しあわせのあしどり

伊澄(ism)

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痛いです。
やめてください。
ごめんなさい。
ゆるして。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。

「……夢か。」

何度目だか分からない悪夢から目覚める。
薬を飲んで寝ても、結局悪夢で目が覚めてしまう。
ベッドの傍らの引き出しからカッターナイフを取り出す。
左手首に刃をあてがうとスっとひいた。
幾重にも重なる傷跡の上に一筋の赤い線が走る。

罪悪感。

自傷行為は最近あまりしていなかったのに、流れるように切ってしまった。
ティッシュで流れ出ようと傷口からぷくぷく膨らみ流れようとする血を抑えるように拭う。

「最悪。」

昔の夢は、いつまでたっても俺を解放してくれない。
おれを散々いたぶった相手は、一人はとっくにあの世だし、もう1人は耄碌してホームで暮らしている。おれだけは責め苛まれた日々を忘れられず、当時のことを今のことのように思い出してしまう。
バカみたいだ。
みっともない。

二度寝する気にもなれなかったので、そのまま少し早い朝ごはんにすることにした。
狭い独身用アパートだが、十分生活に困らなかった。
と言うのも、数ヶ月に1度訪れる希死念慮のせいで物を全て捨ててしまう癖があるからだ。
部屋の中はがらんとしていて、ベッドとテーブル、椅子、トースター、仕事道具。それだけ。
トースターに10枚切りのパンを1枚入れて2分にタイマーをセット。
ティッシュで抑えていた傷口も、どうやら落ち着いたみたいで血も止まっていた。
これなら別に手当も要らないだろう。
と、日頃から傷跡隠しに使っている医療用サポーターを装着する。少し圧迫感のあるそれをはめる際、傷口を引っ張ってしまい少し痛んだ。

チン

とトースターが音を立てた。
トースターの戸を開けてなかの薄っぺらいパンを取りだし、テーブルについて食べ始める。
バターもジャムもない、質素といえば聴こえはいいが、粗末なだけの朝食を摂った。

「やせたんじゃないか?」

吉田さんの言葉がふと頭をよぎる。
そりゃ、こんな生活してれば痩せもするか。
出勤の時間までまだ時間があったので、本を読むことにした。
太宰治。
我ながら天晴れと言いたくなるような根暗ぶりである。
斜陽が好きで、何度も読んでいる。
持たざる者には分からない苦労もあるのだと、少し惨めさが晴れるのだ。

出勤の時間が来たのでカバンを持って家を出た。
今日は高校生の授業だ。
高校生ともなると第二の性に目覚めているものも少なくなく、正直圧倒的上位クラスのDomの生徒は苦手だった。
きっとその子が気まぐれにでもCommandを発した瞬間、おれはどうにも出来ずそれに従ってしまうだろうから。
だから、学校ではおれがSubであることは誰にも知られてはならないことだった。

電車は混んでいて、寝不足のふらつきにはきついものがある。
自分で望んだ寝不足だから、贅沢は言えないけど。

学校の美術準備室に着くと今日の授業の準備をする。
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