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灰色世界Ⅱ ~夏休みの向こう側~
24.さよなら世界
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「一度この世界を出たなら、もう戻ってこれない、と思ったほうがいいわ」
そう、ヨドミは言った。それでもいいなら、それでも本当に、この世界を出てみたいというのなら、明け方に、ぼくらが出会ったあのおお通りの「バス停」で待っていて、と。
「バス」というのは、乗り物のことらしい。バス停は、その乗り物が人を乗せるところ。すぐにわかった。あの、ひまわりが一本だけ立っていたあの場所だ。そしてやっぱり、見間違いじゃなかった、まぎれもない、ぼくが夢で見た花、ひまわりが、たった一本だけでここに咲いている。それは汚れきっているけど、うっすらと、色がついているようにも見える。もっとあざやかだったら、黄色と橙の間だろうか。それは火の色……
カケラは、なにか食べものをかばんに詰めこんでいった方がいいんじゃないかと言ったけど、ヨドミはただ必要ない、とだけ言った。カケラは今、ぼくのとなりで少し眠そうにぼんやりとうつむいて、時を待っている。
ぼくは歩道と通りとの段差に腰かけて、ひまわりの花を見あげた。頭上には、まだかすかにうす暗さを残しながらも、しらんできた灰色の空。ときどき、「星」が動くのが見える……
ぼくは思った。
このひまわりは、あの灰色の空の向こうに咲くべき花だ、って。
そして、バスは来た。
このバスもうす汚れているけど、色あせたこのひまわりと同じように、うっすらとした黄色を残しているみたいに見える。
ぼくとカケラは、バスに乗りこむ。
ぼくら二人以外に、乗客はいなかった。
バスを運転しているのが、ヨドミだった。ぼくはもう、それを不思議とも感じなくなっていた。
とにかく、外へ……外へ、ぼくは、ぼくらは、行くんだ。
この、灰色世界の外へ。
「いい?」
そう、ひとことだけ言うと、ヨドミはバスを発進させた。ぼくもカケラも、言葉なく、ただ、うなずいた。
ぼくは、一度だけうしろをふりかえった。
バス停に一本だけ咲くひまわりが、遠ざかっていく。
やがてぼくらは、地上に流れる雲のなかへ入った。
なにも、見えなくなった。
*
いつかぼくらのバスは雲を抜け、空を飛行している。空の色は青だ。
見下ろせば、あのひまわり畑が一面に広がっている。
やっぱり、世界の外に、この景色はあったんだ……もうぼくは、このままひまわりのなかへ落ちていって、死んでしまったっていいような思いがしていた。
だけど、またなにか、忘れてはいないか。
はるか空の向こうに、おおきな、とてつもなくおおきな雲のかたまりが見えてくる。
ぼくらのバスは、急速度で、その雲に近づき、雲のなかへ入っていく。
そして、そのおりかさなる雲と雲のあいまに、黒い巨大なものがそびえたって……? そのとき、またバスは雲のなかへ入ってしまい何も見えなくなった。
*
めざめると、バスはまだ雲のなかを走っていた。だけど、がたごとと、地面の上を走っている音がする。
「雲なんかじゃないよ」
ヨドミの声だった。
「雲なんかじゃない。これは、この世界の空一面に広がっている灰色の雲、に見えるもの。それはすべて、煙。工場から大量にはきだされた煙が、行き場もなく漂っているだけ。わたしたちは今、ただの煙のなかにいるだけ。もうすぐ、抜ける……」
うしろの席から、ヨドミの顔は見えなかった。カケラは、ぼくのもうひとつうしろの席、いちばんうしろのシートで、いつの間にか横になって眠っている。
「ドームにはもう、穴が開いてしまっている。どのみち、この世界はそのうちに滅ぶわ……そこから、外の放射線が吹きこんできているから……」
*
バスは再び雲を抜け、今度は、それをはっきりと見ることができた。
厚い雲のなかにあったもの、それは……
巨大にそびえるまっ黒な、都庁タワー……!
