異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ

ストーム・その16・刀剣の達人、決勝と黒幕とやさしい町並み

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 辺境都市サムソンで年に一度行われている『技術認定審査』。
 今年はサムソン伯爵の提案で、トーナメント形式での審査が行われることになった。
 そしてこの日は最終日・決勝トーナメントである。
 作らなければならない課題は『ドラゴンスレイヤー』。
 最終ステージに残った4名が、どのような発想でそれを作るのかが勝負の分かれ目となる。

「ランディがミスリルの武器を作り始めたのを見て、他の鍛冶師達もミスリルで作り始めたのか。しかし‥‥」
 とストームはしばし考える。
 とりあえず心金に使うための『ボルケイノの牙』を火炉で加熱し、ナイフで削り始める。
 その間にも、ストームは別の材料を探しているのだが。
「あ、あーーー、あったあったわ」
 ポン、とストームは手を叩いて納得すると、マチュアから預かっている暗黒騎士の鎧を『ムルキベルの槌』で砕き、一定量を火炉に放り込むと魔力を注いで一気に融解させる。
 そして『ムルキベルの篭手』を装備して一気に練り込みを始めると、それを鍛造していく。
 時間はあまりないが、それでもいけると確信しての作業。
 ボルケイノの牙を心金にして、皮鉄の部分にはマチュアの鎧から取ったアダマンティンを使用する。
 それを火炉でさらに加熱して素延べ開始。
 ボルケイノの牙とアダマンティンは火炉の中で完全に一つに繋がった。
 そして2時間ほどで、素延べから火造りに移行すると、大体の原型が完成した。
「しかし‥‥これは‥‥あとでマチュアに殺されるかもな‥‥」
 と半分笑いながら、ドラゴンスレイヤーらしい形を作っていく。
 イメージは『バスタードソード』。

――キィィィィンキィィィィィン
 いつもの澄み切った金属音が会場に響く。
 この音が響くということは、ストームにとっては絶好調の証である。
 打ち出しの後半からは『斬属性威力強化』と『頑丈』、そしてこの前ボルケイド戦での経験によって覚えた『竜鱗無効化』を付与する。
 あとは研ぎ上げるだけで完成するので、予め水につけて置いた砥石で砥ぎ作業に入る。
 他の鍛冶師たちも、だいたい同じ速度で形は完成している。
 まもなく最後の仕上げに入るようである。

――シューーーーツシューーーーッッ
 と丁寧に研ぎ続けるストーム。
 ここで『斬属性保護』が付与されて、おおよそ完成となる。
 だが、今回は最後に大きな仕込みが一つ。
「ダメ押しするかどうかだけど‥‥」
 チラリとランディの方を向く。
 最後の仕上げの砥ぎに入っているためか、意識は目の前のロングソードに集中している。
 その表情は、ただ目の前の武具を作り上げたいという鍛冶師の顔である。
 だが、ここまでの様々な妨害工作を考えると、ストームとしてもやはり納得はいかない。サムソンの鍛冶組合の妨害に怒り心頭のストームは、ここで切り札を使わせて貰うことにした。
 ちらっと貴賓席と審査員席を見る。
 そこに、六王の一人であるブリュンヒルデがいるのを確認すると、ストームの仕込みはほぼ終わった。

――ブーーーーーーーーーーーーーッ
「時間です。作業の手を止めて下さい」
 と司会が告げたので、全員が手を止めて作業は完了となった。
 そして審査員の代表としてダグマイヤーが前に出ると一言。
「それでは、皆さんの考えたドラゴンスレイヤーを見せていただきます。そして何故それがドラゴナンスレイヤーなのかを説明して下さい」 
 というダグマイヤーの言葉で、オープン形式での審査が始まる。
 まず最初に手を上げたのは、サムソン鍛冶組合のランディ。

