囚われ姫の妄想と現実

家紋武範

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第29話 乙女のあかし

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「おや?」

ラースは空を見上げながら警戒を解く。私も寝ながらそちらに顔を向けると空に輝く物体。それがいなないているのだ。

「う、馬?」
「ルビー。あれはユニコーンだよ」

さっきまで男の顔だったラースも幾分落ち着いて、いつもの優しい顔立ちに戻った。
ユニコーンは空中で旋回しながらこちらの方へ降りてくる。

「ラース。危険じゃないの?」
「大丈夫だよ。敵じゃない。安心して。こんなの滅多に見られないよ。私も見るのは初めてだ」

ユニコーンはゆっくりと私の側に舞い降りる。その生き物は白馬だが額には長い角があった。
その角を私の方に向け、犬が匂いを嗅ぐように、角を動かしていた。

「大丈夫なの? この角で突き刺されたらひとたまりもないわ」
「大丈夫。ユニコーンは乙女のそばに行く習性があるんだ。乙女を害しようと思わない。多分乙女か確かめているだよ」

ユニコーンは角で優しく体に触れそうで触れないくらいにまさぐる。触っていないのにくすぐったい感覚。
それにしても、乙女。つーかそれはさっき、ラースが奪おうとしていたものじゃないの!

そう思っているとユニコーンの角が私の胸を優しく突いた。
それは傷つくようなものではなく、軽く。すると体中に力が湧いてくる。

「あれ?」
「どうしたの?」

私は跳ね起きた。全ての力が回復したのだ。それを見てラースは手のひらを拳で打ちつける。

「そうか。ユニコーンの角には薬効がある。生きているユニコーンの角で突かれると回復するんだ!」

なるほど。得心がいった。私は近くにあった鍋をつかんでラースに近づく。

「よかったね。ルビー!」
「ええ、本当によかったわ!」

ラースの頭を目がけて鍋で打ちつける。

「いった! 痛いよルビー!」
「痛いように叩いてるのよ! この強姦魔!」

「違う違う。好きだから! 愛してるから! 痛ァ!」
「何言ってんのよ! 抵抗できないものをいいようにするなんて勇者が聞いて呆れるわ!」

「スイマセン! 痛ァ! 姫、お許しを!」

ユニコーンが見守る中、ラースを鍋底で5、6回叩いた。光の勇者は魔物からの攻撃には神の加護があるようだが、人間からの攻撃にはそれはないらしい。非力な私の鍋による攻撃で充分効果があったようだ。
ようやくラースをおとなしく調教したところでユニコーンを見る。そのつややかな毛並み。大きな黒い目。
今まで見て来たどんな馬よりも美しかった。

「どうしてユニコーンが?」
「そ、それはルビーが美しいからやってきたんだと思う……ます。ハイ」

私が睨むとラースはおとなしくなる。調教成功だわ。もう二度とあんな強攻策をとれないようにしないと。
ユニコーンは私に背中を見せてゆさぶる。

「乗れってことかしら?」
「でも裸馬じゃ痛いよ。あの馬の鞍をつけよう」

ファーガス軍からの戦利品である軍馬より鞍を外し、ユニコーンへと付け替える。
私はあぶみを踏んでユニコーンに跨がると、ユニコーンは一歩踏み出す。

「わ。すごい!」
「わぁ! ルビー、大丈夫?」

ラースの声は遥か下。すでに空中を浮いていた。
これはすごい。ユニコーンは空を飛べるんだわ!

辺りは暗闇だが、ユニコーンはうっすらと光る。
これはいいわ。ラースも乗せれば、すぐにでも国に帰れそう。
私はユニコーンに命じて、地上へと戻った。

「すごいわよ。ラース。ユニコーンに二人で乗っていけば、すぐにでも国に帰れるわ!」
「え?」

「え? ってなによ。すぐに帰らなくちゃ、クーデターが起きるわ」
「だってユニコーンは一人乗りだよ。二人は乗れないよ。それに、二人で乗って制御不能になって落ちたらどうするんだい? 空中では逃げ場が無いよ」

「そ、それは……」
「私は、あっちの馬に裸馬で乗るから、ルビーはユニコーンで地上を走ればいいと思うよ」

「だって、それじゃなかなか国に帰れないわ」
「そうかもしれないけど、仕方ないよね」

たしかに。ユニコーンが舞い上がる高さから落ちたら、二人とも死んでしまう。それならば地上を駆けていくしかない。それでも、あと5日もあれば国に戻れるのかも知れないわ。
ラースの提案に従いましょう。
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