1 / 34
序章
1 記憶の始まり
しおりを挟む覚えているのは……このシーン。
それ以前は霞が掛かった様にすっきりとしない。
ガタゴトと馬車に揺られ目的地であるだろう場所へ到着すれば、扉が開かれる様に物語は始まる。
「御機嫌ようグスタフ。ジークヴァルト様はお待ちになっていらっしゃるのかしら」
私キルヒホフ侯爵が息女エルネスティーネ・イザベラ・イェーリスはジークヴァルト様の婚約者。
あ、いえ後二日もすれば壮麗な大神殿で沢山の人達より盛大に祝われ、晴れて正式な夫婦となる。
えぇ二日先の明るい未来……ですわね。
そして今挙式二日前と言う残された日々に忙殺されている私へ昨日突然、ある意味常のジークヴァルト様の行動とは思えませんでした。
『屋敷へ来て欲しい』
たった一言。
然も時間指定……はされていました。
でもそれは普通の事なので然程気にしてはいませんでしたの。
それよりも婚約者からの呼び出しが初めてだった事の方に驚きと嬉しさで胸が温かさで一杯になっていたのですから……。
愛しい彼からの呼び出しを受けた私はこうして王都にあるシュターデン公爵家のタウンハウスへ幸せな気持ちのまま訪れましたの。
そうこれまでの不安が一瞬で払拭された気持ちでしたわ。
「こ、これはエルネスティーネ様!?本日は如何様なるご用向きに……」
品の良い初老の紳士然とした男性はシュターデン家の家令のグスタフ。
常はとても穏やかで冷静沈着なのにこれは一体どうした事なのでしょう。
何時もとは違う僅かながらに視線を泳がせている様相は明らかに訪問した私に対し動揺……している?
その様な……私とした事が余りにも現実的でない考えを致しましたわ。
きっとそう、ええ多分私の気の所為なのでしょう。
結婚式間近である事、そして初めての呼び出しでグスタフではなく私の精神が昂っているのです。
この時の私は安易にもそう思い至ったのです。
あぁ本当に深く考える事もなく余りにも浅慮な私はこの直後、海よりも深く後悔する事となるとも知らずに……。
「ジークヴァルト様よりこちらへ来る様にと昨日連絡がありましたの」
用向きをグスタフへ伝えれば、彼はほんの一瞬だけ沈黙しましたがその直後何時もの様に穏やかな笑みを湛え私を温かく迎え入れてくれました。
「ならばどうぞこちらへ。直ぐにエルネスティーネ様のお好きなお紅茶とお菓子をご用意致しましょう」
そうして案内されようとする先は一階にある賓客用の応接の間だと思います。
でもこの時の私はどうしてなのでしょう。
グスタフの案内する方向とは違いジークヴァルト様がおいでになられるだろう三階にある私室へと、階段を上り始めましたの。
「え、エルネスティーネ様どうかお待ちを⁉」
何故か慌てて私の行く手を阻もうとしたのはグスタフ。
「何故?私は後二日でジークヴァルト様の妻となりますもの。ですので応接室よりもこちらの方がよろしいでしょう」
「で、ですが⁉」
可笑しいですわね。
どうしてグスタフはこの様に慌てているのでしょう。
本当に何時もの彼らしくない振る舞いが気にならないと言えば嘘になりますがでも……。
「大丈夫。万が一ジークヴァルト様のご機嫌が損ねられた際には私の一存で決めたと申しますからグスタフは心配しないで」
私は彼へ安心させる為に微笑みましたわ。
ですが何故なのでしょうか。
益々グスタフが……と言うよりもです。
周りの者達の顔色が何とも冴えません。
これまでこの様な事は一度としてなかったと言うのにです。
しかし何時までもこうしている訳にもいかないのでグスタフや皆が止めるのを振り切り、私は気を取り直しそのまま三階にある私室へと向かいましたの。
コンコンコンコン
あら変ですわ。
常ならば音速級並みの速さ且つ一片の感情すら籠らない、低くも男性的なお声で以って『入れ』と直ぐに入室許可をお出しになられると思ったのにです。
何故か今日に限ってお返事が返ってきませんわ。
しかしだからと言って勝手に異性のお部屋へ入るだなんて、然も幾ら二日後に夫婦となる相手であっても淑女と致しましては許されない行いです。
なので私は部屋の前で許可が出るまで待つ――――とは言えです。
流石にもう五分以上何のお言葉もなく、また廊下へ立たされている状態と言うのもはっきりと申しまして何とも頂けませんわ。
ですので私はこっそり?
いえ、ここは静かにジークヴァルト様の私室へと入る事に致しましたの。
当然後でお叱りは受けるでしょう。
けれども先に私を呼び出されたのはジークヴァルト様なのです。
挙式二日前ともなれば花嫁は色々と忙しいのです。
その時間の合間を縫って駆けつけたのですもの。
このくらいは許されてもいいのでは……と私は思い至ったのです。
「……失礼致しますわね」
無言で入室もどうかと思いましたので物凄く小さな声で挨拶をしましたの。
そうして重厚な造りの扉を開けばお部屋は爽やかな柑橘系とムスクなのでしょうか。
この爽やかな香りの中にも男性的な香りは何時もジーク様が纏われているもの。
またお部屋は何時もの様に綺麗に整頓されてはいますけれども調度品はどれも素晴いもので、シックな色合いと言いジーク様の趣味の良さが引き立てられております。
ですが静かに周囲を見回してもお部屋の主であるジークヴァルト様のお姿は何処にも見当たりません。
可笑しいですね。
グスタフの様子では間違いなくジーク様は私室にいらっしゃる筈でしたのに……と何気に奥へ視線を向ければ扉が三つありましたの。
一つ目は浴室だと思います。
二つ目は衣装兼支度部屋なのでしょう。
三つ目は――――きゃっ⁉
あ、そ、そのき、きっとええそうですわ。
三つ目の扉の向こうは……寝室。
後二日もすれば夫婦で使用する事となるし、寝室ですわ。
す、少し頬が、いえ顔が物凄く熱く感じてしまうのは気の所為にしてしまいましょう。
私は顔が火照まいとぶんぶん頭を左右へ考えもなしに振りましたの。
そこで初めて気が付いたのです。
右奥の扉が薄らと、ほんの少しだけ開かれたままになっているのを……。
それと同時に何やら押し殺した様な呻き声、なのでしょうか。
また思い当たらない音の様なものも何やら聞こえてきますわね。
あ、もしかすると向こうは寝室で、何処か具合を悪くなされたジーク様が助けを呼んでおられるのかもしれません⁉
きっとそうですわ!!
それならば全て合点がいきますもの。
そうとわかれば一刻も早く駆けつけなければ!!
ここは未来の妻として放っては置けません!!
私はただ偏にジーク様の身を案じ開いている扉へと向かいました。
でもまさかあの様な事となるとは⁉
この時の私は余りにも何も知らなさ過ぎたのです。
いえ何も知らないだけではなく正義の味方宜しくと言った具合に、私は決して開けてはならぬパンドラの箱を思い切り、然も盛大に開いてしまったのです。
13
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる