とある王女様の人生最初で最後の恋

Hinaki

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5  Sideアンジェリカ

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 私の懐妊は直ぐに兄へ知られる所となってしまいました。
 また密かに修道院へ入ろうとしていた事も芋づる式に知られてしまいました。


 しかしながら即位したばかりの兄はまだ国を完全に掌握する事もですが、周辺国……特に先日義姉となった新王妃の祖国との関係も今以上に構築しなければいけない最中での私の懐妊だったのです。

 王宮内、特に義姉の周囲へ兄は緘口令を敷いたのは言うまでもありません。
 私の懐妊を知る者は王宮でもほんの一握り、私の周囲の者達だけ。
 精神的にボロボロとなった私は王宮内を自由に歩く事すらも許されず、兄によってかなり行動を制限されておりました。

 とは言え気鬱な私へご機嫌で庭園を散歩する気持ちになれません。
 従って私が望まなくとも兄の思い通りに物事は進んでいたのです。

 そうしてその様な日々の中で私はアッシュベリー辺境伯との結婚が王命として命じられたのです。

 
 国内でも一番の武力を誇り尚且つ王国の堅牢の盾と称されればです。
 表向きは帝国とも友好を深めてはいるものの、やはり裏では虎視眈々と何かにつけて侵略の隙を狙っている帝国。
 そんな帝国との小競り合いを常に力で撥ね付け命を賭してこの国を護る者達がいる場所、それがアッシュベリーでした。


 またアッシュベリーは他の貴族とは明らかに何から何までもが違いました。
 彼の地での独自の文化と考え方、また領土も広大で財力は一国の国にも相当すると昔父より聞き及んでおりました。

 そんな彼らは何よりも忠義と正義を重んじる騎士達なのです。

 父である前国王へは主従の誓いを立て、彼の領とも友好関係にあったと聞いております。
 ですが兄はまだ即位して日が浅く、彼の領主よりの謁見も未だありません。
 当然の事ながら未だ主従の誓いは果たされてはおりません。

 アッシュベリーの忠誠を得る事が無事出来れば国内の貴族達を掌握したのも同義と言われております。
 それ故に兄は王妹である私をアッシュベリーへ差し出せと臣下達より進言されたのでしょう。
 またそれを覆す事も出来ずに結局は受け入れる事しか出来なかったのでしょうね。
 

 ですが私は納得が出来ません。
 信頼に値する崇高な騎士へ行う行動とは思えないのです。

 何故なら私の身の内には兄の子が宿り今も生きているのです。

 彼の辺境伯の信頼を勝ち得る為ならば筈。

 今の私は純潔ではなく穢れし者。
 この様な穢れた女が命を賭して国を護る者との対価になり得よう筈がないのです。

 だから私はこの結婚を全力で拒否しました。
 何故なら私に残された良心がそれを許さなかったのです。


「案ずるな私の大切なるアンジェよ。辺境伯との婚儀をしたとしてもだ。そなたはこの王都で生涯私の傍近くで暮らすがよい。何幾らでも奴を言い含めて見せよう。我らは真実愛し合う者同士であり決して離れてはいけない永遠の番なのだ。そなたの想いはこの私が確と受け止めたぞ」

 一体何を言っているのですかお兄様。
 私は一度でも貴方を受け入れたと申し上げた覚えはないと言うのに……。

 初めての懐妊と兄夫婦が新婚中と言う事で犯される事はなくほんの少しだけ安心していたのです。
 しかしまさか結婚を厭う理由がこの様に曲解されるだなんて――――。

 
 そうして抵抗空しくも二ヶ月後……一国の王女の結婚、然も降嫁とは言え余りのスピード婚。
 その理由は他の誰でもない私の身体に理由があるだなんて皆思いはしないのでしょうね。

 また折も悪く帝国との小競り合いが辺境領との国境線で始まると同時に私の体調も悪くなれば、婚儀を終えた後直ぐ領地へ旅立つ辺境伯と共に王都を出る事が叶わなかったのです。

 しかし日に日に兄より身の危険を感じた私は王宮から逃げる様に辺境伯のタウンハウスへと移り住みました。
 
 それから体調が回復したのを機に暫くの間私は心が壊れた様に遊興に講じました。

 ええはっきり言って現実逃避ですわ。
 しかし観劇やサロンで知り合った者達のパトロンになったからとは言え、身体を許す関係にはなりませんでした。

 何故なら兄に犯されたショックで男性とその様な関係になる事を恐れていたのだと思います。
 正直に申しましてこの時の私は男性と言う生き物が恐怖の対象だったのです。

 またこれ以上今も命を賭して国を護ってくれる辺境伯をも裏切れなかったと言う事もあります。

 とは言え夫となった彼を愛している訳ではありません。
 ……はっきり言って一度だけしか、ええ結婚式の当日にお見受けしただけなのですがその……とても恐ろしいお顔と大きなお身体で兄とは違う恐怖を抱いてしまったのですもの。

 ただ一度だけしかお顔をお見受けしてはいません。
 でも……兄とは違う男性なのだと改めて思いましたわ。

 そして叶う事ならば兄に犯される前の私としてお逢いしたかった。
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