「これはミスリルで作り出したロングソードです。ミスリルは魔法の伝達を強くすると同時に、熱にも強い物質となっています。過去の伝説に出てくる『竜殺しの戦士』などの殆どが、この形状、すなわちロングソードを愛用しています」
 と丁寧に、会場全体に聞こえるように説明する。
「かつて、この国にもジークフリードというドラゴンスレイヤーが居ました。彼の使っていた『ジークヴァイン』というロングソードと同じデザインに仕上げてあります。このロングソードはドラゴンを殺すことが出来ると、私は信じています!!」
 そこで説明は終わった。
 会場からは溢れんばかりの拍手が湧き上がる。
 そして二番目と三番目に名乗り出た鍛冶師も、先程のランディの言葉を雄弁に説明し、それで話を終わっていたのである。
 これには流石に審査員たちも苦笑していたのだが、一番最初のランディが殆んどの説明を行ってしまったため、これ以上の説明ができなかったのであろう。
「それでは最後にストーム殿、よろしくおねがいします」
 と告げられた時、ストームは審査員たちの前に立つと、マチュアの鎧の残骸を取り出して床に置いた。
「これは先月、俺がある任務で『赤神竜ザンジバル』の眷属である『ボルケイノ』を討滅に向かった時、仲間が使っていた鎧だ。材質はアダマンティン、さらにボルケイノの返り血も浴びている」
 いままでの3人とは切り口の違う説明に、審査員や会場の観客達は釘付けになっている。
「ここにあるバスタードソードの心金には、ボルケイノの牙を組み込んである。周りの皮鉄は、このアダマンティンを使った。仕上げに付与した魔法は『竜鱗無効化』、伝説に出てくるドラゴンスレイヤーなら必ず付与されているドラゴンの鱗を切り裂く魔術だ」
 と説明する。
 ある程度の説明が終わると、会場のあちこちからは絶賛する声に混ざって野次まで聞こえてきた。

「そんな嘘っぱち誰が信じるか、帰れ!!」
「何がドラゴンを倒しただ、その証拠でも見せろよ!!」
「帰れ。異国の鍛冶師が参加する場所じゃねーよっ!!」
 声の主は一回戦や二回戦で負けた鍛冶組合の鍛冶師達らしく、周囲の観客からはお前が黙れとか責められている。当然ながら、ストームはそんな野次は全て無視している。
「それでだ。俺がボルケイノの討伐に向かったという証拠だが」
 と告げると、瞬時にモードチェンジで聖騎士の装備に切り替える。
 ボルケイノとの戦いのときと同じ装備、違う点は、背中に幻影騎士団ザ・ファントムの紋章が入っているマントを羽織っているぐらいである。
「これが当時の装備。俺と相棒はこの装備でボルケイノと戦った。以上だ‥‥」
 と告げて、クルッと振り向くと後ろに下がった。

 一瞬で装備が変化したことに観客達も驚きの声を上げたが、何よりもその背中にあるマントに、一部の者達は驚きの声を上げていた。
 特に貴賓席からは、その紋章を知るものは驚きの表情となり、知らないものは近くの貴族に問いかけてやはり驚きの声を上げる。

「幻影騎士団だ、まさか実在したのか」
 ガッチリとしたボディビルダー体形のエルフ、ライがそう告げる。
 今日はディーンの森代表で視察にやってきたらしい。
「知っているのか、ライ・ディーン」
 近くの貴族がそう問いかける。

「うむ。吟遊詩人のミィン・メーインという者が物語っていた、次の物語を伝えよう‥‥幻影騎士団とは、ベルナーの女王専属騎士団の事を言う。先月の竜王祭で行われた大武道大会では、上位4名のうち2人が幻影騎士団の団員だった。皇帝の懐刀と呼ばれた騎士や、王都ベルナーのグラディエーターのチャンピオンですら、彼ら相手にはまともな勝負にならなかったという‥‥」
 ゴクリとライ・ディーンの話に耳を傾けている貴族たち。
「そののち、彼らはある目的のために、一度王都を離れたのだ。それが覚醒し王都ラグナに侵攻を開始しようとしていた、『赤神竜ザンジバル』の眷属『ボルケイノ』の討伐である。彼らは僅か二人の戦力で、全長50mものボルケイノを退き、皇帝より報奨を貰ったと聞く。それがあのマントだ。帝国とベルナー家二つの紋章を組み合わせて作られだ『幻影騎士団』のみに使うことを許された紋章。それを持つ者は皇帝直属の近衛騎士団と同等の権力を持つという‥‥」