そしてぼくは見た、そのてっぺんにいる、一人の女の子。
マナツ……!
そう、ヨドミは言った。それでもいいなら、それでも本当に、この世界を出てみたいというのなら、明け方に、ぼくらが出会ったあのおお通りの「バス停」で待っていて、と。
「バス」というのは、乗り物のことらしい。バス停は、その乗り物が人を乗せるところ。すぐにわかった。あの、ひまわりが一本だけ立っていたあの場所だ。そしてやっぱり、見間違いじゃなかった、まぎれもない、ぼくが夢で見た花、ひまわりが、たった一本だけでここに咲いている。それは汚れきっているけど、うっすらと、色がついているようにも見える。もっとあざやかだったら、黄色と橙の間だろうか。それは火の色……
カケラは、なにか食べものをかばんに詰めこんでいった方がいいんじゃないかと言ったけど、ヨドミはただ必要ない、とだけ言った。カケラは今、ぼくのとなりで少し眠そうにぼんやりとうつむいて、時を待っている。
ぼくは歩道と通りとの段差に腰かけて、ひまわりの花を見あげた。頭上には、まだかすかにうす暗さを残しながらも、しらんできた灰色の空。ときどき、「星」が動くのが見える……
ぼくは思った。
このひまわりは、あの灰色の空の向こうに咲くべき花だ、って。
そして、バスは来た。
このバスもうす汚れているけど、色あせたこのひまわりと同じように、うっすらとした黄色を残しているみたいに見える。
ぼくとカケラは、バスに乗りこむ。
ぼくら二人以外に、乗客はいなかった。
バスを運転しているのが、ヨドミだった。ぼくはもう、それを不思議とも感じなくなっていた。
とにかく、外へ……外へ、ぼくは、ぼくらは、行くんだ。
この、灰色世界の外へ。
「いい?」
そう、ひとことだけ言うと、ヨドミはバスを発進させた。ぼくもカケラも、言葉なく、ただ、うなずいた。
ぼくは、一度だけうしろをふりかえった。
バス停に一本だけ咲くひまわりが、遠ざかっていく。
やがてぼくらは、地上に流れる雲のなかへ入った。
なにも、見えなくなった。
*
いつかぼくらのバスは雲を抜け、空を飛行している。空の色は青だ。
見下ろせば、あのひまわり畑が一面に広がっている。
やっぱり、世界の外に、この景色はあったんだ……もうぼくは、このままひまわりのなかへ落ちていって、死んでしまったっていいような思いがしていた。
だけど、またなにか、忘れてはいないか。
はるか空の向こうに、おおきな、とてつもなくおおきな雲のかたまりが見えてくる。
ぼくらのバスは、急速度で、その雲に近づき、雲のなかへ入っていく。
そして、そのおりかさなる雲と雲のあいまに、黒い巨大なものがそびえたって……? そのとき、またバスは雲のなかへ入ってしまい何も見えなくなった。
*
めざめると、バスはまだ雲のなかを走っていた。だけど、がたごとと、地面の上を走っている音がする。
「雲なんかじゃないよ」
ヨドミの声だった。
「雲なんかじゃない。これは、この世界の空一面に広がっている灰色の雲、に見えるもの。それはすべて、煙。工場から大量にはきだされた煙が、行き場もなく漂っているだけ。わたしたちは今、ただの煙のなかにいるだけ。もうすぐ、抜ける……」
うしろの席から、ヨドミの顔は見えなかった。カケラは、ぼくのもうひとつうしろの席、いちばんうしろのシートで、いつの間にか横になって眠っている。
「ドームにはもう、穴が開いてしまっている。どのみち、この世界はそのうちに滅ぶわ……そこから、外の放射線が吹きこんできているから……」
*
バスは再び雲を抜け、今度は、それをはっきりと見ることができた。
厚い雲のなかにあったもの、それは……
巨大にそびえるまっ黒な、都庁タワー……!
そしてぼくは見た、そのてっぺんにいる、一人の女の子。
マナツ……!
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