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第5話 オリビア③
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それから伏せってしまい数日。アドリアン様と食事での顔合わせと厭味がないからか幾分落ち着いて床上げすることが出来たが、足も腕もほっそりとしてしまった。
私は久しぶりにドレスに召し替えて鏡の前に立つ。顔もやつれた色が深く出ていた。
「ふふ。まるで骨だけの死んだ人みたい」
「王妃さま。そんなことございません」
侍女は激しく否定した。気休めでも嬉しい。私は辺りを見回すと、飾られていた花々もしぼみがちで、一時の隆盛を極めていたそれの儚さを知った。
「私もこうなるのだわ……。もう片づけてしまって。見ていると哀しいわ」
「ああ花ですか? 残念ですわ。哀しいですか……。せっかく陛下から──」
その時、部屋の扉が開きアドリアン様が供の者を四人連れて入って来た。後ろ手を組んで、私の前に立って話し掛けてきたのだ。
「床上げだと聞いたものでな。よかったな、大事ではない」
「……左様でございます」
「しっかり食事を摂りたまえ。健康でいることがキミの務めだ。国の母として国民にそれを示したまえ」
「お仕置きのお言葉、たしかに拝聴致しました」
私が礼をすると、アドリアン様は侍女たちが花を片付けていることに気付いて聞いてきた。
「婦女子は花が好きだと聞いたが、片付けるのか?」
「あ、はい。見ていると哀しくなります……」
つい本音を言ってしまった。病み上がりで本調子でなく、疲れていたのだと思うが、それにアドリアン様は声を荒げた。
「そ、そんなに私のことを……。キミはいつもそうだな。そんなにこの王宮にいるのが嫌かね? スザンヌのように愛想よくコロコロと笑うようなことが出来ないのか?」
王宮が嫌? スザンヌのように?
まさか、廃妃?
やはり、この花と同じ運命なのだわ。アドリアン様だってよく我慢したものよ。形だけの結婚生活を──。
「スザンヌは──」
「うん?」
「スザンヌは申しておりました。アドリアン様が閨ではとてもお優しいと。しかし、私には──」
「ちょ、ちょっとまて!」
「え?」
アドリアン様は両手を広げて顔を真っ赤にしていた。私の言葉に怒ったのかもしれない。そしてそれは次の言葉で明らかとなった。
「き、キミは人の閨の話をそうやって聞いているのか!? か、か、か、カーラにもか!? 嫌らしい! 下品な女だ! 以後、彼女たちに近付くことはまかり成らん!」
アドリアン様はそう言い放つと、耳まで赤くして回れ右をして退出した。突然のことで頭が真っ白だ。
そして孤立。私には側室と話すことすら許されなくなったのだ。
哀しく苦しいが、侍女の手前こらえた。足を踏ん張ってこらえたのだ。
見ると、アドリアン様の近衛兵が一人残っていた。それが近づいてきて頭を下げる。
「王妃さま。突然こんなことになってしまいましたが、陛下は本日、王妃さまに伝えたいことがございました」
「え……?」
ま、まさか廃妃? それとも、離宮にでも行けということかしら?
「実は本日より陛下は国境の近くで起きた反乱を鎮圧した兵士たちを労いに参ります。王妃さまが元気でしたら一緒に連れて行かねばならないとおっしゃっておりましたが、体調不良を残念がっておりましたよ」
「そうなの……。反乱が……。陛下は大丈夫かしら」
「もちろん。国境ともなると、陛下の徳もなかなか及びません。また隣国よりスパイが入って来ており、流言飛語や煽動を繰り返しているのです」
「そうなのね。私もそのようなヒドい土地で働く兵士たちを労いたいけど、こんな体が恨めしいわ」
「いえ。王妃さまのそのお言葉を兵士たちに伝えましょう。きっと元気が出るはずですよ」
「ええ。お願いね」
近衛兵は敬礼をすると、アドリアン様の後を追って駆け出した。
アドリアン様は、危険な戦地に赴くのだ。国境の領民や兵士たちは歓声を以てアドリアン様を迎えることだろう。
でも私は一人。この国の中でたった一人だわ。
王妃、国母という立場にありながら、孤独。国王アドリアン陛下からは嫌われ、同じ立場の側室と話すことも禁じられた。
味方もなにもいない。これはただの囚われの身。だけど私はどうしてもアドリアン様を嫌いになれない。嫌いになれたらどれほど楽なことであろう。
嫌でたまらなかった食事。しかし目を向けたその席にはアドリアン様はいない。
どうしてだろう。ストレスの原因はアドリアン様に間違いはない。しかしいないこともストレスなのだ。
私は、誰も咎める者がいないことをいいことに、フォークでクリームソースをかけられた白身の魚のソテーを刺したりバラしたりしていた。
食べ物で遊ぶとはこういうことだと感じてはいたがやめなかった。同時に考えていたのだ。
私は婚約者のころからアドリアン様を好きだったがその気持ちを伝えたことは一度たりともない。
幼少期、ともに遊んだ記憶があるが、ほとんどがケンカをしたものだ。
アドリアン様を子どものようだと言ったこともあった。
遊びの延長でずるくて、卑怯だとなじったこともあった。その度に反発するアドリアン様に私も反発した。
それから顔を合わせるたびにケンカばかり。大人になれば自然に互いを愛せるようになると勘違いしていた。
私の矢のような言葉はアドリアン様の胸に深く突き刺さり、私を愛する心を殺してしまったのだろう。
