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卒業パーティー待たずして、婚約破棄イベント発生です。
ギャフンッ!ギャフンッ!
しおりを挟む(……そう時間どおりとはいかないか…)
ロゼは視線を戻すと、酒で濡れた前髪をかき上げる。
「コーラス、貴方、精神操作が出来る闇属性持ちよね?」
「……だから何だ?この学園内なら、闇属性持ちなど珍しくないだろ。言っておくが、数秒ほどのめまいを起こす精神操作でも、かなりの魔力量と複雑な魔方陣が必要だ。私の魔力量では、今のこの現状は起こせないッ」
コーラスはフンッと鼻を鳴らした。
この世界の人間は、四分の一が魔力を持って生まれる。そして魔素の四大元素の火・水・風・土の複数、少なくともどれか一つの属性の魔術が使えるようになる。
その他に光と闇の属性もあるが、世界単位でほんの一握りの人間しか扱えない。
だが剣と魔術に特化したリルアース王国の、それも有力人材を集めたモーリル学園なら別だ。ここでは希少が希少ではなくなる。
「知ってるわよ、私も闇属性持ちだから。闇属性って、燃費が悪いわよね」
「…闇持ちの光の聖女王妃候補とはッ……笑わせるッ」
笑いを含んだコーラスの嫌み。こうも正面切って言われるのは始めてだが、ロゼにとっては子供の頃から聞き慣れた陰口だ。
ロゼはそれに対し「本当ね」と言ってニコッと笑った。
「ッ…」
「でも、魔方陣のほうは否定しないのね。学園の成績からしても貴方の頭脳なら、術の構築だけなら可能なのでしょ?」
「……ああ、可能だ。がッ、この広い会場でこの人数を術をかけるとすれば、膨大な情報を書き込んだ魔方陣になる。そんな巨大な魔法陣など、この会場のどこにも無いし、通常夜会では魔法陣を入力できる杖の持ち込みは禁止されている。なんなら私が杖を隠し持ってないか、身体検査でもしてみるか?」
コーラスは着ている上着の前を広げて見せた。
「やめておくわ。男性の身ぐるみを剥がして喜ぶ趣味は無いし、個人の主宰の夜会であっても、学園内の夜会となれば警備は学園側が取り仕切っているはず。バカ王子…じゃなくて、王族が参加する会ともなれば、そこのところの防犯は徹底しているでしょ」
ロゼは小さく肩をすくめる。
それではここで少し、この世界での魔法の使用条件の説明をしよう。
魔法を使用するには、基本使用者の魔力と使用する魔法の方程式である魔法陣が必要となる。
そして複雑な魔法ほど、使用する前に捕捉としていくつかの手順や制約をクリアしなければならないこともある。
術者が使える魔法は前にも言ったとおり、術者本人の生まれながら持った相性の魔素属性のみ。威力は、魔法陣の一部を書き換えることで変化できるが、書き換えても燃料である魔力が一定量無ければ発動しないし、万が一発動したとしても、すぐに魔力が枯渇してしまう。
そしてもう一つ、術に必要な魔法陣だが、書いて発動させるには時間がかかる。昔は、自分で使うことができる魔法を事前に紙に書き、本として持ち歩いていた。今はそこから改良から改良を重ね、木の杖や鉱物の中に魔法陣をストックできるようになった。現代に例えるなら、杖がスマホで魔法陣がアプリと言ったところか。
あと、そのストックにも容量がある。樹木から作った杖であれば加工した木の樹齢に比例して多くの種類の魔方陣を入力できる。
鉱石であれば、一つしか魔法陣をストックできないが、純度と加工のカットに仕方で、火力の大きな魔法を入力することができる。
どちらも容量の多い素材ほど必然と高額になり、術者はそれらを考慮して、自分に合った杖を作成するのだ。
このようにこの世界の魔法は、使用にはそれなりの知識が必要となり、万能の代物とは言い難い。
「……おい。犯行をまったく立証できてないじゃないか。本当に術がかからなかった理由を知っているのか?」
訝しげに眉を潜めるコーラス。ここまでの問答はロゼが劣勢だ。
コーラスはハッとする。
「もしかして、術にかからなかったのはただの偶然?………この会話も時間稼ぎで、助けが来るのを待っているだけなんじゃないか?」
「……………」
今度はロゼが押し黙る。視線がコーラスではなく、その背後に流れた。
「やはりそうか!」
ロゼの視線に確信を覚えたコーラス。消えかかっていた勝者の愉悦が、笑みと共にその顔に戻り始める。
「ハハッ!だったら残念だなッ。会場であるこの建物の周り数メートルが、術の有効範囲。範囲内に入れば、お前の仲間だろうと我術の餌食に…」
ガッ!
