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一章 云わば、慣れるまでの時間
10.何も出来ないじゃないか
しおりを挟む「到着いたしました、アゼリカ様」
「あ、ああ」
フェデルタの声で私は掴んでいた裾を離す。ゆっくり目を開けると大きく息を吐いた。
──なんだあの転移魔法という害悪魔法は。
発動した瞬間に襲う吐き気と内臓が浮くような浮遊感。元々乗り物酔いは酷い方だったが、感覚が鋭くなった今、はっきりと感じられる分酷くなった気がする。
もう必要以上は転移魔法を使わせないと心の中でメモをした。
着いてからも暫く動かない私を見て、フェデルタが酷く心配そうな表情をする。青ざめた顔で狼狽える。
「い、いかがいたしましたか? もしや私が何か・・・・・・ならば」
「いや、大丈夫だ。──だから、命を絶とうとしないでくれ」
懐から出した短刀を自分の首筋に当てるのを見て慌てて止める。どうやら彼女は忠誠心の塊のようで、すぐ自分の命で償おうとするのである。
心臓に悪いからやめて欲しい。
「行くぞ」と、吐き気を無理やり堪えて私は彼女の手を引いた。ここはまだ国内ではなく、中へ繋がる門の前。入国手続きをしなければいけない。
はい、と返事したフェデルタの顔が緩んでいるのは気の所為だろうか。まるで恋する乙女のように頬も赤く染まっている。
──・・・・・・恋、なわけはないよな。
ふるふると頭を振ってその考えを追い払う。流石にそれはないだろう。無言でひんやりとした彼女の手を引く。
これはつい先程気づいた事だが──どうやら、自分で生み出し他人から権限が移された物は、破壊する意思がない限り傷はつかないようである。
転移する前思いっきり手を握ってしまい焦ったが、幸いなことに何もなかった。
スプラッターは苦手な部類だ。本当に良かった。
国境だろうか。巨大な壁が延々と続く途中に、小さな両開きの扉の側に鎧姿の男性が立っている。恐らくは門番だろう。
「──入国を希望したいのだが」
そう言うと、怪訝そうな表情で「・・・・・・子供?」と返された。はっ、と鼻で笑われる。
「ガキ一人じゃ無理──」
「下等生物如きが、アゼリカ様に向かってその口とは。その命をもって償うが良・・・・・・はっ、申し訳ございません」
目にも止まらぬ速さで男性の首筋にナイフを当てたフェデルタを、私は無言で押さえる。途端、険悪な雰囲気は消え、硬直していた門番らしき男性はほっと息をつく。
尚も怯えを見せる男性に、なるべくにこやかに対応する。どうやら、男性にはフェデルタが見えていなかったらしい。
フェデルタに気づいた瞬間、頬をほんのりと染めている。・・・・・・お前もか。
「いきなりすまなかったな。──フェデルタも完全に気配を消す必要はない」
「あ、ああ・・・・・・」
横で「はっ、申し訳ございません」という声を聞いてから、改めて男性へと向き合う。見上げて言った。
「それで? 入国は出来るか?」
「・・・・・・保護者がいるなら問題ない」
「私──」
「そうか、では手続きを頼む」
何か言おうとしたフェデルタを「口を出すな」と視線で制す。親子という関係には到底見えないだろうが、男性がそう思うのなら問題ない。それに、これ以上拗れては大変だ。
男性の案内によって小さな扉を通される。中は小さな部屋のようで、中央にはテーブルと椅子が置いてあった。テーブルの上には紙と羽根ペンらしきものが置かれている。
「ここに必要事項を書いてくれ」
「わかった」
言われるがままに席につき、羽根ペンを取ろうとした所で止まった。──これ手に取って握った瞬間に、粉砕するパターンじゃないか?
「・・・・・・」
手に取れない。
そんな時、不思議そうに男性が声をかけた。
「・・・・・・親じゃなくて、子供が書くのか?」
「あっ、ああ。そうだな──頼めるか?」
「畏まりました」
席を立とうとすると「アゼリカ様はそのままで結構です。どうぞお座り下さい」との声が。
「保護者、か・・・・・・?」途端に、男性は怪訝そうな顔をする。
・・・・・・当たり前だ、こんな親子見たことが無い。
「良い──フェデルタ、座れ」
「・・・・・・はっ」
少しの間の後、渋々とフェデルタが席につく。脇でその様子を眺めながら私は痛感した。
(・・・・・・これじゃあ、何も出来ないじゃないか)
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