とある王女様の人生最初で最後の恋

Hinaki

文字の大きさ
10 / 31

10  Sideアンジェリカ

しおりを挟む


『失礼致します王女殿下。迎えの馬車が到着致しましたなれば速やかに馬車よりお降り下さいませ』

 否やを言わせぬ随分と強く傲慢な物言いでした。

 きっと近衛の騎士なのでしょう。
 普通に考えれば高が騎士如きが元王女である私へこの様な無体を働く事等出来ません。
 ですが今彼は兄の、国王の勅使なればこそこの様な傲慢な態度に出ているのでしょうね。

 恐らく兄はこの者へ私の身体についても話しているのかもしれない。

 また兄とこの騎士が邪推するまでもなく私と旦那様の関係は白い結婚。
 然も彼の領地へ到着していない現状はこの国の方において私達は正式なる夫婦とはみなされてはいない。

 そう、何時までもこの馬車から動かずにいるのは旦那様達の為にはならない。
 
 何も出来なかった私がせめて夫となった貴方へ出来る事。

 アッシュベリーの黒い部分を全て背負う稀代の悪女ではなく、何時も騎士達と共に命を懸けて国を護られている貴方へ有益となるものを何かしら引き出す為に、本来ならば兄と対峙し願い出るのが筋でしょう。

 ですが私はもう二度とあの兄にこの身を触れさせる事を受け入れる事が出来ないのです。


「アンジェ様……」
「では参りましょう。これ以上旦那様のご迷惑になるといけませんからね」

 パタン――――

「……旦那様短い間でしたけれどもお世話になりました」

「あ、ンジェリカ様?」

 私はゆっくりと旦那様へ、今までで一番美しいカーテシーをしました。

 御機嫌ようそしてさようなら。

 今生の別れを込めた私なりの挨拶だったのかもしれません。


「では王女殿下こちらへどうぞ。陛下よりくれぐれも丁重にお連れ申せと承っております」
「……私へ触れるではない。そなたらのエスコート等必要とはしません」

 恭しいながらも半ば強引に私を馬車へと押し込もうとするその手を私は頑なに拒みました。

 これがせめてもの私に出来る精一杯の抵抗。
 またドレスの中に隠し持っているものを気取られない為にも――――です。

 そうして私の前に王室専用の馬車の扉が開かれます。

 この馬車へ乗り込み次にこの扉が開かれる時には私達はもうこの世にはいないでしょう。

「アンジェ様どうぞお手を……」
「有り難うリザ」

 そうして乗り込もうとした瞬間でした。


「お待ちくださいアンジェリカさ……いえアンジェリカ。貴女は私の妻です。幾ら陛下の勅使だろうとこの堅牢の盾である我がアッシュベリー辺境伯夫人となった妻を連れ去る行為をおめおめと見逃す事は出来ませんな」

「――――だ、旦那……様?」

「へ、辺境伯殿!! これは国王陛下よりの勅令ですぞっっ。そして私は陛下の勅使でもある。頭が高いとは思われぬか。事と次第によれば辺境伯だとて無事には済まされぬのですぞ!!」

「ほう、何が事と次第か。それはそうと私は先王陛下とは忠誠をお誓い申した記憶はあるのだがな。現国王陛下とはまだ臣下としての忠誠はお誓い申してはおらぬ。良いのか? そなたの態度一つで我がアッシュベリーは王国より離反し建国の道を選ぶか若しくは帝国へ属する事も厭わぬ」

 一体何を旦那様は仰っているの。

「先王陛下へ忠誠をお誓い致した際に陛下は王国の盾となる我がアッシュベリーへ、我らは王家と対等であると申された。その際の書状もきちんと交わされておる。故に王族と対等である我がアッシュベリーの令夫人である妻を勝手に連れ去る事は出来し到底許される行為ぞ」

 その様な約定を亡き父と旦那様は取り交わされておいでだったのですか。

「し、しかし先王は既に崩御なさいましたぞっ。現在は先王の王子であられた現王陛下なのですぞっ。忠誠は現王陛下へ自動的に引き継がれている筈。故に辺境伯の主は昔も今も変わらず国王陛下であります!! だからしてこの行為は反意ありと――――」

 いけませんっ、その様な大事を私は望んでは――――。

「ほぅと申したのか。これは聞き捨てならぬ。我がアッシュベリーを反意ありと呼ぶのか一介の騎士である其のほうがっっ。まだ騎士の何たるかもよくわかってはおらぬヒヨッコの分際で我がアッシュベリーを愚弄するとはな。ふんならば良い教えてやろう。我がアッシュベリーの騎士は王国の騎士とは格が違う。そして何より懸けているものが全く違うのだ。故に我がアッシュベリーとは厳密に貴族で言う臣下の枠には属さない。簡単に言えばだ。代々の国王自身とアッシュベリーの当主のみが忠誠の誓いと言う名の契約を交わす。その対価として我らはアッシュベリーの地を受け取ったまでだ。また先王陛下より行く行くは王女アンジェリカとの婚姻も数年前より打診されておったのだからな」


 まさかのお話でした。
 余りの事で理解が追い付かないと申しますかお父様より既に結婚の打診があったとは――――。

 国王との契約と言う話も驚きでしたが、結婚を決められていたと言うのに私の身に起こった不幸が益々私の心を委縮させればです。
 
 この様に雄々しくも立派な御方を裏切っていると言う事実に私は改めて胸を痛めてしまうのでした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜

月山 歩
恋愛
サラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。 身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。 男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。 *こちらはアルファポリス版です。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

処理中です...