 随分詳しいなと、周囲の貴族は思っていた。
 しかし、ライの知っている『吟遊詩人ミィン・メーイン』の知識と情報については、シーフギルドも一目存在であることは周知の事実らしい。 
 一時会場は騒然となったが、暫くして全ての刀剣が審査員席の前にあるテーブルに並べられる。
 それを前にして、いよいよ最終審査が始まった。

「あんな根も葉もない話を信じるのですか? もう判定はランディの優勝で決まりでしょう? 一体何を悩む必要があるのですか?」
 と帝国鍛冶工房技術主任である、セドリックが話し始める。
「だが、あのストームの武具の素晴らしさは私もよく知っている。私は彼に一票与えよう。ヘッヘッヘッ」
 とボーンスターズ商会のリックは、ストームに一票を投じた。
「あ、あのような嘘つきに票などいれる必要はない。あのマントだってきっと偽物に決まっている。大体、幻影騎士団なんで私は聞いたこともない。ランディで決定だ」
 と貴族代表の武器マニア、『ガリクソン伯爵』はランディに一票。
「ストームとやらの武器だが、あの材質は私の知っているアダマンティンよりも純粋な力を感じる。それにボルケイノの討伐は、私も噂に聞いた。ストームに一票だ」
 吟遊詩人のカサンドラはストームに一票。
 これで得票数は2対2の同点。
 最後にダグマイヤーが、何方に入れるかが勝負の分かれ目となったが。
「私はストームの武器に一票いれましょう。このドラゴンスレイヤーは、斬れる」
 これで决定したのだが。
「それはならん。ランディこそが、このサムソンの鍛冶工房の代表となる。異国の鍛冶師などに優勝を認めることはできぬ。この私ガリクソンの名に誓ってだ!!王の威光を得るためにそのような偽のマントをつけること自体、不敬罪だ。騎士団よ、その者を取り押さえろ」
 と叫ぶガリクソン伯爵。

――ストーーーン!!
 突然、貴賓席から何かが飛んで来ると、4本のドラゴンスレイヤーが並べられているテーブルに突き刺さった。
 それは、長さ40cmほどの水滴の形をした、真っ赤な鱗であった。

「それは先日、とある騎士団が討伐してきた『ボルケイノ』の鱗だ。そこに並べられている全ての刀剣で一回ずつ、その鱗を全力で斬ってみるがいい。それで全ては分かる」
 とブリュンヒルデがそう告げて、また椅子に座る。
 流石に、六王の一人であるブリュンヒルデの言葉には誰も逆らえない。
 渋々だが、最終テストを開始した。
 刀剣を扱うのはダグマイヤー。
 テーブルの上に安置されたボルケイノの鱗めがけで、一発ずつ剣を叩き込む。
 最後にストーム、その前にランディ、一番と二番は0票だった鍛冶師のものからとなる。
「では、まずは最初のやつから‥‥」

――バキィィィッ
 と一本目のロングソードは砕け散る。
「残念な結果になったか。続いて二本目だが‥‥」

――バキィィィッ
 と二本目のロングソードは刀身が完全に真っ二つになった。
 そしてランディのロングソードの番である。
「これは実にいい。握りもしかりしているし、重心もバランスが取れている。だが」

――ベキィィィィィッ
 と砕け散る。
 最初の二本よりも、ランディのロングソードの方が粉々になってしまった。
「そ、そんな馬鹿な‥‥いや、ストームのバスタードソードも、きっと砕け散るにきまっている」
 そうガリクソン伯爵の悲痛な声が聞こえるが、それに続いてダグマイヤーが丁寧に説明を始めた。
「ランディのは熱処理が甘い。ミスリルの融解温度をしっかりと理解していれば、こんなことにはならなかっただろう。では最後にストームの‥‥」

――キンッ!!
 とテーブルごと鱗が真っ二つになった。
「握っているだけで、かなりの魔力を感じるね。手にしっかりと馴染むので、力がおかしな方向に逃げない。伝説の金属を使っているのに、しっかりとした仕上げになっている。これは‥‥斬れる!!」

――ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ
 と会場に喝采が湧き上がる。

「それでは、優勝はストーム殿となります。鍛冶場のランクは特例のSとして認定、そして‥‥」
 と次々と鍛冶師の名前が上げられ、認定を受けていく。
 だが、そこにはランディの名前はなかった。
「ランディ、残念だが君の鍛冶師としての資格は一年間剥奪される。理由はこの審査において、他者の妨害工作を行ったからだ‥‥それは決してフェアではない」
 と司会が告げる。
 愕然とした表情で膝から崩れ落ち、がっくりとこうべを垂れるランディ。
 その姿を見て、セドリックとガリクソン伯爵はそーっとその場から立ち去る。
「そしてサムソン鍛冶組合の鍛冶師たちもまた、後日詳しく調べたのちに、資格剥奪もしくは正しい判定の技術認定を発行する。調査が終わるまでは、全員Dランクで仮技術認定が発行される。以上だ」
 と司会が説明して、トーナメント形式の審査は終了した。

「ふぅ。また面倒な事になったが、仕方ないか‥‥」
 とストームは、モードチェンジで生産者に切り替えてから装備を仕舞いこむ。
「ストーム殿、このバスタードソードは販売するのかね?」
 と審査員席と貴賓席から次々と声を掛けられるが。
「悪いが非売品だ。これは友達に渡さない殺されるかもしれないのでね」
 と告げてバスタードソードを仕舞うと、そのまま会場を後にした。


 ○ ○ ○ ○ ○ 


――タッタッタッタッ
 コッソリと会場から抜け出して、人目のつかない路地裏を駆けて行くセドリックとガリクソン伯爵。
 事態は最悪、この審査でストームをサムソンからはじき出そうとしていたのに、逆に自分たちの首が思いっきり絞められる形になってしまった。
 さらに六王の一人であるブリュンヒルデの前での無様な敗北、このままでは自分たちの身柄も危険と判断したのだろう。
 今は逃げの一手ということで‥‥。

「貴様がランディを推薦しろと言ったのだぞ。なんだあのザマは。最初から審査員全てを私の息のかかったものにしておけば、こんな事にはならなかったのだ」
「伯爵、そんな事をしたら全て出来レースとバレてしまいます。彼が腕のいい鍛治師だったのは、このサムソンの帝国鍛治工房の連中から聞いていますが、まさかあそこ迄とは」
「言い訳はいい。それにあの男、王家とベルナー家の紋章の入ったマントを付けていたぞ。あんな偽物のマントを付けていれば、今頃は騎士団に捕まって‥‥」
 そこで、ガリクソン伯爵の脚が止まる。
「‥‥なに‥‥帝国とベルナー家の紋章だと?そんな、馬鹿な」
 ようやくガリクソン伯爵は、帝国から届いた通達を思い出した。
 ベルナー家が再興して王国となった事を、そしてベルナー家再興の時に尽力した、皇帝陛下直属と同等の権力を持つ、女王専属騎士団の事を。

――スッ
「馬鹿な、ではありませんよ。幻影騎士団は存在しますわ。さて、貴方達の話は全て聞かせて頂きました」
 と銀色のローブを着たマチュアが、影の中から姿を現す。
 何時もながらこういう時はノリノリである。
 そのローブの背中に羽織っているマントにも、幻影騎士団の紋章が入っていた。
 ストームの鍛冶場で作ったミスリル繊維と、なめしたドラゴンレザーで作った、手作りのローブである。
「で、でたな。だが。伯爵、こいつさえ始末すれば大丈夫だ」
 ガチャッとナイフを引き抜いてマチュアに飛びかかるセドリック。
「ふぅん、この紋章相手に手を出すということは、この帝国に対して手を出すと同じ。じゃあ、死んで」
 ニッコリと笑いながら、マチュアは静かにセドリックを指差す。

