蓮のあるお堀には

パウレタ

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2.お堀近くの和菓子屋へ

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 彼女は近所にある和菓子屋のみたらしだんごを好んで食べた。

 小学生のころ、字が思い通り書けないとき、わたしはふてくされて彼女に「あんたが」と言いかけた。「あんた」という言葉をたまたま部屋にいた祖父が聞いていて、わたしを叱った。耳が悪い祖父はいつもわたしの言葉など拾わないのに。祖父が部屋から出て行ったあと、わたしは涙を必死にこらえながら、ずっとお堀を見ていた。それから少しして彼女が出してくれたのがそこのお店のおだんごだった。おだんごとホットミルクはわたしを優しく包んでくれた。食べたあと少し眠くなったわたしは、彼女がかたづけに行っているあいだ、つい二度書きをしてしまった。作品は入選すらしなかった。それからわたしは続けてきた習字をふっつりとやめ、彼女と会う機会も徐々に少なくなった。

 和菓子屋の斜向かいに新しくできたコンビニから、見覚えのある顔の女性が出てくるのが見えた。たしか中学校の同級生だったと思う。わたしは近くの曲がり角を無意識に曲がった。曲がってしまった。地元で知り合いらしき人を見つけると、ついそうしてしまう。曲がった先は袋小路だった。目の前にはお堀が見える。現在お堀はお城のあった公園をL字型に取り囲んでいる。すでにお堀がなくなっているところは、道路や駐車場となった。水面から見え始めた蓮の葉には、あまがえるがしがみついている。持っていた傘で葉を突いても、かえるは逃げてゆかない。葉だけがゆらゆらと揺れた。

 ようやく動き出したかえるが泳いでいく方向には、小学生くらいの男の子が二人いた。彼らは駐車場のところで釣竿をかまえている。聞こえてくる会話によると、お堀には雷魚がいるらしい。疑似餌のかえるが水面をピョコピョコスイスイ泳いでいる。さっきのあまがえるの仕草とそっくりで笑えた。わたしは疑似餌とそれを操る彼らをぼおっと眺めた。わたしと同じように、男の子たちを見ているおまわりさんがいた。彼に気づくと、たちどころに男の子たちは釣り糸を巻き始めた。蓮の葉に疑似餌が少しひっかかったようだ。彼らがあわてている様子と疑似餌のかえるとの動きが連動して、それもまたおかしくてしょうがない。五秒かそこらで疑似餌がとれ、それを引き入れると彼らは公園のほうへ走って逃げていった。

「彼らと知り合い?」
 すでにわたしの近くまで来ていたおまわりさんが聞いてきた。
「いえ、全然。お堀で釣りをしてはいけないんですか?」
わたしが反対に聞き返すと、
「基本は禁止している、かな」
とおまわりさんは返した。
「その言い方だとそうでないこともあるんだ?」
「うん。以前、雷魚がお堀にあまりにも増えたときがあってね。他の魚たちがそれらに食べられてしまうことの防止もかねてかな、雷魚だけ釣ることをよしとする催しがあったんだ。一定の期間だけね。雷魚捕獲大作戦ってね。私も釣竿を借りて子供とやったよ」
と彼は言った。
「釣った魚はどうしたのですか?」
わたしが聞くと、
「フライにして食べた。きちんと下処理しないと泥臭いってさ。釣りをよくする人に教わってやったよ。白身魚で味はそこそこおいしかった。見た目は頭のところがへびみたいで気持ち悪かったけど」
「へびですか。わたしは細長くて足がなかったりするやつはちょっと。あ、でもたくさんあったりするのも嫌ですけど」
「顔が似てるだけでにょろっとはしてないけどね。うなぎはどうなの?」
おまわりさんが聞いてきた。
「うなぎは好きです」
とわたしが答えると、
「変だなあ」
と彼は笑った。
「蒲焼きになっているから」
とわたしが付け加えると、彼はそうだねと言うふうにまた笑った。おまわりさんは、自分の子供がむかし、父の日のために幼稚園で書いた短冊の話をした。
「ぼくはお父さんが好きです。うなぎの次に好きですってね」
わたしは笑いながら、自分の娘は七夕の短冊に、『たくわんとごはんが食べたい』と書いていたことを話した。それは願いではなくて、気分、なのではないだろうか。そういう気分。明日になれば、たらことごはん、あるいはのりの佃煮とごはんになっていたかもしれない。
「子供はおもしろいね。足元には気をつけるようにね。たまにあやまってお堀に落ちちゃう人もいるから」
彼はくっくっくと笑いながら、交番のあるほうへ歩いていった。

 客が誰もいない和菓子屋で、わたしはみたらしだんごを三本だけ買い、店をあとにした。店の前で同級生を見つけなければ、もう少し店でゆっくりと買い物を楽しみたかった。木目が美しい天井をながめながら、おだんご以外のお菓子も買ってみたかった。 

 道路から遠めにながめるお堀の家は、平屋のせいか、公園の緑に覆われてひっそりと奥ゆかしい。木塀からひょっこり見える切妻屋根の下は、小刻みに屋根が重なりあう。くまなく家の中を見てまわったのであろうか、門の裏側をじっと見つめる娘がいた。
「こういう看板のお店、見たことある」
といいながら。うしろからのぞくと、やもりがひたとへばりついていた。わたしは逃げるように玄関へと入った。古い引き戸は滑るように動き、枠にトーンとやさしくぶつかった。
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