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第2話・日常が揺らぎ始める。

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 異世界からの銀の扉が開いてから三日。
 加賀はのんびりと、いつものように無理をしないマイペースな仕事を続けている。

 そんな彼女とは対照的に、報道各局は異世界からやってきたエルフと人間の二人について、特別情報番組を放送。二人の存在が本物であるかどうか、あーだこーだと持論を展開している。
 トリック説から始まって異星人の襲撃説、幽霊やプラズマ、集団催眠など様々な話で盛り上がっている。
 件の扉は周囲に機動隊が配備され、さらに旧道庁赤レンガ庁舎の敷地自体が封鎖されてしまう。
 という事で、赤煉瓦庁舎の敷地内にあるレストラン勤務者も暇となったのである。
 暇となったが加賀も給料を貰っている身、いつ再開しても良いようにと、最低限の仕込みと準備のためには出勤する。

 そして約束の三日目に、その出来事は起こった。

 当日の朝。
 まだ肌寒い季節なのにも関わらず、赤レンガ庁舎の敷地外には大勢の報道が集まっている。
 わざわざ櫓を組み、高いところから撮影しようとカメラを設置している放送局もあれば、近くのオフィスビルと交渉して窓から撮影しようとしている所もある。
 そして、異世界の生エルフを見るために、大勢の人々が、その後ろに集まっているのである。
 報道関係者の中には諸外国の腕章をつけているものまでいるのだから、これは世界的事件なのであろう。

「おーおー、ここは特等席ですねぇ」

 道庁赤煉瓦亭、本日は閉店確定。
 その為、職員たちは赤レンガ庁舎の二階から一連の出来事を見学している。
 ここにはカメラは入れない。
 取材としては最高の場所であるのだが、観光課は、ここにカメラが入ることを拒否したのである。

「おや、加賀さんたちも今日はおしまいですか?」
「ええ。山城課長もですか?」
「仕事になんてなりませんよ。そもそも建物すべてが閉鎖しれていますから」
「あはは。うちも同じです。シェフもスーシェフもとっとと帰っちゃいましたよ」
「ストーブ番の加賀さんは居残りですか?」
「まだスープストック取らないとならないのでねぇ。それが終わったら帰りますよ。今残っているのは私とホールマネージャーの谷口さんだけですよ」
「そうでしたか‥‥」

 そんな話をしていると。

──キィィィィィィン
 また三日前と同じ耳鳴りがする。

「痛っ‥‥またですかぁ」

 右耳を抑えながら窓の外を見る加賀。
 やがて扉が銀色から七色に輝くと、再びこの前のカティサークというエルフと、フォルティアと呼ばれていた騎士が姿を現した。

「お、加賀さん始まりましたよ」
「え、ええ。一体どんな話ししているんでしょうかねぇ」

 のんびりとベランダで頬杖をつきながら見ている加賀。
 そこで聞こえてくる雑踏はとにかく騒がしく、敷地外からの叫び声も届いてくる。
 この異常な光景を一目見ようと集まった人々が敷地外で押し合いへし合いしているらしく、警備員たちがあちこちで人を誘導しているようである。
 そんな中、カティサークは日本国の代表と話を始めているようである。

「うはぁ、誰がきたのかと思ったら、菅野義偉すがのよしひで内閣官房長官じゃない。本気だ、日本は本気で対応し始めたよ」

 流石にこの光景は感動ものである。
 日本が諸外国に先駆けて、異世界と交渉の場についたのである。
 まあ、アメリカは多分、異星人と影で交渉しているだらうからこれでイーブンだろうと、加賀は心の中で苦笑しているが。
 アジア圏と北の大国は、今頃は歯軋りしてこの特別報道を眺めているのであろう。
 何故、我が国ではなく日本なのかと。 

「山城課長って、小説読みますか?」

 ふと隣で感動している山城課長に問いかける。
 すると

「三日前のあの事件でね、息子が参考資料だと言って漫画を貸してくれたんですよ。突然異世界と繋がるゲートが開いて戦争になってね。自衛隊がゲートの向こうに派遣されるという‥‥」
「あ~、アレを読みましたか。あれは私も好きですよ。空想と現実が綺麗に混ざって、それでいて違和感を感じない。本当に起こりそうですよね」
「ええ。昔はあんな空想漫画など歯牙にも掛けませんでしたが、今は理解できますねぇ」
「本当に、空想世界と思っていたことが、目の前に起こっているんですよね。これは今後の展開が楽しみですよ」

 そんな話をしている加賀と山城課長。
 すると、階下から誰かが駆け上ってくる音がする。

──ダダダダダダダダダッ
 どうやら、今日来ている菅野官房長官の秘書の一人らしい。
 少しだけ髪の毛が残念な秘書官は、ベランダでのんびりしていた加賀と山城課長を見つけると開口一発。

