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第29話 麗しきご令嬢
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さて、都の城門に毎日たたずむサンドラのことは都中の評判になっていた。
最初のころは傲慢な様子でふんぞり返っていたが、月日が経つと儚げな表情で時には涙を流す姿が若い男女の心を掻き乱した。
元々美しく可憐な少女である。それが君主全としてわめいたり人々をぞんざいに扱うので評判が悪かっただけだ。
人に接触せず、遠目に見ているだけならばなんとも美しい景観だったのだ。
それも少しずつ変わる。
何も知らない旅人が、城門に高貴そうな人がいるので帽子を脱いで挨拶をした。
前のサンドラならば、そんな平民など気にもとめず無視しただろう。
しかし彼女はそちらを見て笑顔を浮かべたのだ。これには都中の人々も驚いた。
そのうちに、商売で城門を通過するものが挨拶するようになった。
「おはようございます。サンドラさま」
「ごきげんよう」
たったそれだけだが前とは大きく違ったのでみんなも同じように城門を通る際には帽子を脱いでサンドラに会釈や挨拶をするようになったのだ。
「サンドラさま。ご機嫌麗しゅう」
「ふふ。あなたも」
そんなやりとりを返すものだから、都の有名人となっていったのだ。
「サンドラさまはなぜ城門にいらっしゃるのだろう」
「あれは恋をしていなさるのさ」
「お相手は勇士シーンさまらしい」
「英雄に恋い焦がれて都に帰るさまをただ一目見たいからああしているのだ」
「なんと一途なかただろう」
「シーンさまには美しい奥様がいらっしゃるのに」
「前はシーンさまを邪険に扱っていたそうだが」
「きっと恋をした照れ隠しだったのだろう」
「しかし不憫なものだ。公爵家から伯爵家に降嫁するのは親族が許してくれまい」
「それも陛下がお認めになった正妻がおられるから、嫁いでも妾だろう」
「いやー。それは難しい話だなぁ」
彼女を見るものたちはそんな噂話をして気の毒がった。
ある日、そんな彼女に近づいてくる男がいた。サンドラのほうでも人影に気付いて顔を向ける。
「サンドラ──」
「エリック。久しぶりね」
それはハリド侯爵家のエリックで、貴族学校の同級生だった男だ。彼は前々から美しいサンドラに思いを寄せていたのだ。
「私も陛下から官位を頂ける身になってね。近衛騎士団の一隊を預かる隊長だよ」
「それはすごいわね。おめでとう」
サンドラは古い友の出世に喜んで手を叩いて祝福した。それにエリックは苦笑を浮かべる。
「本当に前とは変わっちまったな」
「え? どんな風に?」
サンドラのほうでは自然体と思っていたので予想外の言葉に驚いた。
「君はそんな可愛らしい子じゃなかった。誰よりも強く美しく気高い存在だったよ」
「そ、そうかしら? きっと子供だったのね」
「もとからそんな風だったらシーンも君を受け入れただろうに」
「え──?」
サンドラは固まった。知ってはいたが知りたくなかったシーンの拒否する気持ち。それは自分の過去が招いたことだったのだ。
今は彼に恋い焦がれて心が洗われたようだが、そんなことはシーンは知らない。それにシーンを目の前にしたらきっと前のように強がってしまうかもしれない。
うつ向くサンドラにエリックは続けた。
「オレなら……どうかな? 君のことを大切にするよ」
しかしサンドラはいたずらっぽく笑った。
「ふふ。聞いてるわよエリック。あなた叔父の子爵家から従姉のかたと婚約したんですってね」
「あ、あれは親が勝手に。エリーのことはどうでもいいんだ」
「ま。エリーってことはエリザベスかしら? エリアスかしら? 愛称で呼んでるのね」
軽くあしらわれてエリックは立ち尽くす。それにサンドラは笑って答えた。
「あの占いを覚えているかしら。あなたは親類と結婚する。私は英雄称号を受けた金髪、長身の人と結婚する。あの時は嘘だと思ったけど、シーンが勇士となってから本当だと思うようになったの……」
「だ、だがしかし、シーンはもう妻がいる」
それを聞いてサンドラの表情は曇る。
「──なにも正妻となることだけが結婚じゃないわ」
「き、君は格下の伯爵家に側室として入るのかい?」
サンドラはその言葉にうつむいただけで答えようとはしなかった。
その時、二人の間に一人の男が割ってはいってきた。
「エリック。君は勤務中ではないのか? 仕事の合間に婦女子に声をかけるとは軟弱な男だな」
二人がそちらのほうを見ると、白銀の鎧に赤マント。金髪、長身の美丈夫な男が笑顔で立っていた。エリックはすぐさま敬礼をした。
「ギリアム王子殿下!」
それは、この国の第三王子だが王位継承権一位のギリアム王子だった。軍隊においては元帥の地位におり、アルベルトもシーンもここにいるエリックも彼の部下であった。
ギリアム王子は笑顔でエリックに言う。
「もういいよ。すぐに任務に戻りたまえ。だったら咎めはしない」
「はっ! ありがたき幸せ!」
エリックは冷や汗をかきながら任務に戻っていった。
その様子を見た後で、ギリアム王子はサンドラへと視線を落とす。
「驚いた! 君は従妹のサンドラかい?」
「はい。勇壮なる王子殿下。お久しぶりでございます。殿下にいつまでも勇神のご加護がございますようご祈念申し上げます」
サンドラの母は現国王の妹で元王女。またギリアムの母はムガル宰相の姉、王妃ソフィアである。サンドラとギリアムは血縁関係であった。
ギリアムは美しくカーテシーを取るサンドラを見つめて感嘆の声をあげる。
「ふー。ずいぶん淑やかになったな。しかも美しい。我が国中を探しても君のような女性はおるまい」
「まあお上手ですわ」
「いいや本心だ」
ギリアムは言葉を忘れてしばらく彼女を見つめていたが、彼の部下が話しかけてきた。
「ゴホン。殿下、城壁の見回りはいかがしましょう」
それにギリアムはハッとする。
「そうだったな。馬をひけ」
ギリアムは係のものが牽いてきた馬に飛び乗るとサンドラへ一度省みて、その後配下を率いて城壁のほうに回っていってしまった。
最初のころは傲慢な様子でふんぞり返っていたが、月日が経つと儚げな表情で時には涙を流す姿が若い男女の心を掻き乱した。
元々美しく可憐な少女である。それが君主全としてわめいたり人々をぞんざいに扱うので評判が悪かっただけだ。
人に接触せず、遠目に見ているだけならばなんとも美しい景観だったのだ。
それも少しずつ変わる。
何も知らない旅人が、城門に高貴そうな人がいるので帽子を脱いで挨拶をした。
前のサンドラならば、そんな平民など気にもとめず無視しただろう。
しかし彼女はそちらを見て笑顔を浮かべたのだ。これには都中の人々も驚いた。
そのうちに、商売で城門を通過するものが挨拶するようになった。
「おはようございます。サンドラさま」
「ごきげんよう」
たったそれだけだが前とは大きく違ったのでみんなも同じように城門を通る際には帽子を脱いでサンドラに会釈や挨拶をするようになったのだ。
「サンドラさま。ご機嫌麗しゅう」
「ふふ。あなたも」
そんなやりとりを返すものだから、都の有名人となっていったのだ。
「サンドラさまはなぜ城門にいらっしゃるのだろう」
「あれは恋をしていなさるのさ」
「お相手は勇士シーンさまらしい」
「英雄に恋い焦がれて都に帰るさまをただ一目見たいからああしているのだ」
「なんと一途なかただろう」
「シーンさまには美しい奥様がいらっしゃるのに」
「前はシーンさまを邪険に扱っていたそうだが」
「きっと恋をした照れ隠しだったのだろう」
「しかし不憫なものだ。公爵家から伯爵家に降嫁するのは親族が許してくれまい」
「それも陛下がお認めになった正妻がおられるから、嫁いでも妾だろう」
「いやー。それは難しい話だなぁ」
彼女を見るものたちはそんな噂話をして気の毒がった。
ある日、そんな彼女に近づいてくる男がいた。サンドラのほうでも人影に気付いて顔を向ける。
「サンドラ──」
