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一章 云わば、慣れるまでの時間
閑話 ひとつの大事件
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──オルトン家の一部の召使い及び、殆どの親族が謎の失踪を遂げた。
この不気味な大ニュースは恐怖と共に瞬く間に広がり、貴族間だけでなく国中で騒がれることとなった。
どうやら深夜の内に姿を消したらしく、今朝となってからその異常事態は残された数名の召使いによって判明した。
原因は不明。大型転移魔法だろうとの声が挙げられたが、それ程の魔力を有するのは伝説上の賢者または神獣でしかない。すぐにその推測は消されてしまった。
結局、手がかりらしい手がかりも見つからず、原因究明にあたっていたギルドマスターらは連日で頭を抱える羽目となる。
「──侵入した形跡もゼロ。それぞれの家の位置もバラバラ。だが、一夜にしてほとんど全て消えてしまった・・・」
「ほーんと、不思議よねぇ」
独り言じみたジークの呟きに、心底不思議そうな仕草と共に返すナーシャ。
たかが一貴族の事件とはいえ、内容が内容だ。国王はことを重大と見なし、上位冒険者やギルドマスターらに調査の依頼を出していた。
──目に見えない恐怖によって目を逸らせなくなっていたのである。
今はお互いの情報を共有し終え、ほとんどが帰った後である。残ったのはナーシャとジークだけだった。
「・・・・・・お前はどう思う?」
「まあ、まず人間業じゃないわねぇ。それこそ、魔王レベルが何人もいなきゃ無理よぉ」
「確かに複数人によるものだと考えるのが普通か。・・・・・・互いで協力して遠くへ飛ばしたとか」
「だとしても、動機が見つからないわぁ。そこまでしてあの家系を消して何になるのよぉ」
オルトン家自体は大した貴族では無い。これが数人程度ならばここまで大事にはならないだろう。
そして、彼らを邪魔に思う貴族はいても、ここまでするだろうか。転移魔法が使える者というだけでも少ないというのに。
しかも、どうしても不可解な点がある。
「──何故、召使いまでも消えたのか・・・・・・」
消えた召使いらの素性を調べたが、皆平民ばかりでオルトン家とは関係の無い者だった。ますます謎は深まるばかりである。
いつの間にか用意したのか、ナーシャが茶を啜り息をつく。「愉快犯の仕業かしら」と視線を落とした。
「愉快犯だと」
「ええ、だってそうとしか思えないもの。何よりそこまでする動機がないわぁ。──ねぇ、ここ数日で何か気になる噂とかある? 貴族に関係のあるもので」
「噂?」
ナーシャに聞かれ思い出したのは、門番から言われたものだった。最近何やら貴族が騒いでいる、と。
その後、調べて浮かび上がってきたのは、何でも用意できる店が最近出来たというもの。だが、それ以上の詳しい情報は浮かび上がらず、店主は疎か店名すら出てこない。
どうやら、出回っているのは一部の貴族からの情報のみで、殆どが噂のような代物だった。
その事を彼女に言うと、少し思案げな仕草をした後、思い出したかのようにぼんやりと呟いた。
「禁じられた箱・・・・・・」
「何だ、それは?」
ジークが返すと「最近貴族の間で話題なのよぉ」とナーシャは足を組み直した。
「私が知ってるのは、店名と品揃えが豊富すぎるということだけ。──その筋からの情報によれば、人間も・・・・・・」
ガタン、とジークが音を立てて椅子を引く。両手を机に叩きつけ、ナーシャへと詰め寄る。
「それは本当かっ!?」
「・・・・・・その筋からって言ったでしょう? もう、ほんと慌てんぼさんなんだからぁ」
変わらないわぁ、とナーシャがクスリと笑う。が、すぐにその笑顔は消え去り、真剣な眼差しがジークの方へと向けられた。
「でも、それはただの奴隷販売じゃないらしいの」
「どういうことだ?」
「・・・・・・見た目も、性格も、能力も──注文通りらしいのよ」
しん、と静まり返る。その言葉を聞いたジークだが、理解をすることができなかった。
否、言葉の意味はわかっている。だが、それを可能とする方法が思いつかないのだ。
「・・・・・・まさか」
「ええ、そのまさかかもしれないわぁ」
喉奥から言葉を絞るようにして出す。達した結論は到底信じ難いもの。
「・・・・・・創っているのか? 人間、を・・・・・・」
「まあ、そう考えるのが普通よねぇ」
「馬鹿な・・・・・・それは最早神の類いじゃ・・・・・・」
カップとソーサーが軽く触れ合う。ナーシャはカップに向けていた視線を再び横の男に戻した。
「──そうねぇ。そうかもしれないわねぇ」
「おい!!」
「でも、脅威となりうる存在であることに間違いはないわぁ。
・・・・・・相手が神だとしても関係ないの。私は全力でこの国を守るだけよ。その為なら神だって殺せる──貴方もそうでしょう?」
ジークは黙って頷く。
今までの伸ばしたものではない強い口調。その瞳には強い光が灯されていた。
その無言の返答に、ふ、とナーシャは頬を緩めると席を立つ。そして、いつも通りの間延び口調で言った。
「私は私でこっちの件も詳しく調べておくわぁ──目的とかその正体とかねぇ」
「・・・・・・おう」
静かに扉が閉められる。ようやく一人となった夕焼け色の空間で、冷えた紅茶をぐいっと飲み干した。
「・・・・・・禁じられた箱ねぇ。どーにも胡散臭そうな名前だなおい」
◇◇
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