――ドシュツ
 と指先から発せられた魔法の矢が、セドリックの心臓あたりに突き刺さる。
 そのままドサッとセドリックはその場に崩れ落ち、動かなくなった。
「ば、馬鹿な、誰か、誰かいないか、私だ、ガリクソン伯爵だ、誰でもいい、こいつを捉えよ、さすれば褒美を」
 と叫んだと同時に、路地裏に大勢の騎士団員が飛び込んでくる、
「おお、この者を捕らえよ、いや、切り捨てろ。王の威光を騙る偽者を」
 勝った。
 そう確信してニィッと笑うガリクソン伯爵。
 だが、捕らえられたのは伯爵本人であった。
「な、何故だ、相手を間違っているぞ、彼奴だ、捉えるのは彼奴だぞ」
 と叫んだ時、自分を捉えている騎士団員の鎧の紋章に気がついた。

 長い槍と白薔薇の紋章。
 
 ブリュンヒルデ・ラグナ・マリアの近衛騎士団である、ブランシュ騎士団の紋章である。
 その中の一人、ヘッケラーがマチュアに近づいて頭を下げる。
「ご無事でなによりです、マチュア様」
「後の処分はお任せするわ。転がっているやつは拘束の矢バインドボルトを打ち込んだだけなので。暫くしたら意識は戻るのでよろしくねー。ではブリュンヒルデ殿に宜しく伝えてねー」
 と手をヒラヒラさせながら、よいしょと影の中に入っていった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 無事に審査を終えた翌日。
 サムソン帝国鍛冶組合の責任者の一人である『マリオ』が、ストームの家を訪ねてきた。

「先日はお疲れ様でした。これが『サイドチェスト鍛冶工房』の技術認定証明です。看板の横に掲げても構いませんし、大切に仕舞っておいても構いません」
 とミスリルで出来たプレートを届けに来た。
「あ、どうも」
 と頭を下げて受け取るストーム。
「先日の審査で色々と不正があった事をお詫び申し上げます。まさか帝国鍛治工房の技術責任者が、私利私欲の為にガリクソン伯爵と連んでいたとは思わなかったのです」
「まあ、色々とあるでしょう。其方の処分はお任せしますよ。それよりもねぇ」
 とストームは頭を抱える。
 つい怒りに我を忘れていたとはいえ、あの大勢の中で、自身が幻影騎士団の一員である事を宣言したようなものである。

 恐らくは皆がストームを見る目が変わっているだろうと。
 そうなると仕事にも支障が出るだろう。
 この街で折角家と工房を構えたのに。
 と考えていたのだが。

「ストームさんいるかい? ちょっと鍋の底に穴が開いちゃってさー。直してくれないかしら」
 と近所のおばちゃんが穴の空いた鍋を待ってくる。
「はあ?」
「はあ、じゃないよ。まさか伯爵さまだから庶民とは付き合わないとか言わないでしょ?」
「そんな事はいわねーよ、ちょっと待ってろ、今直してやる」
 と鍛冶場に向かうストーム。
 そして鍛冶場場に付いたときも、朝一番で街の外に向かう農夫や冒険者がストームに声をかけた。
「昨日の大会見たぜ、今度俺の鎧も見てくれよ」
「帰りに寄るので、ちょっと鎌を研いでくれよ。それじゃあな」
 と、いつもと変わらない日常である。
「これは、一体どういう事だ?」
 ふう、とため息をつきながら、マリオがストームに一言告げた。
「貴方もこの街の住人なのですよ。爵位を持っていても、貴方やサムソン伯爵、それにベルナー王家のように普通に接してくれる方も大勢います。皆さんそれを知っているのですから。ではこれで」
 と、丁寧に頭を下げると、帝国鍛治工房の方は立ち去っていった。
「ストームさん、早く直しておくれよ。お昼が作れないんだからね」
 と笑いながら話しかける、近所のおばさん。
「ああ、機嫌がいいから最高の鍋を作ってやるよ」
 と呟くと、普段使いのスミスハンマーを手に、作業を始めた。

 なお。
 調子に乗ったストームが菊練りのミスリル合金で鍋を新調してあげたのだが、純粋なミスリルは熱を全て遮断してしまう。
 そのために、煮物も焼き物も作れないじゃないかと怒られたので、急遽普通の鍋を作り直した。
 これは『ストーム・ミスリル鍋事件』という名前で、この街の笑い話の一つとなった。
 
 
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