「エリック。久しぶりね」
それはハリド侯爵家のエリックで、貴族学校の同級生だった男だ。彼は前々から美しいサンドラに思いを寄せていたのだ。
「私も陛下から官位を頂ける身になってね。近衛騎士団の一隊を預かる隊長だよ」
「それはすごいわね。おめでとう」
サンドラは古い友の出世に喜んで手を叩いて祝福した。それにエリックは苦笑を浮かべる。
「本当に前とは変わっちまったな」
「え? どんな風に?」
サンドラのほうでは自然体と思っていたので予想外の言葉に驚いた。
「君はそんな可愛らしい子じゃなかった。誰よりも強く美しく気高い存在だったよ」
「そ、そうかしら? きっと子供だったのね」
「もとからそんな風だったらシーンも君を受け入れただろうに」
「え──?」
サンドラは固まった。知ってはいたが知りたくなかったシーンの拒否する気持ち。それは自分の過去が招いたことだったのだ。
今は彼に恋い焦がれて心が洗われたようだが、そんなことはシーンは知らない。それにシーンを目の前にしたらきっと前のように強がってしまうかもしれない。
うつ向くサンドラにエリックは続けた。
「オレなら……どうかな? 君のことを大切にするよ」
しかしサンドラはいたずらっぽく笑った。
「ふふ。聞いてるわよエリック。あなた叔父の子爵家から従姉のかたと婚約したんですってね」
「あ、あれは親が勝手に。エリーのことはどうでもいいんだ」
「ま。エリーってことはエリザベスかしら? エリアスかしら? 愛称で呼んでるのね」
軽くあしらわれてエリックは立ち尽くす。それにサンドラは笑って答えた。
「あの占いを覚えているかしら。あなたは親類と結婚する。私は英雄称号を受けた金髪、長身の人と結婚する。あの時は嘘だと思ったけど、シーンが勇士となってから本当だと思うようになったの……」
「だ、だがしかし、シーンはもう妻がいる」
それを聞いてサンドラの表情は曇る。
「──なにも正妻となることだけが結婚じゃないわ」
「き、君は格下の伯爵家に側室として入るのかい?」
サンドラはその言葉にうつむいただけで答えようとはしなかった。
その時、二人の間に一人の男が割ってはいってきた。
「エリック。君は勤務中ではないのか? 仕事の合間に婦女子に声をかけるとは軟弱な男だな」
二人がそちらのほうを見ると、白銀の鎧に赤マント。金髪、長身の美丈夫な男が笑顔で立っていた。エリックはすぐさま敬礼をした。
「ギリアム王子殿下!」
それは、この国の第三王子だが王位継承権一位のギリアム王子だった。軍隊においては元帥の地位におり、アルベルトもシーンもここにいるエリックも彼の部下であった。
ギリアム王子は笑顔でエリックに言う。
「もういいよ。すぐに任務に戻りたまえ。だったら咎めはしない」
「はっ! ありがたき幸せ!」
エリックは冷や汗をかきながら任務に戻っていった。
その様子を見た後で、ギリアム王子はサンドラへと視線を落とす。
「驚いた! 君は従妹のサンドラかい?」
「はい。勇壮なる王子殿下。お久しぶりでございます。殿下にいつまでも勇神のご加護がございますようご祈念申し上げます」
サンドラの母は現国王の妹で元王女。またギリアムの母はムガル宰相の姉、王妃ソフィアである。サンドラとギリアムは血縁関係であった。
ギリアムは美しくカーテシーを取るサンドラを見つめて感嘆の声をあげる。
「ふー。ずいぶん淑やかになったな。しかも美しい。我が国中を探しても君のような女性はおるまい」
「まあお上手ですわ」
「いいや本心だ」
ギリアムは言葉を忘れてしばらく彼女を見つめていたが、彼の部下が話しかけてきた。
「ゴホン。殿下、城壁の見回りはいかがしましょう」
それにギリアムはハッとする。
「そうだったな。馬をひけ」
ギリアムは係のものが牽いてきた馬に飛び乗るとサンドラへ一度省みて、その後配下を率いて城壁のほうに回っていってしまった。
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