話の途中で、後ろから誰かに首を強く掴まれた。
「なッ…!?」
そのまま床から20センチほど、コーラスの身体が浮く。戻りかけた愉悦は一瞬で消し飛んだ。
見ていたロゼが、呆れた表情で「うわ~、バカヂカラ~ぁ」と呟く。
「動けるのが一人なら偶然とも言えるが、二人ならどうだ?」
コーラスの真後ろから、無駄に自信満々の聞き慣れた声が聞こえた。
手足をバタつかせながらも「そんなはずはない!」と否定する。
その首から、手がパッと離れた。
床に倒れこむコーラス。咳き込みながら、声の人物を確認するために顔を上げる。
「ゴホッ!ゴホッ!…な…ぜだッ!……なぜッ…ミカエル…王子…も動けるッ!」
そこには、婚約破棄イベントを引き起こした中心人物であるミカエル王子が仁王立ちしていた。
いや、イベントはコーラスがそうするようにミカエルに耳打ちにて命令したのだが…。
けれども、自力で動けるということは…。
「いいえ。二人ではなく、三人です」
またもや会場に違う声が響く。
「今度は……ゴホッ!ゲホッ!…誰だッ!」
コーラスとミカエルの横を淡黄色の人影がすり抜け、ロゼのもとに駆け寄る。
「ロゼ様、大丈夫ですかッ?こんなに濡れてしまわれて…どうか、これをお使いください」
そう言って白いハンカチをロゼに渡したのは、恋敵だったはずの男爵令嬢のリリアナ。
ロゼはニコッと笑い返した。
「ハンカチが汚れちゃうわ。気にしないでリリアナ」
「いいえ、いいえ、気にします!ロゼ様がこんなお姿でいるほうが、私は耐えられません!」
リリアナは、自らハンカチで優しくロゼの頬を拭う。そして勢いよく振り向くと、キッと睨んだ。
「ヒドいですッ、ミカエル殿下ッ!ロゼ様を、ズブ濡れにするなんて!」
凄い剣幕のリリアナに、たじろぐミカエル。
「い、いやそれはだな、コーラスの命令で…」
言い訳を始めるミカエルに、コーラスが口を挟む。
「ちょッ、俺は「そこにある酒を飲ませろ」と言っただけで、「頭からかけろ」とは言ってない」
「わっ、バカッ!今、それを言うなッ!」
慌てるミカエルに、ブラックなオーラを放ったロゼが「ほぉ~~~~~」と笑う。
「それじゃあ酒をかけたのは、ミカのアドリブということ?そう、そうなの。終わったら、後でチョ~~~ト話し合う必要がありそうね、ミ~カ~?」
「えっ、あっ……はい」
(人の意見など聞かないあの王子が謝った?!それも、ミカ…て)
目の前の三人のやり取りに、目を白黒させるコーラス。
婚約関係にありながら、不仲だと思われた第一王子と公爵令嬢が愛称呼びをしていたり。王子と恋仲だと思っていた男爵令嬢が、王子よりもライバルであるロゼのことを心配したり。意味がわからない。
でもここでコーラスのなかに、一つの仮説が浮かんだ。
「…まさか………この術のことを事前に知っていた?」
精神操作は、対象者の心理状態にも成功率が変わる。
学園内でも「鉄血の薔薇」と称されるぐらい芯の強いロゼは、ミカエル王子のご機嫌取りをしていた貴族連中とは違い、術を発動する前に心を弱らせ隙を作る必要があった。
だからコーラスは、匿名でミカエル王子の職権乱用行為のことを書いた抗議文をロゼに送り、夜会に来るように仕向け、今回の婚約破棄イベントを目論んだ。
だが精神操作の魔法は、前提として対象者に術を気づかれてない状態でこそ、最大限の効力を発揮する。それが、元々ネタがバレていたとすれば…。
そう考えれば、ロゼの「条件を満たして無い」という言葉にも説明がつく。
(クソッ!クソッ!三年もかけたのにッ!それに父さんのことも…ッッ)
歯軋りするコーラス。
脳裏の映像が切り替わり、数日前の出来事が走馬灯のように流れる。
ミカエルに取り入るため、術を多人数にかけるため、夜会を開催する費用はコーラスが全額出していた。
それに加え、ミカエルは何だかんだと会に注文をつける。費用はどんどんかさんでいった。
仕方なく親の金に手を出したコーラス。実家の金庫から金貨の入った袋をこっそり取り出そうとしたのだが………運悪く、出掛けたはずの父親に見つかってしまった。
「何をしている!?」と叫ぶ父。気が動転したコーラスは父親を押さえつけると、持っていた例の赤い酒を無理やり飲ませ、魔方陣が入力されている杖をかざして「全部、忘れろ!」と命令した。
コーラスは「金貨を盗もうとしたことを忘れろ」という意味で言ったつもりだったが………父親は、生きてきた記憶の全部を忘れてしまった。
現時点で、この魔法を構築した本人のコーラスでも、術をかけることが出来ても解除することはできない。
その後、思いつく限りに試してみたが………父の記憶は戻らなかった。
あんなに尊敬していた父が、何もかも忘れて脱け殻のようになっている。コーラスは耐えられなかった。
だから藁をもすがるような気持ちで、前々から協力者であるある人物に相談した。
するとその人物は、一つの策を提案した。
それはコーラスにとって屈辱的なことだったが、父がこのままでいるよりずっとマシだと思った。
(後戻りはできないッ!)
コーラスはロゼたち三人に指をさすと、会場にいる術をかけている全員に…。
「ミカエル、ロゼ、リリアナを拘束しろッ!!」
…と大声で命じた。
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