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第8章
永遠に消えない青-3
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霞がかった記憶の向こうに、彼が言ったその光景が浮かび上がる。
複数の生徒に囲まれ、髪の毛を鷲掴みされている彼と、一瞬だけ目が合って――。
「そのことを、あいつにばらされたくなかったら。俺と付き合うって言えよ……」
懇願すら感じさせる瞳で、彼が私を見下ろす。
「お前、あの日俺がイジメられていたことを知ったから、俺に見向きもしなかったんだろ」
沢本君の目元には、卑屈な笑いが見え隠れしている。
「そりゃあ、こんな嫌われてる男より、誰からも好かれてる、あの先輩の方がいいよなぁ」
違う、いじめられていたからってわけじゃない。
そう言いたかったのに、喉がかすれて声が出なかった。
「よく考えたら、俺たち似ているな――嫌われ者同士」
一歩前に詰めてきた彼の制服が、私の体に当たる。もう、逃げ場がない。
「お気の毒さま。あの女に目をつけられたばっかりに」
「……あの女、って?」
沢本君はスッと目をそらし、話をはぐらかすように私の髪を弄び始めた。
「白坂。俺にあんなことまでされて……あいつに知られたら、困る秘密ばかり持ってるな」
意地悪く笑った沢本君は、低く耳元で囁いた。
きっと私が色々と忘れているせいで、彼の指す言葉の意味は、ほとんど思い当たらなかったけれど。
ただ、これだけは言える。
「秘密を知られて、嫌われたとしても……それでも私は、蓮先輩が好き。先輩の絵が好き」
もう、嫌われてもいい。
充分、先輩のそばにいられたし、たくさん幸せをもらった。
何より、自分が嫌われるよりも、先輩を好きな気持ちを消したくない。
ただ、先輩を好きでいたい。
永遠に片想いだとしても。
「……もしかして。沢本君も、同じなの?」
ふと、私は不穏な色をした彼の瞳を覗き込んだ。
「私みたいに、過去の秘密を知られて、人に嫌われてしまうのが怖かったの?」
沢本君はギクリとした様子で表情を強張らせる。
「そんな過去があるからって、私は嫌わないよ」
「……は?」
憑き物が落ちたように、彼は聞き返した。
「だったら……何であのとき、見て見ぬふりをした?」
見て、見ぬふり……?
「――それは違うよ、沢本」
不意にアルトの声が響いた。
沢本君が私のそばから一歩離れ、声の主を睨みつける。
校舎裏に現れた背の高い影は、椎名さんだった。
「沢本は、白坂さんがまるで自分を見殺しにしたみたいだと思い込んでいるんだろうけど――白坂さんはその後、先生に伝えていたんだよ」
「……っ、嘘だろ……」
信じられないといった表情で、沢本君が私のそばからもう一歩後ずさる。
椎名さんは私の方へ視線を移し、眉を下げた。
「ごめん、あのとき職員室に私もいたから、少し聞こえてた」
ということは……椎名さんは、中学のときから私のことを知っていたの……?
「……じゃあ、途中で俺に対する暴力がなくなったのは、新たなターゲットを見つけたんじゃなくて――」
沢本君は半ば放心状態で一点を見つめていた。
「そういうこと。白坂さんは見て見ぬふりはしていない」
視線を沢本君に戻した椎名さんは、ゆっくりと言葉を選ぶようにして続けた。
「沢本が白坂さんに執着していた意味がやっとわかったよ」
「……」
「みんなが嫌いだからって、自分も一緒に嫌いになる? みんなが好きだからって、周りに合わせて自分も好きになるの? ――そうじゃないよね」
項垂れた沢本君が、地面をただ見つめている。
「私も、白坂さんと同じ。沢本が昔いじめられていたとしても、それで嫌いにはならないよ」
しばらく、夕陽の落ちかけた裏庭は静寂に包まれていた。
複数の生徒に囲まれ、髪の毛を鷲掴みされている彼と、一瞬だけ目が合って――。
「そのことを、あいつにばらされたくなかったら。俺と付き合うって言えよ……」
懇願すら感じさせる瞳で、彼が私を見下ろす。
「お前、あの日俺がイジメられていたことを知ったから、俺に見向きもしなかったんだろ」
沢本君の目元には、卑屈な笑いが見え隠れしている。
「そりゃあ、こんな嫌われてる男より、誰からも好かれてる、あの先輩の方がいいよなぁ」
違う、いじめられていたからってわけじゃない。
そう言いたかったのに、喉がかすれて声が出なかった。
「よく考えたら、俺たち似ているな――嫌われ者同士」
一歩前に詰めてきた彼の制服が、私の体に当たる。もう、逃げ場がない。
「お気の毒さま。あの女に目をつけられたばっかりに」
「……あの女、って?」
沢本君はスッと目をそらし、話をはぐらかすように私の髪を弄び始めた。
「白坂。俺にあんなことまでされて……あいつに知られたら、困る秘密ばかり持ってるな」
意地悪く笑った沢本君は、低く耳元で囁いた。
きっと私が色々と忘れているせいで、彼の指す言葉の意味は、ほとんど思い当たらなかったけれど。
ただ、これだけは言える。
「秘密を知られて、嫌われたとしても……それでも私は、蓮先輩が好き。先輩の絵が好き」
もう、嫌われてもいい。
充分、先輩のそばにいられたし、たくさん幸せをもらった。
何より、自分が嫌われるよりも、先輩を好きな気持ちを消したくない。
ただ、先輩を好きでいたい。
永遠に片想いだとしても。
「……もしかして。沢本君も、同じなの?」
ふと、私は不穏な色をした彼の瞳を覗き込んだ。
「私みたいに、過去の秘密を知られて、人に嫌われてしまうのが怖かったの?」
沢本君はギクリとした様子で表情を強張らせる。
「そんな過去があるからって、私は嫌わないよ」
「……は?」
憑き物が落ちたように、彼は聞き返した。
「だったら……何であのとき、見て見ぬふりをした?」
見て、見ぬふり……?
「――それは違うよ、沢本」
不意にアルトの声が響いた。
沢本君が私のそばから一歩離れ、声の主を睨みつける。
校舎裏に現れた背の高い影は、椎名さんだった。
「沢本は、白坂さんがまるで自分を見殺しにしたみたいだと思い込んでいるんだろうけど――白坂さんはその後、先生に伝えていたんだよ」
「……っ、嘘だろ……」
信じられないといった表情で、沢本君が私のそばからもう一歩後ずさる。
椎名さんは私の方へ視線を移し、眉を下げた。
「ごめん、あのとき職員室に私もいたから、少し聞こえてた」
ということは……椎名さんは、中学のときから私のことを知っていたの……?
「……じゃあ、途中で俺に対する暴力がなくなったのは、新たなターゲットを見つけたんじゃなくて――」
沢本君は半ば放心状態で一点を見つめていた。
「そういうこと。白坂さんは見て見ぬふりはしていない」
視線を沢本君に戻した椎名さんは、ゆっくりと言葉を選ぶようにして続けた。
「沢本が白坂さんに執着していた意味がやっとわかったよ」
「……」
「みんなが嫌いだからって、自分も一緒に嫌いになる? みんなが好きだからって、周りに合わせて自分も好きになるの? ――そうじゃないよね」
項垂れた沢本君が、地面をただ見つめている。
「私も、白坂さんと同じ。沢本が昔いじめられていたとしても、それで嫌いにはならないよ」
しばらく、夕陽の落ちかけた裏庭は静寂に包まれていた。
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