エルネスティーネ ~時空を超える乙女

Hinaki

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序章

2  扉の向こう側

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「――――ンふっ⁉」
「はあ、っう……ル!!」


 心の中でざわざわと騒めくのは恐怖心と好奇心。

 恐る恐る……私はゆっくりと物音のするだろう扉の方へ一歩ずつ近づけば近づく程、不可解且つ不明瞭なくぐもった声と言うものでしょうか。
 それから今までに聞いた事のないぱんぱんと規則的な、でも何か水分を含まれた粘度のある、何度となく叩きつける様な音と共に聞こえてくるのは明らかに二人と思われし声?

 はっきり言ってこれは……とても、その、物凄く気になります!!
 ですがもう一方私の心はこれ以上近づいてはいけないと、激しく心の中で警鐘を打ち鳴らすのです。

 ぎしぎしと寝台のスプリングより齎されるだろう音は、昔まだ幼い頃に自室で思いっ切り寝台へジャンプしたものとは比べようもないくらい激しくまた何ともあり得ないくらいリズミカルなもの。

 さ、流石に今は寝台へジャンプ等致しませんわよ。
 何故なら私は16歳、そう成人になったのです。
 当然その上で飛び跳ねる事も致しませんわ。
 ええ、それは昔、そう成人する遥か昔のお話なのです!!


 ただこの瞬間の私は何事にも本当に無知だったのです。

 それらの音、掠れた様でいて何とも艶めかしい声らの意味する事を私は余りにも知らなさ過ぎたのです。
 だから私はそっと少しだけ、まるで誘われているかの様に薄く開いている扉より中の様子を覗いてしまいました。



「――――⁉」

 ばくばくばくばく

 あ……何て事、なの⁉
 ど、どうし、て?
 あ、あ、あああああああ!!


 どきどきが止まらない!!

 それと同時に胸が強烈に、少しの息さえ出来ない程に胸が、心臓が何かにぎゅうぅぅっと鷲掴みにされてしまう!!
 激しい眩暈と胃よりせり上がる嘔気。

 こ、こんな事って――――⁉


 室内は薄闇で、寝台の傍にあるナイトテーブルの上へ置かれている小さな明かりただ一つ。
 
 そんな心許無い明かりだけでも十分過ぎるものでした。
 でも今この瞬間彼らにしてみればその心許ない明かり、仄暗い室内は、返って彼らの行為を更に高みへと引き上げていくのには十分だったのでしょう。

 ええ後二日もすれば私達……私とジークヴァルト様が夫婦として使うであろう寝台なのにです。
 今その寝台にはジークヴァルト様と私ではない誰か他の女性ってあれは……アーデルトラウト様⁉

 燃え盛る炎の様に苛烈な、目に映る者へその様な印象を与えてしまう程の真っ赤な髪と黒曜石の瞳を持つ、常に自信に満ちた勝気で強い美女騎士様。

 同じ騎士団である故にジークヴァルト様と共にいらっしゃる所を何度もお見かけしました。
 またお二人は年齢も近く、いえそれだけではありません!!

 頭の切れる事もですが騎士としての剣の腕、仲間からの信頼そして恐らくジーク様とアーデルトラウト様はお互いの背中を預けられる程に心を許し合われていらっしゃいます。
 
 ただそんなお二人に違うものがあるとすればなのです。

 ジークヴァルト様は王家とも繋がりの深い公爵家の当主。
 一方アーデルトラウト様は子爵家のご令嬢。
 然も今では没落寸前だと噂で聞いた事があります。
 
 お互いを想い合えど流石に結婚までは無理だと言う事は成人したての私でも簡単に理解が出来ます。


 何故なら私達は貴族なのです。
 然も我が国は身分や序列に関してとても厳しい。
 平民ならばいざ知らず、常日頃何かと優遇されているだろう貴族にとっての結婚は一種の契約。
 そしてそこに愛情は関係ありません。
 
 とは言え貴族もやはり人間なのです。
 決められた結婚相手、自分で伴侶を選ぶ事の出来ないものだからこそ私も夫となるジークヴァルト様を契約ではあっても心よりお慕いしたい、いいえ幼き頃より既にお慕いしていたのです!!

 お慕いするジークヴァルト様のお心内までは私にもわかりません。
 ですが温かい家庭を、相手を思いやれる様な関係を構築したいと思っていたと言うのに、これは余りにも酷い仕打ち……。


「愛している、……ルお前だけを俺は愛し……ている!!」
「んぁ、私もジーク貴方を愛しているぅぅ!!」

 悲嘆にくれてはいても彼らの姿に少しも目を逸らす事も出来ずただ茫然と見つめていた時でした。
 気怠げなご様子のアーデルトラウト様と目と目が合ったのは……。


 ジーク様との熱で更に艶めき輝きを放つ黒曜石の、これ以上ないくらいにジーク様の愛を手に入れられ自信に満ちたアーデルトラウト様の瞳と一瞬だけ見つめ合う事で思い知ったのです。

 そう私こそがお二人にとってだと言う事を叩きつけられた瞬間でもありました。

 今この瞬間このお屋敷に、これより先ジークヴァルト様のお傍に私の居場所は何処にも……ええ最初から私にはその資格すらもきっとなかったのでしょうね。
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