今の現状はその報い。どうすることも出来ないところまで来てしまったのだ。
切なく、寂しい──。
私は久しぶりにドレスに召し替えて鏡の前に立つ。顔もやつれた色が深く出ていた。
「ふふ。まるで骨だけの死んだ人みたい」
「王妃さま。そんなことございません」
侍女は激しく否定した。気休めでも嬉しい。私は辺りを見回すと、飾られていた花々もしぼみがちで、一時の隆盛を極めていたそれの儚さを知った。
「私もこうなるのだわ……。もう片づけてしまって。見ていると哀しいわ」
「ああ花ですか? 残念ですわ。哀しいですか……。せっかく陛下から──」
その時、部屋の扉が開きアドリアン様が供の者を四人連れて入って来た。後ろ手を組んで、私の前に立って話し掛けてきたのだ。
「床上げだと聞いたものでな。よかったな、大事ではない」
「……左様でございます」
「しっかり食事を摂りたまえ。健康でいることがキミの務めだ。国の母として国民にそれを示したまえ」
「お仕置きのお言葉、たしかに拝聴致しました」
私が礼をすると、アドリアン様は侍女たちが花を片付けていることに気付いて聞いてきた。
「婦女子は花が好きだと聞いたが、片付けるのか?」
「あ、はい。見ていると哀しくなります……」
つい本音を言ってしまった。病み上がりで本調子でなく、疲れていたのだと思うが、それにアドリアン様は声を荒げた。
「そ、そんなに私のことを……。キミはいつもそうだな。そんなにこの王宮にいるのが嫌かね? スザンヌのように愛想よくコロコロと笑うようなことが出来ないのか?」
王宮が嫌? スザンヌのように?
まさか、廃妃?
やはり、この花と同じ運命なのだわ。アドリアン様だってよく我慢したものよ。形だけの結婚生活を──。
「スザンヌは──」
「うん?」
「スザンヌは申しておりました。アドリアン様が閨ではとてもお優しいと。しかし、私には──」
「ちょ、ちょっとまて!」
「え?」
アドリアン様は両手を広げて顔を真っ赤にしていた。私の言葉に怒ったのかもしれない。そしてそれは次の言葉で明らかとなった。
「き、キミは人の閨の話をそうやって聞いているのか!? か、か、か、カーラにもか!? 嫌らしい! 下品な女だ! 以後、彼女たちに近付くことはまかり成らん!」
アドリアン様はそう言い放つと、耳まで赤くして回れ右をして退出した。突然のことで頭が真っ白だ。
そして孤立。私には側室と話すことすら許されなくなったのだ。
哀しく苦しいが、侍女の手前こらえた。足を踏ん張ってこらえたのだ。
見ると、アドリアン様の近衛兵が一人残っていた。それが近づいてきて頭を下げる。
「王妃さま。突然こんなことになってしまいましたが、陛下は本日、王妃さまに伝えたいことがございました」
「え……?」
ま、まさか廃妃? それとも、離宮にでも行けということかしら?
「実は本日より陛下は国境の近くで起きた反乱を鎮圧した兵士たちを労いに参ります。王妃さまが元気でしたら一緒に連れて行かねばならないとおっしゃっておりましたが、体調不良を残念がっておりましたよ」
「そうなの……。反乱が……。陛下は大丈夫かしら」
「もちろん。国境ともなると、陛下の徳もなかなか及びません。また隣国よりスパイが入って来ており、流言飛語や煽動を繰り返しているのです」
「そうなのね。私もそのようなヒドい土地で働く兵士たちを労いたいけど、こんな体が恨めしいわ」
「いえ。王妃さまのそのお言葉を兵士たちに伝えましょう。きっと元気が出るはずですよ」
「ええ。お願いね」
近衛兵は敬礼をすると、アドリアン様の後を追って駆け出した。
アドリアン様は、危険な戦地に赴くのだ。国境の領民や兵士たちは歓声を以てアドリアン様を迎えることだろう。
でも私は一人。この国の中でたった一人だわ。
王妃、国母という立場にありながら、孤独。国王アドリアン陛下からは嫌われ、同じ立場の側室と話すことも禁じられた。
味方もなにもいない。これはただの囚われの身。だけど私はどうしてもアドリアン様を嫌いになれない。嫌いになれたらどれほど楽なことであろう。
嫌でたまらなかった食事。しかし目を向けたその席にはアドリアン様はいない。
どうしてだろう。ストレスの原因はアドリアン様に間違いはない。しかしいないこともストレスなのだ。
私は、誰も咎める者がいないことをいいことに、フォークでクリームソースをかけられた白身の魚のソテーを刺したりバラしたりしていた。
食べ物で遊ぶとはこういうことだと感じてはいたがやめなかった。同時に考えていたのだ。
私は婚約者のころからアドリアン様を好きだったがその気持ちを伝えたことは一度たりともない。
幼少期、ともに遊んだ記憶があるが、ほとんどがケンカをしたものだ。
アドリアン様を子どものようだと言ったこともあった。
遊びの延長でずるくて、卑怯だとなじったこともあった。その度に反発するアドリアン様に私も反発した。
それから顔を合わせるたびにケンカばかり。大人になれば自然に互いを愛せるようになると勘違いしていた。
私の矢のような言葉はアドリアン様の胸に深く突き刺さり、私を愛する心を殺してしまったのだろう。
今の現状はその報い。どうすることも出来ないところまで来てしまったのだ。
切なく、寂しい──。
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