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序章 とある下働きの少女
16.以前のような日々が_1
しおりを挟む結局ビアンカさんの心配は杞憂に終わり、その数日後、例の男は路上で死に絶えたとの連絡が来た。それを見ていた近所の住人によれば、男はどうやら小一時間程暴れた挙句、突然糸が切れたようにパタリと倒れたらしい。
あまりにも呆気ない最期だ。
単なる奇妙な出来事。最終的には男の一時的な錯乱と判断され、次第に関わりのある人々の記憶から薄れてしまった。
再び訪れた日常。コルガットの怪我も完治し、酒屋は無事に営業中だと、酒を届けに来てくれたセーカさんが知らせてくれた時には思わずほっと息をついた。
「リィン、これ。あのテーブルのお客様な」
「はぁい!」
ビアンカさんから飲み物を受け取り、指定のお客様へと運ぶ。視界の端には、ビアンカさんに抱きつこうとして小突かれるアイナさんの姿。……いつも通りの日常だ。
あれ以来変な客に絡まれることもなく、また、ギルドの方にも特に用はない為、以前のような平穏な日々を送ることができている。
ビアンカさんの言いつけ通り外出も一切しない。フード付きの外套もしまいっぱなしである。
「……それよりも、聞いたかアレ。驚いたよなぁ?」
「ああ、何人を犠牲にしたのやら……」
私は飲み物を零さないように注意しながら、テーブルとテーブルの間を進む。馴染みの客が声をかけてくる。
「お、リィンちゃん。今日も頑張ってるねぇ~」
「うん、頑張ってるよ! おじちゃんは今日もカッコイイね」
「へへっ、ありがとよ。……ったく、子供成長ってのは早いもんだなぁ。口もこーんなに達者になっちゃって」
「お世辞じゃなくて本心だよ、もー。……あっ」
注文をしたテーブルにつくと、私は手を伸ばして飲み物を上に置く。
「こちらがご注文の品となります! ごゆっくりおくつろぎくださいませっ」
「ああ、ありがとう。いつもご苦労さま」
「……あっありがとうございます」
つられて私も笑顔になる。それを見ていたロトさんが「良かったねぇ」とニコニコして言う。2人並んで再度厨房へと料理を取りに行く。
「ほんとアンタはちっこいのに頑張るねぇ、尊敬するよ」
「……ありがとう、ロトさん」
「これからも頑張りなさいな。アタイも応援するよ」
最後にくしゃりと片手で頭を撫で回すと、ロトさんはそのまま厨房へと入っていった。ちらりと覗くと、中は相変わらずの忙しさである。
いつもお菓子を差し入れてくれるジュンさんも忙しそうだ。私は声をかけずに料理だけを乗せて出た。
──私の仕事なんて基本はこれの繰り返しだ。空いてきたら掃除等の仕事へと移行する。
この世界の生活魔法が使えない人が就くことが出来る仕事なんて限られている。そもそも仕事があるだけ奇跡なのかもしれない。
生活出来るだけで私は満足だ。2人で生きていけるならそれで。
だからこそ、このままの生活で良かった。変化なんて無くたって。
「ビアンカさん。何か今日はいつもより騒がしいですね……どうかしたのですか?」
「ああ、リィンは知らないのか?」
不意に不自然な程賑やかな酒場に違和感を感じて、ビアンカさんに聞く。だが、その後の言葉は私にとっての爆弾と化した。
「──どうやら、異世界から美少女が召喚されたらしいぞ。……それも、2人だとさ」
怖いことなど何もない筈なのに悪寒がする。ビアンカさんが、大丈夫か、と声をかけてくれたがそれは治まらない。
穏やかな湖面に一石投じられた瞬間だった。
◇◇
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