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第四話 悪女
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ナビを設定して、車を出すが海には向かわなかった。
俺は元のアパートの前を通ると、そこはいつも通りの日常。だがあの部屋で誰にも見つからずに俺は死んでいるんだ。
ちょうど信号で停車し、ハンドルに顔を埋めた。
「光朗さん。どうかしたの?」
「ん? いや。なんでもない」
有希の言葉に返答して落ち着いた。あの頃は孤独だったが、今は横に有希がいる。静かに息を吐いてから車を走らせること一時間。駐車場に車を止めて有希と海まで歩いた。
彼女は靴を脱ぎ捨てて子どものようにはしゃいだが、俺はテンション低く、砂浜に腰を下ろす。そして有希と海の美しいビジョンを静かに見ていた。
そんな俺に気付いて有希は白いワンピースをひらひらさせながらこちらに近付いてきた。
「光朗さん、ごめんなさい。一人で楽しんじゃって」
「いやいいんだ。そんな姿を見るのも楽しいよ」
彼女も俺の隣に座り一緒に海を眺めだした。夏の陽射しと潮騒。少し遅れて俺は彼女の肩を抱き寄せる。ただ強く。そしてそのまま二人して海を眺めた。
「──今日の光朗さん、やっぱり変です」
「そうだろうな……」
「え?」
「人は……」
「はい」
「死ぬときは誰でも孤独だ」
「え……っ?」
「例えばさ──」
「はい……」
「一人の友人がいたんだ。そいつは何をやっても平凡。両親にも先立たれ、その保険金で料理の専門学校をでた。好きな料理を職としてなんとか人並みに幸せを掴もうとした。だが恋人と思っていた人に騙されて親の遺産を失ったあげく借金を背負った。そのため夢を捨てて少し危ない仕事をやって借金の返済。ようやく完済し、人生これからと思ったら無情にも死んでしまった」
それは俺のことだ。ここにいるのは、同名といえども別人。その人生の借りパク。こんな可愛らしい有希だって本来は日之出光朗氏のものなのだ。
「それは──」
有希は俺の言葉を聞いた後で答える。
「寂しい人生でしたね。これからだったのに……」
有希は。有希は、有希は──。
日之出氏を殺そうとした。いや日之出氏を殺した。だけど、こんなにも良い子じゃないか。見ず知らずの俺のために泣いてくれている。
そんな彼女は、なぜ夫である日之出氏を殺そうとしたのだろう。どんな理由が……。
その時。俺のスマホが鳴った。俺は有希に断りを入れて浜辺へと進む。ここなら波の音が俺と電話の先の人との会話を誤魔化してくれるだろう。
ていうか、着信をくれた人とはまったく面識がないのでボロがでるのが怖いので様子見だった。
ポップアップには羽良美和子の名前。
え──?
羽良美和子と言えば、先ほど話に出た俺の以前の恋人だ。21~22歳の間に付き合っていた。散々貢いだあげく、俺名義で消費者金融から借り姿をくらませた女!
他の男たちと三股、四股かけていたとウワサを聞いた。とんでもない性悪女! それが日之出氏となんの繋がりがあるのか!?
俺は電話を取り、怒気を含んだ声で応対した。
「もしもし?」
「あ。何やってんの? ゴルフどうすんのよ」
「ああゴルフか。キャンセルだよ」
「は? 何言ってんの?」
「何言ってるって言ったとおりだ」
「はーあ? 光朗、今日雰囲気違くない? 今日のデートはどうすんの? 料亭に懐石食べに連れてくって言ってたじゃん。ホテルの予約もしてるって」
はあ。日之出氏は有希がいながらこんなビッチと付き合っていたのか。有希は思い詰めてるってのに、美和子に貢ぐなんて馬鹿な男だ。たしかに美和子は美人だし色気も半端ない。
28歳で家も高級車も持ち、可愛い妻を放っておいて、よその女と遊ぶ。それが成功した男だろうか?
