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一章 云わば、慣れるまでの時間
41. 私の力は日常生活にも支障が出る程なんだ
しおりを挟む「無理しなくてもいいのよ!!」というエルミータの言葉に、「大丈夫」と手を振る。いざ壊そうと少し離れた場所へと移動した時、クラウスの言葉がその足を止めた。
「おい、転入生ちょっと待て」
「・・・・・・何でしょう?」
「確かに簡単には壊せねーもんだが、万が一壊されると俺が困る」
まあ、そうだろうな。素直に私が足を止めると、待ってろ、とクラウスが一旦外に出る。すぐに彼は拳大の石を片手に戻ってきた。
「これで十分だろ。特別サービスで俺が陣を描いてやるよ」
クラウスが一言「ドーラ」と呼べば、飼い慣らされた犬のようにさっと羽根ペンと小さなインク壺を差し出す。普通のインクとは違って、完全な黒ではなく濃い紺色に近いインクだった。
私の視線に気づいたのだろう。ドーラが小さく教えてくれた。
「これは魔法陣用のインク。魔物の体内にある魔石を細かくすり潰したものがインクに混ぜてある。・・・・・・高いから先生が買ってくれた」
ファンタジックな世界となると、魔物という存在もあるらしい。そして、魔物の体内にあるという魔石。聞く限りでは、電池のようなものなのだろう。
実際、魔力の含まれているインクのお陰で、発動にも大した魔力は必要ないらしい。
因みに羊皮紙等の上にただ描いただけでは1度きりの使い捨て、床などを掘りインクを流し込めば半永久的に使えるという。
「おーし、出来たぞー」
はっと声のする方へ向くと、クラウスがインク塗れとなった石を片手でボールのように放り投げている。上下する石に焦点を合わせると、細やかな模様が描かれているのが見えた。
・・・・・・よくここまで複雑な模様が描けるものだ。人は見た目によらないとはこのことか。
横をちらと見れば、ドーラも食い入るようにそれを見つめている。魔法陣使いとしてはやはり興味があるのだろう。
私はそっと小声で聞く。
「──やっぱりあれは凄いものなのか?」
「凄いなんてものじゃない。天才。あんな沢山の魔法陣の同時発動は普通出来ない」
「・・・・・・へぇ」
流石はαクラス担任だと心の中で感心する。実力は折り紙つきか。
「とりあえず即席のもんだが、強度はこの施設のと同じくらいにはなっているはずだ」
ほい、と不意に投げられ、力を入れないようにそっと両手でそれを受け止める。ずっしりとした重みの石に、僅かに光る模様が浮かび上がっていた。
・・・・・・よくこんな丁度良い大きさの石を見つけたものだ。
その石を見ていると、後ろからディルクの急かす声が聞こえてくる。
「おい、さっさとしろよ」
どうせ壊せないだろうと考えているのはディルクだけではない。他の3人も、結果はわかりきっているとあまり期待はしていない。
──だが、クラウスだけは今までとは違う真剣な表情を浮かべていた。
これでどう出るか、クラウスはじっと小柄な少女を見つめる。魔法を何の対策もなしに、素の状態で耐える身体。
ディルクら4名は転生者だから、と片付けているようだが、転生者であってもそんな馬鹿みたいな話があるわけがない。
──Sクラス所属の3名の転生者は、各々の魔法で防いでいたのだから。
初級魔法ならまだしも、あの時に打ったのは上級魔法に強化魔法を重ねがけしたもの。威力は最上級魔法とはいかないものの、超級魔法程度ならば出ているだろう。
最初は弱く段々と威力を強くしていく。そのお陰で、魔力壁を安定して張ることができるディルクや、結界陣を使うドーラは成長した。威力的にもまだ連続して防ぐことは出来ないが、これでもSクラスに匹敵する力である。
だが、アゼリカは今日転入してきたばかり。力のある転生者とはいえ、無傷でそれを耐え抜く姿はあまりにも信じ難い光景だった。
しかし、先程クラウスが渡した石にはいくつもの魔法陣が隙間なく描かれている。普通、魔法陣の同時発動は2つ程度が限界だが、今回は5つ──αクラス担任であるクラウスだからこそ為せる応用技だった。
「・・・・・・わかった」
ディルクからの声を受け、アゼリカがゆっくりと頷く。まだ幼さの残る少女だ。小さな手に石を乗せ手を包み込むようにして持つ。
──それはただただ覆っただけで、力を入れたようには見えなかった。
だが、手から零れた一瞬の光の後に微かに響いたのは鈍い音。
それを見たエルミータが息を呑む。他の面々も目を丸くして驚いている。
「・・・・・・言っておくが、見ての通り力はそんなに込めてはいない」
アゼリカが手を広げるがそこに拳大程の石の影は微塵も無く、アゼリカの指の隙間から、虚しくパラパラと細かな破片が床にこぼれ落ちた。
そうして、周りを見渡した彼女は笑う。
「──これでわかっただろう? 私の力は日常生活にも支障が出る程なんだ」
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