「い、急ぎでそこのレストランで会食の準備を頼む。人数は四人分、完全防音の部屋があると聞いた」
「‥‥はぁ?」

 その突拍子もない言葉に耳を傾ける二人。

「ことは急務だ。いいね、昼までに頼むよ」
「‥‥昼までに四人前ですか。シェフもスーシェフも居ませんよ?」
「なんだと‥‥どうにもならないか?」

 そう問われてもできないものはできない。

「誠に申し訳ありませ」
「わかりました。では一時間後まで四人分ご用意します。すぐに部屋の準備をしますので、貴賓の方々には今暫くお待ちいただけるようお伝えください」

 加賀の言葉を遮って、山城が思わず返答をしている。

「よし、では頼むよ、メニューは任せたからね」

 それだけを告げると、秘書官は再び階下に走っていく。

「それじゃあシェフとスーシェフ呼びますか。今から連絡して準備して、この混雑と交通規制を乗り方こえて、老体に鞭を打って貰いましょうか」

 スマートフォンをポケットから取り出す加賀だが。

「それで到着は?」
「さあ? シェフの自宅は西岡ですし、スーシェフは真駒内ですよ。それも結構奥の方、最近になって引っ越したそうですからね」
「それなら、すぐに来ることは無理でしょうねぇ……」

 そう呟くと、山城課長は赤城の肩をポン、と叩く。

「それでは、加賀臨時シェフ、頑張ってください。さてと、私は谷口マネージャーと打ち合わせするから、あとは頼みますよ」

 笑いながら階段を降りていく山城課長。

「え?嘘でしょ?」

 唐突に現実が見え始めると、動揺が収まらない。

「‥‥ちょっと、冗談じゃないわよっ‼︎ なんでそんな大役押し付けるのよっ。ラノベじゃあるまいし‥‥」

 そう叫びながら加賀も階段を駆け下りると、一目散に厨房に飛び込む。

「おや、加賀さんどうしました?」

 若手のコックが楽しそうに問いかける。
 が、そんな余裕など全くない。

「全部のストーブに火を入れて。ええっと、メニューナンバー5、貴賓対応で四人前。会食の開始時間は正午、すぐに始めて頂戴」

 厨房に響く声で叫ぶ加賀。
 すると、それまで緩かった空気が一気に締まる。

「はいっ‼︎」

 残って居たコックたちが一斉に動き始めると、加賀も次々と指示を飛ばしてからホールに出る。

「谷口マネージャー、話は聞いてますか?」

 レストランのホールマネージャーである初老の紳士・谷口弦一郎にそう話しかけるが、そこにはすでに山城課長が到着していた。

「話は伺いました。部屋は奥の2号室、ライラックの間をすでに準備しています。メニューは?」
「はい。北海道の食材メインのNo.5でいきます。あれなら肉食も魚も野菜も均等です。肉の食べられないエルフでも十分に対応可能かと。まあ、食べられないのかどうかまでは知りませんけどね」
「エルフの食生活についてはわかりませんのでお願いします。私はサービスの準備とワインの選定を行いますので」
「はい、お願いします」

 そう頭を下げると、加賀は再びスマートフォンを取り出す。

──プルルルルルッ
 急ぎシェフの足柄さんに電話を入れると、すぐさま電話が繋がった。

「加賀か。山城から話は聞いた。すぐに向かえるように準備しているから、出来るところまで進めておけ。スーシェフの斎藤は無理だ、あいつはどっかに出かけて連絡つかない」

 その力強い声にようやく落ち着き始める加賀だが。
 今になって身体が震え始める。

「し、シェフ‥‥私が本当にできるでしょうか‥‥粗相があったら、もし失敗したら私は‥‥」

 瞳に涙を浮かべる加賀。
 もう一杯一杯であるらしいが。

「ミハルちゃんよ、メニューはなんだ?」
「な、No.5で」
「魚はニジマスがあるから、それに切り替えろ。ストックもそれに合わせてな。相手は異世界の異邦人、そもそもこっちの世界の料理なんて判らないんだからどうとでもなる」
「で、ですが」
「No.5なら俺の代わりに一人で指示したことがあるだろうが。すぐに向かうが今の責任者はお前だ、何かあったら責任はとるからとっとと厨房に戻れ‼︎」
「ふあぃっ‼︎」

──ガチャッ‥‥ツーッツーッ
 電話が途切れると、加賀はぐいっと涙を拭く。

「さて、連絡は終わりですか?」
「ええ、谷口さん今日はお願いします」
「お任せを‥‥」

 その言葉で完全に蘇った加賀。
 すぐさま厨房に戻ると、不安そうなコックたちに一言。
「さて、それじゃ始めますよ。お客様が誰であれ、私たちは最高の料理を提供するだけです。気を引き締めていきましょう」
 ニィッと笑う加賀を見て、皆少し落ち着いたらしい。
 すぐさま全員が立場に着くと、早速準備を開始した。
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