今は楽しいかも知れないが将来は一人ぼっちになるだろう。実際、有希に殺された。つまりそういう運命を自分で作ったのだ。
俺は電話の先の美和子に伝えた。
「今日は妻とデートするんだ」
「はあ? 私よりもつまんない女をとるわけ? 私はどうすんの? 三笠プリンストンのスイートルームはどうすんのよ!」
「今日をもってキミとは絶縁したい。今日も明日も永遠に」
「ちょっと何言ってんの? 計画はどうすんのよ!」
「知るかよ」
電話を切った。そして素早く羽良美和子を着信拒否しアドレス帳から消し去った。
後ろを振り向くと、離れた場所に有希。一連の様子を見て青い顔をして不安そうだが、俺は微笑みながら伝えた。
「なんでもない。間違い電話さ。着信拒否したからもうかかってこないよ」
それを聞くと有希は安堵した表情を浮かべた。
それから隣接する水族館を見学。そこの食堂でアシカとイルカを模したランチをそれぞれ食べた。
「なんか子どもみたい」
「いいじゃないか。有希にあってるよ」
「うん。可愛いの好き」
「だと思った」
腹がいっぱいになって、有希のための服を見にショッピングモール。そこで映画も見た。
夕方になり、羽良美和子が言っていた料亭を電話の履歴から調べてそこに向かった。ちゃんと二人での予約が取られていた。
そこで懐石料理を食べる。
「なんか嬉しい」
有希の呟きに箸を止める。
「どうして?」
問いかけると有希は続けた。
「光朗さんとこうして食事するなんて幸せだわ──」
彼女の言葉は二人の結婚生活を物語っていた。
俺は元のアパートの前を通ると、そこはいつも通りの日常。だがあの部屋で誰にも見つからずに俺は死んでいるんだ。
ちょうど信号で停車し、ハンドルに顔を埋めた。
「光朗さん。どうかしたの?」
「ん? いや。なんでもない」
有希の言葉に返答して落ち着いた。あの頃は孤独だったが、今は横に有希がいる。静かに息を吐いてから車を走らせること一時間。駐車場に車を止めて有希と海まで歩いた。
彼女は靴を脱ぎ捨てて子どものようにはしゃいだが、俺はテンション低く、砂浜に腰を下ろす。そして有希と海の美しいビジョンを静かに見ていた。
そんな俺に気付いて有希は白いワンピースをひらひらさせながらこちらに近付いてきた。
「光朗さん、ごめんなさい。一人で楽しんじゃって」
「いやいいんだ。そんな姿を見るのも楽しいよ」
彼女も俺の隣に座り一緒に海を眺めだした。夏の陽射しと潮騒。少し遅れて俺は彼女の肩を抱き寄せる。ただ強く。そしてそのまま二人して海を眺めた。
「──今日の光朗さん、やっぱり変です」
「そうだろうな……」
「え?」
「人は……」
「はい」
「死ぬときは誰でも孤独だ」
「え……っ?」
「例えばさ──」
「はい……」
「一人の友人がいたんだ。そいつは何をやっても平凡。両親にも先立たれ、その保険金で料理の専門学校をでた。好きな料理を職としてなんとか人並みに幸せを掴もうとした。だが恋人と思っていた人に騙されて親の遺産を失ったあげく借金を背負った。そのため夢を捨てて少し危ない仕事をやって借金の返済。ようやく完済し、人生これからと思ったら無情にも死んでしまった」
それは俺のことだ。ここにいるのは、同名といえども別人。その人生の借りパク。こんな可愛らしい有希だって本来は日之出光朗氏のものなのだ。
「それは──」
有希は俺の言葉を聞いた後で答える。
「寂しい人生でしたね。これからだったのに……」
有希は。有希は、有希は──。
日之出氏を殺そうとした。いや日之出氏を殺した。だけど、こんなにも良い子じゃないか。見ず知らずの俺のために泣いてくれている。
そんな彼女は、なぜ夫である日之出氏を殺そうとしたのだろう。どんな理由が……。
その時。俺のスマホが鳴った。俺は有希に断りを入れて浜辺へと進む。ここなら波の音が俺と電話の先の人との会話を誤魔化してくれるだろう。
ていうか、着信をくれた人とはまったく面識がないのでボロがでるのが怖いので様子見だった。
ポップアップには羽良美和子の名前。
え──?
羽良美和子と言えば、先ほど話に出た俺の以前の恋人だ。21~22歳の間に付き合っていた。散々貢いだあげく、俺名義で消費者金融から借り姿をくらませた女!
他の男たちと三股、四股かけていたとウワサを聞いた。とんでもない性悪女! それが日之出氏となんの繋がりがあるのか!?
俺は電話を取り、怒気を含んだ声で応対した。
「もしもし?」
「あ。何やってんの? ゴルフどうすんのよ」
「ああゴルフか。キャンセルだよ」
「は? 何言ってんの?」
「何言ってるって言ったとおりだ」
「はーあ? 光朗、今日雰囲気違くない? 今日のデートはどうすんの? 料亭に懐石食べに連れてくって言ってたじゃん。ホテルの予約もしてるって」
はあ。日之出氏は有希がいながらこんなビッチと付き合っていたのか。有希は思い詰めてるってのに、美和子に貢ぐなんて馬鹿な男だ。たしかに美和子は美人だし色気も半端ない。
28歳で家も高級車も持ち、可愛い妻を放っておいて、よその女と遊ぶ。それが成功した男だろうか?
今は楽しいかも知れないが将来は一人ぼっちになるだろう。実際、有希に殺された。つまりそういう運命を自分で作ったのだ。
俺は電話の先の美和子に伝えた。
「今日は妻とデートするんだ」
「はあ? 私よりもつまんない女をとるわけ? 私はどうすんの? 三笠プリンストンのスイートルームはどうすんのよ!」
「今日をもってキミとは絶縁したい。今日も明日も永遠に」
「ちょっと何言ってんの? 計画はどうすんのよ!」
「知るかよ」
電話を切った。そして素早く羽良美和子を着信拒否しアドレス帳から消し去った。
後ろを振り向くと、離れた場所に有希。一連の様子を見て青い顔をして不安そうだが、俺は微笑みながら伝えた。
「なんでもない。間違い電話さ。着信拒否したからもうかかってこないよ」
それを聞くと有希は安堵した表情を浮かべた。
それから隣接する水族館を見学。そこの食堂でアシカとイルカを模したランチをそれぞれ食べた。
「なんか子どもみたい」
「いいじゃないか。有希にあってるよ」
「うん。可愛いの好き」
「だと思った」
腹がいっぱいになって、有希のための服を見にショッピングモール。そこで映画も見た。
夕方になり、羽良美和子が言っていた料亭を電話の履歴から調べてそこに向かった。ちゃんと二人での予約が取られていた。
そこで懐石料理を食べる。
「なんか嬉しい」
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