかし、残念なことに。食事が美味しく感じる事ができません。食べても、わずかに数口だけでした。
ても、それとは逆に。頭はスッキり、ハッキリとしてきましたが。(まだ少し幻視が残っていましたが、少しずつ消えていきました)
また、点滴(動脈・静脈の点滴はついていました。)・オムツもつけていて、オシッコの管も入ったままでした
お通じも活性炭の関係で下痢状態で、オムツのままでした。(お恥ずかしい)
そんな感じで、ICUには、4~5日程しかいませんでしたが、少しずつADL(生活で、自分で出きること)がアップして、過ごしていました。
さて、ICUに入って覚醒して、穏やかに過ごしたかと言うと、そうではありませんでした。
「(精神科の)主治医のところで見てもらいたい」と、言った事があり、心が焦って、看護婦さんに怒ったり、日に何回かありました。
その事もあったのでしょう。時々、医師が数回やって来て、私の様子を伺いに来ました。
何せ、元々の入院が、「多量内服によるカフェイン中毒(私が、カフエインのことを知ったのは、転院してからです。)」です。
そのためか、緊急医や精神科の医師が、毎日やって来るし、看護師さんも、かなり丁寧な対応をしてくれました。
今考えると、最悪な患者だったかもしれません。本当にごめんなさいです。
そして、私が、カリカリせず、落ち着いた頃。たまたま空いた一般病棟へと、移動することになりました。(ICUに入って)4日目なことです。
さて、私が転棟した先は、脳内内科病棟でした。
主治医の先生は女性で。とで、とても優しい感じの先生でした。
さて、四人部屋に移った私ですが、その頃はオシッコの管が抜け、やっと紙パンツになったばかり。
ICUで覚醒してから、わずかに5日目の昼間のことでした。
一緒の部屋の方は、皆年上のお年を召した方で。
私は、話したい気持ちはあったのですが・・・
話をするにも体の方がダルくって。
退院するまで、「おはようございます」くらいしか話ができませんでした。
そのせいか。転棟した次の日のこと。窓際の仲のいい二人のおばあさんが
「ねえ、昨日眠れた?」
「ううん」
「昨日来た人、寝言が大きくって、眠れなかったわよ!」
「私も!」
...ヒソヒソ話のつもりだったのでしょうが、全部丸聞こえでした。
さらに、 二人の内のリーダー的なおばあさんが、
「最近の人は。挨拶がなっていない」
「口がきけない訳じゃあないのに。ダメよね~」
そんなことを、しゃべっていました。
...ああ。私への当てつけかな?と、すぐにさっしがつきました。
どうも、リーダー各のおばあさんは、次の病院待ちで。家族がお見舞いに来ると
「とってもいい、明るいお婆さん」
「聞き分けのいいお婆さん」
「病気で、家族と一緒に住むことのできない(本人は『私が、同居するのがいやっと見せかけて、空元気な感じ』頑張り屋の)お婆さん」
に変身してしまうのです。
しかし、私のことになると、とても辛辣で。毎日私のことをボソボソと話すのです。
さすがに、私も辛くって。おトイレに行くときは、看護師を呼んでからトイレに行くのですが。そのときに看護師さんに、上記の事を相談しました。
すると、そのあとに看護課長(師長さん)が、来て。丁度隣の部屋が空いて移れるからと、話してくれました。
しかし、来週には転院する話が進んでいた私は、
「この部屋にいます」
と課長さんに話しました。
しかし、そのあともおばあさんは、強かった。
やっと点滴が一本となり、自分の前をそのおばあさんが通るときに、
「おはようございます」
と、言っても知らんぷり。他のお婆さん達が、会釈や少しなら話かけてくれるのに、そのお婆さんだけは、最後まで挨拶をしてくれませんでした。
そんなとき、転棟して3日後に突然医師の回診(知らない医者が4~5人きた)で、
「ハゼミさん、明日退院ですね。⚪⚪病院へ転院で良かったですね」
と、言ってきたのです。
「え?主治医から聞いてませんが?」
そう言うと、
「あ、そうですか。でも、明日転院ですから」
最初は、そうなんだ...で済んでいましたが。その後、夜の19時頃に別の医師がやって来て、
「明日、退院ですね!」
と再び言われました。そして、医師はそのまま去っていきました。さすがの私も丁度部屋にいた看護師さんに
「私は、明日の何時に退院んですか?!夫は知っていますか⁉」
と、慌てて聞いてみました。
しかし、看護師さんは、
「私も今聞きました」
と、言って、看護ステーションに帰ってしまいました。
この頃には抗生剤の点滴のみで、点滴の管が止めてあったので、私は、そのあとを追って、看護ステーションへ行きました。
「明日転院するって、本当ですか?」
私が聞くと、
「これから医師の指示を確認しますね」
そう言って、私が少し興奮しているのをなだめようとしました。
しかし、私は、いちお看護師免許を持っているので、余計にそういった態度が腹立たしくって。思わず、感情をぶつけてしまったんです。
そんな私を、
「すみません。私たちも聞いていなぃのですから」と、看護師が、なだめて、少し話をして、結局分からずじまいで、部屋に戻りました。
そのあと、21時頃に主治医が病室にやって来ました。私は、文句を言うと
「私も今まで仕事をしていたんです!」
と、医師が開き直ってきました。
しかし、本当ならば、
『仕事だとしても、病棟看護師に、一言退院になる事を電話をする時間があるだろう‼』
と、いってやりたかっのですが。明日、退院が確実であることを知って、引き下がりました。
(夫のヒコちゃんは、退院の件を承知していることも分かったので)
そして、次の日私は、朝食を食べて退院となりました。
そして、ヒコちゃんや看護師さんがいるところで、キチッと服を着て、同室のおばあさん方に退院の挨拶をしました。
「短い間でしたが、大変、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。今日からは、グッスリと眠れますから、皆さんも早く退院ができるといいですね」
と、嫌みな挨拶をしてしまいました。
さすがのおばあさんたちも、
「い、いえ。お大事にしてください...」
と、言ってきました。
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