蓮のあるお堀には

パウレタ

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3.お堀のおばあちゃん

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 薄暗い廊下を通り、さっきまで彼女がいた八畳間に入った。お堀だけがわたしを迎えてくれた。半開きだった障子やガラスサッシ、網戸が戸袋にすべて引き込まれ、お堀の風景は額縁で切り取られたかのようだった。床は縁側と連続しながら奥行きのない庭へ、さらにお堀へとつながる。お堀は緩やかにそれらを受けとめる。中にいるわたしはお堀そのものに包まれる。しっとりとしたお堀の瑞々しさが部屋の中へ入ってくる。わたしが今感じている心地よさはおそらくそれだ。お堀には青鷺がいた。お堀という面に対峙し、鷺は垂直に線として存在していた。細い脚が少し動くと、お堀の水面には小さくかわいらしい波紋が生まれた。庭に出てみると、鳥の影が私の目の前にあらわれた。もう一羽の鷺だ。鷺はわたしの頭上を飛んでいる。鷺はやはり水面に立っている姿が美しい。お堀が徐々に明かるむ。午前中の灰色に垂れ込めた雨雲は白く変化し、雲間を縫うように陽光が差し始めていた。

「お堀のおばあちゃんあっちにいるよ」

あとから部屋に来た娘の言葉にわたしは振り向いた。娘が彼女の呼び方を自分で決めてくれたことにどこか安堵した。わたしはイーゼルに固定された絵を見た。新緑に囲まれたお堀が紙にはっきりと浮かび上がっていた。

 娘に手を引かれながら来た茶の間は、以前と何も変わらない。部屋の中心には一枚板で造られたちゃぶ台が置かれ、今も食卓として使われている。壁際には吊り戸棚、押し入れ、神棚をしつらえ、隅に小さな仏壇があった。わたしは買ってきたおだんごをちゃぶ台に置き、台所をのぞいた。台所は以前、人造石研ぎだしの流しだった。現在ではシステムキッチンが放りこまれている。乱暴な言い方だが、その言葉があってる気がする。彼女はたけのこの入ったお煮しめをつくっていた。他に絹さや、結びこんにゃく、人参、牛肉などが入ってる。少し食べさせてもらった。牛肉はほろほろとやわらかい。たけのこは力を入れなくとも歯でゆっくりと裂くことができた。
「私はやっぱり太い大きなたけのこのほうが好きね」
と彼女は言いながら、半透明なたっぱにお煮しめを入れ、わたしたちにくれた。わたしは細い小さなたけのこのほうが好きだった。亡くなった祖父もそうだった。細い小さなたけのこは、みそ汁によく入っていて、かむときゅっと音がした。ながらくわたしはそれを食べていない。わたしは彼女といっしょに細い小さなたけのこの皮をむいたことがあった。たけのこのくるりとまくれた皮を両手の指にいれてよく遊んだ。とても長い爪のようになるのだ。むかしよく見た映画の主人公みたいな手に。

 わたしたちは買ってきたみたらしだんごを三人でいっしょに食べた。おだんごにぱくついた娘は、
「なんか、このおだんごの味、謎」
と言いながらも、あっというまにたいらげた。のどにつまってしまわないよう、彼女が入れてくれた番茶をわたしはすすめたが、娘はそれを飲まず、口をもぐもぐしながらやもりをまた見に走っていった。わたしは娘に車に注意するよう言い、彼女のほうを見た。彼女は窓からお堀を見ていた。その目は冷たい。彼女の視線のほうに目をやると、水際にはハナショウブの葉が見えた。もう少しすると、黄色い花が咲くだろう。 
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