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閑話 全ては愛する姫の御為に sideシリル
しおりを挟む「――――きに関しての報告は以上に御座います」
コンコンコンコン
「誰だ」
「奥方様の専従侍女クラリッサに御座います。お忙しいと思いますが旦那様へお話を致したくこうして罷り越しました」
凛とした一本筋の通る声。
アンジェリカ様の乳母である彼女の声なのだと分かれば、俺は入室の許可を出した。
一日中泣いては寝台の中で臥している名ばかりの妻……いや、俺の最愛の妻となられしアンジェリカ様のお傍より殆ど離れまいとしている彼女がだ。
俺への用向きがあるとすればそれは勿論アンジェリカ様の事以外はないだろう。
王家の動きを執事より報告をさせてはいたのだが、それよりも先ず一番に優先させるべきはアンジェリカ様。
だから俺は執事を下がらせリザの話を聞く事にした。
「既に侍医より報告はあったものだと拝察させて頂きます。そしてこの現状を招いた全ての事に関しましてアンジェ様の身の上に起こった事の全てをアンジェ様ご自身は絶対に望まれておいでになってはおられません。またご自身がどの様に傷つかれようともアンジェ様は――――」
長いようで短くも感じたリザの話の内容はほぼ王都へ放っていた密偵より知らされた内容と同じだった。
そうやはりこの件に関してアンジェ様は何も知らされてはいない。
何も知らされる事なくある夜行き成り実兄より犯され、またそれは誰にも止めるられる事も出来ないのを知って奴は堂々とアンジェ様を毎夜蹂躙し続けた。
あの気高き御心とまだまだ稚いお身体。
そして崇高な思想と優しい、あの優し過ぎる白百合の花の姫君は謂れのない暴力によって散々に傷つけられれば、あろう事か憎むべき男の子を孕んでしまった。
ああ俺がもっと早く王都へ馳せ参じておれば全ては取り戻せたのだろうか。
否、それはあくまでも確率の問題。
王と呼ぶには反吐が出そうなくらいに愚鈍で見下げ果てた下衆野郎。
しかし謀には誰よりも長けてはいた。
ああ先王陛下御夫妻と俺を欺くには……な。
「報告御苦労クラリッサ殿。アンジェリカ様とは早々に私の方より出向きじっくりとお話を致すとしよう」
そう何時迄も避けて通れる問題ではない。
胎の子は十月十日で生まれてしまうのだ。
また出産は女親が命懸けで行う大仕事故に何とかそれまでに彼女の憂いを少しでも払拭したい。
それからアンジェリカ様へ出産に堪えられるよう十分に栄養も付けて差し上げたい。
それから……。
「……その、旦那様少し宜しいでしょうか」
「何だ」
リザは胸を張り真っ直ぐに俺を見つめている……いや、睨みつけているのか。
「アンジェ様と旦那様は正式なるご夫婦に御座いますれば、何故アンジェ様に対し何時までも様付けなさるのは如何なものかと思います」
「だがしかし……」
「しかしも何もありません!! 貴方様がその様に何時までもご遠慮なさるからアンジェ様はより一層ご自身を責められるのです」
「そ、そうなのか?」
「ええ、そうですわ」
女心を解さない……と言われ様ともである。
俺自身これまで女性とその様な関係になった事が今までに一度もなかったのだ。
その理由はこの地アッシュベリーが王国の盾を担う場所に他ならない。
幼い頃より剣を持つと気づけば何時も戦場を駆けずり回っていたのだからな。
そう女性と言う個体を認識したのもアンジェリカ様……アンジェリカが初めてなのだ。
「ほらその様に動揺なされてはいけませんわ。国一番の勇猛な騎士であられる貴方様がこのくらいでビクついでどうなさるのですか」
「た、確かに……」
敵兵ならば問答無用で切り捨てるのに何も躊躇う事は全くなかった。
また敵ならばこれ程悩む事も、またこれより先をどうすればいいのかも手に取る様に理解すれば上手く先回りし行動へと出る事も十分に出来た。
しかし相手が敵兵ではなくあの可憐でお美しいアンジェリカさ……彼女となれば話は別だ。
リザにどの様に叱責されようが、屋敷の者達へ生暖かい視線と皆が身重の彼女を思いやり、俺へ色々言ってこようとも何故こんなにも情けなく尻込みしてしまうのだ。
ああ本当は答え何て当の昔にわかっている。
そうだ、俺は昔からアンジェリカへ恋焦がれていた。
彼女は俺の初恋の姫。
永遠に手に入らない天上の美姫。
アンジェリカだけが俺を騎士からただの男へとしてしまう。
彼女の辛い状況も全てを把握していたと言うのにだ。
俺は初恋を拗らせかなり臆病に、いや今もそれは変わらないな。
愛しいアンジェリカへ声を掛け、万が一彼女より拒否をされれば俺は永遠に立ち直れないだろう。
いや、立ち直れないだけだったらいい。
生きている事すらも辛くなるのやもしれん。
「しっかりなさいませっっ。今一番お辛い思いをし、誰よりも助けを必要とされている御方はアンジェリカ様なのです!!」
業を煮やしたリザのその一言で俺は少しだけ目が覚めた気がした。
いや、強制的に覚醒させられたのだと思う。
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